変わらずそこにある風景と、変わってしまった僕たち
ナナシリア
変わらずそこにある風景と、変わってしまった僕たち
昔は走って横を通り過ぎていた畑の方へ視線を動かして、俺は変わってしまう前の僕たちを想像した。
俺の昔の一人称は『僕』だったし、俺と仲が良かった面子は今とは全然違ったし、他にもいろいろあるけれど今よりも良かったと俺は思う。
それでも当然変わらないものもあって、それは例えば今ちょうど俺の横に広がっている畑であったりとか、変わってしまったものよりも少ないながら確かにあった。
俺の横を、悠馬が通り越した。
悠馬とは昔仲が良かったが、時間が経つにつれて話しかけたりすることも少なくなり、ここ最近は全く会話をしていない。
よく、俺と悠馬と
俺たちがあまり話さなくなったのは、中学に入って愛海に彼氏が出来たという話を聞いたころだった。
俺と悠馬は愛海と会わなくなり、愛海がいないグループの中で俺たちの仲は崩れていった。
俺が畑の横を歩いている勇希の姿を見ると、俺の脳内では昔の光景が想起された。
昔の――一人称が『僕』だったころの勇希は、この畑の近くを走り回っていて、それを俺や、当時仲良かった愛海が見守っていた。
それが今では、勇希と俺と愛海が話すことは少なくなり、用があるときくらいしか話さなくなった。
それぞれに友人や恋人が出来て、俺たちはバラバラになっていくのだと、心の片隅で思っていて、納得していた。
「そのはずなのに、なんで」
久しぶりに、畑の横を歩く勇希の姿を見た影響なのだろうか。とうの昔に消し去ったはずの感情が、どこかから湧いてくる。
勇希と、愛海と一緒に過ごしたい。まだ仲良くしていない。バラバラになんてなりたくない。変わっていくのは嫌だ。
まるで子供の様に転換された思考を押しつぶして押さえつけている俺の目の前を、俺の事情など知りもしない愛海が横切った。
愛海と、勇希と、俺。昔仲良かった三人がそろってしまって、俺はこの感情を抑えられそうもない。
昔はよく遊んでいた畑の横で、久しぶりに近くに立っている勇希くんと悠馬くんを見て、私のせいで壊されてしまった太古の昔の友情が、蘇ってくるような気がした。
私が、人生で初めての男子からの告白に浮ついてしまって了承してしまったせいで、私と勇希くんと悠馬くんの関係は壊れてしまった。
私はそれを、今でも後悔している。
私に彼氏が出来て、それを彼らに報告してしまって、どちらか一つでも欠けていたら今でも彼らと仲良くできていたのかもしれないのに。
そんな私に、彼らと今更仲良くする資格なんてないから、変わってしまった私たちの関係を巻き戻そうなんて虫のいい話、望んでもいなかった。
望んでもいなかったはずなのに、勇希くんと悠馬くんが目の前にいて、彼らは私に怒りなんて少しも感じていないような表情で。
だから、望んでしまってもいいのかな、と邪念が私の心を掠めた。
いいはずないのに、関係が崩れたのは私のせいで、私たちの関係が変わってしまったのも私たちのせいだから、都合よく復縁を望むなんてありあえない話なのに。
「愛海、勇希!」
突然悠馬がそんな大声を出して、三人の間に懐古と緊張の感情が迸って、愛海と勇希は悠馬の言葉に反応せざるを得なかった。
「なに、勇希」
「どうしたの、勇希くん」
驚いたような予想していなかったような、三者を取り巻く表情は、昔とは変わってしまって、バラバラになってしまった今でもほとんど同じものだった。
懐古の象徴ともいえる畑が、彼らの緊張を見守った。
「俺、二人とバラバラになりたくない。仲良くしたい」
「……悠馬。でもそれは、愛海に迷惑じゃ」
「私、彼氏とは別れたの。彼氏は私が勇希くんや悠馬くんと仲良くしてると思ってたみたいで、振られちゃった」
三人の間を分かつ障害は、もはやなくなっていた。
「俺たちは変わってしまったけど、仲良くできるのかな」
単純な疑念だったけど、それに明確に答えることは出来ない。答えなんてない。
「そんなこと、試してみないとわからないだろ」
「皆の関係を壊しちゃったのは私なんだよ。それでも仲良くしたいって言うの?」
「愛海は悪いわけじゃないだろ」
「恋人くらい、出来るのが普通だって」
彼らは一歩ずつ、互いの方へ歩み寄って手を差し出した。
「「「これからよろしく」」」
変わらずそこにある風景と、変わってしまった僕たち ナナシリア @nanasi20090127
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