4.雨と救い

 まどの外の公園にある、よくわからない金属きんぞくのオブジェクトを見つめていた。時間によってはあのオブジェクトが太陽の光を反射はんしゃさせて僕の部屋に光をそそもうとしてくる。


 前はすべり台があったのに、その前はジャングルジムがあったのに。幼い僕がそこにいたのに。


 そうして、窓ばかり見ている自分。ふと、その行為こういが無意識に雨を期待している心のあらわれではないかと思った。


 まさか、そのようなことがあるわけがないと思ったが、よくよく思い返せば昨日栗原くりはらと別れた後、おもむろに来週の天気を確認していた。僕は特に来週予定があるわけでもなく、また雨がることで都合が悪くなることもない。


 勝手に心にってくるよこしまがある事を薄々うすうす自覚じかくしている。しかし、それから目をそらすように、再び窓の外に目を移す。


 一見、遊具ゆうぐのようにも見えるが、可動部かどうぶはどこにもなくただただそこに存在しているだけの、金属のオブジェクト。あんなものをデザインした人がいて、それを公園に設置することを決めた人がいて、金属を加工した人がいて、設置作業を行った人がいる。


 そんなオブジェクトが雨にさらされて次第にちていく様子を想像する。

 思ったよりもそれは気持ちのいい光景だった。むしろ、そうしてボロボロになって近隣きんりん住民から「撤去てっきょして欲しい」と声が上がるそのオブジェクトのほうが僕はあいせる気がした。


 さて、栗原が作品を完成させたというニュースは僕にとっては重大なことであった。彼とは藝大げいだいで知り合い、ともに中退ちゅうたいした仲である。


 僕は藝大中退を機に、芸術から足を洗うことを決めた。趣味しゅみで絵を描くことはあっても、決して芸術を意識することは無かった。


 反対に栗原は、作品に向き合い続けた。彼は「大学では、教授たちにびる作品を作らないといけない。彼らの評価がすべてのあの世界では俺の作品はつくれない」という理由で辞めた。


 僕の考えはことなっていた。教授たちは自分の好みで評価しているわけでは決してなく、経験や見識によるある程度客観きゃっかん的な評価を下している。彼らからの評価をられない限り、自分自身の芸術を追及するなんて、あさはかであり逃げでしかない。


 僕にはその評価を一生受けることができないんだとさとった。だから中退した。


 当然、栗原は自分の作品なんて描けるわけがなかった。僕が思うに、彼は大義名分として「自分の作品」なんて言っているが、結局は僕がいなくなったから描けなくなったのだと思う。大学中退を先にしたのは僕だった。


 栗原という男は、一人で何かをすることができない小心しょうしんものだった。出会った時からもの知らずであり、絵を描き始めた理由も小学校のころから運動音痴で、昼休みに同じような友人と共に絵を描いて時間をつぶしていたことかららしい。


 大学時代も、常に僕について回り。課題で描いた作品を誰よりも早く僕に見せてきた。彼は僕よりいい作品をかけたと思った時は、気分をよくし、そうでない時は露骨ろこつなええていた。


 そんな奴だから、僕がいなくなった後は大学に居場所がなくなり、作品にも手がつかなくなって僕を追うように中退をしたのだ。


 しかし、「君がいないから描けなくなった」なんて言えるはずもないから、「自分の作品を描く」なんてさらに恥ずかしいことを言ってしまうのだ。


 しかも、そんなことを言ってしまったがためにいまだに絵を描き続ける羽目はめになった。僕はとっくにそれと向き合うことを辞めてしまったため、彼はやはり孤独でありずっと作品を完成させるどころか、手を付けることすらできないでいた。


 そんな栗原がある日、急に作品を描き始めたのだ。僕も彼も既に社会人。既に働いている身だった。しかも、栗原は会社のりょうに住んでいた。


 栗原の会社の寮は僕の家(僕は実家住みだ)から数駅離れたところにあり、彼はわざわざ仕事が休みになるたびに僕の家までやってきた。


 彼は僕の家の今は物置と化した稲屋いなやで、絵を描いた。そこには僕が手放した道具もそろっていたから。


 ついに彼はそんな生活の中で作品を作り上げてしまった。しかも、その作品を賞に出すというのだ。


 思い返していると、彼の完成させた作品を見たくなってしまった。僕はカーテンを閉めると、稲屋へと向かった。


 しかし、稲屋に向かった僕はカンバスに掛けられた布をめくることはしなかった。ただ、天井を見上げるだけで十分だった。


 そこには、びついてボロボロになったトタン屋根がある。大雨が降れば、ここは雨漏あまもりするのだ。


 そして、僕はちょうど水が落ちるところにカンバスを移動させた。


  この布の先にある栗原の作品。それは決して賞で受賞できるようなものではなかった。むしろ、藝大時代よりもうでが落ちているような気がした。しかし、なんとなく栗原の作品であると僕は認めてしまっていた。


「あぁ、どうか。搬送はんそうされる前に雨が降りますように。すべてを台無しにする、僕だけのすくいの雨が」


 口にすると、なんとスラリと言葉がでるものだ。


 溜息ためいきいて、その場を後にしようとしたら。とても不思議なことが起きた。栗原のカンバスを中心に光が下りてきていたのだ。


 あわててまた天井てんじょうを見たが決して穴が開いているということは無かった。それなのに、一柱いっちゅうの光が下りてきている。


 そして、それはゆっくりと降りてきた。降りてきたというよりいて出たというべきか、だがその姿はやはり降りてきたと表現するべきだった。


『救いを』


 それは天使だった。背に純白じゅんぱくの羽を生やした幼児。


 しかし、まばたきをした瞬間か、夢かとうたがった瞬間か、気づけばそれは消えていた。ただ僕の記憶きおくの中にしか存在しないものとなってしまった。


 僕の耳には救いという言葉のひびきがいて離れなかった。

_________________________________


 翌日、かみなりまじりの大雨が降った。


 川はれ、木々は葉をらすひどい雨だった。


 確実に稲屋は雨漏りしているだろう。それなのに僕の心は救われることも、満たされることもなかった。強いあせりとみじめさで洪水こうずいが起こりそうなほどであった。


 今すぐに何か行動がしたいと思ったが、あのカンバスの前に立つ勇気はなかった。そのため、僕はかさをさして教会まで向かった。


 天使の仕業しわざなのだ。僕は特にキリスト教徒ではないがこの場合に向かえるのは教会くらいしか思いつかなかった。


 それは、公民館こうみんかん十字架じゅうじかを貼り付けたような建物だった。傘の雨粒を払って、傘立てに刺すと奥へはいっていく。


 中は思い描いていた教会であった。奥に教壇があり、その方を向くように長椅子が並べられている。


 僕が声を出す前に、慌てた足音が聞こえはしとびらが開いた。


「あっ」


 シスターだった。それ以外の情報は特に必要はないだろうが、一応日本人だった。さらにこれ以上の情報は邪魔じゃまだろうが、若くて幸薄さちうすそうな目元だった。


「どうされました?」


 僕は、その質問をされて今更ながら自分は何がしたいだろうかと、困惑こんわくした。少しのあいだどもり、やっと出た言葉は


懺悔ざんげを、したいんです」


 というものだった。


「あー」


 バツが悪そうに、彼女はほほいた。


 彼女は親切に説明してくれたがあまり、頭には入らなかった。どうやら教派が違って、ここでは懺悔を聞くということは無いらしい。


「ですが、なにかおこまりなら、お話だけでもお聞きしますが」


 とのことだったので、僕は全部話すことにした。


 栗原という男についてのすべて、そして彼のカンバスの前での天使との遭遇そうぐう、そして今日の雨について。


「僕が救いを望んだせいでこの雨が降り、友の傑作けっさく台無だいなしにしてしまったのです。僕はどうすればいいのかわからないんです」


 長椅子に並んで座る僕ら。話を聞いたシスターはどこかうつろなひとみで、数度うなづくと「救いは空の上にはないのです」とつぶやいた。


「どういうことでしょうか」


「雨が降ってほしいと願う人に、雨を降らせて救いを与える。救いとはそういうものではないのです。なので、この雨は決して貴方あなたのために降っているのではないと思いますよ。ただの自然現象、あるいはあなた以外の誰かのために降っているのでしょう。そんな考えはどうでしょうか?」


 よくわからないが、僕はそれに頷いた。別の誰かのために降っているという言葉は、なんの根拠こんきょもないがスッとこの身に入り、納得できるものだった。

「ありがとうございます」


 とりあえず、お礼を言って僕は立ち上がった。彼女と話している中で、あのカンバスの前に立つ勇気が湧いてきたのだ。


「また、何かあったらいらしてください。この雨ですし、帰り道はお気をつけて」


 そんな言葉に見送られて、僕は再び水に包まれた外に出た。帰りの道を半ば進んだところで、おもむろに傘を閉じた。この雨の中外を出歩く人はおらず、一人っきりの道を雨にれて進んだ。


 張り付く髪や衣服が、なんだか心地よかった。僕の中にある邪なものをこの雨は洗い流してくれるんじゃないかと思えた。


 そうして、家に帰ると稲屋の前に知らぬ傘が立てかけられていることに気づいた。


 瞬間、僕は栗原がきていると直感した。そうして、稲屋の中に足を進めた。


 思った通りそこには栗原の姿があった。彼はカンバスの前にくしていた。


 天井から蛇口じゃぐちを少しひねった時のような、細い水が流れ落ちている。その下には彼のカンバスがある。


 見事なまでに、それは台無しになっていた。彼にしては、なぜこんなに奇跡きせき的に雨漏りの先に自分の作品があるのだろうかと、頭をかかえたいものだろう。


 それは全部、僕のせいだ。


(あぁ、いい。これは実に愉快ゆかいなことじゃないか)


 僕は、心に湧き出る愉悦ゆえつ感を抑えながら、彼に言葉をかけた。


「栗原、大丈夫か?」


 彼は返事を返さなかった。ただ、自分の絵を見つめている。足元を見ると、絵の具がけて、赤や青が混ざった不気味な水たまりができていた。


「俺、描くわ」


 それが栗原の返事だった。


「なんか、全部吹っ切れた。この作品も、なんか違うって思っててさ。でも、完成させないとってなんかしばられちゃって。言葉で『できた』とかいっても本心じゃなかった」


 栗原はカンバスをつかむとそれを持ち上げて、色のついて水たまりにたたきつけた。激しい水の音が響き、栗原の服はたちまち汚れてしまった。


「もう一回、大学いく」


 そういうと、彼は僕の方を振り返った。しかし、顔を見ても何も言うことは無かった。なぜ、ずぶ濡れなのかとか、今までどこに行ってたのかなど何も聞かない。そして、無言のまま歩き出して稲屋をでた。最後に一言、


「雨が止んだら、それ片付けにくるから。それまでごめん」


 それだけ言って傘をさして雨の中に消えていった。


 全身を濡らした僕はその場を動くことはできなかった。ただ、雨漏りの音を聞きながら、落ちたカンバスを見つめるだけ。


 一歩踏み出し、すると体は軽く動いてカンバスを持ち上げた。台無しになって何が書かれたのかすらわからなくなったそれをイーゼルの上に乗せた。

___________________________________


 次の日は、大雨がうそのような晴天せいてんだった。片付けに来た栗原は昨日とは打って変わっていつも通りの彼だった。僕の部屋まで来て、軽く会話をしたあと両親にお礼を言いに行った。


 母親が彼に同情どうじょうの言葉をいくつかかけた後に「また、描きに来てもいいからね。その時は雨漏りしないようにしておくから。もう、あの子も書かなくなったし道具はそろってるから」と言葉を送った。


 しかし、栗原は「大丈夫です。お世話になりました」と返し、稲屋を片付けて彼は帰った。彼がどこに帰ったかは分からない。これ以来一切栗原とかかわることは無かったからだ。


 勝手にやるせない思いを抱えた僕は、シスターのもとに行って事の顛末てんまつを話した。


「じゃあ、あの日の雨は。その子のきっかけになったのですね」


「きっかけ?」


 聞き返すと、シスターはまたどこを見てるのかわからない、虚ろな目で話し始めた。


「言ったでしょ。雨が降ってほしいと願う人に、雨を降らせて救いを与える。救いとはそういうものではないと。与えられるのは、きっかけなのです。それは試練しれんである事が多い。その試練を超えた人にこそ、救いが訪れるのです」


「じゃ、じゃあ」


 僕は思いを言葉にしようとしたが、それがはっきりと声になることは無く、続きは「いや、何でもないです」と弱弱しいものになった。


 帰り道に家の前の公園に入った。あの窓から見えるオブジェクトを一目見ようと思ったのだ。


 こうして近くでみてもその形は形容困難な代物だった。しかし、観ていて不安になることは無く、何かしらの計算のもとでその形になったと、思わせられた。


 そして、そのオブジェクトがなんなのかやっとわかった。


 ただの水飲み場だったのだ。オブジェクトにはかめを傾けた天使が彫られていて、瓶から流れる水の先に、蛇口がつけられているデザインだった。


 蛇口をひねると、細く水が流れた。


 その流れる水が、昨日の雨漏れと重なる。


 あの時稲屋で見た天使、あれが言った救いは僕に向けてじゃなくてカンバスを通して、栗原に向けた祝福しゅくふくのようなものだったのかもしれない。


 水を止めて、晴天をあおいだ。


「じゃあさ、僕にはいつ救いがくるんだ? いつ僕のための雨が降ってくれるんだ?」


 天使はこたえてくれない。その言葉は何かに響くこともなく、ただ無情な青空の先に消えていく。


 僕は雨の日に期待をしてしまうようになった。しかし、雨がいくら降っても変わらぬ日常。どこで何をしてるかもわからない栗原のもとに何かしらの救いが訪れたんじゃないかと思うと、焦ってしまう。


「あぁ、雨よ降れ。僕に救いを。もう一度、彼と共に描くチャンスを」


 そう言葉にしながらも、もうその資格しかくが自分にはないことに気づいている。彼の絵が濡れたのを心の中で笑った僕はもう、絵を描くことすらできないのかもしれない。


 僕という栗原にとってがんのような存在を取り除く。それが、あの雨がもたらした救いなのかもしれない。


 ならば、もう。栗原なんてどうでもいい。彼のよう絵を描くことにこだっているわけでもない。


 だた、救いが欲しいのだ。ひとり取り残された僕にあふれんばかりの、春の嵐のような大粒の救いが。


 ――雨よ降れ。雨よ。雨よ。救いの雨よ。


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