君の知らない夏の果て

石田空

第1話

「チャンスは残り三回です」どこか楽しげに声は告げた。


「……ふざけないでよ。三回で足りる訳ないでしょうが」


 私は思わず頭を抱えた。


****


 初夏。まだ梅雨の明けない七月はじめの頃だった。

 私の元に、唐突に変なスイッチが転がり込んできた。スイッチとしか言いようがないそれは、バスの停車ボタンによく似ていた。


「【死に戻りカウンター】……なんだか胡散臭いな」


 死に戻りってなんだろう。私は胡散臭いそれを、見なかったことにして捨てようとしたものの、ふと目の前に男の子がいるのが目に入った。

 同じ学校の男の子は、目が虚ろになっていて、ガードレールを跳び越えて、坂に真っ逆さまに落ちていく……落ちちゃ駄目ぇ……! 私は慌ててその子の手を掴んだ。腕が痛い、千切れそう。落ちた男の子は小さく首を振る。


「……離して」

「嫌! 目の前で人が死ぬとこ見たくない!」


 人間、もっとなんでもかんでも見ないことにするもんだと思われがちだけれど、そんなことはなかった。意外といざというとき良心が働く。実際に男の子は私を巻き添えにする気はなかったし、実はいい子なんだろう。


「離して」

「い・や……!」


 でも、私は普通の女子高生で、男子高校生を担ぎ上げるほどの筋力はなかった。私はとうとうガードレールを跳び越えてしまった。


「あっ」


 ふたりとも真っ逆さまに落ちていってしまった。

 痛い痛いギシギシする痛い痛いギシギシする痛い痛い……。

 それがあまりにも呆気ない一回目の【死に戻りポイント】だった。


 それからというもの、私は一度死に、死に戻った場所に戻っては人助けをするようになった。あの男の子がガードレールを跳び越えたのは、なんてことない。テストの答案が下に落ちかけたのを手を伸ばしただけで、自殺ではなかったんだ。

 だいたいの人助けは上手くいった。生き返る際に、体がバランバランに砕ける音と、それを無理矢理くっつける音さえ聞かなかったことにしておけば、人に感謝されるし、私も人が死ぬところを見なくて済むし、概ね満足だった。

 そんな【死に戻り】が日常になった中、どうしても助けられない人がいることに気付いた。

 彼と最初に出会ったのは、たしか五十五回目の死に戻りで、交通違反ではねられたおばあさんを助けたときだった。

 よかった。おばあさん。荷物持ってあげて迂回したら、道路を渡るなんて無茶なことしなくなったから。

 いいことをしたと思いながら帰っていると、彼はぼんやりと橋の上から川を見ていることに気付いた。

 なにかあるのかな。私はなにげなく彼に近付いていったら、彼はいきなり川に向かって落ちてしまったのだ。

 え、なんで。私は慌てて一緒に川に落ちていく。ここの水位はあまり高くなく、橋から落ちたらコンクリートに激突して死ぬ。水のせいでじわじわ死ぬよりはマシだよなあ。私はそう諦めて、スイッチを押した。


【死に戻りスイッチ】は死に戻るときにも条件がある。

 ひとつ。死ななかったらやり直せない。

 ひとつ。死ぬ十分前くらいにしか戻れない。

 ひとつ。回数制限がある。【死に戻りスイッチ】はスイッチを押すごとに数字が表示され、その数がどんどん減っていくんだ。最初は四桁あったはずの数字も、今は三桁で、順調に数を減らしていっている。どれだけこの町に死亡事故が多いかって話だけれど。

 私が【死に戻りスイッチ】を押したとき、橋の前に立った。落ちようとしている彼に「待って!」と声をかけた。彼は虚ろな目でこちらを見てきた。


「誰?」

「私は、同じ学校の……!」


 どうにか川に落ちるのを止めさせるために、私は彼の手を引いて公園に行った。

 もうそろそろ梅雨も明け、夏休みに入る。今年も猛暑を通り越して酷暑のせいか、蝉はいまいちやる気がない。

 投げやりな蝉の鳴き声をBGMに話をしてみたら、彼は隣のクラスの金川くんだった。学校に来たのは久し振りらしい。

 そういえば、保健委員の子が言っていた気がする。最近不登校になった子が多いと。多分金川くんもそのタイプなんだろう。

 それから、私が助ける人はほぼ、金川くんになってしまった。

 彼はなにかあるたびに死ぬ。いきなりビルから貯水槽の蓋が降ってきて死んだり、いきなりベランダから鉢植えが降ってきて頭をかち割られたり。はたまた工事で開きっぱなしだったマンホールに落ちて死んだり。いくらなんでもレパートリーが多過ぎる。

 彼を助けるたびに、「なんで!?」と「またか!?」が同時に点滅する。金川くんはかなり困った顔をしていた。

 夏休みがはじまり、スーパーのフードコートでジュースを飲みながら話をするのが、私たちの休みの潰し方となっていた。


「昔から、運がおかしいんだ」

「運がおかしい? 運が悪いんじゃなく?」

「たとえば、宝くじを買うと一発で100万円とか当たったりする」

「それはすごいね」

「でもそのあと、立て続けに家電が壊れたり、家が燃えたりして、もらったお金は全部消える」

「……それはすごいね」


 金川くんいわく、運の乱気流がひど過ぎて、周りにも迷惑をかけ続けていると落ち込み、学校に行かなくなったらしい。でも親から言われてしぶしぶ出て、この運の乱気流に人を巻き込み続けて申し訳なさが続くと、自棄になって川に飛び降りようとする衝動が出るらしい。その親とも今は離れて暮らしていると。

 たしかに自分ひとりが運の乱気流に巻き込まれるんだったらともかく、人を巻き込み続けたら困るよね。日常生活にもろに支障が出ている。

 私は少し考える。ちょうど私の手元には【死に戻りスイッチ】があり、彼が死んでも私が死ねば、少し前にやり直せる。

 もしかすると、彼の運の乱気流もどうにかなるんじゃないだろうか。


「ならさ、夏休みの間だけでも、私と一緒に遊ぼうよ」

「……はあ?」

「巻き込まれなかったらいいんだよね? 私は運がいいし。巻き込まれないし。今もちょうど生きてるでしょう? なら、なんの問題もないよね?」

「……その内、君も諦めると思うよ」

「諦めないよ。だってさあ、寂しいじゃない。そういうの」


 誰も巻き込まないようにひとりで死にたいって。多分そんなの寂し過ぎる。だって、誰も運の乱気流なんて知らないから、感謝もされないもの。なんかいなくなったと思うだけ。

 感謝もされないことするくらいだったら、自分で楽しいことだけすればいいじゃない。

 こうして私と金川くんの、運の乱気流へのチャレンジの幕が上がったのだ。


****


 カチカチカチ。

 残り回数は三十八回になった。他の人に【死に戻りスイッチ】を使う暇がないほど、金川くんの運は乱気流に飲まれている。

 金川くんの誰も巻き込まない場所に行きたいというリクエストに応え、ふたりで近所の海岸のテトラポットで釣りをしようとしたら、テトラポットが崩れて落ちて死んだ。

 仕方がないからやり直して、「テトラポットが崩れるから行かないほうがいい」と教えたら、微妙な顔をされてしまった。


「人を巻き込まないで死ぬんだったら、それでよかったのに」

「そんな寂しいこと言わないでよ。私が悲しいじゃない」

「どうして君が悲しむの?」


 金川くんの目は死んでいた。いったいどれだけ運の乱気流で、人をひどい目に遭わせてしまったんだろう。抱えなくてもいい罪悪感を抱えて生きるのは、そりゃしんどい。私みたいに人助けのためにさっさと死に戻りを選べる異常者だけじゃ、世の中は成り立たない。

 私は腕を組んで、考えてから口を開いた。


「……知り合いが死んだら、悲しむのは当たり前じゃない?」

「君と僕、たまたま死にかけてるまで接点なんてなかったと思うけど」

「でもさあ。生きててなんもいいことないから死ぬって考えるには、さすがに早過ぎない? まだ人生のビッグイベント的なもの、なんもないのに」

「そんなもの、別に……」

「そうだ、もうすぐ夏祭りじゃない。そのとき私が浴衣を着てあげるから、見せてあげよう。青地に朝顔柄なんだ。可愛いよ」

「……それ、君が着たいだけだよね。それに夏祭りなんて人が多い場所には行けないよ」

「近くに行かなくっても、遠巻きに祭囃子を聞いて、私が買ってきたたこ焼きを食べるだけでもそれっぽくなるでしょう?」

「……僕、たこ焼きよりかき氷がいい」


 金川くんは、少しだけ呆けた顔をしていた。

 今の顔は少しいいな。私はそう思った。

 ふたりで食べたかき氷はブルーハワイでふたりして舌を出して地球人の考えた宇宙人みたいな舌になってゲラゲラと笑った。その日は久し振りに、運の乱気流でおかしなことは起こらなかった。


****


 残り二十一回。

 お盆も終わり、あと一週間で夏休みも終わる。

 酷暑で力尽きた蝉を避けつつ、私は死に戻りスイッチの残り回数を眺めていた。

 さすがに毎日二回のペースで死に戻るのは私も初めてで、金川くんの運の乱気流がおかしくなっていくことに気付きつつあった。


「もしかすると。本当だったら僕の運の乱気流で起こるはずだった不幸がキャンセルされまくった結果、運が悪くなっているのかもしれない」

「うん」

「……なんで君はそうすぐ茶化すの?」


 いきなり大富豪の遺産の入った圧力鍋が降ってきたと思ったら、一緒に夏休みの自由研究でつくった圧力鍋の爆弾が降ってきて、町の一角で大爆発が発生してしまった。

 私は慌てて死に戻ってから、もうどちらの圧力鍋が遺産で爆弾かわからないものだから、どちらも爆発するまでに海に捨ててこなければいけなく、二回も残数を使わなくてはいけなくなった。

 銀行強盗のトラックにはねられたために、警察に事前に連絡して確保しなければいけなかったり、無差別殺人事件は現行犯でなければ取り押さえられないため、お帰り願うために警察官のコスプレをして歩き回り「公務員のコスプレはしない」と本物の警察官に怒られてみたり。

 だんだん、金川くんの幸運関係なく、事件が起こるようになってきたのだ。

 金川くんが顔を暗くする。


「……もう辞めようよ。君をこれ以上巻き込むのは嫌だよ」

「なんでそんなこと言うの……」

「僕のこと、なんとかしようとした人たちは皆離れたんだよ。家族だって、あんまり僕がおかしなことに巻き込まれるから、親戚の残した空き家に僕を置いて皆避難しちゃったんだから」

「それは……」


 そんな寂しい人、ますますもって放っておけないじゃないか。

 でも金川くんは、つらくなったのか、前よりも自殺の頻度も上がってしまった。


****


 残り十回。

 明後日で夏休みが終わる。

 とうとうひと桁が見えてきてしまった。

 金川くんの運の乱気流は、だんだんただの凶運に転化しつつあるのは、私が何度も何度も彼が死なないようにやり直した分を「幸運」と見なされたために、もう不運の方に全振りしてしまったかららしかった。

 現に前はお金やらお菓子やら当たりくじやらがバンバン出ていたのに、それらはなりを潜めてしまった。さすがに残り回数内で、町がゾンビだらけになる危機を、食器洗い用洗剤で解決したのは、何度も何度も死に戻っている中で読んでいたマンガの知識のおかげだった。マンガの知識万歳。

 金川くんは、ゾンビの危機も突然無敵の人に襲われる危機もなんとか回避して、ぐったりとしてしまっている。


「やっぱり……僕、もうこのまんま凶運で死んだほうが」

「やめてよ。なんでそんなこと言うの?」

「……なんで君はここまで付き合うんだよ? もう充分付き合ったじゃないか」


 金川くんは嫌そうな顔をして言う。それに私は答える。


「だって、金川くんだけそんな目に遭うのはおかしいよ。それに、君のせいじゃないのに君が死のうとするのなんて変だ。絶対にその凶運へし折ってやる」


 絶対に彼を凶運から助け出すぞ。

 気付けば私は、ほいほい【死に戻りスイッチ】を使っていたのに、もう金川くんを幸せにするってこと以外には使わなくなっていた。

 それを金川くんが悲しそうな顔で見ていたことに、気付きもしないで。


****


「チャンスは残り三回です」どこか楽しげに声は告げた。


「……ふざけないでよ。三回で足りる訳ないでしょうが」


 明日に夏休みも終わる。残暑どころか酷暑が体を鈍らせる。

 その中私は頭を抱えていた。

 金川くんの凶運も、極まるところまで極まってしまった。

 季節外れのハリケーン。なんもかんもを薙ぎ倒していくそれに、彼の家が巻き込まれそうになり、私も助けに行こうとして死んだので、ハリケーンを避けるべく、やってくるタイミングギリギリでハリケーンの被害が出ないとされている隣町に避難することにした。

 私は【死に戻りスイッチ】を見た。

 四桁あったはずの数字は、とうとう三回になってしまった。どうしよう、どうやったら金川くんを助けられるんだろう。

 一緒に避難先の町のコンビニでおにぎりを食べていた金川くんは、悲しげに私を見た。


「もう諦めようよ」

「……なんでそんな弱気なの?」

「だって、天命だと思うし。僕はもう充分満足に生きたよ」

「なんで? まだ私たち高校生なんだよ? それが、どうして凶運のせいで残りの人生諦めなきゃ駄目なの?」

「だって……君が悲しそうな顔するの、もう見たくないもの」


 その言葉に、私の心臓はドキンと跳ね上がった。

 ……正義の味方になりたかった。人助けがしたかった。女の子はそんなことする必要ないって、小さい頃からそれはもう、口を酸っぱくして言われ続けた。どうして女の子が正義の味方になっちゃいけないのかがわからなかった。でも【死に戻りスイッチ】のおかげで、それができた。

 でも。私は何度も何度もやり直しても、なぜか運に見放された人に出会ってしまった。もう死にたがっているんだから放っておけよと心のどこかで思っていても、すぐに否定する。

 私がそれを、認めない。認めたくない。

 とうとうボロボロと泣き出してしまった。それにずっと諦観の念しか浮かべていなかった金川くんの表情が歪む。


「ちょっと……なんで君が泣くの!?」

「だって……お願いだから、お願いだからちょっとは生きようと思ってよ。私……あと三回しかやり直せないんだよ?」

「……なにが?」

「……死んだほうがマシなんて思わないでよ。私は君と一緒にいて楽しかった。君は私と一緒にいて楽しくなかったの?」


 特に他愛のないことしかしてない。

 夏休みはずっと一緒にいた。コンビニでアイスを食べ、当たりをもらい続けたり。海辺で花火を眺めてみたり。図書館で涼みながら夏休みの宿題をやってみたり。

 死に戻ってやり直しているからといっても、この他愛ない出来事まではなかったことになってないはずなんだ。

 金川くんの瞳は揺れ動いた。


「……本当に? 僕、多分これからも君を巻き込むけど」

「巻き込まれても一緒に逃げようよ。これからも逃げればいいよ」

「でも……」

「私は君のことが好きだよ。それでいいじゃない」


 死ぬときは痛い。

 バキバキになった骨の感触とか、いっぱい血が流れて冷たくなっていく体とか、そんなもの何回も経験なんてしたくない。好きがなかったら、我慢はできない。

 金川くんは私を見てから、やっと頷いた。


「……よろしく」

「うん」


【死に戻りスイッチ】のカウンターは、これ以上は減らない。減らしちゃいけないんだ。


****


 僕は生まれた頃から、運の乱気流がひどかった。

 僕が適当に言った数字の宝くじを父さんが買ったところ、それが当たった。一等当たったなんてすごいねと家族ではしゃいでいたら、次の日家が燃えた。隣の焼き鳥屋が火を付けたまま出かけたせいで、巻き込まれたんだ。宝くじで家を直すまで、僕たちは避難しなくちゃいけなかった。

 好きな子と隣同士の席になった次の日、隣の子がインフルエンザになった。僕も移り、すごい勢いで感染した結果、学級閉鎖になった。その年は学級閉鎖が一番多い年だった。

 僕の運の乱気流のせいで、だんだんだんだん周りから人が減っていった。家族からも離れなくちゃいけなくなった。

 仕方がない。笑えるほどに運がおかしいため、僕はもうそろそろ死ぬしかないかもなあと思ったとき、僕の手元に【死に戻りスイッチ】が転がり込んできた。

 最初は、もう無視して死のうと思ったのに、なぜか死なない事実に気が付いた。

 僕が死のうと思った瞬間に、彼女に助けられてしまうのだ。彼女から離れよう、さすがに人を巻き込んで死ぬのはよくない。そう思っても、気付けば彼女に連れられている。

 さすがに僕は焦って【死に戻りスイッチ】で巻き戻ることにした。人を巻き込まないで死なせてください。死ぬのは僕ひとりで充分です。他の人を巻き込まないでください。

 でも、彼女はなぜか何度やり直しても追いかけてきた。

 そしてだんだん、彼女と普通に過ごす日が増えていった。

 夏祭り。宿題。コンビニの帰り道。

 していること自体はごくごく普通のはずだ。でも、今まではひとりですることであって、ふたりでしたことなんてなかった。

 そんな彼女だからこそ、これ以上は迷惑をかけられない。

 僕の【死に戻りスイッチ】だって、とうとう三回しかなくなってしまったのだから。


「もう諦めようよ」

「……なんでそんな弱気なの?」

「だって、天命だと思うし。僕はもう充分満足に生きたよ」

「なんで? まだ私たち高校生なんだよ? それが、どうして凶運のせいで残りの人生諦めなきゃ駄目なの?」

「だって……君が悲しそうな顔するの、もう見たくないもの」


 そのとき、気丈な彼女の顔から、表情が抜けてしまった。

 ……嫌われた。これでいい。これで僕から離れてくれる。そう思っていたのに、彼女ときたら、ボロボロと涙を溢しはじめたのだった。


「ちょっと……なんで君が泣くの!?」

「だって……お願いだから、お願いだからちょっとは生きようと思ってよ。私……あと三回しかやり直せないんだよ?」


 それにギクリとした。

 まさかと思うけれど、彼女も【死に戻りスイッチ】を持っている?

 でも可能性はあると思った。僕が死のうとするタイミングで彼女が現れては、助かってしまうんだ。それはきっと、僕が死んだときに彼女を巻き込んでしまったからに違いない。

 申し訳ないから、何度も死に直していたのに、彼女は僕の上を行っていた。


「……なにが?」

「……死んだほうがマシなんて思わないでよ。私は君と一緒にいて楽しかった。君は私と一緒にいて楽しくなかったの?」


 それになんだか今度はこっちが泣きたくなった。

 自慢じゃないけど、僕は青春なんて言葉が嫌いだった。勝手に高校生は夢も希望もあるなんて押しつけるなよ。そんなもんないよ。

 でも彼女といるときだけは、本当にこんな世界も悪くないと思えたんだ。


「……本当に? 僕、多分これからも君を巻き込むけど」

「巻き込まれても一緒に逃げようよ。これからも逃げればいいよ」

「でも……」

「私は君のことが好きだよ。それでいいじゃない」


 その言葉で、なにかがカチンと噛み合った。

 もうこれ以上彼女を巻き込みたくない。でも結局彼女が勝手についてきてしまう。だとしたら、もう一緒に向き合うしかないじゃないか。

 彼女にも、僕の凶運にも。


「……よろしく」

「うん」


【死に戻りスイッチ】のカウンターは、これ以上は減らない。減らしちゃいけないんだ。


<了>

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