第20話
強い光に包まれて現れた椿の手に、刀身が美しく輝く見事な刀が握られていた。
「刀がどうしてあるの……?」
呆然と立つ椿に玲が叫ぶ。
「椿、危ないから下がってろ!」
玲が叫ぶと同時に、椿の脳内に朧の声が響いた。
「その刀で僕を殺してくれ」
「朧さん?」
声だけしか存在を感じられないが、不思議と手にする刀が朧に思えた。
「刀なんて使ったことないです」
「大丈夫、僕がいるから」
ふと近くに朧の気配を感じる。柄を握りしめると、自然と体が動いた。まるで使い方を知っているかのように。
「玲さん、私を持ち上げてください!」
そう叫ぶと、玲は椿を鼻に乗せ勢いよく振り上げる。宙に舞い、椿は掌を捻るようにして朧の脳天目掛け刃を突き刺す。
断末魔の叫びをあげながら、朧の体は煙のように消えていく。紫色だった空は紺色を取り戻し、太陽が昇る方向から橙色が見えた。
朧の命を刈り取ることを納得していない椿にとって、心にしこりを作った。
しかし、刀を通して朧の気持ちが伝わる。嬉しいという喜びでいっぱいの幸せな気持ちが。それを感じているうちに、これで良かったんだと自分に言い聞かせた。
「ありがとう、椿殿」
朧の嬉しそうな声が聞こえた。玲を振り返ると朝日を見つめている。考え込んでいるような横顔に椿は声をかけた。
「……全て終わりましたね」
「いや、まだ終わってないぞ」
玲はきょとんとする椿に言う。
「婚礼があるだろ」
玲はそう言うと狐姿のまま祠へ向かう。祠には気を失った棕梠がいるので早く帰してやりたいが、雰囲気を壊してしまいそうだったので、椿は黙っておいた。
棕梠には申し訳ないが、少しの間だけ我慢してもらおう。
「玲さん、人型にはならないんですか?」
「今、人型になったら裸だぞ。さすがに神聖な場所で長たる俺が裸はまずいだろ」
「じゃあ、その姿も裸なんじゃ……」
「これは本性だから良いんだ。つべこべ言わず、始めるぞ」
椿は頷く。玲は婚礼の言葉を口にする。
「健やかなる時も、病める時も、いついかなる時、お互いを愛し敬い支え合う事を誓います」
玲は祭壇に向かって一礼する。椿も彼に倣って一礼した。
婚礼はあっさりと終わった。夫婦になった実感があまり湧かないまま、祠で気を失う棕梠を玲の背中に乗せて翠玉邸へと戻る。
屋敷の前では残雪と揉み合う文福がいた。
「文福、どうしたんだ」
「あぁ! 玲様、よくぞご無事で……」
文福は前肢で残雪の頭を押さえ込むと、玲を見上げて言う。
「色々お尋ねしたい事はございますが、今回の事件を主導したのはこやつなんです」
「またお前か」
「残雪が棕梠殿を唆して鳳仙の封印を解き、玲様がそちらに向かっている間に、翠玉邸を乗っ取ろうと画策したそうでして」
ふにふにの肉球で残雪を叩く。ぽふぽふと全く痛くなさそうな音が聞こえてくる。
玲は残雪を睨み付ける。
「余計な事しやがって。お前のせいで国が危なかったんだぞ」
「す、すみません。もうしませんから」
「文福、こいつに術をかけてやれ。2度と悪さが出来ない体にしてやる」
腰を抜かした残雪へ、にやりと不敵な笑みを浮かべた文福が呪を唱え始めた。
残雪は助けを乞うが、誰も耳を貸さない。
文福が唱え終えると小鬼はネズミへと姿を変えた。そそくさとその場を去るネズミ。皆の視線を受け建物の細い隙間へと消えていく。
「後はこいつの手当てだな」
玲の背中では穏やかな表情をして眠る棕梠がいた。文福は彼を見ると、衝撃で眠っているだけですねと答える。
棕梠は翠玉邸の客室に寝かせられた。眠っているだけなのでそのうち起きるだろう。
玲は翠玉邸の裏山で人型になり、服を着替えてから屋敷に戻ってきた。狐の姿になるのも手間が掛かるのだと庭の池を眺めながら椿は思う。
庭にいる鯉は外で起きた事など知る由もなく、優美に水中を泳いでいる。鯉のヒレは水面に一線を描く。
「色々あったなぁ」
こちらに来てからたくさんの出来事が椿を待ち受けた。出会いもあり、別れもあった。これからもきっと繰り返していくだろう。
「何してたんだ?」
後ろから着替え終えた玲がやって来た。
晴れて夫婦となった2人はお互いを見つめ合うと、声をあげて笑った。
「椿、ありがとうな」
「玲さんがお礼を言うなんて珍しい。どうかしたんですか?」
「兄貴と戦っている時、殺してくれっていう強い思いが届いたんだ。でも、俺には殺せない。兄貴がそう望んでも出来やしない。椿には汚れ役を押し付けてしまったが、感謝してる。兄貴を解放してくれてありがとう」
椿は優しく微笑む。妖狐の朧はもう居ないが、椿には朧の気配を傍に感じていた。
まだ生きているような気がするのだ。
椿は玲の手を握る。玲が優しく微笑みかけてくれた。
大事な人と一緒に居ることが椿にとっての夢だ。一緒にいるだけで、何でもない事も大切な思い出に変わる。
椿の腰に差された刀がきらりと光った。
あやかしの花嫁 十井 風 @hahaha-
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