7日目

「どうせ寝れないと思って、夜食にお赤飯のおにぎりを作りました」

「賢い人の馬鹿の思考。で、櫻井はなんで?」

「豚汁係っス」


 日付が変わって随分と経った頃、スケルトンな部屋のドアがノックされたと思ったら、山盛りのおにぎり持ったキャシー博士が櫻井看守を連れ、そんな事をのたまった。

 俺はと言うと、生まれた三つ児ちゃん? の夜泣きが酷く、スリングで抱えながら、大きめのロッキングチェアで半分寝そべりながらゆらゆら揺れていた。

 ミルクやおむつの世話がないだけマシだが、如何せん泣き声がすさまじい。


「新種のマンドラゴラを研究して、繁殖方法と諸々確立したら、どうすんの?」


 本当は生まれたマンドラゴラ達を検査したいだろうに、キャシー博士は俺に預けたまま引き離そうとしない。

 って、豚汁うま! 櫻井看守すごいな!


「幻覚作用を上手く医療用に使えないか、自白用の薬に出来ないか。マンドラゴラ自体が万能な割に稀少だからな。可能性は未知数だろう。しかしなぁ……」


 変に歯切れの悪いキャシー博士と、神妙な顔で相づちを打つ櫻井看守。

 なんだよ。豚汁お代わり下さい。


「そんだけ喜怒哀楽あって動いて、生まれるまで見守って出産にも立ち会って、そんな幸せ親子オーラ見せ付けられたらもうね、もうねなんスよ。子どもを奪って解剖して研究……無理に決まってんじゃないっスか!」


 おもいきり豚汁噴き出した! 鼻に入ったいってえぇ!

 折角寝ていたスビがこの騒ぎで起きてしまった。

 もぞもぞ布団から起き出して来るや、子ども達と一緒にスリングの中へ。


『こーぞー アカチャン ネタ』

「お? ホントか?」


 スビに言われてスリングをのぞき込むと、キャシー博士達も一緒にのぞき込んできた。

 同じ寝顔が三つ。いや、四つか。

 仲良くくっついてにっこり微笑んだまま、みんな眠っていた。

 キャシー博士達は顔を見合わせひとつ頷くと、おにぎりと豚汁に蓋をして、軽く頭を下げ静かに出て行った。

 戦友って感じだった。


☆★☆★


 最近忙しいのか、あまりキャシー博士と会っていない。

 食事は三度きっちり持ってくるが、検査も何もその時にぱっと済ませ、すぐにどこかに行ってしまう。

 ブラインドの隙間から探してみても、姿が見えないことの方が多い。

 お陰でスビとの時間が増え、ほぼ毎日子どもも生まれる。

 凄い言葉だな、ほぼ毎日子どもも生まれるって。

 巣立っていった子どもも多い。

 複雑。複雑だが、元々そういう話だ。

 

 そんな日常を送っていたある日、聞き覚えのあるヒールの音と共に、スケルトンな部屋のドアがノックされた。

 ドアの外には勿論キャシー博士。久しぶりのフル装備のキャシー博士……フル装備もフル装備、何故か髪も決め決めでウエディングドレスを纏っていた。

 

「おはようこーぞーちゃん! 突然だけど、私これから事情聴取で出頭しないといけないの。だからここの鍵開けておくわね」

「じじょ、え? なん?」


 出会い頭に情報過多なこの感じ、懐かしい~!

 そうそう、キャシー博士といったらコレよコレ。

 パニックになりつつ頷き続けていると、スビが不思議そうにウエディングドレスの裾を摘まんだ。


「んふふ、これ? 良いでしょ~? 来るべき今日の為に、オーダーメイドで作っておいたのよ」

「良いね、それでこそキャシー博士!」


 ツッコミも疲れ、拍手で称えていると、キャシー博士の後ろから櫻井看守がひょっこり顔を出した。

 櫻井看守はいつも通りの服だ。安心した。


「事情聴取って、何したんだ? 余罪が山ほどありそうな、なさそうな」

「トップのジジ共が、こっちに責任丸投げしただけよ~。すぐに帰ってくるから」


 キャシー博士はそれ以上何も言わず、ランウェイを歩くようにノリノリで行ってしまった。

 脇に避け、一礼しながら見送る櫻井看守がまた、良い仕事をしていた。

 

 それからは、キャシー博士の代わりに櫻井看守が食事を届け、指示されたであろう簡単な検査をする、俺としてはあまり代わり映えしない生活が続いた。

 唯一変わった事と言えば、スケルトンな部屋のドアの鍵を閉めなくなったくらいだった。


☆★☆★


 深夜、マンドラゴラ達も寝静まり、スビと夫婦水入らずの時間を過ごしていると、ドアが静かにノックされた。

 鍵は開いているはずなのに、こんな時間に誰だ? 少し警戒しながらドアを開けると、白衣姿のすっぴんキャシー博士が顔を出した。


「うわっ! 博士、久しぶり……」

「二人とも変わらずで良かったわ」


 おお、口調はそっちか。

 博士はスビににこりと微笑みかけると、自然な柔らかい表情で真っ直ぐに俺を見詰めてきた。


「こーぞーちゃん、今すぐにスビちゃんとどこか遠くに逃げなさい」

「は?」


 何を言っているんだと腰を浮かせると、キャシー博士は俺のポケットに何かを詰め込んできた。

 ポケットから引きずり出して見ると、くしゃくしゃになったまとまった金と、明らかに偽造された身分証明書。

 顔を上げると、キャシー博士は相変わらず優しい顔をしていた。


「私は人体実験をしていたとして、もうすぐ捕まるわ。この研究所も記録も、全て抹消される。貴方たちもね」

「待ってくれ! 人体実験って、確かにそうかも知れないけど、途中からだけど、俺はちゃんと俺の意思でここにいる! 酷い扱いは受けていない。博士の研究所おうちでイチャイチャしてただけだろ!? なぁ!?」


 いきなり過ぎて理解が出来ない。

 キャシー博士が突拍子もないことを言うのはいつもの事だが、今回はシャレにならん。

 人体実験? 確かにそうだけど、そうじゃないだろ。必要な、俺にしか出来ない事のはずだ! 俺にしか出来ない、医学に貢献できる事だったはずだ!

 納得できないとキャシー博士の胸ぐらを掴むと、スビがその腕にしがみ付く。


「それがね、問題は人体実験だけじゃないのよ。新種のマンドラゴラの成分で、とーっても厄介な、戦争やバイオテロを起こせる薬をね、トップのジジ共が勝手に作っていたのよ。その責任がぜーんぶ私に来ちゃったの。良い足きりよね。ジジ共は研究結果を手に行方をくらませたわ。独房に入るなら、こーぞーちゃんが居たとこが良いわぁ。櫻井くんに頼めば大丈夫かしら」

「そうだ! 櫻井くんは……!?」


 櫻井看守もこの件に関わっていた。まさか、あいつも……!?

 しかし、俺の言葉にキャシー博士は首を振った。

 

「彼は大丈夫。ただ警備をしていただけで、こーぞーちゃんはただの受刑者だと思ってたって事で、どうにか押し通せたわ」

「そっか……。ただの受刑者って言葉も、そこそこ傷付くな」


 安心したようななんと言うか。

 ふと研究室の入り口に視線を向けると、上を向き歯を食いしばり、泣くのを我慢し立ち尽くす櫻井看守の姿が見えた。

 一緒に櫻井看守を見詰めていたキャシー博士はゆっくりと視線を俺に戻すと、端末からメモリを抜いて、俺のポケットにぽとりと落とす。


「ジジ共に出さなかった、貴方たちの愛の記録よ。破棄するには、愛着がわき過ぎちゃって」

「待って、猛烈に恥ずかしくなってきた」


 スビの背中に顔を埋め、羞恥に耐える。

 愛の記録言うな。提出しないでくれてありがとう!

 

「こーぞーちゃん達がこの後、どこでどう生きていくか、使うか分からないけど、お金と身分証明書は持って行ってね」


 キャシー博士は一度そこで言葉を区切ると、スビを抱き上げ、優しく頬をさすってやる。

 その姿があまりにも女性らしすぎて、危うく性別を忘れるところだった。すっぴんなのに。


「さっきのメモリには、こーぞーちゃんの日々の健康チェックの数値も記録されているわ。絶対に人に渡しちゃダメよ。……最後まで言うつもりは無かったのだけど、こうなっちゃったらしょうが無いわよね。こーぞーちゃん達を守れるのは、私しか居ないのだし」

「何、言って……?」


 顔をてしてし叩いてくるスビに、上品に笑い返したキャシー博士は、朗らかなすっきりした、肩の荷が下りたような顔をしていた。


「櫻井くんも私も、スビちゃんの声は聞こえないわ。最初と変わらず、ずっとぴゃいぴゃい鳴いているようにしか聞こえないの。あなただけ。苗床としてスビちゃんに適応し、人の道から外れちゃった、この世にたった一種の、新種も新種のマンドラゴラ。それがあなたよこーぞーちゃん」


 俺が、なんだって?


「待ってくれ。スビの声が聞こえない? 嘘だろ、こんなにおしゃべりで、毎日楽しく歌ってるスビの声が? で、俺がマンドラゴラ? 何言って――」

「時間が無いの、聞いて。健康チェックの記録を見れば分かるけど、初めて繁殖に成功した日から、急速に人としての数値から外れて行ったの。今はもう、殆どマンドラゴラの数値に近い体をしているわ。……だから、いつまでさっき渡したお金と身分証明書が使えるか分からない。言葉も、いつまで通じるか分からない。今後どう変化していくか分からないの。だから、お願い。できるだけ遠くに逃げて」


 キャシー博士は早口でそこまで言い切ると、正座し床に頭をつけた。

 ぼんやりと言葉が出ない俺と、顔を上げないキャシー博士。

 すると、櫻井看守が鼻を啜りながら、キャシー博士の肩を叩いた。


「博士、博士。そろそろ行かないと」

「待ってくれ! 行くって、どこに」


 スッと立ち上がったキャシー博士の足にすがりつく。

 すっげぇ情けないけど、なにがどうなってんのかまだ理解出来ないんだって!


「最後に着替えるって言って、護送車を待たせてきたの。あ、それに寂しいのは今だけよ。うふふ、見てこれ」


 清々しい笑顔のキャシー博士は、ぐいっと腕まくりした。

 その腕には――。


「マンドラゴラ……」

「そっ。こーぞーちゃんの最初の子どもがね、私を気に入ってくれたのよ。だからね、すぐに二人を追い掛けるわ。私たちの愛の方が、より濃厚なんだから」


 白衣のポケットからマンドラゴラを取り出し頬ずりしたキャシー博士は、にっこりといつも通り、櫻井看守と部屋を出て行った。













【次のニュースです。未開の地とされた○諸島で、新種のマンドラゴラが見付かりました。しかし、近年見付かった幻覚作用のあるマンドラゴラの比ではない、強力な作用がある為、政府は、諸島の一部を禁域とするときめました。


続いて速報です。人体実験をし、バイオ兵器を製造し逮捕された菊池たかし容疑者が、忽然と姿を消しました】

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独房に咲くマンドラゴラ チャヅケ=ディアベア @olioli_kuma

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