十章
第40話 夏休みのはじまり
前期生徒会の事件が、無事にいい形で収まった、数日後。
星山高校、校内。
もう夏真っ只中。
ただ、学校の中は、比較的涼しい。
だからこそ、ときどき風が入ってくると、その風がもう暑いこと暑いこと。
「というか、こんな小さいお手伝いもするんだね」
「はい。頼まれたものですし、そもそも奉仕活動というものは、こんなものですから」
「偉いなあ。まあ? 私も生徒会に入れてもらったからには? 頑張りますよ?」
「ふふ。そうしていただけますと助かります」
廊下で仲良さそうに、俺の目の前を、歩きながら話しているのは、桜花と沙羅だ。
沙羅が生徒会に入ってから、まだ数日だが、もうひふみ以外のメンバーとは、かなり仲良さそうに話している。
ただひふみは、他の三人と比べて、沙羅との絡みも少なくて、なおかつ、ひふみ自身が「派手な女の子怖い苦手」と公言している。
沙羅はどちらかというと、派手な感じなので、多分ひふみは、年上でちょっと派手な沙羅のことを、怖いと思っているところがあるのだろう。
でもまあ、アニメの話でもしてやれば、ひふみはすぐに懐くだろうね。
「というか、夏休み感出てきたね」
前を歩く二人の会話は、止まらない。
「そうですね……。あ、そういえば、藤田さんにはまだ言ってなかったと思いますが、八月に藍原グループが手掛けているホテルに、私の友人たちを招待する予定でして、よければ藤田さんもどうかなと」
「あー! それちょっと来栖くんから聞いてた!」
沙羅がそう言うと、前にいる二人は、俺を見た。
「そうだね。話してた気がするかな」
「そうでしたか。ならぜひ、藤田さんも来てください。私自身のためにもなりますから」
「いくいく! 絶対いくよ〜」
沙羅は、嬉しそうな笑顔を咲かせていた。
そんな会話をしながら、廊下を歩いていると、二人の女子生徒が、俺たちの歩く先のベンチに座っていた。
「うわ、藤田だ」
「あ、ほんとだ」
明らかに不機嫌そうな顔をしながら、その二人の女子生徒は小声で言った。
「会長と副会長かわいそ〜。不祥事起こした問題児のお世話なんて」
「ちょっと……聞こえるでしょ」
二人は小声で話していたが、俺にはしっかり聞こえていた。おそらく、桜花と沙羅にも、聞こえていただろう。
「……」
その二人の前を、俺たちは通り過ぎようとした。
そんな中、桜花はただ一人、足を止めて、その二人に対して向き合おうとした。きっと、沙羅が言いたい放題言われているのが、許せなかったんだろう。
しかし沙羅は、とっさに桜花の肩を抱えて、そのまま通り過ぎるように促した。
桜花は最初、沙羅に抵抗しようとしていた。でも、首を振る俺を見て、桜花は沙羅に抵抗するのをやめて、素直に歩き出した。
俺が首を振ったのは、そこで言い返しても、なにも起こらないと思ったからだ。
「ありがとうね。言い返そうとしてくれたんでしょ」
「はい……すみません。頭に血が昇ってしまって」
歩きながら桜花は、素直に自分の行動を省みて、俯いた。
しかし、次の沙羅の一言を聞いて、桜花はまた、顔を上げることになった。
「慣れてるからさ、平気だよ」
「はい? ちょっと、それはダメです。慣れてるからといって、ずっとこのままでいいんですか」
「……」
顔を上げた桜花は、優しくも強く、沙羅にそう訴えた。
俺たち三人の、廊下を歩く足は、止まっていた。
沙羅がだんまりだったので、俺が助け船を出そうと、「そうかもだけど……」と口を開こうとしたが、俺を片手で制してから、沙羅はまた口を開いた。
「じゃあこうしよう。あの子たちは、もう三年生。卒業も近いから、ほっといていいよ。勝手に縁が切れる人たちだから」
沙羅はそう言い放った。
まあ確かにその通りだ。
実際、沙羅の話は、三年生からよく聞くことが多い。
二年生や一年生から、沙羅の話を聞くことは、ほとんどない。彼らが知っていることといえば、なんとなく沙羅が留年していることは知っている、ぐらいだ。普段、学校で過ごしているとわかるけど、意外と、生徒会の去年の事件を、明確に記憶している生徒はいないんだ。
だって、実際に不正で使用された金額は、五千円。この学校に通っている生徒の数を考えると、一人十円もいかない。そんな些細な自分にあまり関係のないこと、覚えている人はあんまりいないんだ。
気にしてるのは、元から沙羅を、あんまりよく思ってない人たちなんだろうなと、思う。
だって、この美貌でこの性格だ。あんまり気をよくしない女の子がいても、おかしくないはずだ。
「……わかりました。藤田さんが、そう言うのなら」
「うん。ありがとね」
「すみません、私こそ、突っかかってしまって」
桜花がそう言ったときに、俺は思うところがあり、口を挟むことにした。
「仕方ないよ。沙羅に本当に起こった真実を、知っている人は少ない。表面上の事実である、生徒会の事件の話だけ聞いてるなら、あの人たちのようになるのも、まあ理解できる」
「そうですね。ここは我慢するしかないですね」
俺が言うと、桜花は納得したようで、強く頷いていた。
少し、雰囲気が暗くなってしまったその時、正面からとても明るい声が聞こえた。
「桜花ちゃん!」
そう言いながら、廊下を歩いてこちらに向かってくる女子生徒がいた。
俺は、その子に見覚えがあった。
確か、桜花と同じクラスの、鈴木さんだったかな。覚えがある。髪は長く、後ろ髪の表面だけを少しだけ取って、一つにまとめている。
「真由美ちゃん。少し久しぶりですね」
「うん! 会長さんと藤田先輩も初めまして! 鈴木真由美です!」
「あ、うん。来栖緑です」
「藤田沙羅です」
鈴木さんは、俺だけじゃなくて、沙羅のことも、どうやら認知しているらしい。
「あれ? まあ、生徒会長の来栖くんのことを、知ってるのはいいとして、どうして私のことまで知ってるの?」
沙羅も、鈴木さんがなんで自分を認知しているのかが、気になったらしい。
「桜花ちゃんから話を聞いてた、ってのもありますけど、元々綺麗な人だな、話したいなって思ってたんです! だからなんとなく知ってました!」
「えへへ〜。そうなんだ〜。うれしいな〜」
うれしそうに話す沙羅と鈴木さん。
「あんまり、集団でいるところを見なかったので、勝手にクールな人だと思ってましたけど、実際話してみると、なんかふわふわしてて可愛いですね」
「えへ? そう?」
「はい! 話せてうれしいです! もちろん、会長さんとも、まともに話せたの初めてなので……」
「そうだね。いつも桜花と仲良くしてくれて、ありがとう」
俺がそう言うと、桜花は鈴木さんの隣に立った。
「真由美ちゃんとは、中学部からの付き合いなんですよ」
鈴木さんからも、なんとなくだけど、桜花と同じお嬢様の雰囲気を感じる。
内部生だし、きっと鈴木さんも結構なお嬢様なんだろうと思った。
「改めて、よろしくお願いしますね。お二人とも」
鈴木さんがそう言うと、俺と沙羅も、続いて「よろしく」と返事をした。
***
「なんか、元気いっぱいな子だったね」
鈴木さんと別れてから、また俺たちは生徒会室に向かって歩き出した。
「そうだね」
鈴木さんと会ってから、数分の間。彼女のマシンガントークは止まらなかった。
桜花は生徒会ではどんな感じだとか、藤田さんの使ってるコスメはなんだとか、ひふみくんは最近どうだとか、もう話したいことを話したと思ったら、「あ! ピアノの練習の時間に遅れてしまいます!」と言いつつ、丁寧に俺たちに礼をして、ピューとどこかへ行ってしまった。
「結構、人と楽しくしてる時のひふみくんに、似てるんですよね」
「あ、確かにそうかも」
確かに、颯と楽しくオタクトークしてる時の、ひふみに似ていた。ちょっと既視感あったのは、そのせいかもしれない。
そう話しつつ、廊下から階段に向かうために、左に曲がろうとすると、正面から俺たちが歩いてきた廊下を通ろうとした生徒と、鉢合わせた。
「おっと! って来栖くんじゃん」
「あれ、宮崎さん」
鉢合わせた生徒は、俺と同じクラスの宮崎さんだった。
あれだ。体育祭の二人三脚のときに、熊澤に抱えられてた、小柄な女の子だ。
宮崎さんは、テニスラケットが飛び出しているスポーツバッグを肩にかけていて、体操着姿だった。
「って! うおお! 藍原さんと藤田さんまでいるじゃん! 生徒会の美女たちを侍らして……やるじゃない」
「いや……生徒会の仕事の後だから……」
宮崎さんは、わざとらしく俺をからかった。
「藍原さん、宮崎です」
「あ、はい。藍原桜花です」
「藤田さん、宮崎です」
「えへへ。藤田沙羅です」
「いやー! かわいい! こりゃたまりませんなぁ!」
宮崎さんは、大きな声で笑った。
廊下には誰もいないせいか、笑い声がめちゃくちゃよく響いていた。
「なに、その三下みたいな話し方」
俺は少しニヤけながら、宮崎さんに尋ねた。
「そりゃあね。生徒会なんて身分の方々には、ゴマ擦っとかないと。美男美女揃いで? 奉仕活動までしてて、いろんな人からの評判も良くて? 学力トップの人たちやら、元アイドルやらが在籍してるとなっちゃあ……ゴマ擦るしかないですよ、兄貴」
やっぱり三下みたいな口調で、ゴマを擦ってくるのは、宮崎さんだった。
「というか、藤田さん」
「なにかな?」
宮崎さんは、藤田さんに話を振った。
ちなみに、三下みたいな口調は、やめている。ころころ口調が変わる人だ。
「うちの部活の男子たちが、噂してたよ。二年生で一番かわいいのは、藤田さんだって」
「えへへ。そうかな? ありがとうって言っといてよ」
「いいや、言わないよ。あいつら絶対調子乗るもん。藤田さんに絶対、迷惑かけるだろうし」
こう人の話を聞いていると、沙羅は結構学校の中でも目立っているように思える。
ただ、今まで一人でいることが多かったから、沙羅になかなか話しかけられる人がいなかったんだろう。いつも一人でいる人に、話しかけるハードルってのは、結構高いもんだ。
「宮崎さんは、部活?」
「うん。今終わったところ……あ! ごめん! 後輩たち待たせてた! ご飯食べに行くんだった!」
「あはは。いってらっしゃい」
「さらばだ!」
宮崎さんはそう言うと、早歩きで廊下を駆けていった。
「なんか、今日はあんな感じの子とよく会うね。鈴木さんだったり、宮崎さんだったり」
「ですね」
宮崎さんを見送ると、俺たちはまた歩き出した。
「もしかして、沙羅が留年してることを知ってる人って、あんまりいない?」
俺は、二人にそう尋ねた。
少なくとも、今さっき会った二人は、沙羅が留年してることを、知らなそうの様子だった。
「確かに、一年生は藤田さんが留年してることを、知らない人が多いはずです」
桜花は、一年生の様子を伝えてくれた。
「三年生はほとんど知ってるはず。私、目立ってたし、友達……も一応多かったし」
自分の解釈も含めて、三年生の様子を、沙羅は話してくれた。
「二年は半々って感じかもね。男子は知らないか、気にしてない人が多いかな。女子は意外と気にしてそうかも」
俺も、自分の二年生の様子を話した。
熊澤とかは、知らなそうだったし、友達から沙羅の留年の話を聞いたことなんて、一度もない。
でも、沙羅の噂だったり、留年してるみたいな話をしていることを、聞くことはそこそこある。
「私自身は、結構気にしてたけど、意外と気にしなくてもいいのかな」
沙羅は、俺たちにそう尋ねてきた。
「少なくとも、自ら留年してると言う必要はないかと。後ろめたい感情は、持たない方がいいと思いますよ」
「そうだね。沙羅はたぶん、腰が引けてるんじゃないかな」
俺と桜花は、沙羅にアドバイスをした。
「そっか。じゃあもうちょい、前向きに頑張ってみようかな〜」
少し元気な声色で、微笑みながら沙羅はそう言った。
***
生徒会室に戻った俺は、まだ終わっていなかった夏休みの宿題をやっていた。
桜花もなにやら、作業をしてるみたいで、沙羅は生徒会室に戻る前に、飲み物を買ってくると言って、また一階に向かっていった。
颯も渋い顔をしながら、宿題をしているみたいだった。
ひふみはというと、イヤホンをして、楽しそうな顔で、パソコンの画面と向き合っている。たぶんアニメを見ているんだろう。
「おいしょっと……」
そんな感じで、各自過ごしている生徒会室に、沙羅が戻ってきた。扉をゆっくりと開けて、生徒会室に入ってきた。
左手にはペットボトルのお茶と、目新しい炭酸飲料が見えた。沙羅は二本も飲むのだろうか。まあ夏場だし、理解はできるけど。
そんな沙羅は、自分の席にお茶を置くと、炭酸飲料のほうは、左手に持ったまま、ひふみの席に近づいて行った。
沙羅は、ちょんちょんとひふみの肩をつついて、ひふみを振り向かせた。
「は、はい。何か用でしょうか」
ひふみは、恐る恐るイヤホンを外し、いつもの元気な返事ではなくて、少し怯えたような小さい声で、沙羅に話していた。
「はい。新発売のグレープフルーツコーラ。さっき、飲んでみたいって言ってたよね」
「え! 買ってきてくれたんですか!」
「うん。コンビニ行くついでに、見かけたから買ってきたよ。ほら」
沙羅は、そのグレープフルーツコーラをひふみに渡した。
「ありがとうございます! お金は……」
「別にいいよ〜気にしないで」
「えへへ。ありがとうございます!」
沙羅はそのまま座席に向かった。
向かう途中に、俺は沙羅に視線を送った。その視線に気がついてくれた沙羅は、軽くウインクをしてくれた。
実は、もともと沙羅から「ひふみくんがずっと私に怯えてるみたい」と相談を受けてはいた。
俺は「ひふみは意外と単純だから、共通のアニメの話とか、なにかひふみが喜びそうなことをしてあげれば、簡単に仲良くなれるかも」と、言ってはおいたのだけど、沙羅はそれを華麗に実行してくれた。
ひふみを見ると、美味しそうにグレープフルーツコーラを飲んだ後、机で宿題をやる沙羅を、まっすぐな瞳でじっと見つめていた。
たぶん、「この人、いい人じゃん!」とか思ってるはずだ。だってひふみは、意外と単純だから。
「だー! わからん!」
ずっと、渋い顔をしていた颯は、思いっきり椅子に寄りかかって、そう言った。
「はい、どこですか」
そう言って、席を立ったのは、桜花だった。
「ここだ! この応用問題!」
「あ……うーん。先輩、ちょっとヘルプ桜花、お願いします」
応用問題ということもあってか、桜花もあんまり自信なさそうだった。
「はいはい。おいしょっと……」
俺は席を立ち、颯の元に向かう。
「私もいいかな? 私もわかるかもだし」
沙羅も、颯の席の近くに寄ってきた。
「あ! 俺だって! 教えられますよ!」
ひふみも、颯の席に寄る。
「あー確かにこれは、難しそうだね。俺も苦戦した覚えがあるかも」
俺は、颯が躓いた問題を見て、そう言った。
「やべ、わかんね」
沙羅は、苦笑いしながら、早口でそう言った。
「うーん。パッとわからないので、今から俺も解きますね」
ひふみはそう言って、ノートに何かを書き始めた。
そうして、生徒会全員で、颯の問題を教えることになった。
こう思うと、生徒会もだいぶ賑やかになった。
いい意味で、頼りになりすぎない颯や、色々なことを経験してきた沙羅が、生徒会に入ってきてくれたおかげで、カチッとしていた生徒会に、少し柔らかな雰囲気がプラスされたように感じる。
これからの生徒会が、よりよい方向に進んで行けるように、俺も頑張らないといけない。
次の更新予定
4日ごと 12:00 予定は変更される可能性があります
星山高校生徒会よ、信頼を取り戻せ! 河城 魚拓 @kawasiro0606
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