第3話 はじめての奉仕活動

 桜花のもう一つの顔を知った次の日。

 俺と桜花とひふみは、今日も生徒会室に集まっていた。

 ただ、今日すべき仕事はない。俺は生徒会室には、勉強をしに来ていた。勉強をするのに、こんなにもいい環境はなかなかない。基本的には静かだが、吹奏楽部の楽器の音や運動部の声、放課後に話している生徒たちの声が、程よく聞こえてくるこの環境は、無音の環境よりも集中できる。

「はい、先輩。お茶入れてみました」

「おお。助かるよ」

 桜花は、俺にお茶を淹れてくれたみたいで、桜花の手には湯呑が握られていた。

 俺がそれを受け取ろうとすると、桜花はその湯呑を持っていた手を引き、俺の手から遠ざけた。

「うふふ」

 桜花はいたずらっぽく笑った。

「なんだその小学生みたいないたずら」

「えへへ。言ったでしょう? 先輩のことを困らせちゃうって」

「言ってたな」

 俺が言うと、桜花は湯呑を今度はしっかりと渡してくれた。

「ありがとう」

「いいえ。大好きな先輩のためですから」

「はいはいどうも」

 俺は軽く桜花を流した。でも、素直に気持ちを伝えてくれるのは嬉しい。

「ふふ」

 そう言って桜花は、幸せそうに笑うと、次にひふみがいる席にもお茶を置きに行った。

「ありがとう。桜花さん」

「いいえ。って……アニメ見てるんですね。イヤホンしてるし、何か見てるのかなとは思ってましたけど」

 ひふみは、どうやら自分の席でアニメを見ているらしい。

「うん。知ってる? このアニメ」

「見た事ないですね」

「そっか……まあマイナーなアニメだし、仕方ないか……」

 そう言うとひふみは、桜花から視線をパソコンの画面に戻した。

 するとその時、生徒会のドアがノックされた。

「はい!」

 桜花が一番に返事をすると、桜花はそのままドアに向かい、そのままドアを開けた。

「ど、どうも~」

 そのドアの向こうには、大人しそうな顔をした綺麗なショートカットの女の子がいた。

「そ、その……生徒会が悩み事を解決してくれるってポスターで見たんですけど……」

 その女の子は、小さい声でそう言った。

「おお。もう来たのか」

 どうやら、生徒会の奉仕活動開始の宣伝を見て、来てくれた女子生徒だったらしい。

「宣伝効果、ありましたね!」

「ああ」

 ひふみは嬉しそうに席を立って、喜んだ。

「はい。何かお困りごとですか?」

 桜花は、その女子生徒に対してとてもやさしい口調で尋ねた。

「えっと……」

 ただ、その女の子は口をもごもごさせた。少し緊張しているか、言いづらそうなことがあるのだろう。

「……とりあえず、中へどうぞ。お茶とお菓子ありますから」

「あ、はい」

 見かねた桜花は、その女子生徒を生徒会室の中に招き入れた。

 こういう時、しっかりと冷静に物事を判断して、コミュニケーションをとってくれる桜花は頼りになる。まあ、昨日みたいなことがあると、冷静さを失ってしまうんだろうけど。

 そうしてその女子生徒を、生徒会室にあるソファに座らせて、その前の机にお茶とお菓子を桜花が出してくれた。そして、その女子生徒に対面するような形で、俺たち三人もソファに座ろうとした。

 しかし、桜花は俺とひふみを止めた。

「待ってください」

「どうした? 桜花」

 俺が尋ねると、桜花はすぐに返答をした。

「この子、結構緊張してそうなので、三人で話を聞くと、圧力をかけてしまいそうだと思ったんです」

「ああ。確かにそうだね」

 俺は、桜花の意見に同意した。

 確かに、この様子だとかなり勇気を振り絞って、この子は生徒会室に来てくれているように見える。

 このまま俺たち三人で話を聞くとなると、三対一の状況になり、この女子生徒は少し話しにくいかもしれない。

「じゃあ、女の子同士だから藍原さんと、会長が話を聞いてください。俺は席で……まあ聞いたり、聞いてなかったりしますので」

 ひふみは、手を小さく上げながら言った。

「ありがとうひふみくん。助かります」

「気遣い、サンキューな」

「いいえ。大丈夫です!」

 桜花と俺が、ひふみに感謝を伝えると、ひふみは元気に返事をして、自分の席に戻っていった。

 そうして、桜花と俺は来てくれた女子生徒の対面に座った。

「えっと、俺は来栖緑だ。今日は来てくれてありがとう」

「あ、いえ」

 その女子生徒は、相変わらず緊張していそうな動きをしていた。

「私は藍原桜花です。お名前と学年を教えてもらってもよろしいですか?」

「あ、はい。阿部恵です。一年生です」

「阿部さんですね。重ねて、本日は来てくださりありがとうございます」

「あ、はい……」

「それで、悩み事とはいったいどのようなものなのでしょうか」

「えっと……」

 桜花が阿部さんに尋ねると、やっぱり口を噤んでしまった。

 ここまでは来られたけど、やっぱり言い出す勇気はまだないみたいだ。

「えっと~」

 俺も困ってしまって、声を出しながら桜花のほうをチラッと見た。

 もちろん、俺の意志としては「桜花、どうにかできない?」ということを伝えようしている。

「……」

 桜花は俺からのアイコンタクトを受け取ると、くすっと微笑んだ。その微笑みは、俺を困らせている時の嬉しそうな微笑みではなく、ひふみなどに見せている優しい微笑みだった。

「阿部さん、クラスは何組なんですか?」

「あ、三組だよ」

「へえ! 私は四組です。お隣さんですね。それならきっと、体育の授業で一緒になってますね」

「あ、そうだね」

「友達とかはできましたか?」

「うん。少ないけどできたよ」

「それはよかったです。五月のゴールデンウイークまでに友達作らないと、いろいろ困りますからね」

「そ、それな! やっぱり、ゴールデンウィークまでにはある程度グループができちゃうよね」

「そうなんですよね~。そうなるともうほかのグループに入るのとかも厳しくて……」

 桜花と阿部さんは、日常会話を始めた。

 きっと桜花は、阿部さんの緊張を解くために、こうやって他愛ない会話を始めたのだろう。阿部さんの緊張も解けてきていて、明るい女の子の部分が見えてきている。

「それで、阿部さんは最近どうですか? なにかいいこととか、悪いこととか、ありましたか?」

 桜花は話の流れの中で、きわめて自然に阿部さんに悩み事のことを尋ねた。

 そう尋ねられた阿部さんは、少しハッとした顔をした。しかし、その後穏やかに微笑む桜花と、俺の顔を見ると、阿部さんは安心したような顔つきになった。

 お、俺、ちゃんといい顔してたかな。あまりにも真剣に話を聞きすぎて、怖い顔になっていないといいけど……。

「あった。ありました」

 阿部さんは、胸の前で両手を組んで一生懸命に話し出した。

「一週間ぐらい前です。帰ろうと思って昇降口に向かったら、ちょうど私の下駄箱を開けて、私の靴に何かしてる、男子生徒がいたんです」

 阿部さんは、ゆっくり俺たちの目を見ながら話している。桜花は、タブレットを取り出して、阿部さんの話のメモを取り出した。

「私、なんとなく怖くなって、少し離れたところから見てたんです。それでその男子が、校内に戻って行ったので、その男子が何をしたのかと不安になりながら、下駄箱を開けて靴を見たんです。そしたらその……」

 阿部さんは話を進めるにつれて、涙目になっていった。そして、もう次の瞬間には、目から涙がこぼれていた。

「靴の中に唾液が入ってて……」

「ええ! なんてことを!」

 俺は、その男子生徒のあまりにも品性下劣な行為に、怒りを覚えていた。

「そんな……許せません……」

 自身の席で作業をしていたひふみも、その男子生徒のあまりの行為に怒っているようで、そう言いながら、俺たちのソファの後ろに来た。

「私……気持ち悪くて……怖くて……入学してから、すぐにこんなことされると思わなくて……誰にも言えなくて……それで生徒会の……悩みを解決してくれるっていう張り紙を見て……これしかないって思って……」

 阿部さんは、ボロボロ泣き出した。すると、桜花がメモに使っていたタブレットを、ひふみに渡して、そのまま阿部さんの隣に移動して、隣に座った。

「よく勇気を出して、相談しに来てくれましたね。もう大丈夫ですから」

「うん……ありがとう藍原さん」

 阿部さんは桜花の顔を見ると、徐々に落ち着いていった。こうしてみると、女の子の桜花が生徒会にいてくれて、本当に良かったと思う。俺とひふみの男コンビじゃ、こうやって女の子のケアなんて、きっとできなかっただろう。

「私、そんなことをする人がいる中で生活するのが怖い。それに、また自分の靴に同じことをされるんじゃないかと思うと、早く犯人を見つけないといけないなって思ってます」

 阿部さんは落ち着いてから、真剣な表情でそう言った。

「よく言ったよ、阿部さん。その通りだ」

「はい。会長さん」

 俺が言うと、阿部さんはこの生徒会室に来てから、初めて笑顔を見せてくれた。

「よし! じゃあとにかく行動だ! とりあえず、下駄箱に行ってみよう!」

「そうですね! 行きましょう!」

 俺とひふみが立ち上がると、桜花が俺とひふみの手を掴んだ。

「うう~待ってください~」

 桜花は一生懸命、苦しそうな顔をしながら、俺とひふみの手を引っ張って、引き留めようとしていた。

「どうした桜花」

「二人とも、ハウス」

 俺が尋ねると、桜花はそう言いながら、ソファとトントンと軽くたたいた。

 たぶん「二人とも落ち着いて座れ」ってところだろう。

「ああ……」

「うん……」

 俺とひふみは、怒られた犬のようにしゅんとして、ソファにちょこんと座った。

「えっと、ドタバタしてすみません。阿部さんに尋ねたいことがあります」

「うん。何かな?」

 桜花は落ち着いた口調になった。

「その依頼の解決のために、我々は動きますが、何か私たちが調査をする上で、要求はありますか?」

「要求って?」

「例えば、内密に、阿部さんのことを隠して調査を進めてほしい、だとか」

「ああ! そうだね。出来れば内密に調べてほしいかも。靴に唾液を入れられた汚い子だなんて、思われたくないし……」

「わかりました。では、その通りに」

 俺は、桜花の様子に感心していた。

 確かに、依頼を解決するためには、やはり依頼者の要望通りに動く必要がある。目立ってほしくないだとか、急いでほしいとか、そういったことだ。

 俺は頭に血が上って、依頼者のことを考えられていなかった。桜花のこの落ち着いた行動は、俺にはとてもできなかっただろう。

「そうですね。それでは問題がなければ、連絡先だけいただけますか? 私とだけで構いませんので」

「あ、うん」

 桜花と阿部さんは、連絡先を交換した。

「こわい気分だとか、不安になったらいつでも連絡してくださいね」

「うん。ありがと。藍原さん」

「それでは、何もなければ、帰っていただいても構いませんけど……」

「あ、うん。じゃあ帰ろうかな」

「なら、私が見送りましょうか?」

「いや、大丈……ううん。見送ってほしいな」

 桜花が見送ることを、阿部さんに提案すると、阿部さんは受け入れた。

「それじゃあ行ってきます」

「ああ。しっかりな」

「藍原さん、一応気を付けてね」

「うん。もちろんです」

 桜花は、俺とひふみに一言くれた。

 ひふみは、少し心配しているようだった。

 そうして、桜花と阿部さんは生徒会室を後にした。

 数分したら、すぐに桜花は戻ってきた。

「さて、依頼も来ましたし、少し作戦会議しましょうか」

 帰ってきてからすぐに、桜花は落ち着いた口調で言った。

「そうだな。でもその感じだと、桜花はもう、ある程度考えがまとまってそうだな」

「そうですね。ある程度は」

「なら、桜花を中心に話を進めようか」

「そうしてくれると助かります」

 桜花は静かにそう言うと、次の瞬間には眉間にしわを寄せながら笑っていた。

「ふふ。本当にむかつきますね。入学したばかりの不安でいっぱいな一年生に、こんな卑劣なことをするなんて……」

「おお……出てるぞ桜花……裏の顔が……」

「すごい気迫だ藍原さん……」

 この様子だと、一番怒りに満ち溢れていたのは、一番冷静に見えた桜花だったみたいだ。

 そんな桜花を見て、俺とひふみは圧倒されていた。

「さて、冷静になって……まずはこの依頼……いや、もはや事件ですね。この事件を校内に広めないほうがいいという話をしましょうか」

「それは、阿部さんが内密にって言ってたから?」

「そうですひふみくん。でも、それだけじゃないです」

 桜花は人差し指をぴんと立てた。

「この事件は、靴に唾液が吐かれていたという内容です。そして、唾液は時間が経つと、どうなりますか?」

「乾く……」

 桜花が俺とひふみに尋ねると、ひふみはそう呟いた。

 その瞬間、俺は気が付いた。

「そうじゃん。乾くと俺たちが把握できる証拠がほとんど残らない! 証拠が残らない以上、もしかすると知らぬうちに、自分の靴に唾液が吐かれててもおかしくないし、そのせいで『もしかすると自分の靴にも、唾液が吐かれているんじゃないか』って、不安になってもおかしくない」

「そうです。さすが私の先輩ですね」

 桜花は嬉しそうに言った。

「そうなると、周りを疑う原因にもなります。それは、クラスメイトへの不信感に繋がりますし、仲違いを起こしてしまう原因にも、なってしまうかもしれません。最悪の場合、この入学直後の状況で、クラス関係に亀裂が入ったら、今年度ずっと、その影響が続いてしまっても、おかしくありません。考えすぎかもしれませんが、今はやはり、不安定になりがちな時期です。阿部さんの要求も含め、出来る限り隠密に、内密に、そして我々が話を聞く生徒の数も、最低限にしたいところです」

「ああもう本当にその通りだ。さすがは俺の後輩だ」

「ふふん。もっと褒めてくれてもいいんですよ~? 先輩?」

 桜花は得意げにそう言った。この短時間で、ここまで考えをまとめているなんて、桜花はやっぱり優秀だ。視野が広く、様々な可能性を思いつき、気配りをすることができる。初期の生徒会メンバーに桜花を選んだ、校長先生の目は、やはり慧眼だったと言っていいだろう。

「えっと、俺からもいいかな?」

「うん。どうぞひふみくん」

「ああ、どんどん言ってくれ」

 ひふみも何やら、話すことがあるらしい。

 桜花と俺が、続いて話すことを促すと、ひふみは話し出した。

「阿部さんがこの事件のことを話すまでに、時間がかかってたでしょ? だから、阿部さんみたいに、被害を受けたけど、怖くて言い出せてない生徒もいるんじゃないかな?」

「なるほど、確かにそうですね。ひふみくんの言う通りです」

「ふむふむ……」

 確かに、ひふみの言う通りだ。阿部さんだって、なかなか俺たちに言いだすことができていなかったんだ。きっと、同じような状況の子もいるだろう。

「あ、俺からもいいか?」

「なんですか? 先輩」

 二人に負けてられない。俺だって、気が付いたことがある。というよりは、この先の未来の話だけど。

「これは男ならではの視点だと思うんだけど、その……言いづらいことなんだが、この事件がエスカレートしていくと、もしかするとほかの体液が入れられ始めても、きっとおかしくないと思うんだ」

「うっわ。確かにそうですね」

 桜花は顔をわかりやすくしかめた。まるで汚水に、手を突っ込んだ時のような表情だった。

「校外の事件でもありましたよね。その、電車に乗ってたら、精液をかけられた……みたいな」

 ひふみは小さな声で言った。

「ああもう、本当に許せなくなってきました……」

 桜花はまた怒りの表情を露わにした。

「だから、エスカレートしないうちに、早めに解決を目指したほうがいいかもな。まあ、とにかく明日から行動だ」

「そうですね」

「はい!」

 俺が言うと、桜花とひふみは続いて、同意してくれた。

「とりあえず、同じ事件の被害者がいないかを、探すのがいいかな」

「そうですね。さっきも言った通り、言い出せていない生徒がいるかもしれませんので」

 俺が言うと、桜花が頷いた。

「でも、調査の対象が膨大すぎますし、ここはすべてのクラスの学級委員長に、話を聞くというのはどうでしょう? こうすれば、最低限の人数の聞き込みで済むので、ある程度隠密に調査を進められますよね?」

 ひふみは、さらに提案をしてくれた。

「さすがはひふみくん。やっぱりひふみくんを誘ってよかったです」

「えへへ。褒めても何も出ないよ~」

 桜花はひふみの頭を撫でた。まるで姉と妹のようだ……妹ではなく、正しくは弟だけど。

「じゃあ明日から。クラスの学級委員に話を聞いて回る、ということでいいかな?」

「「はい!」」

 俺が尋ねると、二人は元気よく返事をした。

「話は聞かせてもらったぞ、新生徒会」

「――!」

 二人が返事をした次の瞬間、そう高らかと言う声と同時に、生徒会室のドアが開けられた。

 そのドアの向こうには、髪の短いかっこいい女子と、眼鏡をかけている女子が立っていた。なんだか、軽くポーズを取って、カッコつけているようにも見える。どこかアニメかマンガで見たことのあるポーズだ。

「さて、この事件のことを内密にしてほしいなら、我々の話を聞いてもらおうじゃないか」

 その髪の短い女子生徒と、眼鏡女子は、堂々とまるで舞台に立って演じているかのような歩き方で、生徒会室に入ってきたのだった。

 俺はその髪の短い女子生徒には、見覚えがあった。


     ***


「そんで……」

 ドアの向こうにいた二人の女子生徒を、俺たち三人はとりあえず迎え入れて、ソファに座らせた。もちろん、その対面に俺たち三人も座っている。

「えっと、自己紹介してくれたおかげで、二人が新聞部なことは、まあわかったよ」

「ああ。とりあえず、身分の証明はできたかな」

 二人は席に座ると、すぐに自分たちの紹介をしてくれた。

 背が高く、髪が短いかっこいい女子生徒は、烏山のあさん。二年生で声真似や変装が得意だ。俺も、背が高く見た目も美麗な彼女のことは、一年の頃から知っている。変装や声真似を駆使して、誰も知らないうちに調査をして、新聞の記事にしてしまうらしい。そんな彼女は、もはや普段の姿ですら、変装であり、本来の姿も声も、誰も知らない、なんて噂まである。とにかく、のあさんは学校の有名人だ。

 眼鏡をかけている女子生徒は、一年生で姫宮はたてというらしい。新聞部の新入部員で、生粋のオタク女子らしい。そして面食いでもあるらしく、美形がたくさんいる部活動に入ろうとした結果、のあさんに一目惚れをして、新聞部に入部をしたらしい。そんな不純な理由で入部したが、本人曰く、思ったより記事作りが楽しかったらしく、今は星山高校のオタクたちに向けての記事を、作成しているらしい。

「と、というか……」

 俺の隣に座っているひふみが、何やら声を震わせている。

「さっきからはたてさんの目が怖いんだけど……」

 ひふみがそう言うので、俺ははたてさんの顔を見た。すると、目をギンギンにさせながら見開いて、ずっとひふみの顔を見つめていた。

「ああ、気を付けてくれよひふみくん」

「え?」

 のあさんが、女性にしては低く、かっこいい声で話し出した。

「こいつはオタクの中でも、腐女子というらしい。どうやら男と男のあれそれが、大好きなやつらのことを言うらしいな、腐女子というのは」

 なるほど、はたてさんは腐女子だったのか。だから美少年であるひふみを、こんなにも興奮した目で見てたんだな。

「そういうことですひふみちゃん……ぐへへ。ひふみちゃんは好きな人とか、いないのカナ?」

 はたては、濁音と息が多く混じった口調で、ひふみに前のめりになりながら言った。

「ひいいいい! 会長!」

「わあ! くっつくな!」

 怯え切ったひふみは、俺の腕に抱きついてきた。

 そんなことをしたら、腐女子であるはたてさんの思うつぼだろう!

「ぐへへ! 会長さん、もうちょっと胸元開けられますか? なんなら脱いでくれても……」

「無理に決まってるだろ!」

 はたてさんは、スマホを取り出して俺とひふみに向けながら、息を荒くしていた。

 ほら、やっぱりこうなるじゃないか!

「はい。アホなことしてないでください。まあ、私も先輩の胸元には、興味ありますけどね」

「ああ、ごめん……っておい! お前もあっち側かよ!」

「ふふ、失礼しました」

 桜花が丸く収めてくれると思いきや、はたてさんに便乗していた。桜花はクスリとお淑やかに手を添えながら、俺とひふみがくっついている隣で笑っていた。

「ふむ。はたても確かに変な子だけど、君たち新生徒会も大概だな」

「……反論できない! 悔しい!」

 さわやかな笑顔で、俺たちにそう言うのあさんに、俺はぐうの音も出なかった。

 くそ! なんか負けた気分だ!

「お二人とも失礼しました。それで、話というのはなんでしょうか」

 このふざけ切った雰囲気を、桜花がぶった切ってくれた。

 桜花が声を出すと、その場の雰囲気が多少真面目になった。ひふみも俺の腕から離れたし、はたても落ちた眼鏡を持ち上げた。

「実は、阿部さんと話していた内容に、私たちは廊下で聞き耳を立てていたんだ。どうやら、なかなかの事件みたいじゃないか」

 のあさんは、聞き取りやすい声で話している。

「それで、我々もぜひ、その事件の記事を書きたくてね。ああ、もちろん生徒の匿名性などは確保する。安心してくれ。それに、タダで記事にさせてくれとは言わないぞ?」

 のあさんはそう言いながら、人差し指を顔の横で横に振った。

 その瞬間、ひふみが少し前のめりになって、目を輝かせた。恐らく、のあさんの動作がカッコよく見えたんだろう。ひふみは、まるで少年のような目になっていた。

「こちらはこちらで、事件のことを調べさせてもらう。そして、その情報を君たちにも共有しよう。もちろん記事のネタにはしたい。でもね、個人的にも、この事件の犯人を許すことはできないし、私も事件の解決のために、君たちとは協力もしたいんだ。あと、新聞部の情報網は凄いぞ? 絶対に君たちの力になれると思うんだ」

 のあさんはそこまで言うと、一口お茶を飲んだ。ただお茶を飲む姿も、のあさんだと絵になる。

「一気に話したけど、まとめると、調査を手伝う代わりに、記事にさせてくれってことだ。どうかな? 来栖くん?」

「なるほど……」

 俺自身の考えをまとめよう。

 確かに、新聞部の情報網は凄そうだ。だって新聞を作るために、多くの生徒とやり取りをしているはずだからな。それに、生徒会の信頼を取り戻すためには、生徒会ではない第三者からの、生徒会の良い行いの発信というのも、必要になってくるだろう。「私たちがこんなことをしました!」というよりも、「生徒会がこういうことをしました!」と他者に紹介してもらえる方が、きっと信頼してもらえるだろうしな。

「二人はどう思う?」

 俺の考えをまとめたが、二人の意見も重要だ。きっと、二人はいい意見をくれるだろう。

「私は協力するべきではないと思います。生徒会以外を信頼できません。本当に情報を漏らさないという確証がありませんから」

 桜花は、新聞部の二人を見ながら、真剣な顔で言った。

「そう言われると、弱いな。確かに、私たちと君たちの信頼関係なんてないからな。今日、初めて会ったわけだし」

「ええ。その通りです」

 のあさんが眉を下げながら言うと、桜花は腕を組んで言った。まあ、確かに桜花の言う通りだ。生徒会と新聞部は、今日始めて会って話したわけだしな。

「俺の意見もあります……でも……藍原さんへの反論みたいになるけど……」

 ひふみは、申し訳なさそうに桜花を見ながら言った。

「大丈夫です。言ってみてください」

 桜花は、微笑みながらひふみに言った。そう言われたひふみは、安心したようで、穏やかな表情で自らの意見を述べた。

「うん。えっと、俺たち生徒会は三人しかいません。やれることには限界があります。人手不足感は否めません。それに、会長以外は一年生です。藍原さんは内部生だから、知り合いとか多いかもしれないけど、それでも今、生徒会には人手と人脈を生かした、情報ソースが足りないんじゃないかと、俺は思いました!」

 ひふみは、一生懸命に自分の意見を言った。

「なるほど……一理あります。確かに、私はリスクを気にしすぎているところが、あるかもしれません。それに情報ソースの不足や人手の不足は、生徒会が抱える弱点です。そこを補ってくれようとしている新聞部には、協力するべきかもしれません」

 桜花は、ひふみの意見に納得したらしい。確かに、新聞部は俺たち生徒会の弱点を補ってくれる提案をしてくれている。リスクを考えないなら、協力一択だろう。

「それじゃあ、協力してくれるということかな?」

 のあさんは、俺を見て言った。

「二人とも、それでいいか?」

「はい、先輩」

「俺もいいですよ、会長」

 俺が桜花とひふみに尋ねると、すぐに同意してくれた。

「とのことだ。協力しようか、新聞部」

「ふふ。信頼してもらえたみたいで嬉しいよ」

 俺がのあさんに握手を求めると、のあさんはすぐに握手に応じてくれた。

「もちろん、桜花ちゃんの一番気にしていそうだった、情報の漏洩と内密に調査をすると言ったことに関しては、最大限の注意を払おう」

「ご配慮ありがとうございます」

「いいんだよ。桜花ちゃん」

 のあさんは、桜花にも気を使って、情報の漏洩と内密に調査することを改めて約束してくれた。

 そして、俺たち生徒会と新聞部の二人は、この「唾液事件」の解決に向けて動き始めた。


 

 



 

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星山高校生徒会よ、信頼を取り戻せ! 河城 魚拓 @kawasiro0606

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