第2話 もう一人の生徒会と桜花のもう一つの顔

 次の日の放課後。

 全校集会を終えた後、俺は生徒会室にいた。

 全校集会では、校長先生からの新生徒会の紹介があった。もちろん、俺と桜花も一言ずつ挨拶をした。奇をてらって「私が生徒会長として星山高校を変える!」みたいなことを言わず、大人しく「校長先生から直々に選んでいただいたので、精一杯頑張ります」と、無難に生徒たちへの挨拶を済ませた。そして、一旦教室に戻った後の、岩本と熊澤が鬱陶しかった。「よ! 新会長!」みたいなことを、教室から出るまではずっと言われていた。まあ、そういうことを言われないのも、寂しいから、別にいいことなのかもしれないけど。

 生徒会室はかなり大きく、部屋の窓際には生徒会長の席がある。まるで社長席なような姿を、生徒会長席は見せている。

 生徒会室にはほかにも、おそらく役員が作業するために作られたであろう席が設置されていて、こちらは職員室にある、教職員の席とよく似ている。

 とにかく、この生徒会室で作業することに、不便を感じることはないだろう。

 そもそも、俺がなんで生徒会室にいるかというと、どうやら前期の生徒会の書記の方が、引継ぎの連絡をしに来てくれるらしく、それを俺は待っているのだ。

 それと、どうやら桜花が三人目の生徒会のメンバーを連れてくるという話もある。いったいどんな子なんだろうか。

 そんなことを考えていると、生徒会室のドアが開いた。

「あ、会長。連れてきましたよ。三人目のメンバー」

 ドアを開けた桜花がそう言いながら、生徒会室に入ってきた。後ろには桜花と同じくらいの背丈の生徒の姿が見えた。

「おお。その子か」

 その桜花の後ろにいた生徒は、見た目は完全に女の子であった。しかし、制服を着ているが、下はズボンを履いている。見た目はとてもかわいらしく、純粋な目をしていた。

「初めまして、来栖緑だ」

「会長初めまして! 上杉ひふみです! よろしくお願いします!」

 そのひふみ……くん? は元気よく返事をしてくれた。

「えっと……男の子?」

 俺は、そのひふみくんに尋ねた。

「はい。俺は男です」

「おお! 俺!」

 ひふみは、綺麗なアルトボイスから「俺」という一人称を吐き出した。

 うん。確かに性別は男らしい。じゃあ、ひふみは美少年ということになる。

「不思議ですよね~。席が一つ後ろだったので、女の子だと思って話しかけたら、男の子だったんですよ。本当に驚いちゃって」

 桜花は苦笑いをしながら言った。

「えっと、それで桜花はなんで上杉くんを紹介しようと?」

 俺は苦笑いしている桜花に尋ねた。

「だいたい一週間ぐらいこの子と過ごして、気が付いたんですよ。ひふみくん、すごく頭が良くて要領がいいんです。見た目もかわいくて穏やかな気分になりますし、生徒会に勧誘しようかなって思いまして」

「なるほど」

 桜花も成績はトップクラスらしいし、その桜花が言うのであるなら、本当のことなんだろう。というか、生徒会が二人で運営できるわけないし、人手が増えるのはありがたい。

「上杉くん……は……」

「ひふみでいいですよ」

「ああ。どうも。じゃあひふみは生徒会に入ってくれるのか?」

「はい! なんだか楽しそうなので!」

「そうか。いい理由だな。助かるよ」

 ひふみは純粋な笑顔で言った。

「じゃあ、ひふみくんも生徒会に入るということで……少し校長先生からの連絡事があります」

「ああ。言ってみてくれ」

 桜花はスマホを片手に、俺とひふみに話し出した。

「えっと、生徒会のメンバーは、自由に決めていいそうです。生徒会のメンバーからの推薦でもいいし、会長が自由に選んでもいいし、とにかく生徒会の好きにしていいそうです。生徒会が一番よくなるようになれば、それでいいと言っていました」

「なるほど。だからこうやって、ひふみを連れてきたんだな」

「そういうことです」

 桜花は、かわいくウインクをした。

「ただ、メンバーは最大六人。役職は会長、副会長、書記、庶務、会計の五つの役職があります。それで……一応、パソコンとか触れるひふみくんには、庶務になってもらおうって思ってるけど、大丈夫? 資料作成だとか、その他雑務……書記の仕事は私がやるとして……会計の仕事も、一旦はやってもらうことになるけど……」

 桜花は申し訳なさそうにひふみに言った。確かに今は人が少ないから、一人当たりの仕事量が多い。申し訳なさそうに言うのもわかる。

「うん。平気だよ」

 ひふみはまた純粋な笑顔で言った。

「まあ、みんなで助け合っていこう。人も少ないしな。とにかく、ひふみはこの火事場の生徒会に来てくれてありがとう」

「いいえ。俺を受け入れてくれて、ありがとうございます」

 ひふみはずっとニコニコしている。確かに、この子がいれば穏やかな気持ちになる。生徒会の信頼を回復するのにも、いい影響をもたらしてくれそうだ。

 すると、生徒会室のドアがノックされた。

「はい!」

 桜花が一番に返事をして、そのままドアに向かって行ってくれた。

 桜花がドアを開けると、そこには少し小柄な、綺麗な笑顔を浮かべた、ツインテールの女の子がいた。

「こんにちは! 新生徒会の皆さん! 引継ぎの連絡に参りました、明智光香と言います!」

 彼女は元気よく言った。

「ああどうも、明智さん。来栖です。校長先生から話は聞いてますよ」

 俺は明智さんに少し近づいて、そう言った。

「そっか。なら話は早いね。なら、サクッと引継ぎを始めちゃおうか」

 明智さんは、とても元気で明るい人のように見えた。前期生徒会の不祥事で、解散した生徒会のメンバーだとは、全く思えなかった。

 それから、明智さんはその明るさのまま、わかりやすく生徒会の基本業務の説明をしてくれた。会長の業務や、決算期での会計の仕事。一番引継ぎに時間がかかったのは、書記だった。書記の仕事である、議事録の書き方から報告書の作り方、過去の生徒会の議事録の置き場所、更新の必要な公式SNSや公式ブログのログインから、イベントの告知方法まで……書記は日常からしなければいけない仕事が多いみたいだ。

「こんなもんかな。本来なら、体育祭だったり文化祭の前以外は忙しくないはずだけど、今は人も少ないし、生徒会がいなかった時期の仕事も残ってるし、ちょっと大変かもね」

 一通り説明し終えた明智さんは、俺たちに言った。

「でも、思ったよりできそう……かな」

 俺は明智さんから受けた説明を聞いて、そう思った。

 生徒会なんて、常時生徒からの不満や悩みを聞いて、せわしなく動いているイメージがあったが、意外とそうでもなさそうだ。

「というか……」

 突然、ここまで明るく話していた明智さんが、声のトーンを落として話し出した。

「私たちのせいで、こうやって面倒を押し付けることになっちゃって、ごめんね」

 明智さんは、俺たちに謝った。

「そんな。謝らないでください。俺たちはちゃんと校長先生と話した上でやるって決めたんです。押し付けられたわけじゃないです」

「そうです! 俺だって自らやりたいって、そう思って生徒会に入ったんです!」

 俺が明智さんに言うと、続いてひふみも言った。

 確かに、面倒な状況な生徒会だとは思うが、それでも引き受けたのは自分自身の意志だ。明智さんに謝られても、少し困る。

「そっか。じゃあ手伝えることとか、わからないことがあったらいつでも聞いてね! それで……今の時点で何か質問とかある?」

 明智さんはまた笑顔を取り戻し、そして俺たちに質問があるかを尋ねてきた。

「私、あります」

 桜花は、すぐに明智さんに質問をしようとしてそう言った。

「ん? 何かな? 桜花ちゃん」

 明智さんは微笑みながら、桜花に言った。

 そういえばさっきからずっと、桜花の顔つきというか、明智さんに向けている目つきが冷たいような気がしている。どうしてだろうか。

「生徒会の解散理由は、会計の生徒会基金の不正利用だと聞きました」

「うん。そうだよ」

「その不正利用されたお金の金額を、教えてもらえることはできますか?」

「ああ。うん。五千円だよ」

 明智さんは、まじめな顔をしてそう言った。

「「ご、五千円!」」

 俺とひふみは驚いて、そろって大きな声で言った。

「え! 五千円って、五千円ですよね! 会長!」

「あ、ああ! あれだ、樋口一葉さんが書かれてるあれだよ! ほら! たけくらべ、たけくらべ! あれ? 今変わったっけ?」

 俺とひふみはうろたえてしまって、わけのわからないことを言っている。

 だって五千円だぞ! たったの……と言っていいのかわからないが、五千円で生徒会が一発解散したなんて、一体どういうことなんだろう。

「こほん。先輩、ひふみくん。少し静かに」

「ああ」

「ご、ごめん。藍原さん」

 俺とひふみは、ゆったりと話す桜花にクールダウンさせられた。

 その後、桜花はさらに明智さんに質問を続けた。

「五千円で解散したんですか?」

「うん、そうだよ」

「本当ですか? だってたったの五千円ですよ」

「たったって……でも高校生にとっては、結構な大金だよ? まあ、前会長が言ってたのは、金額がどうであれ、保護者様方から集めたお金だから、それを不正に利用したのは、生徒会の信頼にもかかわるし、学校の信頼にもかかわるから、責任を取って解散しようってさ」

「そうですか……」

 桜花は明智さんの話をそこまで聞くと、少し腕を組んで、俯いた。何か考えているのだろう。

 それからほんの少ししてから、また桜花は明智さんに話しかけた。

「その前期生徒会のメンバーは、どうしていますか?」

「えっと、当時二年だった私と会計は、まだ在学中。会計は停学を食らっちゃったけどね。会長、副会長、庶務はもう卒業してるよ。きっと楽しく暮らしてるんじゃないかなあ?」

 明智さんは、本当に楽しそうに明るく答えた。きっと前期生徒会は、解散してしまったけれど、仲はよかったのかもしれない。

「そうですか。質問に答えてくれてありがとうございます」

「ううん。大丈夫だよ」

 桜花は、いつも通りの笑顔の桜花に戻った。

「というか、そんなに責任感があるだなんて、前期会長はきっと、男らしいかっこいい人だったんだろうなあ……」

 ひふみはまるで前期会長に、賛美を送るかのように、うっとりとした表情で言った。

 その瞬間、場の空気が一瞬凍った。

 なぜ凍ったのかわからなかったので、俺は桜花を見た後で、明智さんを見た。

 でも、二人はニコニコしている。

 じゃあいったいなぜ、場の空気が凍ったのだろうか。俺にはわからなかった。

「じゃあ、私は受験勉強があるからさ。これから頑張ってね!」

「はい。明智さんも、受験勉強頑張ってください」

 明智さんが言った後に、俺は明智さんにそう言った。

「うん。ありがとう~」

 明智さんはそのまま、ゆっくりと生徒会を出て行った。

「えっと、俺トイレ行ってきます。実はずっと我慢してて……」

 少ししてから、ひふみはもじもじしながら言い出した。

「ああ。わかった」

 俺が返事をすると、ひふみは走ってトイレに行った。

 きっと、明智さんからの話を聞いている間、ずっと我慢していたんだろう。

 そして、生徒会室にいるのは、俺と桜花だけになった。

 俺はさっき感じた、桜花の明智さんに向ける冷たい目線について、尋ねてみることにした。

「桜花」

「はい。なんですか? 先輩?」

 桜花は、首を横に少し倒して、かわいく俺に返事をしてくれた。

 ちょっとわざとらしい気もするが、こういう桜花もとてもかわいらしい。

「ずっと明智さんになんていうか、冷たい目を向けていた気がしたけど、何か思うことでもあったのか?」

「ああ……ばれてましたか」

 桜花はウインクをしながら、舌を少し出した。

「なんというか、私の勘が、なにかあの人にあるって言ってまして。なんだか、裏の顔がありそうだなと」

 桜花は、生徒会室の扉を見ながら言った。

「そうか? いい人に見えたけどな」

 俺からすると、引継ぎをしに来てくれた、明るい先輩にしか見えなかった。

 でも、女の子同士だし、きっとなにか感じ取れたところがあったのだろう。

「……ふむ。ちょっと飲み物でも買いに行ってきます。少し考えを整理したいので」

「ああ。行ってらっしゃい」

 桜花は少しため息をついてから、ゆっくりと飲み物を買いに廊下へ出て行った。

 それから、俺が生徒会室を見て回っていると、桜花とひふみが戻ってきた。

 そして、その日はそのまま、三人で一緒に校門まで帰った。桜花はそこから車で帰路に着き、ひふみは俺の逆の方向である、駅の方向へ向かって行った。どうやらひふみは電車で通学をしているらしい。

 ひふみも入ってくれて、明智さんも丁寧に引継ぎをしてくれた。

 これからの生徒会活動が、楽しみだ。


     ***


 それから一週間。

 俺と桜花とひふみは、一生懸命生徒会の業務に励んだ。

 約半年、生徒会が存在しなかった影響もあり、処理しなければいけない案件が多く、慣れない仕事ということもあり、少し大変だった。

 しかし、その大変さも「少し」で済んだのは、優秀な桜花やひふみ。そしてたまに顔を出して、アドバイスをくれる明智さんのおかげだった。

 桜花は唯一の生徒会経験者ということもあり、中心となって業務を進めてくれた。さらに、桜花はちょっとした気遣いがうまかった。少し遅くまで作業をしていたときには、飲み物を買ってきてくれたり、お菓子を買ってきてくれたりなどをしてくれた。

 そしてひふみは、パソコンに強いみたいで、資料作成などのパソコンで行う作業を、サクサクと進めてくれていた。それに、見た目は女の子に見間違えてしまうほどにかわいいが、意外と男のノリについてきてくれる子だった。見た目に反して、しっかり男の子みたいだ。桜花にはまるで、妹みたいに扱われているけど。

 そして、桜花はまだ、前期生徒会に何が起こったのかを、気にしているみたいで仕事が終わると、前期生徒会の残した資料を、片っ端から見ていた。まだ、本当に前期生徒会が五千円の不正利用で解散したのかを、気にしているみたいだ。

「よし、だいぶ生徒会がいなかった時の分の仕事は片付いたな」

「そうですね。やっと、少し余裕が出てきましたね」

 俺が読んだ資料を生徒会のファイルにまとめながら言うと、桜花が続いて言った。

 生徒会室で俺と桜花とひふみは、仕事をしている。まあその仕事も、もうほとんど片付いた。

「俺も、だいぶ仕事に慣れてきました」

 ひふみもニコニコしながら、嬉しそうに言った。

「あ、そうそう。俺から提案があるんだ」

 俺は二人に言った。

「なんですか?」

 桜花は不思議そうな目で俺を見た。

 俺はというと、二人に比べて仕事ができていないと思っていたので、じゃあその分「生徒会の信頼を取り戻すためには、何をするべきか」を考えていた。俺はそれを伝えようと、二人に提案をすることにしたのだ。

「今のところ、生徒会として学校の事務をしているだけだろ? 確かに、本来の生徒会の仕事は、こんなもんかもしれないけど、生徒会の信頼を取り戻すためには、もっと生徒に直接働きかけるようなことをしたいなって、俺は思っているんだ」

「なるほど」

「確かに、先輩の言う通りですね。しかも、この時期であれば、心配事のある入学したばかりの一年生も多いと思います。いいタイミングでしょう」

 俺が言うと、ひふみと桜花がうんうんと頷いた。

「だろ? だから、なんかこう生徒の相談口みたいなことを、してみたいと思うんだ」

「ふふ。いいですね。確かに、生徒に直接、奉仕活動のようなことができれば、信頼回復に繋がりそうです」

 ひふみは楽しそうに、俺の意見に賛同を示してくれた。

「相談口を作るなら、生徒会に直接赴いてもらう感じになりますかね?」

 ひふみは続けて話を続けて、俺と桜花に意見を求めてきた。

「その形でいいと思います。とにかく、とりあえずやってみて、何か問題があれば、また試行錯誤をしていけばいいと思いますよ」

 桜花は、素早くひふみの意見に同意をした。

「そうだな。やってるうちに、また課題が生まれてくるかもしれないしな」

 俺も桜花の意見に同意した。最初から完璧に行動できるわけがないからな。試行錯誤を前提に行動するぐらいがいいだろう。

「それじゃあ、その活動を宣伝する必要がありますね。とりあえず、俺はこれからサクッと校内に貼るポスターの制作と、各種ブログやSNSでの宣伝の準備をしようかなと思います」

 ひふみはそう言うと、すぐに机の上にあるパソコンに向き合った。

「私も手伝いますよ」

「俺も手伝おう。出来ることは少ないかもしれないけど」

 桜花と俺は、パソコンに向き合うひふみの後ろに立った。

「ふふ。助かります」

 ひふみは嬉しそうに笑うと、俺たちはそれから、生徒会の奉仕活動の宣伝の準備を始めた。

 そして、その奉仕活動を宣伝するためのキャッチコピーが生まれた。

「もの探しから、恋愛相談、重大なことから些細なことまで、あなたのお悩み待ってます。生徒会が全力で解決します」

 そのキャッチコピーを乗せたポスターは、学内に張り出された。そしてSNSや学校のブログでも、そのキャッチコピーは発信された。


     ***


 奉仕活動をすることを宣伝したその日の帰り。

 俺は昇降口を出て、体を校門へ向けた。もちろん帰路に着くためである。外はもう暗く、夕方とは言えない暗さだった。俺は歩みを進める。

 すると校門の前で話している桜花と、背の高い女子生徒が見えた。桜花は珍しく、大きい声で話している。

「どうしてこんな時間まで、待ってたんですか? 私なら一人で帰れます」

「しかし、お嬢様に何かあったら……」

「だから、大丈夫だって言ってるでしょう? もしかして、私と一緒じゃないと帰れないんですかあ?」

 桜花は、いつもの優しい丁寧な口調とは違って、まるで背の高い女子生徒に、圧をかけるかのように話をしている。

 俺はそんな様子を、ボーっと見ていた。

「だいたい、待っているんだったら駅前のおいしいカフェとかで、時間をつぶしていればよかったのに……どうしてあなたは、バカ真面目に校舎で座って待って……」

 そこまで言うと、桜花は俺の方を見た。なぜかというと、その背の高い女子生徒が、俺の方を見たからである。桜花はつられて俺と目が合った。

「あ……」

 よく見ると、その背の高い女子生徒には見覚えがあった。同じクラスの……確か滝沢だったような。身長が高くて美人だって、熊澤が言ってたから、よく覚えている。

「どうも、来栖くん」

「ああどうも、滝沢さん」

 俺が近づくと、滝沢さんが挨拶をしてくれた。

「覚えていてくれたんだ」

「滝沢里奈さん、でしょ? そりゃ、女子でそんだけ背が高ければ覚えるよ」

「そう。よかった、覚えてくれていて」

「ちょっと」

 俺と滝沢さんが話していると、桜花がそれを遮った。

「滝沢は、先輩と知り合いだったの?」

「ええ。同じクラスです」

「先に言ってください……はあ……まさか先輩に私の本性を見られちゃうなんて……」

 桜花はため息をつき、その後俺をチラッと見た。

「一応、紹介しておきますね。滝沢は、私のメイドをしてくれているんです。こうやって送り迎えとかしてくれてます」

「ああ、そうなのか。じゃあ、桜花はお嬢様なんだな」

「ええ。世間から見たらきっと、そうなります」

 桜花は普段のニコニコとした表情ではなく、冷たい目で俺を見ていた。しかし、桜花のその視線の冷たさの中に、不安も混ざっているように感じた。

「はあ、ばれちゃいましたね。私の本性」

「本性?」

「そうです」

 桜花はそう言うと、少し間を置いてから俺を笑顔で見た。

「ふふ。先輩、どうしますか? 私、こんな風に本当は、人を困らせるのが大好きな、いじわるな後輩ですよ? 嫌いになっちゃいましたか?」

 桜花はわざとらしく、投げやりな感じで言った。

「嫌いって……別に……」

 俺は桜花に突然言われて、少し困ってしまっていた。

 なんだか、いつもの落ち着いている桜花じゃないような気がした。なんだか焦っているような、自暴自棄というか、そんなように感じた。

「ちょっと、来栖くんいいかな」

「え? ああ……」

 俺が困っていると、滝沢さんが肩を控えめに叩いてくれた。

「なに滝沢。私の先輩に手を出すつもりですか?」

「俺はいつの間に、桜花のものになったんだよ……」

 もう正気じゃなさそうな桜花に、俺がツッコミを入れていると、滝沢さんは桜花に落ち着いた口調で声をかけた。

「お嬢様のためですから。信じてもらっていいですか」

「いやでも……」

「お嬢様」

「……はあ。すぐに済ませてください」

 桜花は本当に不満そうに、俺と滝沢さんから離れた。

 桜花が離れたことを確認すると、滝沢さんは話を始めた。

「お嬢様の本性について少し話をしたい。来栖くんが、お嬢様を嫌いにならないように」

「別に嫌いにはならなそうだけどさ……まあ聞くよ。ちょっと困ってたし。どう対応すればいいか、わからなかったからさ」

 実際、いきなり桜花に「これが私の本性です」なんて言われても、どう対応すればいいのかわからないし、それに桜花の本性について、もう少し具体的に詳しく知りたい。

「お嬢様は普段、お淑やかなんだけど、本当のお嬢様は、お嬢様自身の手によって、自分の好きな人が困ってたり、苦しんでいたりしているのを見るのが好きなんだ」

「ええ……そりゃなんで……」

「私が原因」

「なんで、滝沢さんが原因なんだ?」

「私が、そういう性癖だから」

「え?」

「だから、私がそういう『好きな人にいじめられるのが好き』な性癖だから、お嬢様は、そんな私と昔からいるせいで、ああやって私に強く当たるようになったの」

「ええ……そんなめちゃくちゃな……」

「ごめん。私が変態なせいで」

「自覚はあるんだ……」

「うん」

 滝沢さんの表情は、ずっと真剣だった。でも会話の内容はめちゃくちゃだ。なんなんだこの人。

 まあつまり、桜花の本性は自分の手によって、好きな人が困ってたり苦しんでいるのを、見るのが好きな加害性を持っている。そして、その加害性の原因は、桜花と昔から一緒にいるメイドであるこの滝沢さんが、そういう性癖を持っていたからということだ。

「それでも、私はお嬢様からは愛されていると感じます」

「ほうほう、それはどんな時に感じるんだ?」

「私を困らせながらも、結局は私のことを考えてくれているんです。さっきだって、私のことを罵りながらも、お嬢様を待つ私に、せっかくならカフェでも行けばよかったのにと言ってくれていました。だから、来栖くんにわかってほしいのは、お嬢様は私のことが好きだからこそ、こうやって困らせているんだということ」

「なるほどな」

「それと、これはお嬢様に聞かれたら、頬をつねられてしまいそうですが……」

 滝沢さんはそう言ったあと、桜花のほうを少し見てから、話を続けた。

「お嬢様から、毎日のように来栖くんの話を聞くの。だから、お嬢様は来栖くんのことを、すごく気に入ってるんだと思う。きっと、こうやって偶然同じ生徒会になって、なにか運命のようなものでも、感じているのかも」

「そうなのか。それは素直にうれしいな」

「そう思ってくれるのね。ありがとう」

「ああ」

 他人からの好意は、俺にとってはとても嬉しい。それは、基本的に誰からの好意でもだ。だって、人に嫌われるのは簡単だが、好かれるのは難しいからな。

「じゃあ、あのお嬢様の本性を知っても、嫌いになることはないってことで大丈夫?」

「ああ。平気だよ。むしろ、いい子過ぎて怪しかったくらいだしな」

「そう。ありがとう」

 滝沢さんは、俺の前で初めて少し口元を緩めた。きっと、安心したんだろう。

「ちょっと! 話が長くない? 滝沢? やっぱり口説いてるでしょ」

 離れていた桜花が、しびれを切らしてどかどかと足音を立てながら、こちらに向かってきた。

 話が長かったことに、ご立腹らしい。

「それで? 先輩と滝沢は、何をこそこそ話していたんですか?」

 桜花にそう言われると、俺は滝沢さんを見た。滝沢さんは頷いた。恐らく、俺に返答を任せてくれているんだろうと、俺は解釈した。

「桜花」

「は、はい?」

 俺は桜花を落ち着かせるために、優しく桜花の名前を呼んだ。

 桜花は少しびっくりしたような返事をした。

「俺は桜花がどんな本性であれ、別に気にしない」

「え……」

「それに、生徒会になってから、一生懸命頑張ってくれてる桜花を見てたしな。俺は別に、今までの桜花も、今の本性の桜花でもいいよ。どっちも生徒会には必要だし、俺の大切な後輩だ」

「先輩……」 

 桜花は目を丸くして驚いた。そしてその後、俺をニヤッと笑いながら見た。

「ふふ。じゃあ、これからはどんどん先輩のことを困らせちゃいますからね。いいですよね? 私の大好きな先輩?」

「はいはい。好きにしろ」

「ふふ。覚悟しておいてくださいね?」

 桜花は、本当に楽しそうに俺に言った。きっと、こっちの桜花でいる方が、桜花は自分を出せているんだろう。

「ま、ひふみくんとかには、今まで通り接しますけどね。先輩だけ特別です」

「ああ、そうしてくれ。ひふみとかはびっくりしそうだしな」

 今の桜花を何も知らないひふみが見たら、本当にびっくりするだろうな。「ええ! どうしたの桜花さん! そんな悪い子みたいになって!」なんて言ってるのが、容易に想像できる。

「それじゃ、私は帰ります。また明日、会えるのを楽しみにしてますね。先輩」

「ああ。滝沢さんも、また明日な」

「ああ」

 滝沢さんがそう言うと、桜花と滝沢さんは校門を出て帰って行った。

 さて、俺も帰ろう。奉仕活動の宣伝もしたし、近いうちに依頼者が現れてくれるといいんだけど。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る