星山高校生徒会よ、信頼を取り戻せ!
河城 魚拓
一章
第1話 生徒会のはじまり
「ええと……もう連絡事項はないかな~」
四月の頭。私立星山高校の始業式、そしてクラス替えから一週間後の教室。今は帰りのホームルーム中だ。
この俺、来栖緑もクラスメイトともそれなりに仲良くなり、クラス内でも大体の派閥が生まれつつある今日この頃。
教卓の前で一生懸命ホームルームをしている、同級生に間違えてしまいそうになるほど、小さいサイズ感の担任の凪先生は、相変わらずピンで横の髪をまとめて、長い髪を後ろで一つに結び、ニコニコしながら話している。
「そろそろ新クラスにも、慣れてきた人が多いと思います。私から見たところ、クラスの雰囲気も良くて、ほかの先生からも授業中の態度がとてもいいと聞いています。この調子で皆さん頑張っていきましょう」
「は~い」
凪先生が明るく言うと、クラスの何人かの生徒が返事をした。
「それじゃあ、皆さんさようなら。気を付けて放課後も過ごしてね~」
「さようなら~」
クラスの帰りのホームルームが終わると、すぐに前の席の熊澤が、話しかけてきた。
「いや~今日も凪ちゃん先生かわいかった~。クラス替え大成功だな~」
「最初は、仲がいいやつら一人もいねえ、外れだ~なんて言ってたくせに」
「あんな綺麗な先生が、担任だって知ってたら、文句言ってなかったわ」
背が高いバスケ部の熊澤は、今日も凪先生のことを話している。
「な~に話してんの……って凪先生の話に決まってるか」
「当たり前だろ岩本~」
熊澤は、隣の席から突っかかってきた岩本の脇腹を、肘で軽くグリグリした。
岩本は眼鏡をかけていて、俺とは一年の頃からのクラスメイト。俺と同じく、あんまりモテないほうの男子高校生だ。
「あの~いいかな、三人とも」
「うお! 凪先生!」
三人で仲良く話していると、噂をすれば、凪先生が俺たち三人に話しかけてきた。
凪先生は小さいから、声をかけてくれないとなかなか気がつけない。
「三人っていうか、来栖くんに用があるんだけどさ」
「ええ~俺じゃないのか」
凪先生が言うと、熊澤は残念そうに言った。
「ごめんね。熊澤くん」
「いやいいんすよ。そんで、俺たちはお邪魔ですか? 聞かない方がいいですかね?」
まるで執事みたいな動きをしながら、熊澤は凪先生に尋ねた。
「いいや、一言、伝言だから大丈夫だよ」
どうやら、そんなに重大なことじゃなさそうだ。
「俺になんの伝言ですか?」
「校長先生からの伝言です。放課後、校長室まで来てほしい。だそうです」
「はあ」
俺は肩を落とした。
「よろしくね。多分、あの校長先生の言い方だと、悪いことじゃないと思うからさ」
「俺なんかしたかな……」
「だから平気だって、元気出してよ来栖くん」
凪先生は、俺の肩を叩いた。
俺は、校長先生から直々に呼び出されていることに、若干の恐怖を覚えていた。
そもそも、校長先生と直接話したことなんて、もしかすると生まれて初めてかもしれない。
「そうだよ。なんたって来栖は一年のときから成績はトップクラス! なんなら三学期の学年末試験は学年で一位だったじゃないか」
岩本は、俺の成績を言い出して、励ましてくれた。
「そうですよ。来栖くんは優等生なんだから、きっと大丈夫」
凪先生も、ニコニコ笑いながら言ってくれた。
「とにかく、よろしくお願いしますね」
「はい」
凪先生はそう言うと、ゆったりと教室から出て行った。
「ってわけだ。俺はちょっと行ってくる」
俺は岩本と熊澤に言った。
「おう! また明日な!」
「じゃあね~」
熊澤と岩本は、快活に返事をしてくれた。
校長室に向かいながら、俺はなぜ呼ばれたかの理由について考えた。
確かに凪先生や岩本の言うように、俺は成績もいい方だし、悪いことはしていない自覚がある。
いったい、俺はなんで校長室に呼ばれたんだろうか。
***
校長室のドアをノックしても、返事がなかったので、俺は廊下で待つことにした。
廊下には帰路に着く生徒や、部活に向かう生徒たちが行き交っていた。
この星山高校は、中高一貫校で、都内の高校だと上位の偏差値の高校で、私立校ということもあり、大企業の社長の子供が学年に数人、そのほかにも、家が太い生徒も多くいる。学校の三割程度の生徒は外部生で、それ以外は内部進学生だ。そのため、本当にただの一般家庭で暮らしている生徒もいる。
来栖緑もその一人だ。俺は高校からの外部生で、それでいて特待生なので学費もいくらか免除されている。俺が勉強をそれなりに頑張っているのも、その特待生になるためである。うちは貧乏ってわけでもないけど、妹もいるし、出来る限り、親に負担はかけたくない。
そんな思いで、それなりに勉強を頑張っているのだ。
少しの間待っていると、俺の前で一人の女子生徒が足を止めた。
黒い長い髪を垂らし、微かな微笑みを浮かべている、背丈は女子にしては少し高めか平均的で、それでいて可憐なその女子生徒は、俺に話しかけてきた。
「もしかして、あなたも校長先生に呼ばれたんですか?」
「ああ。もしかして君も?」
「はい。何やら話があるとか。入学早々、呼ばれるなんて、一体何の用なんでしょうか」
その女子生徒は、入学早々と言った。つまりこの子は一年生だ。二年の俺と、一年のこの子が同時に呼ばれるなんて、本当に校長先生は、俺たちに何の用なんだろうか。
「ああ、自己紹介してませんでしたね。藍原桜花って言います。一年生です」
「丁寧にどうも。俺は来栖緑。二年だ。よろしく」
「はい。よろしくお願いします。ふふ。高等部に来て、初めてできた先輩の知り合いですね。ちょっとうれしいです」
「それは光栄だ」
桜花は微笑みながら、少し喜んだ。清楚そうで丁寧でいい子だ。きっといい家の生まれなんだろうなあ。
星山高校で一年過ごすと、なんとなく外部生と内部生の違いがわかる。彼女から感じ取れるお嬢様オーラは、明らかに内部生だ。
「それで、先輩も呼ばれただけで、その内容は知らされていないんですか?」
「ああ。俺もなにしたか、心当たりがなくて」
「はあ。でもまあ、校長先生が来れば、すぐにわかることです。待ちましょうか」
「そうだな」
そこまで話すと、桜花は俺の隣に立ち、俺と桜花は校長先生を待ち始めた。
それから数十秒で、校長先生の姿が廊下の奥から見えた。
向かってくる校長先生が、俺たちの目の前に来ると、校長先生は俺たちに、軽く会釈をしながら話し出した。
「二人とも来てくれてありがとう。来栖くんと藍原さんだね」
「はい」
「こんにちは」
校長先生は、校長と言う役職にしては若めに見える。髪は綺麗なグレーヘアで、すらっとしている。ほかの先生たちが話していたことなのだが、校長先生はとにかく、今の若い年代のノリを調べているらしく、その影響か、集会などで話すときも、手短に話を終わらせるし、意外とゲームだとかアイドルだとか、そういった流行りものにも詳しいのだとか。
とにかく、生徒に寄り添ってくれるいい校長なのだ。
「廊下で話すわけにもいかないし、とにかく入ろうか」
校長先生はそう言うと、校長室のドアを開けた。
「失礼します」
「失礼します」
俺と桜花は、一言言ってから校長室に足を踏み入れた。
「さ、そこのソファに座って。楽にしてくれていいからね」
校長先生はそう言うと、俺と桜花をソファに座らせた。
「さて、話なんだが」
校長先生は、俺たちの左側にある一人掛けの椅子に浅く座った。
「えっと、来栖くんは去年、ずっと成績トップクラス。それに期末テストでは一位だったよね」
「ああ。はい。そうです」
「うん。素晴らしいことだ」
「ありがとうございます」
突然褒められたので、俺は驚いた。
「藍原さんも成績トップクラスで、中学部では生徒会副会長をしていたね」
「はい。そうです」
この子、中学部の生徒会副会長だったのか。だとしたら、なんとなく校長先生が、切り出しそうな話が予想できる。もしかすると、生徒会にならないか、という話を校長先生は、振ろうとしているのかもしれない。
しかし、そんな唐突なお願い、本当にするのかと疑問になるのもわかる。しかし、星山高校が抱えている、特徴的な問題により、この予想が当たる可能性は高い。
なぜなら、今の星山高校には、生徒会が存在しないからである。
「そんな優等生の二人にお願いがあってね。去年解散してしまった生徒会の新メンバーになってほしいんだ。そして、どちらかには会長を務めてもらいたい」
「……」
予想は当たった。しかし、心構えができていたわけもなく、俺はおそらく困った顔をしているだろう。
「緑くんは、小学校や中学校の時はよく、学級委員をやっていたらしいじゃないか。それに成績もトップ。藍原さんは言わずもがな、中学部生徒会の元副会長。藍原グループの娘さんで、いろんなところに気が回る、優秀な生徒だと聞いている。だからこそ、二人にお願いしているんだ。もちろん、無理にとは言わないけど……私が考えるに、二人が生徒会になることが最善だと、私は思ってね」
校長先生は、少し申し訳なさそうな顔をしながら話をしている。恐らく、結構無理を言っているのを自覚しているんだろう。
「えっと、校長先生」
「何かな、藍原さん」
桜花は冷静な声色で、校長先生に話しかけた。
「そもそも、なぜ生徒会は解散した状態なんですか?」
「そうだね。その説明をしないとだね」
校長先生は、姿勢を正した。
「二年の来栖くんは覚えているかもだけど、去年の文化祭の後ぐらい……生徒会選挙の前ぐらいに、生徒会の会計が、不正に生徒会基金を使用したんだ。それで、その責任を取るために解散した」
そうだ。去年の文化祭が終わった後、全校集会で突然生徒会の解散が、前期生徒会長から告げられた。その時の会長が、真剣な顔で「会計の不祥事、会長として未然に防げなかったことや、保護者様方から集めた資金にもかかわらず、私的に利用してしまったことに、責任を感じております」などと、謝っていたことを覚えている。
「それで、いろいろドタバタしてしまってね。生徒会選挙も中止になってしまったんだ。というのも、少なからず保護者や生徒からの、生徒会に対しての不満や不信感があってね。去年度は生徒会を設置しない、という決断をしたんだ。でもね、やっぱり生徒会がないと、我々教師陣の負担も増える。それに、ほかの学校から冷ややかな目で見られるんだ。星山高校には、生徒会がないみたいだってね」
校長先生はそこまで言うと、少し俺と桜花を見てから、また口を開いた。
「だから今、生徒会や教師陣に不信感が向けられている。我々教師陣ももちろん頑張るが、やはり生徒の頑張りというのは、保護者からの信頼を得るのには効果的なんだ。だから二人には生徒会として活動して、皆からの信頼を取り戻してほしいのだ」
「なるほど……」
確かに、生徒が頑張っている姿は、保護者の信頼を獲得するのに効果的かもしれない。
しかし、今のところ、俺たちに面倒事を押し付けているようにしか思えない。
「話は分かりました。でも、俺たちが信頼を失っている生徒会になるメリットなんてないですよね」
「ああ。そう来ると思ったよ」
俺が言うと、校長先生は微笑み、俺を見て言った。
「もちろん、次の生徒会選挙までに、ある程度の信頼を取り戻すことが認められたら、大学などの推薦枠を、君たちに優先することを約束する。星山高校の歴史は長い。それに外国の大学や、旧帝大などの大学とも、コネクションがある。どんな大学の推薦でも、出来る限り獲得し、君たちに優先して、その権利を渡すことを約束しよう」
「なるほど、悪くはないですね」
俺はそう言いながら、頷いた。
確かに、この生徒会として活動することは、大学の推薦権を獲得するいい機会だ。
ただ、生徒会をやった経験などないし、しかも信頼を失っている状態からのスタートだ。俺にその役割が務まるか、自信がない。
「実はもう別の生徒に一回断られていてね。まあお願いした彼女は、某部活の部長だし、仕方がないんだけどさ」
校長先生は後頭部を少し掻いた。どうやら結構参っているみたいだ。
「まあ、今日決めてほしいとは言っていない。一週間は待つから、決まったら私に教えてくれ」
「……わかりました」
***
返答は遅くても、一週間後に提出。
校長室から出た時点での俺の気持ちは、やる六割、やらない四割。やはり、大学の推薦枠は魅力的である。それなりに安定した将来が、とりあえず確定する、と思っていいだろう。
「先輩。もう、このまま帰りますか?」
校長室を出て廊下に立ち尽くしている俺に、桜花は声をかけてきた。
「あ、ああ。うん」
「なら昇降口まで、一緒に行きましょう。少し話もしたいですし」
「そうだな。俺もちょっと話したい」
そう言うと、俺たちは廊下を並んで歩き始めた。
「ちなみに、私は結構前向きに考えてます」
「そうか。俺は大体半々。でもちょっとだけやるに傾いてるけど、自信がなくてさ。やったことないし、生徒会とか」
「まあ、そうですよね。私は生徒会の経験があるから、こうやって前向きに考えられていますけど、生徒会の経験がないと難しいですよね。自分からやるって、決意したわけでもないですし」
「ああ。そうなんだよ」
俺の今の心情を、桜花は的確に言い当てた。生徒会は基本的に、自分から立候補してから、選挙で決められる。そのため、今回みたいな誰かに頼まれてやるとなると、決断がしづらい。
「藍原さんはさ」
「桜花でいいですよ。この名前好きなので、そう呼んでほしいです」
「そうか。じゃあ桜花は、中学で生徒会やって、どうだった?」
「どうって、別に事務とか資料作り、他校との交流の際に顔役になる、集会の準備、行事の準備をやる。ただそれだけです。中学の頃の生徒会は、割とビジネスライクな関係でしたから」
「まあ、そうだよな」
なんとなくのイメージ通りって感じだ。
もっと具体的なことを、聞けたらいいんだけど……こう桜花以外に、生徒会の経験がある人がいれば……。
「あ!」
俺は呟いた。
「どうかされましたか?」
桜花は、俺に尋ねてきた。
「俺、帰りに生徒会やったことある人に相談してみるわ」
俺がそう言う頃には、いつの間にか一階の昇降口に来ており、お互い靴を履き替えていた。俺の下駄箱の正面の下駄箱に、桜花のクラスの下駄箱があった。
「そうですか、じゃあ気持ちが決まったら教えてください……と、連絡先ないと不便かもですね。よければ交換しませんか?」
「そうだな。交換しておくか」
桜花の提案に、俺は乗った。
手際よくラインの交換を済ませ、俺と桜花はそろって昇降口を出て、校門へ向かった。
「じゃあ、私はここで」
「ああ。じゃあね」
「はい。さようなら」
桜花は一礼をしてから、俺に背を向けた。
「あ、先輩」
背を向けた桜花は、すぐに振り返って俺を呼んだ。
「どうした?」
俺が返事をすると、桜花はすぐに口を開いた。
「私は、先輩と生徒会、やりたいですけどね」
桜花は、かわいく人差し指を、顔の前でちょこんと動かして、そう言った。
桜花は俺の返事を聞く前に、また背を向けて、そのまま校門の前に止まっていた黒い車に乗り込んだ。恐らく、桜花はいい家の育ち……しかもお嬢様のような身分なのだろう。
「俺と生徒会、やりたいか……」
俺の中の気持ちは、やるが七割、やらないが三割になった。
***
そんな気持ちのまま、俺は帰り路の途中にある、とあるカフェに向かった。
星山高校がある仙川は、駅に近い場所は商店街になっており、駅から遠くなるにつれて、住宅街になっている。都内でも二十三区の手前にあるこの地域は、社会人や学生などが多く行き来する。
そんな商店街から少し離れた位置にある「青の鐘」というカフェは、俺の中学生時代の塾の先生が、店長として働いているカフェだ。
星山高校からは歩いて十分ほど。こんなことを考えていると、すぐにカフェにたどり着いた。
一階部分はカフェになっているが、二階部分はアパートになっている。
「どうも黛せんせ」
「おお。ちょっと久々か?」
「まあね。ちょっと久々かも」
カフェに入ると、すぐにあまり背丈は高くないが、顔立ちは綺麗な男の人が出迎えてくれた。
このあまり背丈が高くない綺麗な男の人が、黛先生。俺が塾でお世話になった先生だ。
俺はそのままカウンター席に座った。
店内はカウンター席が数席と、テーブル席が二つある。店内の色の雰囲気は木をイメージさせてくれるブラウン。小さなカフェに思えるかもしれないが、実はこの店、地下がある。元はライブハウスだったようで、そこを利用して普段はボードゲームやカードゲームなどを遊ぶことができる場として、開放しているようだ。また、ゲーム大会の観戦やライブなども行うことがあるそうだ。
「お、緑くんじゃん」
「どうもれもんさん」
俺が席に座ると、女性にしては背の高く、ウルフカットのお姉さんが声をかけてくれる。この人はれもんさんと言って、この青の鐘で働いている大学生だ。田舎から上京してきたらしい。相変わらず、ちょっといかつい雰囲気だ。
「飲むもの決めてる?」
「じゃあカフェオレで」
「はいよ」
俺が注文をすると、れもんさんは慣れた手つきで、カフェオレを作り始めた。
少し店内を見回すと、一番店内の奥のカウンター席に、いつも座ってタブレットと、にらめっこをしている女の人がいた。この人は、俺が来るたびにいつも同じ席にいる。まるで、毎日来ているみたいな雰囲気である。眼鏡をかけていて、三つ編みの髪を二本、両肩に垂らした人だ。ほんと、あの人は学生なんだろうか、社会人なんだろうか。
「はいカフェオレ」
「ありがとう、れもんさん」
「はいどうも」
れもんさんは、綺麗な笑顔でカフェオレを渡してくれた。
「お~い黛せんせ。アニメ見てないでさ、ちょっと話があるんだけど」
「ああ? ちょっと待ていいところなんだ」
「まったく……」
黛先生は、カフェに設置してあるモニターに映ったアニメに、夢中になっている。
まあ確かに、感動的なBGMが流れている場面だけど、店長としてどうなんだと思う。こうやってだらしないところが、黛先生にはある。授業も適当にやってるんじゃないかと、思う時もあった。それでも黛先生はいわゆる「やるときはやる人」なのだ。俺はこの人が居なかったら、高校で学年一位の成績を収めることはなかっただろうし、高校受験も成功していたかどうか。
「何してんだバカ店長」
「いて」
見かねたれもんさんが、軽く黛先生の頭をはたいた。
「元教え子が困ってるでしょ」
「あ~わかったわかった」
黛先生は、はたかれたところを撫でながら、俺の前に来た。
「そんで? 話ってなんだ?」
「実は……」
俺は黛先生に、今日校長室でされた話をした。生徒会にならないかと言われたこと。しかし今、生徒会は、前期生徒会の不祥事で不信感を買っていること、でも任期までに信頼を取り戻せば、大学の推薦枠を優先して取れること。
黛先生は、真剣に話を聞いているようだった。れもんさんも黛先生の隣で、俺の話を聞いていた。
「どう思う? 黛先生さ、生徒会だったんでしょ?」
俺は話を終えた後に、さらに黛先生に尋ねた。
「まあ、生徒会だったけどさ。でもやってた期間半年ぐらいだし」
「でも、まったくやってないわけじゃないじゃん?」
「そうだな。ま、メリットもあるしやってもいいんじゃないか? それに緑は長男でしっかりしているし、中学の頃も学級委員やってただろ。向いてるんじゃないか?」
「黛先生もそう思うの?」
「うん」
黛先生は目を閉じながら、うんうんと頷いた。
黛先生が、俺が長男だということを言った。その通り、俺には妹がいる。妹は星山中学の内部生で、今は中学二年生だ。
「まあ、俺が生徒会に向いてるのはわかったけどさ。じゃあ生徒会って楽しい?」
「どうだか。でも、なんだかんだ集団に属して行動するのは、悪く無い経験だと思うぞ。緑は帰宅部だし、そういう機会高校に入ってからはないんじゃないか?」
「確かになあ」
俺は中学の頃も、今も部活動の経験がない。勉強とゲームに集中していたからだ。その分、委員会や学級委員とかはやっていたけれど。
「だからそういう集団に属して、そこで仲良くなったやつらと遊んだり……なんてするのは楽しいかもな。ぼくも任期は大体半年ぐらいだったけど、今でも連絡を取ってるやつもいるしな。それに……」
黛先生は、一口カップに入ったブラックコーヒーを飲んでから続けた。
「緑は人助けが好きだって言ってたじゃん。ほら、小学生の頃、車に轢かれかけたところを、このあたりの男子高校生が命懸けで助けてくれたらしいじゃん。そのせいだろ、善いことだとか人助けが好きなの」
「よく覚えてるな、その話」
「まあな。なんか覚えてるよ」
黛先生は、俺が塾生だった頃に、ポロっと話の流れで、適当に話したことを覚えていた。少し驚いた。あんなサラッと言ったことを、覚えているなんて。
でも、その出来事は、俺を今でも動かす原動力になっている。あの時、俺を命懸けで助けてくれた高校生が居なかったら、俺の命はもうなかったかもしれないからだ。だから、その救われた命を「善いこと」に使いたいのだ。
「生徒会の活動は、広く浅く人助けをするようなもんだ。うちの高校は公立だったから、私立とは違うかもしれないけど、学校行事の企画計画だとか、まあ生徒の不満の解消とか、委員会とか部活からの要望を聞いたり……まあだるいけど、ボランティアとかもすることとかもあったな。だから人助けなら、生徒会に入ったら堂々とできるぞ」
「なるほどね。これは決まったかもしれないなあ」
「お。どうするんだ?」
黛先生は目を大きくして、興味があるような表情で俺のことを見た。
「やってみることにする。一緒に生徒会をやらないかって言われた子も、俺と生徒会やりたいって言ってくれたし」
「よく言った! よし、じゃあ今からオムライスでも作ろうか。もちろんぼくのおごりだ」
「よっしゃあ!」
俺が決意を黛先生に伝えると、黛先生は嬉しそうにオムライスを奢ってくれると言って、厨房に入っていった。
「生徒会かあ。高校……懐かしいなあ……」
洗ったカップを整理していたれもんさんが、俺に声をかけてきた。
「れもんさんは生徒会だったり?」
「ないない。素行悪めだったし、生徒会に怒られる側。まあピアノの賞とか取って、黙らせてたけど」
「かっこいいですね」
「でしょ?」
れもんさんはかわいくウインクをしてくれた。
「ま、やれば意外と何とかなるよ。私も一歩踏み出したら、なんとかなったしね」
れもんさんがそう言うと、黛先生が厨房からオムライスをサッと完成させて持ってきた。
「そうだな。最初の一歩が重いからな。踏み出せば意外と何とかなるさ」
そう言いながら、黛先生はオムライスを俺の前に置いた。
「じゃあ、いただきます」
俺は一言そう言うと、おいしそうに光っていて、湯気が出ているオムライスを食べ始めた。
「うま!」
***
「よっと……」
俺はおいしいオムライスを食べた後、青の鐘から歩いて家に帰った。
今は玄関で靴を脱いで、リビングに向かおうとしているところだ。
「ただいま~」
「おかえり緑ちゃん~」
俺が言うと、テレビを見ている母が返事をしてくれた。相変わらず、家でも身なりに隙がない人だ。
「お~い。兄の帰宅だぞ~」
「ん」
俺は母と同じくテレビを見ているが、ソファに寝っ転がり、どうしようもなくだらしなくしている妹に、返事を求めたが、返事は「ん」だった。
「お前は、俺が何言っても『ん』で返事をするんだな」
「ん」
「はあ……」
この妹は、名前を葵という。
妹とは別に、仲が悪いわけじゃないが、基本的に無視はしない程度にそっけない。
まあ、大抵の妹を持つ兄はわかると思うが、妹なんてこんなもんである。
それでも、恋バナとかそういったことには食いついてくる。それが妹という身分なのである。
「ああそう。報告があるんだけど」
「なになに? 彼女?」
「え! 彼女?」
母が彼女と言う単語を出すと、やっぱり妹が食いついた。妹は姿勢を一気に起こした。
「いいや、違うよ」
「なんだ」
俺が否定をすると、また妹はソファに寝転んだ。
「なんか俺、生徒会になるみたいだから」
「……」
俺が言うと、母はポカーンとした顔をした。口はあほみたいに開いている。
「えええ!」
「えええ!」
どうやら母だけではなく、妹もとても驚いたらしい。
その二人の絶叫は、マンション住みだったら確実に近所迷惑になっていただろう。
そして俺は、そんな二人を横目に、自室に戻り風呂の準備をするのだった。
***
数日後。校長室。
「じゃあ、二人の気持ちを聞かせてもらってもいいかな」
また俺と桜花は、校長先生を前に座っている。
俺と桜花は、連絡を取り合い、日程を決めて、また校長室を訪れた。
もちろん、生徒会をやるか、やらないかの気持ちを校長先生に伝えるためである。
「はい」
俺は校長先生に返事をした。そして、すぐにまた話を続けた。
「生徒会長、やらせてください」
「おお。本当か! 助かるよ……いや、本当にうれしいよ。ありがとう」
俺が言うと、校長先生は安堵の微笑みを見せた。
「それで、藍原さんはどうかな?」
「先輩がやるなら、私もやります」
「おお……ありがとう二人とも……」
校長先生は立ち上がり、俺たち二人に握手を求めてきた。俺と桜花は、それに応じた。
こうして俺と桜花は、生徒会長、そして生徒会副会長を新たに務めることになった。
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