ep5


「……わかりました。キリクさんが協力してくれるなら、時間はかかるかもしれませんけれど、やってみます」

 だがアルティムは、暫く悩みはしたけれど、僕の言葉に頷く。

 ケット・シーの力も借りて、相手を徹底的に痛めつけるなんて真似は、どうやらしなくて済んだらしい。


 それから幾つか今後の事に関して取り決めをして、……アルティムは自分の寮に戻っていった。

 流石に今からもう一度、パーティに顔を出すって気分じゃなかったんだろう。

 あぁ、それは僕だってそうだ。

 準備には苦労したけれど、流石にあんな話をした後じゃ、パーティを楽しもうなんて気にはならない。

 後片づけにも駆り出されるが、まぁ、それは後日の話である。


「キリク、良かったの?」

 闇の中からシャムが現れて、僕に問う。

 その選択に後悔はないのかと、僕の内心を確かめるように、三歩前から、僕を見上げて。


 先程のアルティムとの話は、僕にとって非常に大きな岐路だった。

 単に星の灯にどう対処するかってだけじゃなく、今後の僕の人生にも大きく関わってくるから。

 あの時、アルティムが教主になる事を選んだ時に、僕も一つ、自分の未来を決めている。


 そう、だから取引だったのだ。

 釣り合うように天秤に載ったのは、彼の未来と僕の未来。

 僕が選び決めたのは、人間に関わり、人間として生きる未来だった。


 アルティムを星の灯の教主にすべく協力するなら、僕はこの世界で人間に関わって、人間として生きる必要がある。

 彼も言ってた通り、すぐに終わる話じゃない。

 この魔法学校を卒業した後も、僕はアルティムを通して、星の灯に関わり続けるだろう。

 人間として、人間らしく、僕は彼と取引したから。


 妖精のようにこの話を終わらせる道もあった。

 先程の、ケット・シー達の力を借りて星の灯を痛め付けてしまうやり方が、そうだ。


 人間同士であれば、敵対をしていても、何時かどこかで折り合いを付けなきゃいけない日がやってくる。

 自分たちの世代でそれが成せずとも、世代を重ねた後には、折り合いをつけて、拳を引かなきゃならない。

 何故なら人間は、ずっと争い続けるには、弱い生き物だから。

 長く長く争いが続けば、お互いに疲弊して、倒れてしまう。

 相手を根絶やしにするには、人間は数が多過ぎる。


 また互いに距離を離して関わらないように生きる事もできなかった。

 人間は広がり、前に進む生き物だから、距離を離して関わらないようにしようとすると、後の世代にまたぶつかり合う。

 尤も、近くに住んで折り合いをつけても、やっぱりふとした拍子に争いは起きるから、いずれにしても結果は同じかもしれない。


 つまり人間は、元気な時は争ったり、疲れてくると折り合いを付けたりしながら、前に進む弱い生き物なのだ。


 けれども妖精は違う。

 妖精は強く、そして前に進む必要もない。

 彼らは敵対したならば、強い力で相手を捻り潰して、後はもう関わらず、興味も失い忘れてしまう。


 そう、僕もそんな風に、星の灯を叩きのめして、彼らの前からずっと姿を消す事もできた。

 人間が追いかけたところで、決して捕まえられない妖精の一員として。


 ……だけど僕は、しがらみのある人間の世界に留まる事を選んだ。

 そのしがらみの一つが、アルティムという後輩との縁。

 クレイにパトラ、ジャックスにシズゥ、ガナムラといった友人達への情もそうだろう。

 シールロット先輩とも再会したいし、その時までにイチヨウに色々教えなきゃならないし、そろそろぴー太には飛び方を教えてやる必要もあった。

 エリンジ先生やマダム・グローゼルを始めとする先生達には、恩がある。

 それらのしがらみを捨てず、人間の中で、僕は人間として生きる事になるだろう。


「うん、これで大丈夫。この道を選んで後悔はないよ。……だって、シャムはどの道を選んでも付いて来てくれるんでしょう?」

 僕は以前に交わした言葉を思い出しながら、笑みを浮かべてシャムに問うた。

 もし、万に一つ、億に一つ、シャムがそんな事は知らないとか言い出したら、……アルティムには申し訳ないが、今からでも星の灯を捻り潰す道を選ぶけれども。


 でも、そんな心配は無用だ。

 僕が膝を突いて手を伸ばせば、シャムはその上を通って、肩まで駆け上がる。

 そして僕の頬に、自分の頬を擦り付けて、

「前にそう言っちゃったからね。キリクの面倒は、ちゃんとずっと見てあげるよ。たださ、できれば孫の代くらいまでは見守りたいから、キリクはちゃんと番を見つけなよ」

 そんな言葉を口にした。


 ……また番とか言って。

 でも、うぅん、子供とか孫かぁ。

 シャムが見守ってくれるなら、子供とか孫もできたらいいなって思うけれど、それには伴侶が必要だ。


 だけど僕って、モテないよなぁって思って、ちょっと悲しくなってしまう。

 女友達は幾人かいるけれど、そういう浮いた話はないし、去年はこの日にシールロット先輩に振られたし。

 努力はもちろんするけれど、必ずって約束は、ちょっとできないかもしれない。


 ただ、どんな風になったとしても、僕の人生は幸せなものになる。

 これまでの人生がそうであったように、これからもずっとそうなのだ。

 何故なら僕は生まれてすぐに、シャムと出会ったから。

 前世の記憶がある事よりも、魔法の才に恵まれた事よりも、何よりもずっと大切な幸運は、今日も僕の肩の上にいた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕とケット・シーの魔法学校物語 らる鳥 @rarutori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る