どじょうのおでん

高黄森哉

どじょうのおでん


 ぐつぐつぐつ、鍋の中は相変わらず、ぐつぐつぐつ、と沸騰している。しかし、その泡立ちの音に、耳をよおく澄ましてみると、おでんたちの、愚痴が聞こえてくるではないか。ぶつぶつぶつ、ぶつぶつぶつ、と。

 ほら、餅巾着がなにか言っている。


「へいへい。殿とのは、やっぱり立派な豆腐ですな。まるで、現代建築のようでございます」


 故に、とあるゲームでは、真四角の家を、豆腐ハウスと言ったりする。


「おい、巾着。へつらうな。今日からお前は、モチ巾着じゃなくて、腰巾着だ」

「モチろん、私は、太鼓モチでございますよ。はっはっは」

「面白くないぞ」


 その時、硫黄のような異臭が、横から漂ってきた。


「や、煮卵」


 卵は、ぷかぷかと煙草を吸っている。

 豆腐たちは、一斉に咳をし始め、鍋の火は一時、中火にされた。ふつふつふつ。ぐつぐつぐつ。


「お前が茶色なのはまさか喫煙が故か。タマゴ臭いぞ。やい、ヤニ卵」


 鍋の対流に乗って、煮卵が振り返る。


「俺は別人だぜ、豆腐のおっさん」

「お前はさっきの煮卵。いや、まて、二人いるな」

「これが本当の、似た卵」

「やかましい」

「実は俺、さっきの卵の孫です。だから俺は煮た孫」

「そして俺は、こいつのいとこで、顔が似ているから、似た孫」

「もういい」


 その時、がんもどきが突如として漂流を始める。


「いやあ、まいっちゃうね。こうやって空も飛んで。まるで、鳥みたいだ」

「お前は、がんもどきじゃないか、、、。いや、どうかな、違うかもしれないな」


 菜に、つつかれる。菜箸は、まだ彼が、がんもどきか、ツクネかを測りかねている。どうかな、違うかな、そうかもな、ちょっとつまんで食べてみるか。つまり、石を叩いて渡る。


「儂こそが、がんもどきですよ」

「お前は蟹だろ」

「蟹は英語でキャンサーでね」

「確かに。これが本当の、癌もどき」


 その馬鹿な会話を横で聞いていた、鶉卵がうずうずして、


「そんなあなたに、私がいまっせ」

「ん? ウズラがなんなんだ」


 蟹は疑問符を浮かべる。


「コウガン剤」


 また、別のところで小競り合いが起き始めた。


「歯がくさいわよ、あっちいって」

「そんな古典的な。おい、白菜やめてやれ」


 豆腐は、蠣への嫌がらせをやめるように指示する。


「お前の方がもっと臭いわい。やい、くそガキ。見た目が臭いんだよ」

「その辺にしておけ。しめじが傷ついている」


 鍋の端の方にいた、キノコが、くたっと萎えている


「僕だって、なりたくてこんな姿になったんじゃないのに」

、その話はもう菌糸に


 空に異様な竜が、うねうねと写った。


「げっ。親父さん、どじょう豆腐をやるつもりだ」


 菜箸は鍋に向かって叫んだ。


「なんだって。どじょう豆腐だと。おい、カブ、お前は知ってるか」


 カブはかぶりを振った。


 じゃぼん。熱湯に入れられた魚は大悶絶、どこかに冷たい場所はないか荒れ狂う。こう叫びながら。どーしょう、どーしよう、と。


「あちちちちちち。あちちち。どこか、どこかに、冷たい場所は。あっ、あそこに豆腐があるぞ。あ、あれだけ、大きな豆腐ならば、中はひんやりとして、冷たいはずだ。それ」


 魚が、豆腐の内部へと進行していく。


「殿。大丈夫ですかい」

「あっ、うっ。そこは駄目!」

「この豆腐は儂のものじゃ。誰にも触れさせん。あっちいけ」


 どじょうは、すでに豆腐の内部にすっぽりと身を潜めている。


「おーいたたた。巾着、おい、俺の代わりにやれ」


 巾着は言った。


「これがほんとの、どじょうの殿」


 ここぞ、どじょう殿の豆腐御殿ゴテン。その土壌は、お殿と来た。さあ、酔ってらっしゃい、見てらっしゃい。ここが、おでんの土場です。おでんで土城を築きましょう。おでんの茶色いエキス、もしくは土城の汚田は、流れ出てきたドジョウのお臀。見学だけでも、どーじょう、なんつって。

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どじょうのおでん 高黄森哉 @kamikawa2001

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