最終章
たぐり寄せた運命
2023年2月
今日、あの日以来はじめて月乃先輩に会う。
お互いの精神的な面を考慮して、面会の制限がなくなった後も会うことは許してもらえなかった。
それでも、姫奈ちゃんと陽さんがお互いの様子を教えてくれていたので、会えなくても不安にはならなかった。
同じ病院にいるから、そばにいてくれるような安心感もあった。
私は年明けに一足早く退院したので、今日はお見舞いという形になる。
私のせいで怪我したのに、私の方が先に退院することに罪悪感はあったけど、月乃先輩は私の回復を喜んでいたと陽さんが教えてくれた。
今日は病院の敷地内にある、お庭のベンチに座って話そうということになった。
寒いから病室にしようと言ったけど、ようやく何の補助もなく歩けるようになったから外に出たいみたい。
約束の時間より早く着いたので、ベンチに体育座りして丸まっている。
空を見上げると、今日もまっ白。
また、だれか色を塗り忘れているみたい。
まっ白…なんだか不思議な夢を見たような気がするけど、よく思い出せない。
夢のことを考えていると、突然ベンチに誰かが座った。
マフラーで顔の半分を覆っていたせいで近づいていることに気がつかなかった。
月乃先輩かと思って横を見たけど、知らない人だった。
黒くて綺麗な長い髪。優しい表情。
どことなく月乃先輩に似ているような気がする。
「誰かと待ち合わせ?」
まさか話しかけられるとは思っていなかったので少し驚いた。
慌てて体育座りを
「はい。学校の先輩が入院してるんです。」
「こんな寒いのに、外で会うの?」
「私は病室まで行くって言ったんですけど、先輩が外が良いって。」
「そうなの。冬が好きになったのかな。」
「なった?」
「ごめんなさい。気にしないで。」
「お姉さんも、どなたかと待ち合わせですか?」
「私はひとり。でも、あなたに会えて良かった。」
「そう…ですか。」
「そろそろ行かないとね。それじゃあ。」
お姉さんは立ち上がり、軽く右手を上げた。
「はい。お大事に。」
私も右手で小さく手を振った。
お姉さんが立ち去るのをぼんやり見ていると、ちょうど月乃先輩が反対側から来ていた。
「知り合い?」
「いえ、少し話をしていただけです。」
「そう。」
月乃先輩は、不思議そうにお姉さんが歩いて行った方を見ている。
「月乃先輩のお知り合いですか?」
「どうして?」
「月乃先輩に対して、冬が好きになったのかなって。」
「え?」
「でも、月乃先輩の名前言ったわけじゃないから違いますよね。すみません。」
月乃先輩は少し考えたような表情のあと、嬉しそうに、どこか悲しそうに笑った。
「座っていい?」
「どうぞ。」
「元気にしてた?」
「はい。月乃先輩、身体はもう大丈夫ですか?」
「うん。もう大丈夫。」
「良かった。寒くないですか?」
「大丈夫だよ。藤田さんは大丈夫?」
「はい。いっぱい着込んだんで。」
「寒くなったら中入るから遠慮しないで言ってね。」
「はい。ありがとうございます。」
少しぎこちない会話。
思えば、月乃先輩とこんなふうに穏やかな会話をするのは、はじめてなのかもしれない。
「あの…本当はもっと早く月乃先輩をこんな目に合わせてしまったこと謝らないといけなかったのに。
本当にすみませんでした。」
ありがとう。その言葉よりも先に、涙がこぼれ落ちていた。
「月乃先輩、ありがとうございました。
私を助けてくれて、ありがとうございました。
私…怖かった。死にたくなかった。
もっと生きていたかったのに。
もっとみんなのそばにいたかったのに。
自分で自分が止められなかった。
生きてて良かった。月乃先輩にまた会えて良かった。ごめんなさい。ごめんなさい。」
「もう。」
月乃先輩は私を力いっぱい抱きしめてくれた。
そして、私と一緒に泣いてくれた。
私は子供のように、叫ぶように泣いた。
月乃先輩の温もりを感じて生きていると実感できたから。
屋上から落ちたときに感じた月乃先輩の温もりを思い出したから。
死にたくない。もっと生きたい。
屋上から落ちる瞬間、私は私の本当の気持ちに気がついた。
その想いを繋ぎ止めてくれたのは月乃先輩だった。
「藤田さんが生きていて本当に良かった。
生きていてくれてありがとう。」
私はまだ死の恐怖が消えていない。
怖くて、怖くて、月乃先輩にしがみついて泣いた。
死にたくない。
何度も何度も繰り返していた。
「大丈夫。私が守ってあげるから。
藤田さんを死なせたりしない。」
生きていくことは不安なことばかり。
解決できない問題がどんどん積み重なっていく。
自分は孤独だと、誰も味方なんていないと感じてしまうこともある。
それでも、私は生きたい。生きていたい。
believe in hope.
まっ白な空でつながっている 月織 朔 @saku_tsukiori
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます