生きる意味
陽先輩は今病室で月乃さんと話をしていて、
私は近くの待合室で陽先輩が出てくるのを待っている。
2人に何があったのか、どんな関係なのか説明されたわけじゃない。
_私の友達。私の大切な人。
それだけで十分に伝わった。
私は私にできることのすべてをしようと心に決めた。
同じ道場に通う清瀬さんとその友達の埜坂さんから話しを聞いて、彩が仲良くなったというテニス部の子からも話しを聞いて、最終的には乗り込むような形で学校に行くと既に色々聞いて回っていた鈴川琴音という子から話しを聞くことができた。
何とかこの病院まで来たけど警察までいて予想していたよりも物々しい雰囲気だった。
おまけに面会も制限されてるし、月乃さんが近くにいるとわかった途端に陽先輩は取り乱して強行突破しようとするし。
正直お手上げだと思ったときに月乃さんの叔母である紗季さんという人に声を掛けられた。
陽先輩と紗季さんは初対面だけど、お互いの存在は月乃さんから聞いて知っていたらしい。
陽先輩はまだ少し動揺していたので私が事情を説明した。
月乃さんの意識が戻ってからはまだ紗季さんも会っていないみたいだったけど、親族の面会は許可されているからと紗季さんから警察に話しを通してくれた。
_陽先輩。大丈夫ですか?
_大丈夫。
_ダメです。やり直し。
_え?
_陽先輩。ただ思い出話をしに行くんじゃないんですよ。本当の気持ち隠してどうするんですか。
だから、はい。やり直し。
_大丈夫じゃない。受け入れられなかったらって不安だよ。
_あー、そうですか。じゃあ、いってらっしゃい。
_え?それだけ?
_素直になれたなら。その後どうするべきなのか知っているのは陽先輩でしょ?
_うん。そうだね。ありがとう。
_いいえ。部長として当然のことをしただけです。
_え?姫奈が部長だったの?
_はい。
_どうして?
_申請するときに部長も決めないといけなかったので。
_初耳なんだけど。
_初めて言いましたから。
_同好会乗り気じゃなかったじゃん。
_乗り気じゃなくてもやるならちゃんとやらないと。陽先輩頼りなかったし。
_あぁ…なんか冷静になれたよ。ありがとう。
_はい。いってらっしゃい。
結果として陽先輩の背中を押したのか後ろ髪を引いたのかわからない形で見送ったけど大丈夫かな。
ここに来るまで陽先輩が月乃さんに辿り着けるように、そのことだけを考えていた。
だけどここに来てそれだけではいけないと思った。
陽先輩が入っていった病室を見ると警察官に話しかけている男が目に入った。
警察官と話している様子を見るに恐らく捜査官だろう。
私は待合室を出て男に近づいた。
「すみません。藤田さんの病室はどこですか?」
「君は?」
「友達です。」
男は私の制服に視線を向けた。
「水咲の生徒じゃないみたいだけど。」
「友達です。」
「まぁ…隠してもすぐにわかるか。
というか本当はわかって聞いてるんだろ?」
「はい。」
「駆け引きがうまいな。君、名前は?」
「どうしてですか?」
「病室の前にいる警官に君を通すように伝えておくためだよ。」
「緒方姫奈です。」
「あまり大きな声や物音を立てないように気をつけて。長く話せなくなるかもしれないし、彼女まだ混乱しているから。」
「わかりました。ありがとうございます。」
「待って。これ渡しておくよ。」
男は私に名刺を渡した。
" 捜査一課、
「なんでもしてあげられるわけじゃないけど、こういうことを未然に防げるのなら出来る限りのことをするから。」
「ありがとうございます。」
藤田さんの病室は1つ下の階にある。
無線で伝えているのか病室の前にいる警察官に名前を伝えると簡単に通してくれた。
ドアをノックしようとしたとき、はじめて自分が緊張していることに気づいた。
だけど引くわけにはいかない。
ノックをしても返事はない。もう一度ノックをしてからゆっくりとドアを開けた。
私が病室に入っても藤田さんはベッドの上に座ったまま窓の外を見つめるばかりで何も反応しない。
私はベッドの横にある椅子に座った。
椅子を動かす音に反応して藤田さんが私を見た。
「あなたはだれ?」
「私は緒方姫奈。月乃さんの友達の後輩。」
「そう。」
藤田さんは再び窓の外に視線を戻した。
「清瀬さんと埜坂さんと鈴川さんとも話したよ。
みんな心配してた。」
藤田さんは何も反応しない。
「私は藤田さんと話しがしたくてここに来たの。」
藤田さんはゆっくりとこっちを向いた。
ようやく反応してくれたと安心したけど、藤田さんが私を見る目には見覚えがあった。
はじめてものしらべ同好会に行った日。
あの子の、葉山さんが私に向けた目。
私には理解してもらえない。という不安な目。
その目を見て私まで不安に押し潰されそうになった。
ものしらべ同好会に入って、沢山の人と向き合って、陽先輩の背中を追いかけて、私は変わったと思い込んでいただけなのかもしれない。
違う!ダメだ!負けるな!
この子を…藤田さんを救いたくてここまで来たんだろ!声を出せ!
憎まれ口でも何でもいい!
陽先輩みたいな言葉じゃなくてもいい!
伝えろ!藤田さんの命の大切さを!
「私はあなたが生きてて嬉しい!!」
藤田さんは驚いて目を見開いている。
でも目に正気が戻った。
「私はあなたのことを何も知らない!
だけど死んでほしくない!
あなたに生きていてほしい!
あなたが生きていくことが辛いなら、その理由を私に話してほしい!」
「どう…して?」
「知らないよ!私が教えてほしいよ!
でも嫌なの!あなたに生きていてほしいの!
だから窓の外ばっか見て無視してないで早く何か話して!間が持たない!」
藤田さんが慌てて私の手を握った。
「落ち着いて。」
それと同時にドアが開いた。
「大丈夫ですか?」
警察官が私の叫び声を聞いて心配して声を掛けてきた。
「大丈夫です。」
藤田さんは私の手を握ったまま穏やかな声で警察官に伝えた。
警察官がドアを閉めるのを見届けると藤田さんはゆっくりと手を離した。
「ごめん。」
謝る私を見て、藤田さんは呆れたように笑った。
「本当だよ。びっくりしちゃった。」
「お恥ずかしい。」
「でもありがとう。あなたの声は私に届いたよ。」
「良かった。」
「まるで突然車に繋がれて引きずり回された気分。」
「あまり良い状況ではなさそうだね。」
「でもそれくらいしてくれなかったら私には誰の声も聞こえなかった。」
「話しを聞かせてくれる?」
藤田さんは再び不安そうな目で私を見た。
だけど、さっきまでとは違う。
「話してくれないとまた叫んじゃうかも。」
藤田さんは困ったように笑った。
少しでも安心してほしくて私は藤田さんに笑いかけた。
「大丈夫。」
藤田さんは私を見て小さく頷いた。
「ずっと自分は生きていてはいけないって思ってた。
私がいても人に迷惑をかけるだけ。
誰も私を必要としてない。
私がいなくても誰も困らない。
そんな後ろ向きな気持ちを否定するだけの…
" 生きる意味 " も持っていない。
私は私を…好きになれない。」
藤田さんは悲しむ力も残っていないかのように、力なく諦めたように話した。
「私は人生の半分くらい人をボコボコにして生きてきたの。」
藤田さんは不思議そうに私を見ている。
「空手やってるから。
これでも結構強くて大会では優勝続きなんだよ。
だから同年代では私がいなければって思ってる人もいるかもしれない。
ううん。実際言われたことあるんだ。
その世界にいない人、いや同じ世界の人でも理解できないかもしれないけど、何か1つのことに人生のすべてを懸けてる人もいる。
私はそういう人たちの希望を奪ってるの。
私が空手をはじめたのは幼馴染のため。
泣き虫で弱いくせに負けず嫌いで男子にも平気で喧嘩売って怪我させられる。
見てられなくてね。止めても聞かないなら私が強くなってやろうって。
私が幼馴染のためにとった行動が誰かの夢を奪ったかもしれない。
私は自分が闘う意味がわからなくなって、今は空手と距離を置いてる。」
「あなたってもしかして鋼鉄の女?」
「その呼ばれ方好きじゃないけど…そうだよ。」
「やっぱり。澪ちゃんが…清瀬さんがあなたに勝つことが目標だって言ってた。
あなたが道場に来なくなって、大会に出なくて目標を失ったって落ち込んでた。
清瀬さんにとってはあなたが闘う意味になって、生きる意味になってる。…すごいね。」
藤田さんは寂しそうに話している
「それは清瀬さんの意味であって私の意味じゃない。
藤田さん。あなたが関わった人があなたを迷惑だと思っても、あなたを必要だと思わなくても、それは他人が決めたこと。
否定されるのは悲しいし、辛いこと。
だけど他人が勝手に決めた自分になろうとしてはいけない。
藤田さんの存在意義は藤田さん自身で決めないと。
生きる意味なんてわからないままでいい。
自分のことを嫌いになったっていい。
でも生きなきゃ。生きてやろうよ。
私が私でいることの何が悪いって喧嘩売って生きていこう。」
「私がそんなに強くなれなかったら?
また誰かに傷つけられたら?
自分を守るために誰かを傷つけたら?」
「それでも私は生きていてほしい。
私も一緒に悩むよ。私も一緒に答えを探すよ。
だから、一緒に生きよう。」
藤田さんは唖然としている。
「言っとくけど、プロポーズじゃないからね。」
「わかってる。」
「良かった。指輪用意してなかったから。」
藤田さんは気が抜けたように笑った。
「時々ね、自分が防音ガラスの箱の中に閉じ込められたらように感じることがある。
自分の声は誰にも届かない。
情けなく叫ぶ私の声を聞き続けて、
ガラスに写る惨めな自分の姿を見て、
自分の無力さにうんざりすることがある。
でも、そのガラスを割って外に出る勇気もない。
怪我をするかもしれない。
可笑しな奴だって思われるかもしれない。
それって結局、自分の意志で閉じ籠ってるのかも。
どっちが本当かなんてわからないけど。
そういうのって、相手や環境によって変わるでしょ?」
そのとき、何故か古い記憶が頭を過った。
それを話そうと考えたら、堪えられず息を吐くように笑みが
「小学生のとき、夏休みの宿題が全然終わらなかったことがあったの。
サボってたわけじゃないよ?
その年は空手をはじめた最初の夏休みだったから、稽古に夢中になって宿題やるのを忘れてたの。
慌てて幼馴染に写させてもらったんだけど、
私ね、答えを1個ずらして写しちゃっててさ。
これ、ただ忘れてた方が良かったんじゃないかって思うほど怒られたよ。」
「しっかりしてそうなのに、意外。」
「そういう経験が、しっかり者の私の礎になったのかな。」
藤田さんは無邪気な笑顔を見せてくれた。
話しが逸れても、私の話しを何の疑問も持たずに聞いてくれる。
藤田さんの
「私たちが抱える悩みも同じなんだと思う。
沢山の問題があって、沢山の答えがある。
私たちは、それを掛け違えているだけなのかもしれない。」
藤田さんは静かに私を見つめている。
「私、気づけるかな。直せるかな。」
「大丈夫。気楽に構えて。
もし気づけなくても、直せなくても、
藤田さんは、変わらず藤田さんのままだよ。」
「自分のこと好きになれなくても、
私は、私のままでいていいのかな?」
「成長とか、変わるとかって、本当に前向きなことなのかな?
なりたい自分があるなら良い。
でも、今の自分を否定するくらいなら、変わらない方が良い。
私も理想の自分を思い描いて、現実の自分と比べて苦しんでる。
でも、自分を嫌いになれるくらい、現実の自分を見つめることができてるって、もしかしたらすごいことじゃない?
他の誰よりも、前に進む準備ができてるのかもしれないよ。」
藤田さんは声は出さずとも、私の言葉をしっかりと受け止めてくれていることが伝わってくる。
「まぁ…つまり、私たちスゲーってことかな。」
私たちは、自分の中に生まれた感情を確かめ合うように笑った。
「あなたって…あれ?そういえば、名前なんだっけ?」
「緒方姫奈。」
「緒方さん。ありがとう。」
「ううん。私こそ、話せて良かった。
これを機に藤田さんと友達になりたいんだけど…
藤田さんって友達になる人みんなちゃん付けするタイプ?」
「うーん。そうかも。」
「じゃあ、遠慮しておく。」
「姫奈ちゃん、可愛いのに。」
「やめてよ。」
「姫奈ちゃん。」
「うわ最悪!」
「恥ずかしがってるの可愛い。」
「性格悪いぞ、唯。」
「あ、唯って言った。」
ものしらべ同好会の活動を一緒にやろうと陽先輩に誘われたとき、私は自分を変えたいと思っていた。
人の気持ちに寄り添うことができない自分が嫌だったから。
陽先輩と一緒にいれば、そんな自分を変えられるかもしれないと思った。
でも、ものしらべ同好会の活動を通じてたくさんの人たちと出会って気づいた。
変わる必要なんてないって。
私は陽先輩みたいな人を救う言葉は出てこない。
彩みたいな愛嬌も思いやりもない。
黒咲先輩みたいな賢さや推進力もない。
朝水先輩みたいな優しさも包容力もない。
東条先輩みたいな…まぁいいや。
これまで出会ったたくさんの人の、たくさんの魅力は、みんなそれぞれだから良いんだ。
私は私でしかない。それで良いんだ。
私はここにいる。
それが私の、私たちの生きる意味だ。
end.
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