逅渚
伊島糸雨
逅渚
遍く世界の果ての果て、あるいは裏返る肉壁の内の内に、その都市の在処は噂される。失踪し隠遁し追放された、寄る辺を失くした魔女の街──詩編魔術工房都市。語部を喪い、一切の閲覧者を顧みずとも、ただ記録のために記述され得る色相環として、その街は語られている。
内包されるすべての意味は等価ではなく、独自に定まる
魔女と呼ばれる統治者の行方は、街の
ひとつとして同一でなく、
存在の揺らぐ露店があり、そこには無造作に〝氵〟が置かれている。〝氵〟は時により〝冫〟であったり〝彡〟であったりして、形状や画数の類似によって誤認や変容を受ける不安定な欠片である。回廊をゆく影の群れは、すべての可能な文字と仮定される。
定点に対して移動する点があり、両者の交わる場所は揺籃である。影が露店に立ち止まり、なんとなしに〝氵〟を手に取って眺めてみる。しばらくしてからひとつ頷き、その断片の所有を決めると、影は自身が〝令〟であったことを思い出す。〝泠〟は街に刻まれ、ひとつの意味として記憶される。
〈作家〉が遺した魔術は、無作為に文字を遭遇させ、結果を記録するだけのものであった。それは一枚のまっさらな碑文であり、都市の片隅に紛れた、墓石の形をした渚である。
白波の糸、潮汐の歌、月夜の熾火。細密な要素のひとつひとつが、集合しては離散する次元として、その砂浜は位置付けられる。そこには無限の
砂浜には、数多の欠片が漂着した。何処からか投げ落とされた
では、
世界の裏に逃れながらも行方を晦まし、価値創出の街とひとつの墓石、魔術人形と終わらない潮騒を遺していった、ひとりの魔女の足跡がある。彼のひとの魔術は、
「続けて」
漂着した糸は結び繋がれ、淡い白波となって声を生む。振り返った先に実像はない。しかしその不確かな輪郭こそが、
靡く髪を静かに抑え、包含される世界の縁を歩んでいく。触れ合い交わるすべてに意味があり──故に
波打ち際に揺れる〝辵〟を影が拾い、左肩に掛けて右へと流す。硝子玉のように煌めく〝氵〟を掬い上げ、そっと胸に抱いたとき──人形はその名前の意味を知る。
「おかえりなさい」
ふたつの
逅渚 伊島糸雨 @shiu_itoh
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