何気ない日常
数ヶ月経って、その子が予防接種を受けにきた。
予防接種は原則元気な子が受けにくるので、その子は元気だということだ。他の子と混じって待合室で待っているのだが、まさかこの子が一時死にかけていたとは誰が予想するだろうか。
私は予防接種する際にその子にこう話しかけた。
「あなた、あの時大変だったんだぞ。覚えてる?」
まだ1歳にもならないその子はニコニコしながら、手足をバタバタしているだけ。当然喋れないので、答えが返ってくるはずもないのだが、あれだけの状況を見てしまうとつい言いたくなってしまう。もちろん覚えてなんていなくていい、いや、覚えていない方がいい。
「あの時は助けていただきありがとうございました」
お父さんからそう言われ、とても嬉しい気持ちになったが、実際は運んだ先の病院での治療の方が大変で、しかも同時にもっと重篤な子が運ばれていたのを後から聞くと、自分はただバトンを繋いだだけなんだけどな、と思う。何はともあれ、こうして「凪」を駆使しつつどうやら難局は乗り切ったようだ。
他にも心停止した患児、呼吸が止まりかけている乳児、けいれんが止まらない小児など素早い対応が必要になる場面はいくつもあった。その都度私は「凪」を発動する。敢えてプレッシャーや恐れ、恐怖を考えないようにする。深呼吸をして、ゆっくり話す。動きを一つずつ丁寧に、周りからは「こんな大変な時になんでそんなにのんびりしているんだ」と思われるほどゆっくり動くようにしている。
そうすることで、やるべき処置、考えるべき解決策がよりクリアに見えてくるのだ。
急ぐと焦るは違う。
急がなければならないからこそ、ゆっくり動くのだ。焦ることでミスが起き、見落としが起こり、それらが結局時間のロスに繋がる。
それを駆使しても助けられなかった場面もあったが、やるべきことはいつも同じ。今目の前にある問題に対しベストを尽くす、それだけだ。そのためにも「凪」は重要なスキルなんだと改めて思う。
医者って緊張しないんですか? 木沢 真流 @k1sh
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