「凪」を駆使する

「点滴の準備をしてください、あとバッグバルブマスクも」


 RSウイルスの迅速抗原キットで陽性がでた。乳児においてはRSウイルス感染が悪化しやすいというのは分かっていたが、ここまで悪くなった状態は初めてだった。通常であればこうならないように早めに手を打っているからだ。


「●●先生はモニターをみながら、呼吸の担当をお願いします」


 たくさん小児が運ばれてくるわけではないこの病院では対応できる小児科医は自分一人、研修医が一人、看護師も原則一人と呼んで来ればあと一人、くらいが限度だった。限られた資源の中で、できる人にできることを振り分けていかなければならない。研修医は訓練は積んでいなかったが、呼吸のサポートくらいは出来た。高濃度酸素を吸わせてあげると、酸素飽和度は95%まで上がってきた。しかし、


「先生、また70%まで下がってきました」


 自分で呼吸をするのをやめてしまっているのだ。そのため、いくら高濃度酸素を吸わせてあげても自分で呼吸をしない以上、体に入っていかない。


「ここをこうして——」


 顔にマスクを装着して外から空気を出し入れしてあげるバッグバルブマスク。一見簡単そうに見えるが、少しコツがいる。うまくやらないとマスクの横から空気が漏れたり、口の中に入っていかない。本来なら自分がやればいいのだが、点滴を入れられるのはその場には私しかいなかったので、どうしても呼吸は研修医にさせなければならなかった。幸い彼は手際がよく、乳児の酸素飽和度は90%以上を維持できるようになった。

 この病院ここでできることは限界があり、高度な医療を提供できる病院へ搬送すべきなのは明白であり、私はそのためのデータを集めていった。


血液ガス分析けつガスの結果でました」


 我々人間は酸素を吸って、二酸化炭素を吐いている。呼吸ができないと二酸化炭素が溜まって体が酸性に傾いてしまう。通常であれば60mmHgという数値を超えればかなり危険信号で70mmHgは相当高い数値と言えるだろう。


「ここまで?」


 その子はすでに90mmHgを超えていた。体の血液も酸性に傾き、生命の維持が危うい状態だった。

 幸い紹介先の病院からは即受け入れ可能との返事をいただき、救急車に揺られ何とか運び終えた。後から振り返ると、病院で処置していた時間は正味1時間半程度だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る