05 瞬

 強引な手も姑息な手も使った。俺は瞬を手に入れた。血を分けた、たった一人の弟。彼なら俺の全てを使い果たしてもいいと思った。

 大学生になった瞬は、今ほとんど俺のところで暮らしている。かつて俺が呉葉さんのところに居たように。

 しかし俺は、瞬を手離す気はない。がんじがらめに縛り付けて、手元に置いている。


「兄さん、夕食は僕が作るよ。材料買ってあるんだ」

「おう、頼むよ」


 最初は怯えていた瞬も、こんないじらしいことをしてくれるようになった。トン、トン、キッチンからの音。俺は目を閉じてそれを聞いていた。


「できたよー」

「おっ、クリームシチューか」


 星の形のニンジンが入っていた。どうしても、呉葉さんのことがよぎった。


「兄さん……ダメだった? 喜ぶと思ったんだけど」

「いや、嬉しいよ。ありがとうな、瞬」


 今頃あの人はどうしているのだろう。父のように、俺のことなど忘れて、新しい男を拾っているのかもしれない。

 それで良かった。最後は俺が呪詛を吐いた通り、醜く死んでくれれば。俺にはもう瞬がいる。

 呉葉さんのことなど、瞬には一言も口に出したことはなかった。それなのに、彼は夕食のときに聞くのだ。


「ねえ、兄さん。兄さんにも、初めてのときがあったんだよね」

「そりゃあ……まあな」

「教えてよ。どんな男だったの?」

「絶対言わない」

「えー」


 瞬は頬を膨らませた。彼の大きな二重の目に、呉葉さんの面影を見てしまったことを、俺は生涯話すことはないだろう。


「それより、瞬は俺が初めての男で良かっただろう?」

「あの時は最悪だったけどね。酷かったよ。今となっては……だけど」

「俺のこと、好きか?」

「うん、好きだよ」


 恥ずかしそうに目を伏せて、瞬は笑った。俺の家族を引き裂いた彼の存在が、憎い気持ちもあったし、今となっては何なのか、自分でもわからなくなっていた。

 俺は瞬のことを本当に愛しているのだろうか。そう自問自答することもある。苦労して手に入れた玩具を取られたくないだけなのか。そう感じる。

 けれど、ただ一つ言えるのは、この先瞬以外の男には手を出さないだろうということだ。長い時間をかけて、俺好みに作り変えた。瞬さえ居てくれれば、俺の人生それでいい。


「瞬、しよう」

「えっ、片付け終わってから……」

「待てない」


 俺は瞬をベッドに押し倒した。多少不服そうな顔をしているが、すぐに悦楽に歪めてやる。


「あっ……兄さん……兄さん……」

「可愛い。瞬は本当に可愛い」


 瞬が腹の底ではどう思っているのかは知らない。俺のように、整理がついていないのかもしれない。それでも身体は過敏に反応していた。


「愛してるよ、瞬。絶対離さない」


 瞬を繋ぎ留めるためなら、俺はいくらでも手を汚そう。俺の幸せはもうここにしかないし、二度と一人にはなりたくないのだ。


「兄さん……しゃぶりたい……」

「ははっ、そっか」


 目をとろりとさせて、瞬がすがりついてきた。最初は覚束なかった口の動きも、すっかり板についている。


「兄さんって、あんまり声出さないよね……僕ばっかり恥ずかしい……」

「瞬はそれでいいんだよ」


 上目遣いで見られると弱い。俺は瞬の髪を優しく撫でた。吸い付く力が強くなって、俺は大きく息を吐いた。

 それからたっぷりと身体の隅々まで交わした俺たちは、床に座ってタバコを吸った。瞬は俺の手に指を絡めた。


「やっぱり言ってくれないの? 初めての人の話」

「あー、あんまりいい思い出じゃないんだよ」

「そうなんだ?」

「だから言わない」

「なーんだ。兄さんが可愛かったときの話、聞きたかったのになぁ」


 もう少し月日が経てば、瞬にも話してやれるかもしれないと思った。その時彼はどんな反応をするのだろうか。やはりまだ、やめておこう。


「瞬。俺が死ぬ時は、側に居てくれよな。俺、一人寂しく死にたくないんだよ」

「わかった。僕が居る。約束ね?」


 俺たちは指切りをした。瞬の白くて小さな指は、とても柔らかかった。指を離した後、彼ははにかんだ。


「兄さん、愛してるよ」

「うん、俺も。愛してる」


 世間で認められる関係じゃない。それに、俺は既に罪を背負いすぎている。いつか罰がくだるかもしれない。そうなったら、甘んじて受けよう。その日まで、俺は瞬と生きていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ジンライムの誘惑 惣山沙樹 @saki-souyama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ