☆KAC20244☆ 小春の名

彩霞

名前の由来

「十一月生まれなのに、なんで『小春こはる』って名前なの?」

「えっ……」


 自動販売機の目の前にある、長椅子に座っていたときのことだった。


 小春は、先月の入学式で初めてできた友人である愛華あいかに、自分の名前の由来について尋ねられ内心動揺していたのである。名前の由来は、小学生ののときにも同じように質問されたのだが、上手く答えることができなかったのだ。


 当時の小春は、クラスの上位にいる女子に目を付けられいじめられていた。名前の由来を聞かれたのも、「地味」という理由で突かれただけ。


 そのため、堂々として名前の由来を説明すればいいと思って言ったのだが、「上手くやらないといけない」という緊張でのどがつっかえ、「秋っ、は、小春って、言うんだよ」と言ってしまったのである。


 もしそこで「どうして?」と聞いてくれたら、理由を言えたのに、彼女たちはそのチャンスをくれなかったため、小春は「噓つきの子」と認定されてしまったのである。


 そんなものはただの因縁を付けたいだけだが、この出来事以来、小春は「自分がいじめられるのは、名前を付けた両親のせいである」と思い込み、心がささくれ、家の中で嫌な態度を取ってしまっていた。


 今はそんなことがないと分かっているが、思い出すと胸の奥が黒い闇でおおわれるような心地がする。


「ごめん、聞かれるの嫌だった? 『小春』って可愛い名前だから、なんでかなって思っただけなんだけど……」


 慌てて愛華が取りつくろう。小春の様子を見て、聞いてはいけないものを聞いたと思ったらしい。

 小春は彼女の優しさが嬉しい一方で、気を使わせてしまったのが辛かった。


「違うの、言いたくないわけじゃなくて、その……」

「旧暦の十月が、『小春』って言うから」

「え?」


 愛華ではない声が頭上から聞こえて、小春ははっと顔を上げる。するとそこには、水が入ったペットボトルを持った、同じクラスのさきが立っていた。


「旧暦の十月って、今で言うと十一月から十二月の上旬のこと。その辺りの季節は春のような暖かい日が続くから、きっと、暖かい春の日差しが差し込むような日に生まれたんだろうね」


 小春はぱちぱちとまばたきする間に、咲の言葉が耳の中で数回繰り返されたような気がした。そして意味が脳に届くと、まさに自分が求めていた模範解答だと理解する。

 それが分かると、小春は大きく目を見開き、咲をじっと見た。


「……」

「違う?」


 静かな声で咲に問われると、小春は感情を爆発させるように「ち……、違わない!」と言って勢いよく立ち上がって、こくこくとうなずいた。


「そうなのっ……! 咲ちゃんが言ってくれた通りなのっ……!」


 すると咲がふっと笑う。


「だと思った」

「そうなんだ。素敵ね!」


 愛華は拍手する仕草しぐさをして、感心している。


「『小春日和こはるびより』という言葉も、秋に使う」

「そうなの? 私、てっきり春に使う言葉だと思っていたよ」

「そう思っている人も意外と多い。でも、今日、覚えたんだからいいと思う」

「ふふ、そうだね」


 小春は二人のやりとりの様子を見ていて、胸の奥から温かいものがぶわっとれ出すのを感じた。


 ——もう、名前の由来を聞かれても、怖がらなくていいんだ。


「小春、どうしたの? そんなににこにこして」


 愛華に尋ねられ、小春はほほゆるませながら答えた。


「とっても嬉しかったから。二人とも、ありがとう」


 小春がお礼を言うと、愛華と咲は不思議な様子で顔を見合わせる。


「何もしてないよ」


 愛華がそう言うと、咲もうなずく。

 するとそのとき、予鈴よれいが鳴った。


「あ、授業始まる! 小春、咲、行こう!」

「うん」

「ああ」


 ——いいの。私が分かっていれば。それで十分。


 小春は二人と教室に戻りながら、高校生活が楽しくなるであろう期待に、胸の高鳴りを感じずにはいられないのだった。


(完)

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