カリッとした恋敵、そいつは衣田

みょめも

カリッとした恋敵、そいつは衣田

僕は高校生の頃、3人の女子に告白して同じ数だけフラれた。

彼女たちは口を揃えて「好きな人がいる」と言った。

衣田ころもだだった。



確かに衣田は格好よかった。

しかし3人目にフラれた女子に詳しく聞くと、彼の魅力はそれだけではなかった。

『外はカリッとしてるのに、中はジューシー』なのだと言った。


「あんなのジューシーとは名ばかりの生焼けじゃねーの?」


僕はそんな強がりくらいしか言えなかった。

事実ジューシーだったからだ。


「女子はね、ギャップが好きなの。」


そう言い残すと、彼女は体育館裏から去ってしまった。





僕は衣田のいる教室へ行った。

廊下から衣田を呼ぶと、衣田は男子数名と笑い話をしていた。

相変わらずカリッとしているな、と思った。


「何か用?」


悪びれる様子もなく、屈託のない顔で聞いてくる。

当然だ。

彼に悪びれる筋合いはない。

僕が一方的に嫉妬しているだけなのだ。


「単刀直入に聞くけどお前さ、外はカリッとしてるのに、何で中はそんなジューシーなんだよ。」


僕は気になることを衣隠さずころもかくさず聞いた。

すると、衣田は手招きし、「ちょっとここじゃアレだから。」と人気のない階段に場所を変えた。

キョロキョロし、人が来ないことを確認すると彼は口を開く。


「実はな、2度揚げしてんだよ。」


「2度揚げ!?」


「ばか、声がデカい。」


「でも2度揚げって……バレたら退学だぞ?」


2度揚げしたらカリッとすることは誰でも知っている。

けれど、それは校則で禁止されていた。

あまりに2度揚げが流行りすぎて、身を焦がす生徒が現れてしまったからだ。

衣田は絶対に言うなよ、と前置きして何故2度揚げするようになったのか話し始めた。





衣田が中学3年生だったときのこと。

彼には好きな子がいた。

その子はクラスのマドンナ的存在だった。

外はモチっと、中身はフワっとしていたので男子からは憧れの眼差しが注がれていた。

夏休みに入る前、衣田は意を決して告白した。

夏休みに入ったら告白する機会を失ってしまいそうな気がしたからだ。

しかし、彼女からの返事は彼にとって良いものではなかった。

はっきりと「ごめんなさい。」と言われたわけではなかったのだか、フワッとした感じで断られた。

図々しいとは分かっていつつ、衣田は何がいけなかったのかを聞いた。


「私、外カリッとしている人が好きなの。」


衣田は思い出していた。

以前、彼女が高校生と2人で歩いてたことを。

そういえばその高校生はカリッとしていたことを。

まだ衣田がしっとりジューシーだった頃だ。




それから衣田はどうしたらカリッとするのかを模索し始めた。

まず片栗粉を全身にまぶしてみた。

父の片栗粉をばれないように拝借し、少し大人になった気がした。

だが結果、体に合わず、白い粉を吹いてしまった。

次に一気に高温で揚げてみた。

確かにカリッとした。

しかし、あっという間に焦げてしまった。

衣田は恋に苦しみ、自分自身のあり方に悩んでいた。

そんなときだ。

あるサイトを見た。

『2度揚げで 衣もココロも モテ男!』

それがターニングポイントになった。





「きっとあの時見た高校生に憧れ続けてるんだろうな。」


話終えると衣田は、少し恥ずかしそうに頬をカリカリと掻いた。


「だからって校則を破っていい理由にはならないけどな。」


「ほんと、そうだよな。」


キーンコーンカーンコーン。


授業を知らせる鐘が鳴る。


「このこと、黙っておいてくれよな。」


「男の秘密を告白されて、バラすほど野暮じゃないぜ。」


彼の告白を聞き、僕らにはこれまでにない友情が芽生えた気がした。





その日の夜、僕は2度揚げをした。

両親が寝静まった後、こっそりキッチンに立ち、鍋に油を注ぐ。

ライトに照らされてテラテラと輝く油。

火にかけると、次第に熱気を帯びてくる。

菜箸を入れる。

先から細かい泡がシュワシュワと立ち上る。

頃合いだ。

僕は緊張しながら、その油に体を落とした。

激しい揚げ音とともに一瞬で全身が沸騰する。

これまでに感じたことのない刺激的な感覚が体を駆けめぐる。

これは高揚感なのだろうか。

一切の理性という鎖が粉々に砕け散る気分。

不安な気持ちや罪悪感が油の中に溶けて消えていく様だった。

衣田は毎日2度揚げしているのだろうか。

悪いやつだ。

こんな事をしていたなんて。





それから1週間後、僕は職員室に呼ばれた。

応接室に案内されると、そこには険しい顔をした生活指導の教師と校長がいた。


「2度揚げしている生徒がいるという報告を受けた。」


僕は黙って聞いた。

何故2度揚げをしてしまったのか。

2度揚げの危険性を知っていたのか。

親御さんは知っているのか。

それらにただ答えた。

校長はただ黙って聞いていた。

すると、背後の扉が開く音がした。

衣田がいた。


「君も2度揚げしたんだね。」


校長がそう聞いた瞬間、衣田は思いもよらない返答をした。


「いや!俺やってないっす!やってないっすよ!」


まさかの裏切りだった。

この状況で2度揚げを否定できるとは到底思えなかった。


「けどな、そういう報告が多数来てるんだ。」


「勘違いしてますよ!俺がちょっとカリッとしてるからって、皆俺のこと陥れようとしてるんじゃないですか?」


「報告してきたのは生徒だけじゃないんだ。」


「俺あんな190℃の高温に耐えれないですよ!」


「なぜ、2度揚げが190℃って知ってるんだ?」


衣田はハッとし、次の瞬間、膝から崩れ落ちた。

畜生ーっ!と叫ぶ衣田。

それを横目に見て、怒られているにも関わらず不謹慎ながら思った。

「あ、化けの衣ばけのころもが剥がれた!」と。

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