16.すべての決着(第一部・完)
「な、何これ……」
人間界をのぞける鍋に映し出された、
そこに
下半身が蛇の女性や馬の男性は、まだマシな方だ。巨大な蛸、頭が7つあるネズミ、空中には人間の顔をしたコウモリが飛んでいる。
「
「いるよ。よく見てごらん」
ローランに教えられて、私は再び鍋をのぞき込んだ。
巨大な魔物たちに紛れて、小さな人間たちが動いている。彼らは奴隷のようにこき使われて、働いていた。もう一つ異なるのは、至るところに土の中へと続くトンネルがあることだった。そこから入っていく者と、出てくる者がいる。
「魔物が今まで住んでいた地中の冥界から、人間界に物を運んでいるんだろうね」
「あれ、レオナルドがいる!?」
奴隷の中には、かつて私を棄てた婚約者もいた。彼は不服そうな顔をして、蛇女に命令されて、荷物を運んでいる。彼は私が見ていることも知らずに、再びトンネルの中へ消えて行った。
「彼はリリーと結ばれていたんじゃなかったの?」
「やれやれ。本当にサラは人が良いな」
ため息まじりにローランは言い、私の髪を軽く撫でた。私を見つめる瞳は優しく、穏やかだった。
「魔物は嘘つきだよ。」
「魔法使いも、あんま変わらねえよ」
「……ニコラスは黙っていてくれるかい」
「おー、こわ。そういうの、ヤンデレって言うんだぜ?」
三男のニコラスは、手をひらひらと振りながら、棚の奥へ消えて行った。
「リリーは魔物だった。人間界を征服するために、魔法界の
「で、人間界の
「うん。完全に利害が一致しているからね」
鍋の中を見つめた。家族の姿を探したが、人間の数は多く、小さくてよく分からない。ふと、ローランから腰を引き寄せられた。彼は耳元で優しくささやいた。
「だから言っただろう?これからはずっと、魔法界で一緒に……サラ?」
「う……」
目から涙があふれて、止まらなかった。
「泣くほど嫌なのか。仕方ないな。洗脳するしか……」
「ち、違うの!家族を心配してるの!」
ローランの灰色の瞳に、再び光が宿った。いつもの柔和な表情に戻っている。
ニコラスの言葉を思い出した。ヤンデレ。
「君を売り飛ばした父親を?」
「ええ、そうよ。私は今まで、家族の役に立つことが生きがいだった。それしか知らなかった。でも、その道を選んでいたのは私だったのよ。それが楽だから。自分の頭で考えなくて済むから」
別に親から強制されたわけじゃない。愛のない婚約生活も、婚約破棄されたのも、私の責任だった。
「じゃあ、サラは家族を許すんだね?」
「もちろん。許すも何も、大好きな人たちよ。彼らを救うためなら、あの
彼は私を見つめて、不意に抱き着いてきた。
「サラは本当に偉いね。今まで頑張って来たのに、泣き言の一つも言わないで。もう大丈夫だよ。僕がいるから。一生、不自由させないからね」
「……そうね。これからよろしく」
背中に手をまわして、私も彼を抱きしめた。大きくて温かい彼にすっぽりと包まれていると、彼の言葉に嘘はないように思えて来た。
「別にヤンデレでも良いわ。私が決めたことだから」
「何のことだい?」
「べ、別に」
「僕に隠し事は嫌だな。後で教えてね?……さて、と」
彼は身体を放して、ニコラスのいる方へ顔を向けた。
ニコラスは部屋の奥で、分厚くて古い本をぱらぱらとめくっている。
「ニコラス。彼らを解放してやってくれ」
「はいよ」
ニコラスは本を戸棚に戻した。彼が棚を押すと、ぐるっと回転した。奥に部屋があるようだ。私はそこへ駆け寄ると、懐かしい人たちがいた。
「お父様!お母様!」
「サラじゃないか!」
「サラ!会いたかったわ!」
お父様もお母様も無傷で、元気そうだ。肌艶も良い。むしろ……
「二人とも、ちょっと太ったんじゃない?」
彼らは顔を見合わせて、口々に言った。
「
「
良かった。人間界に未練はないみたいだ。
背後から、肩に手を置かれた。ローランだ。
「サラが家族をどう思っているか分からないから、ひとまず城に避難させたんだ」
「サラ、その男性は……?」
私たちは目を見合わせて、どちらともなく微笑んだ。
「彼はローラン、魔法界の第二王子。私の婚約者よ」
両親たちは、後ろに後ずさった。お父様は怒りと驚きで、ぶるぶると震えている。お母様も信じられないと言った様子で、口を手で押さえている。
「二度と変な男に渡さないと、誓ったばかりだったのに!」
「王子、婚約者?サラ、あなたも懲りないわね……」
私はローランの表情を確認した。引き離そうとする彼らに洗脳魔法をかけないか、心配だったからだ。しかし予想に反して、彼は穏やかな笑みを浮かべていた。
「ご安心してください。大事なお嬢様を、僕はきっと幸せにしてみせます」
予想外に紳士的な振る舞いに、両親は一瞬、ひるんだようだった。しかし再び、ローランをにらみつけている。そんな二人に、ローランは言葉を続けた。
「お二人のお部屋も、城に準備させていただきました。大切な娘さんを側で見ていただき、もし僕に至らない点があれば、ご指導ください」
頭を下げるローランを見て、お父様は頷いた。お母様は泣きそうになっている。
「そ、そこまで言うなら仕方ないな」
「本当に良かったわ。サラが良い人に出会えて……」
ローランは微笑んだ。あたたかく、深い笑みだった。
「サラの努力の賜物です。魔法使いの人生三回分くらい、彼女は頑張りました」
私は両親がいた部屋をのぞいてみた。思いの外広く、シニアが好きそうな、落ち着いたデザインだった。暖炉では火が、ぱちぱちと音を立てて燃えている。
部屋を見渡し、私は声を上げた。
「あれ、妹たちは?」
沈黙。ローランを含む三人は、顔を見合わせた。
「てっきり城の他の部屋にいると思っていたが?」
「おかしいな。『サラの家族を連れてくる』移動魔法をかけたんだけど……」
首をかしげる彼らを置いて、私は部屋にある鍋の元へ向かった。そこには会話を聞いていたのか、既にニコラスがのぞいていた。
彼は目を見開いて、ある一点を見つめていた。
そこは他でもない、私の実家だった。扉には張り紙がしてある。見覚えのある、下手くそな字。私は口に出して、それを読み上げた。
「パパとママへ。第二王子と騎士団長と、それぞれ婚約しました!国家への反乱とか(反乱って何?)、楽しそうだし。事後報告になってごめんね!大好きだよ。お姉ちゃんにもよろしく。 ルナ&レナより」
部屋に再び沈黙が訪れた。先程よりも随分と重く、長く感じる。さらに鍋の中で、動きがあった。
ドラゴンの大群が、空を覆いつくし始めたのだ。魔物たちが襲い掛かるが、ドラゴンが口から炎を吹き、一瞬にして焼き尽くされた。
中央でドラゴンに乗り、統率を取っているのは、ピンク色の髪をした青年だった。彼はレオナルドに似た、王族の服を着ている。ニコラスが薬草を鍋に入れると、人間界の音も聞こえるようになった。
ピンク髪の青年が、口を開いた。
「
レオナルドに似た、皮肉な口元。しかし顔つきは幾分はマシだった。むしろ好青年と言っても良い。きらきらと輝く桃色の瞳、端正な顔立ち、歯並びも見事だった。
しかし次に聞こえたのは、氷のように凍てついた声だった。
「あんまり人間を舐めるなよ?魔物ども」
☆
第一部・完
死んだはずの元婚約者が戻ってきたから、もう私はいらない?じゃあ好きに生きますね かのん @izumiaya
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