第19話 刀と出会い

 次の日から私たちは町を出ては人が立ち寄らない森の外延部を探索した。冒険者ギルドでもそうすることで色んな魔物と遭遇する可能性が高まるという話を受付の人からも聞いたし、じゃあ一旦そうしてみようという事に。


 年相応に燥ぐことはあまりしないアヴェリーとの探索である。別に燥いだら燥いだで色々やりようはあったのだが、その年齢でそこまで落ち着いていると、この世界の人間の精神性がどこか地球のそれとは異なるのではないかという疑問に取られる。


 だからと別に距離感を覚えるわけではないのだが。そもそも私は地球にいた頃から人との感覚の違いに四苦八苦していたのだ。人の感情とはなんと難しいものかと。ただ自分なりに勉強はしていた。それがこんな形で実を結ぶことになるとは、運命とは奇遇なものである。


 人は感情を最初から持っているのではなく、発達させて、理解力を育てることにより感情の本質に近づくのだと、どこかで読んだことがある。単純に最初から察しがいいとかではなく、察しが良くなるよう、物事を見て学ぶことの方が大事であると。


 学習で手に入れるものではないと思えていたものだ、学習で手に入れることが出来ることを知った時の喜びは、地球にいた頃には遅すぎていたが、こうやって生まれ変わって、感情を理解する努力をすることによって、自分でも知らなかった自分の一面を発見するのはとても楽しいと感じる。


 アヴェリーを助ける選択をしてよかった。それはさておき、様々な方角へと広がっている森の外延部から、私たちは様々な魔物と遭遇し、例外なく倒してきた。お金もそれなりに稼げて、町に来る前に狩った猪の牙で新しいアヴェリーの武器も鍛冶屋で制作依頼を出している。


 槍にしたら牙の長さからして薙刀になってしまうので、いっそのこと、それで刀を造ればどうかという話になり。


 そのまま聖堂へ行って、今度はアヴェリーが自分の爪を起用に槍の刃の部分で切ってはヴァロリア様に捧げ、剣術を手に入れることが出来た。ステータスもそのせいで上がっている。ヴィットリノ司祭がその光景を見てとても驚いていたことは予想外の出来事だった。


 聞くに、神々は非常時か長年祈りを捧げている場合でしか能力を授けてくれないという。例えば頑張って鍛錬を積み重ねながら毎日祈りを捧げると、何年か過ぎてやっとそれが神に届き、それまでとは比べ物にならない技量や魔法の能力を手に入れられるという。


 爪や髪の毛を切って捧げても、祈りが届かない場合の方が比べ物にならないほど多く、だから滅多にしないんだという。そもそも社会の構成員として生きるには、ものごちに打ち込む時間、練習の時間が何より大事で、それを蔑ろにしてまで神に祈りを捧げ能力を手に入れるなんて発想自体が奇妙であるとまで言われた。


 確かにそうかもしれない。私がこの仕組みがどうなっているかを知っているからこそ、アヴェリーに進めることが出来て、アヴェリーは私のことを素直に信じているので祈りにも真剣さが込められやすいのであろう。これは確かに例外的であると言える。


 そうやって十日ほどが過ぎた。朝起きて、宿屋で朝食を取ってから町を出て森へ向かい、昼過ぎまで外延部を探索してからその日狩った獲物を調理して食べて、このために塩も買って持ち歩いている、夕方になるまでまた探索を続けて、夕方になると町へ戻り宿へで夕食を取って、部屋のトイレで全身を私が出した水、そんなに冷たくはない、30度くらいの水だ、それで綺麗に洗って、残念ながら町に共同浴場なところは存在しなかった、皆桶に水をためては室温になるまで待ち、それで寝る前に体を拭くのが一般的らしい、それから私によるアヴェリーに向けての授業が始まる。


 帝王学を教えようとはしているが、そもそも物事の成り立ちがわからないという話だったので、社会の仕組みや権力や政治、経済の基本的な概念から始まらないといけなかった。まあ、わかってはいた。だから今は特別なことは何も教えていない。小学生や中学生が習う基礎的な知識をわかりやすく長々と説明しているだけ。


 日に日に賢くなっている気がしないでもないアヴェリーなのだが、果たして彼女はどうなってしまうのだろうか。ちなみに私の進化はまだだ。アヴェリーのレベルも殆ど上がってない。外延部の魔物は欠伸が出るほど弱いのだ。ネズミや小さな鳥の魔物、それからぴょんぴょんと飛んで体当たりをする、5歳の子供くらいのサイズのキノコ。たまに毒の胞子を飛ばしたりしているので、さっそくアヴェリーの毒耐性が役に立っている。そうしないと町の錬金術屋さんで解毒ポーションを買わないといけないらしい。弱い毒ではあるが、数日ほど放っておくと食欲がなくなり、めまいと高熱、脱水症状に陥り、酷い場合は死に至るんだとか。


 まだ外延部なのに殺意が高い。つくづく人間に敵対的な世界である。そういうこともあって、慎重に、色々慣れるまで森の深いところへは入らないようにしていたのだ。


 冒険者ギルドで聞いた話だと、グリタリア大陸は全体的にほぼ森林地帯で、町や村は森を切り開いてから建てられるという。大陸の中心部には山岳地帯があって、そこにはドラゴンを含む強力な魔物が住んでいるため、大陸の中心部には人の街が存在しないという。だがエルフやドワーフの街はそれなりにあるみたいだ。


 そしてこの町のエルフやドワーフは殆ど冒険者らしい。小さい町ではあるが、近くには大きな森があって、海とも近いせいで魔物の脅威に事欠かない。小遣い稼ぎだけではなく、大量の魔物を狩る機会が多いので、鍛錬にもいいという。


 「レベル上げ?」


 受付嬢のセレネッラにそう聞いたら彼女は首を傾げた。


 「階層を上げるってどういうことですか?高い建物を建てるための資金稼ぎ、という意味でしょうか。」


 グリタリア南部公用語では同じ単語だ、レベルと階層は。つまりレベルの概念が知られていない。


 「まあ、そんな感じかな。」


 するとセレネッラはクスクスと笑った。


 「本当、二クスさん好奇心旺盛な喋るカイコさんなんですね。」


 否定はしない。


 そうやって十日ほどが過ぎたのだ。そして今日は待ちに待った刀が完成する日である。試し斬りをするのが今から楽しみで仕方がないと、アヴェリーは興奮している。早めに半魚人の槍を取り上げるべきだったんだろうか。戦闘狂になっているのでは?


 「魔物をたくさん殺したい?」


 朝、鍛冶屋へ向かう途中、アヴェリーの肩に乗って話しかける。今日は晴天。昨日は雨がたくさん降っていた。道は平坦な石で舗装されているため、ぬかるんではいないが、昨日は大変だった。今日は宿屋で休む?と聞いても、アヴェリーは雨の日の戦闘にも慣れておきたいという。


 町を出て森へ向かう道中は泥でぬるぬるとしていた。私も羽根に水滴がずっとあたって鬱陶しいことこの上なかった。鱗粉でコーティングされているので、濡れることはなかったが。


 「うん?まあ、そうすると強くなるんだよね?」


 アヴェリーが当たり前のように聞いて来る。


 「そうだよ。強くなって、より強い魔物とも戦えるようになる。それが狙い?」

 「うん、まあ、それより、なんか、強くなると、色んなものが手に入り安そうじゃない?」


 間違ってはないが、どうやってその答えにたどり着いたんだろうか。


 「お金をたくさん稼いでも色んなものが手に入り安くなるよ?」

 「だから、強い魔物をたくさん狩ったら、その魔物から高い素材を、えっと、それを売る。でしょう?それでお金をためて、お金持ちになって。それでえっと、投資?投資であってる?船に投資する?みたいな?」


 教えてはいた。実際にそういうシステムがあるかどうかも確認済み。この時代での投資は、船が物資を成功的に運搬し、それから得た利益を投資した人に分配するシステムになっている。


 「アヴェリーはお金持ちになりたい?」

 「お金持ちになると、色々便利そうじゃない?ふかふかのベッドとか、大きな部屋とか、そういうの、欲しいかなって。二クスと遊べる大きな部屋とかあるといいよね。」


 純粋さと欲望が絶妙なバランスで混ざり合い、今はまだ純粋の方へと傾いているように見える。徐々に明らかになるか。そしてアヴェリーは特に戦闘狂ではなく、単純に物事を早く進ませたいと見た。それでも半魚人の槍から幾分か影響は受けている気はするが。


 「アヴェリーは半魚人の槍、ずっと使いたい?」


 今日は使う予定がないため、槍は宿に置いてある。


 「別に?これ握る部分がね、太いの。私の手、そんなに大きくないでしょう?だから出来れば武器は変えたいかな。」

 「それを今まで言わなかったのはなぜ?」

 「うん?武器作ってもらったから?もうすぐ行ったよね。町に来てから次の日の朝に、二クスが行こうって言って、まあ、私もそれでいいやってなって。」

 「鍛冶屋にある陳列棚から握り安そうな槍を一つ買っても良かったんじゃない?」

 「でも、普通に私みたいな子供用に、握る部分の太さを細くしてくれるとか、そういうの、注文しないとしてくれなさそうでしょう?」


 そうやってちゃんと考えてあったからか。


 「セレネッラは拳で戦っていたみたいだったんだけど、格闘術とかを祈って手に入れた方が良かった?」

 「セレネッラってあの冒険者ギルドの人?」

 「そう。」

 「今はいいかな。腕も短いからさ。」


 ちなみにアヴェリーの身長は年齢にしては高い方だと思う。成長したら170センチは超えるのではないだろうか。


 そんなこんなでやってきた、頑固おやじの鍛冶屋である。別に頑固ではない気もするが。黙々と鉄を打ち付ける、いかにも職人って感じの人である。ステータスを見たらそこそこ高かったし、鍛冶のスキルもついていた。説明ではこの町一の鍛冶屋と書かれてあったので、彼に任せたのである。鑑定様様だ。


 鍛冶屋は職人が住む区画にあって、大通りからは外れている。と言っても往来する人々はそれなりにいて、危険な感じは全くせず、むしろ平和な物静けさを感じさせた。


 木星の扉を開いて中に入ると、前見た鍛冶師がカウンターの後ろに座って本を読んでいた。


 「前に注文した刀、今日出来るって話だったんだけど、出来てる?」

 「ああ、嬢ちゃんと虫の使い魔か。ちゃんと出来てる。」


 使い魔じゃないが、反論はしない。いちいち面倒なので。


 「試し斬りする場所とか、ありますか?」


 アヴェリーからの質問に鍛冶師のおっちゃんは頷いた。


 「裏庭に薪が結構あるが、切ってみるか?」

 「はい、切ってみたいです。いいよね?」


 肩に乗っている私に向かって聞いてくるアヴェリー。


 「いいんじゃない?別に間違って切っても怒られることはないと思うよ。」

 「じゃあ、行ってみよう。」


 裏庭で鍛冶屋のおっちゃんから刀を受け取ったアヴェリーはグリップを握って観察していた。牙の元の形に添って優美な曲線を描いている。鞘から抜くと、鋭さが一目でわかった。真っ白なその刀の刀身は60センチほどで、隅々まで魔力を纏っていた。


 グリップは日本刀のそれとは当然違う。どちらかというとシミターに近いのではないだろうか。ただ両手でも握れるよう、それなりに長い。


 軽く振ってみたアヴェリーの感想はというと。


 「使いやすい。」

 「当然だ。」


 おっちゃんが自慢気に言って、薪を一本持ってきた。


 「おっちゃん、これ切ってもしも刃こぼれとかしたらどうする?」


 私のその言葉におっちゃんは鼻で笑う。


 「は、だったら全額返品して、新しい刀をただで打ってやるよ。」


 アヴェリーは迷わず一閃。風を切る音と共にスムーズに真っ二つになる薪。


 「うん、いい刀。ありがとう、おじさん。」

 「だろう?あんなでかい魔物の猪の牙は滅多に出回らない。おかげでいい経験が出来た。」


 後金を支払ってから鍛冶屋を出て、気になっていたことが一つあったので、アヴェリーに聞いてみた。


 「本、買ってみる?」

 「本?」

 「本屋へ行って、本を買って、宿屋で読む。どう?」

 「なんで?」

 「文字をたくさん読む練習をすると、記憶力とか思考能力とかが良くなるんだよ?」

 「それも祈ったら何とかできない?」


 出来そうではある。あるのだが。


 「だとしても、私でも知らないことは多いよ。知らないことを知ることは、スキルだけでは解決できない。」

 「なのかな。」

 「実は私も本を読んでみたいんだ。」

 「そうだった、二クスのためにも買わないと。」

 「一緒に読もう。」

 「一緒に?私よりずっと早く読むんじゃない?」

 「合わせるよ。」

 「わかった。何の本がいいかな。」

 「行ってみたらわかるだろう。」


 ただ本屋の場所がわからなかったので、また鍛冶屋へ戻っておっちゃんに聞いてみたら教えてくれた。大通りの反対側に道を進んで、右に曲がった先をまた進み、最初に見える三階の建物だそうだ。


 それでそのまま行くと、少し町の景色が変わってくる。高級感が漂い始めたのだ。建築様式が冒険者ギルドのように洗練されていて、壁や窓に装飾があり、柵越しに広い庭が見えている。


 「ここって、あれだ。お金持ちがたくさん住んでいる感じ?」


 アヴェリーの感想に私も同意する。


 「別に通行が禁止されているわけではないだろう。」

 「でも目立たないかな。私子供だし。一人だし。」

 「私がついている。」 

 「余計に目立つんじゃない?」


 それは言わない約束。


 そして実際に目立ったみたいだ。


 「おおい、そこの君たち。」


 背の高い、貴公子然とした、高級感の溢れる衣服で身を包んだ若い男性が、五メートルくらい離れたところから私たちに向かってそう言っているような気がする。肩まで伸ばしたくせっけと整った顔立ち。年齢は20代半ばくらいだろうか。鑑定ではまだ見ていないが、ただ物ではない気配がする。


 「なんか、呼ばれてない?」


 アヴェリーが言うが、無視していいと思う。虫だけに。


 「多分私たちじゃない。」

 「絶対私たちのことだと思うけど。」

 「このまま歩いて書店へ向かおう。」

 「大丈夫かな。捕まらない?」

 「歩いているだけだよ。怪しくもなんともない。」


 衣服もこの前買ってるので、町の景色にも自然に馴染んでいるのだ。


 「そこの使い魔の喋るカイコ。」


 この道に私以外の別の喋るカイコがいるのか。それは気になる。きょろきょろと周りを見ていると。


 「そこの君だよ。刀を持ってる少女の肩に乗っている、君。名前は確か、二クス?」

 「名前まで同じなんで、偶然もあったものだね。」

 「ねぇ、別に怒っているわけじゃなさそうだし、話してみたら?」


 絶対何かあるよ。絶対面倒な何かがあるよ。関わらない方がいい。


 「何のこと?早く本屋へ行こう。こんな昼間っから虫に話かける変な人なんているわけないでしょう。」


 私がそう言うと青年はぷっと笑った。


 「いやはや、本当に。気に入ったよ。頼みがある。聞いてくれるかい?もちろん、ただでとは言わない。」


 青年の言葉に私は彼と目を合わせた。奴との物理的な距離はもう二メートルほどまで近づいている。


 「その前に、そっちは自己紹介してないよね。こっちが一方的にそっちに知られているわけだし?どうやって知ったの?」


 そう言いながらも一方的に調べちゃうけどね。鑑定してみようじゃないか。



 名前 ロレンシオ・ファリナ・ディ・カステラノ

 性別 男性

 種族 人

 レベル 54

 HP 679/679

 MP 531/531

 力 481

 敏捷 491

 耐久 454

 魔力 531


 スキル


 剣術 格闘術 馬術 経営術 グリタリア南部公用語(熟練) グリタリア中央公用語(熟練) エクサロニア北部共用語(中級) エルフ語(基本) 炎魔法 風魔法 雷魔法


 称号


 貴族の跡継ぎ 熟練の魔法使い


 加護


 エギオンの恩恵

 クロナシオンの恩恵


 説明


 カステラノ家の長男、27歳。そしてカステラノはこの町の名前である。なんだっけという名前ではない。温和な性格の貴公子。婚約者がいる。妹との仲は良好。彼の母親がカステラノの執政官その人で、彼の父親は裁判官を務めている。10代の頃に魔法に魅入られ、魔法使い連盟に入り、様々な冒険を繰り広げてきた。


 妹の誕生日が近いため、プレゼントをしたいと思っていたところ、喋るカイコに出会う。妹にその喋るカイコをプレゼントする気満々だ。ただついて行けば生活は保障され、大切に守られるだろう。彼の妹であるルシアナも同じく温和な性格で優しい人物であるのだ。問題ない。ついて行け。



 まじもんの厄介な案件じゃないか。というか、鑑定さん、命令するなよ。



 「これは失礼。僕はカステラノ家のロレンシオと言う。噂はかねがね。魔法が使える喋るカイコと、幼いながらも大人の冒険者を圧倒できる冒険者の話は、それなりに有名だからね。」

 「それで、何の用?世間話でもする?」

 「それはとてもいい考えだね。どこかへ入らいないかい?お菓子が美味しい喫茶店があるんだ。」


 いきなり自分の家へ連れ込もうとはしないのか。


 「どうする?私は別にいいと思うけど。」


 アヴェリーが私へとそう言っているが。


 「そう言うのは思ってても本人が近くにいる時には話さない方がいいんだよ?」


 その言葉に反応したのはアヴェリーではなくロレンシオだった。


 「本当に、噂通りではないか。君は彼女の保護者をやっているんだね?」

 「保護者じゃない、大事な友達さ。」

 「なるほど、そう言った話をぜひ、聞かせてくれないかい?」

 「お茶代をそちら側で支払ってもらえるならば。」


 負けたよ。私も別に断る理由が見つからない。急いでいるわけではないから。別に鑑定さんがそうしろと言ったからじゃないんだからな!

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