第18話 宿屋で真実

 他の神との接点を増やすことには幾つかのためらいがあった。そもそも神がどのような目標を持っていて、どのような存在なのかが不鮮明な状態なままで、一方的に願いを乞うことには何らかのリスクがあるのではないかという疑問が心の奥底を少しだけ燻っている。いつかそれを解消する日が来るのだろうか。


 もう干渉されている状態なのは仕方ないが、自分から増やす必要もないだろう。切羽詰まっているならともかく。なので私たちはそのまま聖堂を出て、宿屋へ行き部屋を取ることにした。


 十分ほど歩いて、私じゃなくアヴェリーが歩いて、私は彼女の肩に乗って、宿屋にたどり着く。木製の扉を開いて中に入ると、今ま入った二つの荘厳な建物に比べると薄暗く質素ではあったけど、居心地は悪くないと感じた。


 ただ30代ほどの線の細い女将さんと世間話をしようとしたら、食堂のところに座っていた若い男性の客に逆に世間話を振られて、色々聞かれた。何を主に食べて生きているのか、喉と舌もないのにどうやって喋っているのかなど。


 学者かな?ステータスを見たら学者の卵だった。今からアカデミーのようなとこに入ろうとしているんだという鑑定さんの説明に納得。私を触って観察しようとしたのをアヴェリーが剣呑な顔で間に入ってくれたけど、今の私の耐久を戦った経験がなさそうな彼のステータスでどうにか出来るとは思えないのだが、まあ、アヴェリーからしたら自分の領域を侵されるようなものだから、そう反応するのも仕方がない。


 案内された部屋は二階にあって、入ってからアヴェリーに話しかけることにした。部屋はテーブルと椅子、硬いベッド、寝具、クローゼットと一通り必要なものが揃えてあって窓からは大通りが見えた。小さなトイレが付いていて、なんと下に水が流れている。下水道がちゃんとあるみたいだ。


 一緒に部屋を探索してからベッドに座るアヴェリー。私はテーブルの上に座ってアヴェリーと向かい合った。


 「高等教育機関があるみたいだね。いつか入ってみたい?」

 「えっと、それってどういうものなの?」

 「難しいことを学べる場所があるそうだよ。さっき私に話しかけてきた人が入ろうとしていたのを鑑定で見た。」

 「そう言うのって、二クスから教えてもらえることは出来ない?」

 「例えば?」

 「世の中の仕組みとか?」

 「お金とか政治とか、そう言うの?」

 「まあ、そんな感じ?私からも何か、後で何かあげるから。」

 「対価はいらないよ?」

 「なんで?」

 「人が何かをすることに対して対価を求めるのは、そうすることで価値を生み出していることを自分の中に刻み込めるから。その感覚を欲しがるのは、自分が社会の中で役立つ存在であることを自覚していたいから。そうすることで、自分のアイデンティティを確立出来るから。同時に、無償で何かをしてしまえば、人から自分の価値を低くみられることもあるし、こき使われたり利用されたりもする。この中のどれも、アヴェリーを相手に考えるようなものでもなければ、私は少なくとも今のままでは、社会の一員にはなれない。私が色んな人に色々聞けるのは、彼らにとって私は所詮は部外者だからだよ。人は利害関係があるし、立場上、簡単に話してはいけないこともある。質問に素直に答えるという事は心を許すということ。彼らがなぜ私に心を許すのか知ってる?」


 アヴェリーは興味深そうに私の言葉に耳を傾けて、時折なるほどと頷いたり、目を丸くしたりと忙しかった。自分に質問が来ることは予想外だったのか、少し間をおいてから答える。


 「二クスが可愛いから?」

 「それもなくはないと思う。見た目は大事だからね。ただ、それだけではないはずだよ。人は生きるために色んなものを必要とするし、同じ人間同士でしか理解できないものがある。それが人が作り出す社会という仕組み。人と人が同じ場所で住むためには守らなければいけない規則があって、同じ場所で住むなら同じく感じてしまうものがある。私にはそれがないと、彼らからは見られたはずだよ。だから私の物怖じしない態度にも文句を言わなかった。なぜなら私はそもそも彼らにとって、同じ目線で物を語る対象ではないから。そういう存在に対して、人は割と簡単に心を許してしまうものなの。」


 それに、この世界の人間にとって魔物や魔法が慣れ親しんだものであるということから、私を異質で不可解な存在として受け取らなかったこともあるだろう。


 「素でふてぶてしいかと思ったけど、全部考えてそうしていたってこと?なんか、計算高い?」

 「そう言うのあまり好きじゃなかったりする?」

 「ううん、頼りになるから、結構好きかな。」


 狡猾さを受け入れるってことか。アヴェリーが敵対者には情け容赦しない性格ではないかと薄々感じてはいたけど、狡猾さに対しても肯定的に捉えてしまうという事は、将来的に結構冷たい感じの人間になりやすいってことではないだろうか。別にそれが悪いとは思わないが、それならいっそのこと高みを目指した方がよさそうな気がする。どのような方向であっても、人は高みを目指している間はある程度の冷たさは自然と身に着けるものだからだ。


 「帝王学とか興味ある?教えられると思うけど。」

 「帝王学?」

 「統治者に必要な資質や知識のこと。」

 「統治者って、王様みたいな?」

 「そう。」

 「私、別に王様になりたいわけじゃないよ?」

 「王様になる必要はない。王様のような人間が何を抱えているかを知ることが出来たら、王様相手にも怖気づくことはないと思わない?」

 「確かに、一理あるかも。」

 「それに、単純に王様のような人間が知っていそうなことを知っていれば、もっと世の中を大きな尺度で測ることが出来るんだよ?」

 「それは、ちょっと、いいかも。」


 予想通り興味を持つアヴェリー。力への渇望があったりするんだろうか。


 「それはおいおいね。今は休もう。屋根のある所で寝るのは久しぶりなんだよね?」

 「うん、ちょっと昼寝していい?」


 そう言いながら横になるアヴェリー。


 「いいよ。起きるまで待つから。」

 「二クスは窓から出入りできそうだし、開けておく?」

 「アヴェリーを一人にはしないよ。」

 「でも、前ゴブリンの村落の時は、私と離れようとしてたでしょう?」

 「緊急事態だったから。」

 「別にそのまま町へ行ってもよかったのに。私たちで倒そうとしなくてもよかった気がする。」

 「怖かった?」

 「全然。」

 「じゃあ、面倒だった?」

 「そうじゃなくて、あまり意味を感じなかったから。」

 「そこまでする理由がわからなかったってこと?」

 「だって、二クスには……。」


 続きを最後まで言わずにアヴェリーは眠りについてしまう。疲れが溜まっていたんだろう。やっと安心できたんだろうか。私は全然眠くなかったので、アヴェリーが寝てる間に色々鑑定しておくことにした。予想外に真実にたどり着けるかも知れないから。


 早速ステータスオープンして説明のところへ目を移す。一番気になっていたけど今まであえて見ようとしなかったことだ。


 説明


 低次元世界に置いての事象に干渉するための精神的限界値。四次元世界では拡張する力が強く作用する。三次元世界では収縮する力が質量を用いて内側にものを引っ張るが、四次元世界では永続的な拡張が物質そのものの傾向として存在する。これは色んな次元世界に置いてその宇宙を膨張させる力として作用し、前世のあなたがいた世界では暗黒エネルギーと呼ばれていた。


 三次元世界でこの力に干渉するためには精神の次元を一つ引き上げるか、高次元的存在の力を借りる必要がある。


 神々はこの世界の存在にその力を使える権利を最初から与えることにしていた。それは言わば一つの壮大な計画であり、実現することによって魂がどのように変質するのかを観察するための……



 やぁ、見てはいけないものを見ようとしているね。それ以上はやめた方がいい。いくら君がそう言う存在だとしても、この世界に住むものにとって毒になりえる事実だ。真実は時に隠されるべきものだ。それは君でも同意するだろう、子供に性を教えてはいけないように、この世界の存在に魔法の真実を話してはいけない。なぜだかわかるかい?それは魂というものの本質と深く関わるものだからさ。


 鑑定を持つ存在は狂いやすい。隠されるべき真実に気が付きやすいからだ。


 僕かい?

 

 僕はクロナシオン。それとも魔法の神と言えば伝わるだろうか。正確には違うが、人々の間ではそのように呼ばれている。いつでも祈りにきたまえ。より直接的で実用的な探求の対象を与えてあげるからさ。

 


 ……さっき建てた仮説は当たっていたわけだ。だが神々の動機まで説明対象になるとは予想外もいいところだった。クロナシオン、確か魔法と知恵の神だったか。どうやら神々と人の間に何かしらの齟齬が発生しているようである。それが意図的なものなのか人間の都合による解釈がそのようになっているだけなのかはわからない。


 これからも何かを見ようとするたびにそれが世界の真実と繋がるものであるなら、神々に毎回干渉されるのではないかと気が気で…、ないわけがないだろう。


 むしろ興味深いことこの上ない。これ実質的にコミュニケーションを取っているものと同じではないだろうか。世界そのものと、私自身と。瞑想を通したら世界と繋がる感覚を手に入れることが出来ると、前世で聞いたことある。だがこの世界ではそれ以上のことが出来る。しかし限界はあるだろう、神々を怒らせることを積極的にするべきではないこともわかる。


 ただ、そうだ。別に広めなければいいだけのこと。今まで神々は私が鑑定を使った状態でしかそちら側から干渉を仕掛けて来ることはなかった。守るべきは真実を自分だけが持つという大前提。触らぬ神に祟りなし。


 誰かを相手にする時にそれらを口にしないように注意するべきではあると思うが。アヴェリーも含めて。


 ただ最初から大当たりだとは。私はステータスの魔力の部分に鑑定をかけた。その結果がこれだ。何か自分が思うに、直感的に避けるべき、怪しそうと思ってしまう部分には一先ず誰かがいる時に鑑定をするべきではないか。


 魔法の練習でもしよう。風魔法と水魔法を合成させることは出来ないのかと、水滴ほどの水を出して、それを風で包んだり拡散させてみたり、最終的に水でトルネードを作って風で加速させるという離れ業にたどり着いたところで、アヴェリーが眠りから覚めた。煩かったんだろうか。コップの中ほどの小さな規模だったんだけど。


 「おはよう。何か、やってるね。何をやってるの?」

 「うん、おはよう、アヴェリー。魔法の練習だよ。」

 「魔法ね。頭痛くなりそう。」

 「なんで?」

 「だって、魔力使って複雑なことをしようと頭痛くなるでしょう?」


 そうなのか?だとしたら。


 「なんでアヴェリーはそんなこと知っているの?それもエルフのお兄さんとかに聞いた?」

 「違うよ。誰でも魔力は使える。体を強くするの。」


 魔力での身体強化?そしてそれが日常的なものだったと。だからあのステータスの数字上に表れる怪力が出せるのか。なぜ魔法も使ってないのに魔力が付いているのか気になっていたが、それが原因か。だがMPの消費がないことを考えると、身体強化には別のベクトルで制限があるという事?


 「複雑なことも出来る?体を強くするだけじゃなく。」

 「まあ、そうだね。目をよくしようとしたり、耳が良く聞こえるようにしたり、そんなことしようとしたら頭痛くなるからあまりしたくないかな。でもなんか、反応するなんか、反応を早くしちゃう?そう言うのは、毎回やってるから。少し慣れちゃったけど。」


 だからゴブリンなどを相手にそこまで動けたのか。


 「知らなかったよ。言ってくれたらよかったのに。」

 「てっきり知っていると思ったから。」


 まあ、そうなるか。私はアヴェリーの保護者ではなく、もっと対等に、彼女が言っているように彼女の友達であることがより理にかなった関係性な気がした。一応言っておこう。


 「ごめんね、アヴェリー。勝手にアヴェリーの保護者なんて言っちゃって。」

 「急にどうしたの?別にいいじゃん、人前では好きに言えば。」

 「アヴェリーは私のこと、どう思ってる?」

 「うん?頼りになる友達かな。それと可愛い。」


 なるほど、認識に齟齬があったみたいだ。これじゃあ神々のに対する人の誤認のことだって馬鹿にできないな。


 「水飲む?出そうか?」

 「うん、頼んだ。」


 水を出してあげる。


 「いつ飲んでも美味しい、二クスの作ってるお水。」


 ごくごくと水の玉に唇をつけて飲んだアヴェリーの感想である。


 「今日はずっと休む?それとも出かけたい?」


 私の質問にアヴェリーはしばらく悩んでから答えた。


 「町をもっと回ってみたい。まだ大通りしか通ってないから。」


 この町には入ってはいけない危険な場所とか、関係者以外立ち入り禁止の区域とかあったりするんだろうか。


 「わかった。でも大通りが見える場所に限定しよう。道に迷うのかも知れない。」

 「二クスは空が飛べるから迷えないと思うけど。」

 「それでも、だよ。」

 「うん、わかった。二クスがそう言うなら。」


 素直でいい子なんだよ、うちのアヴェリーは。


 どこかの誰かとは大違いだ。そんな自嘲をかましたところで、私たちは宿屋から出て夕暮れに沈む街並みを歩き回った。アヴェリーが。私は彼女の肩に乗ってるだけ。今はこれでいい。後で四足歩行する動物にでもなってやる。具体的に何になるのかはまだわからないが、まあ、なんとかなるだろう。

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