第17話 聖堂

 冒険者ギルドを出た私たちはそのまま市場で食べ歩きを始めた。市場は客と店主の間にいくつかの駆け引きが行われているけど、露店一つ一つが大きいせいでそれが喧騒にはならず、割と静かである。


 「この肉美味しいね。二クスも食べる?」


 口いっぱい頬張ってハンバーガーもどきをモグモグと咀嚼してからアヴェリーがそう聞いて来る。意外と香辛料をたっぷり使ってるのが匂いでわかる。


 「残念だけど、今の私は口の形からして肉のような固形物は食べられないと思う。」

 「固形物?」


 単語そのものを知らなかったようなので、また意味を解説させられた。


 「アヴェリーは本を読んだことはある?」

 「一度だけあるよ。」

 「家にあったの?」

 「エルフのお兄さんの所に、結構多かったんだ。物語は一つもなくて。難しい本ばかりだったんだけど。何となく読んでみたことはある。すぐ眠っちゃったけどね。」

 「どんな本だった?」

 「錬金術に関する本だったかな。」

 「錬金術か。アヴェリーは錬金術に興味ある?」

 「ちょっと待って、もう一口食べてから。」

 「いや、全部食べるまで待つよ。」


 待ってるとアヴェリーは食べ終えてそのまま飲み物を買った。果汁入りのワイン。鉄貨二枚だった。


 「酔っぱらわない?」


 私の質問にアヴェリーは笑顔で首を振る。


 「うん?家ではエールばかり飲んでたよ?」

 「水は飲まない?」

 「水魔法使ってる人じゃないと、水を飲む人なんていないんじゃないかな。」

 「なら私が出すよ。」

 「こんな大通りのど真ん中に水魔法を使ったら大変なことになっちゃうかも?」


 確かに、実際にどうなるのかわからない以上注目されることはよしておこう。


 「それで、錬金術には興味ある?」


 そう言いながら道の端にあるアヴェリーがベンチに座るのを見る。私はその肩に座った。噴水はないが、公園のような場所に見える。大きな木があって、その下にベンチが四方に四つあったのだ。公園というか、モニュメント?でもただの木だぞ。鑑定してもただの木って書いてあったし。いや、ただの木ってなんだ。その辺の木といい、随分といい加減な名前だな。


 「どうだろう。色々学びたいよね。学問はわからないけど、色々出来るようになりたいかな。どこかで弟子入りとか出来たらいいんだけど。」

 「祈ってスキルを手に入れればいいんじゃない?」

 「経験と知識なしにスキルだけあっても使えないよ?」


 そんなこと君が言うのかとジト目で…、いや、今の私は複眼なのでそれは出来ないか。まあ、そういう気持ちを込めて見つめてはみたけど何の効果もない。


 「アヴェリーは、スキルが祈りで習得できるってことを最初から知ってたの?」

 「知らなかったよ?」

 「じゃあ、なんで祈ったら槍が使えるようになるってわかったのさ。」

 「何となく?でもこれ、前に言わなかった?」


 確かに似たような会話があったんだけども。


 「槍術のスキルが生えたんだよ?それで槍を自在に使えるようになってる。だよね?」


 確認するようにアヴェリーにそう質問をする。


 「少し違うような。動作とか、ここでは力を抜いた方がいい、ここでは最大限に体に力を入れた方がいい、そう言うのは何となくわかってて。それと、自分の動きが前よりずっと早くなってるってのはわかったけど。」

 「錬金術のスキルなら材料の配合を直感でわかるようになるんじゃない?」

 「まあ、二クスが言うスキルがあるなしでは何かが違うとは思うけど、そこまで便利なものなのかな。」

 「便利なものなんだ。」

 「本当かな。」

 「信用できない?」

 「信用の問題じゃないの。なんか、曖昧過ぎて。そもそも二クスにしか見えないものなんでしょう?」

 「鑑定のこと?」

 「そうそう。」


 確かにそうだが。


 「それより飲まなくていいの?」

 「うん、飲む。」


 一口飲んで美味しそうに目を細めるアヴェリー。


 「酔っぱらわないで。」

 「大丈夫だって。エールより全然弱いから。」

 「そうかな。エールずっと飲んでたの?小さいころから?」

 「どこもそうだよ。」

 「牛乳とかは飲まない?」

 「牛乳?牛乳はバターとチーズを作るためのものでしょう?直接飲むなんて、そう言うのってある?」


 放っておくと腐っちゃうから飲まないんだろうか。話題を変えよう。


 「次は財布買いに行こう。」

 「でも二クスのご飯がまだなんでしょう?何か食べたいことある?」

 「果物でも一つ食べれば問題ないかな。」

 「どんな果物?」

 「何でもいい。」

 「何でもって、好物とかない?」

 「リンゴとかない?」

 「リンゴ?あるよ?」


 あるんだ。単語があるからあるのか。


 「じゃあ、それでいい。」

 「何個?」

 「一個でいいよ。」


 リンゴは一個ずつ売ることはしなかった。三個で鉄貨一枚。鉄貨が一番安い通貨で、それ以下はない。銅貨の下にさらに鉄貨があるなんて知らなかったせいで、露店で銀貨を払い財布がもうパンパンになってる。けどまあ、あれだ。


 鉄貨一枚が百円だとすると、計算したら何となく合ってる。銅貨一枚で千円、銀貨一枚で一万円、金貨一枚で十万円。ミスリル貨とかはないのか気になるところ。


 それで買ったリンゴの三個のうち二個を私が食べて、一個をアヴェリーが食べた。みずみずしくて美味しかった。


 「あの魔法はどうなってるの?」


 リンゴを食べ終えたころ、アヴェリーからそう聞いて来る。


 「あの魔法って?」

 「物をたくさん保管できる魔法?」

 「それはまだかな。次に進化する時に選んでみようと思う。」

 「そんなに都合よく出来るものなの?」

 「その時になればわかるさ。出来なかったらまた次を狙えばいい。」

 「自分で研究して習得したりはしない?」

 「祈ったら出来そうではある。」

 「神頼み?」

 「ほら、私にはナクア様がついてるからさ。」

 「胡散臭いよね。」

 「なんで?」

 「だってさ、神様がそんなに都合よく誰かを愛してくれたりするものなかなって。すごい存在なんでしょう、神様って。エギオン様とか、星より大きいって言われてるし。」


 そんなに大きいの?なんでそんなに大きいの?そもそもどうやって発生したの?


 「見たことある?」

 「エルフのお兄さんから聞いた。」

 「彼って何でも知ってるの?」

 「どうだろう。後で出会ったら色々聞いてみたいかも?」

 「一人暮らし?」

 「興味あるの?」

 「気になるじゃん?」

 「そういえばさ、二クスってメス?オス?」

 「今はメスだけど、どっちにでもなれるっぽい。」

 「それってどういうこと?」

 「念じればなれるのかな。まだやったことないけど、多分ねれると思う。オスになれたりメスになれたり。」

 「何それ、便利過ぎない?」

 「なんで便利?」

 「だって、女の子って色々不便なんだもん。」


 まだそういう時期じゃない気がするのだが、何を根拠に。


 「そうなの?アヴェリーは男の子になりたい?」

 「別に男の子になりたいわけないんだけど。男の子ってなんか、格好つけたがるじゃん?」

 「女の子は恋愛ばっかり気にしたりするよね。」

 「人にもよるよ。」

 「男の子だって人にもよるんじゃない?」

 「そうなのかな。」


 まだ子供だし、物事に対する認識が単純なのは仕方がない。


 「それよりさ、神頼みついでに思い出したんだよ。聖堂に行ってみない?」


 経験でしか学べないことを話してもしょうがないので、また話題を変える。


 「今から?宿屋に向かうんじゃないの?」

 「こんな時間から宿屋に入って、休みたい?」

 「休みたいというか、屋根のある所で久々に落ち着きたいというか。」

 「やっぱり森の中では落ち着いていなかったんだね。」

 「まあ、ある程度安心はしていたよ。二クスって頼りになるし。」

 「それはどうも。とにかく、聖堂に行って一度祈ってみよう。」

 「なんか、強引だね。」

 「魔法使いたくない?」

 「魔法?魔法って、すごく難しいって聞くけど。」


 確かに魔力制御とか、魔法陣とか、そんな話をちらほら聞いたな。


 「じゃあ錬金術?」

 「材料とかどうするの?鍋とか必要になるんじゃない?持ち歩いたらすごくかさばると思うよ。宿屋に置いておくわけにもいかないでしょう?お掃除とかするだろうし。」

 「そうだ、毒耐性。これは大事だよ。私ももう死ぬところだったんだから。」

 「毒耐性?」

 「そう、毒に対しての耐性。毒を飲んだり毒蛇に噛まれたりしても死ななくなるスキルだよ。」

 「神様にそれが欲しいって祈ったらスキルがもらえるの?」

 「もらえるよ。切実だったらね。言ったでしょう?」


 あまり信じてないんだろうか。自分でもやったのに信じられないって、神様が実際に近くから感じられても、人って疑い深い生き物なんだなと、思わずにはいられない。


 「切実ね。そんなに切羽詰まってるわけじゃないんだけど。」

 「これから冒険するんだからさ、いつ大変なことになってもおかしくない。」

 「森でずっと冒険してたよね。」

 「あの森は、多分だけど、そんなに強くないと思う。クマはちょっと強かったけど、一体だけだったし。」

 「うーん、わかった。毒耐性ね。でも、どんな神様に祈ったらいいの?」

 「回復魔法の神様とかないの?」

 「えっと、どの神様がいるのか、あまり知らない感じ?」

 「ジェフィーラ様は知ってるよ。エギオン様も知ってる。」

 「ちょっと待って、歌があるの。覚えるために歌うんだけど。」

 「いや、それはいい。そう言う覚え系の歌って変に頭に残ってずっとリプレイされちゃうから。行って、聖堂で聖職者から実際に説明を聞いてみるよ。」

 「残念。」


 それから聖堂へ向かって歩いた。道は心に余裕がありそうな通行人に尋ねたら、普通にそこから見えていたので問題なくたどり着くことが出来た。冒険者ギルドは広かったけど、聖堂は上に高かったので、町のどこでも見える。貴族が住む城か何かだと思ったら聖堂だったという。


 聖堂に入ると礼拝堂があったけど、正面を向いているわけじゃなく、椅子が向かい合っている。なんで?


 それらしい人を鑑定して聞いてみよう。柔和な印象の五十代ほどの男性。服装からして関係者じゃないだろうか。


 名前 ヴィットリノ・カプリカンテ

 性別 男性

 種族 人

 レベル 14

 HP 231/231

 MP 299/299

 力 164

 敏捷 171

 耐久 214

 魔力 299


 スキル


 回復魔法 会計 睡眠耐性(強) グリタリア南部公用語(熟練) グリタリア中央共用語(熟練) グリタリア北部共用語(熟練)


 称号


 聖堂の司祭


 加護


 エギオンの恩恵


 説明


 三十年以上聖堂で勤務してきた聖職者。聖堂への寄付金の会計を長年していたため、会計のスキルもついて残業が多かったせいで睡眠耐性も獲得している。かつては信心深いエギオンの信者だったが、年齢を重ねることによってエギオンを信じるも信じないも物事が進む原理に変わりがないことを自覚してからは、緩い生活を好むようになった。それまでは寝る時間も惜しんで仕事に勤しんでいた。


 十年前に都市国家の中でも隅っこにあるソレラーゴに勤務先を移した。平穏な日々を愛する小市民である。結婚しており、つい最近孫も生まれたことで、引退も考えている。



 暇そうにしてるし、色々聞いたら答えてくれそうである。


 「こんにちは。」

 「こんにちは、喋るカイコを見るのは何年ぶりだろう。して、あなたと一緒にいるのはどこかの貴族のお嬢さんか。私の名前はヴィットリノ。この聖堂で長年司祭をやっている。何か用かな?」

 「喋るカイコを見たことあるんだ。私は二クスという。ヴィットリノ司祭、いくつか聞きたいことがあるんだけど、答えてくれる?」

 「もちろんだとも。魔物であっても、喋るカイコはジェフィーラ様がお創りになったもの。拒む理由はあるまい。さあ、そこに座って。」


 予想通り、暇そうにしていたんだろう、これは色々聞けそうである。


 「お嬢ちゃんは、何か質問はあるかい?」

 「えっと、ここで祀っている神様の名前を全部、二クスに教えてください。」

 「なるほど、まだ知らないんだな。生れて間もないのかね。それじゃあ、どこから始めたらいいのか。そう、エギオン様だ。エギオン様は、この星をあらゆる宇宙の厄災から守ってくれる、星の守護神だ。そして、悪い人には天罰を、いい人には祝福を授けてくれる。」

 「具体的には?」

 「そうだね、具体的には、まあ、悪人は罰が当たるだろう?そういうことさ。」


 全然具体的じゃない。なんて大雑把なんだ。


 「他には、どういう神様たちがいるの?」

 「あっちに祠が見えるだろう。祠には神々の象徴となる文様が彫刻されていて、後ろにはその神々をの姿を象った神像がある。どうだ、美しいだろう。」


 確かに銀色の金属で出来ている神像があって、その前にはそれぞれの幾何学模様を描くシンボルが飾られてあった。神像では人間に似た姿をしていつつ、耳が長かったり角が生えてたりしていて、鎧を着こんでいる場合もあれば布を纏って大事な部分を隠しているだけの半裸の姿もあった。


 「左から順に、知恵と魔法を司る神様、クロナシオン様。狩りと森の恵みをもたらしてくださる女神様、ジェフィーラ様。弱者の味方であり、名誉を何よりも重んじる女神様、ヴァロリア様。芸術と発明の神様、エルダントス様。星の守護神であらされる、エギオン様。海の神様、ネプトヌス様。子供たちを守る、慈愛の女神様、アエリアナ様。錬金術と薬の神様、エセラリス様。豊穣と実りの女神様、ソリトエラ様。商売と繁栄の神様、ジェスタリアン様。他にも様々な神様がこの世界を見守っているが、この聖堂で祀っているのは十柱だけになる。ただどの町へ行ってもこの十柱だけは祀っているのだ。」


 ソリトエラ様の神像、ちょっと露出激しすぎない?男の子が祈りに来て性に目覚めそうな勢いだけど。ヴァロリア様はもう完全にワルキューレだ。エレダントスはモノクルをかけてる吟遊詩人。エギオン様は威厳たっぷりの、裾の長い服を着ている、髪の長い美しい男性。あれで星より大きいってどういうことよ。五次元だから?ネプトヌス様は美少年だった。子供じゃないか。印象に残るのはこれくらいかな。


 「ナクアって神様の名前は聞いたことある?」

 「ナクア?ナクア……、どこかで聞いたことあるような……。すまない、今は思い出せないんだ。聖堂には図書館があるので、気になったら自分で調べてみるといい。ただ持ち出すことは固く禁されているので、そこのところは間違いないように。案内しようか?」

 「いや、今はいいよ。ヴィットリノ司祭は祈りの効果を知っている?すぐに効果が表れる祈りのことを。」

 「すぐに効果が表れる?それは、あれかね。神様に自分の体の一部を捧げて祈る、特殊な祈りのことを言っているのかね。それは、あまり褒められたことではないが、緊急時なら仕方がない。船の中には祭壇があるんだ。どの船にもね。泳げない人が船に乗って、海難事故にあってしまったら、ネプトヌス様に祈りを捧げて、泳げるようになるんだと。その場合は、髪の毛を切るか、爪を剥がして捧げるんだと。どっちもなければ、耳を切るとも聞いている。回復魔法で治るにしても、さぞ痛いだろうね。私は今まで船に乗ったことがない。ネプトヌス様に毎日祈りを捧げてはいるのだが。」

 「いや、そんな長々と話さなくていいからさ。回復魔法はどうやって使えるようになったの?使えるんだよね?」

 「修行をするんだ。クロナシオン様の神像の前で跪いて、毎朝毎朝、回復魔法を使えるようになりますようにと。」

 「訓練しただけでは使えない?」

 「もちろん訓練もする。ただ、魔法のことは、魔法使い連盟に聞くべきじゃないかね。」


 それもそうか。


 「ヴィットリノ司祭はここの出身じゃないの?」

 「この町から北にある村で生まれたさ。十四歳の頃だった。この町の司祭についていき、大陸中心部にある、大聖堂で修行をして。」

 「いや、長くなりそうだし、別に言わなくていいよ。出身地だけ気になっただけだから。」

 「そうかそうか。若者は生き急いでいる。二クス君もそうなのだろう。」

 「私は一応メスだぞ。」

 「そうか、それで、もうこれ以上質問はないのかね。」


 軽くスルーされてるし。誰も虫の性別なんぞ興味ないか。


 「スキルって言葉聞いたことある?」

 「スキル?」

 「ない?」

 「あいにく、初めて聞く言葉だ。響きも何か違うね。別の大陸の言葉かね。」


 一応、直感でこの地域の雰囲気に合うようにと選別して単語を選んでいるのだが、そもそも聞いたことがないってことは、鑑定スキルで見えるものは、まさに神の英知に等しいものかもしれない。


 「いや、大したことじゃないさ。後三つほど質問があるんだけど。」

 「何でも言ってごらん。」

 「椅子が向かい合ってるのはなぜ?」

 「ああ、訪問者同士で交流をして、議論を交わすためさ。向かい合って食事を取ることもあるんだ。祝日に来てみるといい。」


 ただ飯が食べられるのかな。


 「ご飯をただでもらえる?」

 「もちろん、聖堂は寄付金で回っている。毎年もらう寄付金は余るくらいだ。」

 「そんなことを私たちに言っていいの?」

 「秘密でも何でもない。隠してどうする?」


 確かに。この世界には神との距離が近いせいで、宗教に腐敗が起きていないのか。そもそもこれは宗教?宗教は教理があるんだけど、ここに教理はある?


 「もう一つ質問が思い浮かんだんだけど、聖堂で神様に対して祈ること以外に、何か守らなければいけない規則とか、教えとかある?」

 「教え?それは、神様たちに関する知識のことかね。」

 「そうじゃなくて、例えば特定の食べ物を食べてはいけないとか、特定の時間に祈りを捧げないといけないとか、悪いことをしちゃだめ、とか。」

 「そう言った事柄は聖堂で決めることではないだろう。」

 「そうなの?」

 「聖堂は各神々へ祈りを捧げるために、祭壇を作って、祈りが行われるような雰囲気を作る場所さ。回復魔法は、聖堂でやっている奉仕のようなものだ。寄付金をたくさんもらっているから、これくらいはしないと。」


 この世界のモラルは、何気に高い?それともあれか。魔物が悪いことを全部やってると。


 「次に、私がジェフィーラ様が創造した魔物って言ったけど、それはどういうこと?魔物は魔物でも同じ魔物じゃないってこと?」

 「あなたは、マラゴースという神の名を聞いたことあるかい?」

 「マラゴース、知ってるよ。破壊と混沌の神。」

 「うむ、普通の喋るカイコより賢いとは思っていたのだが、そこまで知っているのか。マラゴースは、いわゆる邪神だ。邪神が創造した魔物は、邪神の眷族として扱われる。必ず抹殺せねばならない。だがどうしたものか、他の神様も魔物を造ったりする。そこまで悪さはしていないが、まあ、困った連中も中にはいる。喋るカイコは、見た目からして愛らしい。貴婦人にも好まれる。」

 「なるほどね、これが最後の質問。この町の権力者は、どのような人物なんだ?」

 「貴族を言っているのなら、一番上にいる貴族はミストルニー家だね。彼らは長年この町を繫栄に導いている、責任感のある人たちだ。ただまあ、私も実際に見て話したことはそこまで多くはない。悪い人たちでは確かだ。」

 「わかった。ありがとう。アヴェリーは何か質問ある?」

 「私?ないかな。」

 「じゃあ、祈りに行こう。」

 「ええ、祈るの?」

 「毒耐性つけないとだよ。」

 「わかった。」

 「じゃあ、私たちはこれで。」

 「ああ、神々の導きがあらんことを。」


 そういう司祭がする挨拶があるのかな。


 神像の前には幾人かの人たちがいて、並んで順番を待っていた。狩人のような姿のエルフの女性がジェフィーラ様の神像の前に立つ。私もそっちに用があるので、彼女の後ろを飛ぶと、エルフの女性が振り向いた。


 「喋るカイコ?」

 「そうだよ。」

 「ジェフィーラ様の眷族がジェフィーラ様に祈りを捧げに来たのか。」

 「まあ、そんなところかな。」

 「なら譲ろう、私は後でいい。」

 「ありがとう。」


 神像の前を飛びながら、見てみる。洗練されたデザインのぴったりとした服を羽織っている、エルフのように耳の長い美しい女性が弓を弾いている姿の女神像だった。実物は五次元なんだよな。


 目をつむる、ことは出来ないので。念じてみた。


 ジェフィーラ様、来たよ。

 来たね。

 今、返事貰えてるの?

 そうだよ、心の中に直接話かけている。

 面白いね。ジェフィーラ様、元気?

 神にそういうことを聞くなんて、本当変わってるわね。二クスこそ元気?

 名前わかっちゃうんだね。

 そりゃ女神だからね。なんでもわかるよ。

 私ってジェフィーラ様の眷族なの?

 そうだよ。次も多分そうなるよ。それとも、植物にでもなる?海に潜る?

 動物になると思う。

 じゃあ、次も私の眷族になるね。

 わかった、これからもよろしくお願いします。喋るようになって、アヴェリーとも話せるようになって、本当に良かった。ヘンテコな生き物かもだけど、創ろうとした女神さまの心には感謝しかありません。

 どういたしまして。せっかくだから私から祝福を一つ授けてあげましょう。

 空間魔法ですか?

 それは私の管轄じゃないんだよね。クロナシオンに祈ってみて。君のような興味深い存在を、彼は放っては置かないでしょう。

 それはどういう……。

 おかけになった女神様は、ご都合によりお繋ぎできません。


 ……。


 「終わったよ。」

 「うむ、ジェフィーラ様の導きがあらんことを。」


 司祭だけの挨拶じゃないのか。聖堂の中での礼儀作法?


 アヴェリーはどうしているんだろう。ヴァロリア様の神像の前で立って、祈っている姿が見える。鑑定してみるとちゃっかり毒耐性が生えている。しかも中。


 私は、ステータスオープンして、どれどれ。


 うん?


 高速飛行?スキルになってるってことは、進化しても飛べるってこと?敏捷も上がってる。


 棚から牡丹餅。聖堂に来てよかった。

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