第16話 冒険者ギルド2
魔力測定とギルドカードの発行をする機械は、とても不思議な形をしていた。そう大きいようには見えないのに、見る角度によってはそうでもない。水晶のように半透明で、虹色に光っている。高さは1.5メートルほど、幅も同じくらい。そういう立方体なのに、ただの立方体ではない。中身が見えて、それがどこまでも広がっている。無限にさえ思えるほど。
「魔法だね。どこまで進むんだろう。」
アヴェリーの感想に私が解説を加える。
「内側と外側が連続的に繋がってるから、そう見えているだけだよ。」
「不思議だね。」
それもそうだ。全体像が見えてこないんだから。これは四次元超立方体、通称テッセラクト。実物が見られるなんて。
「よく知っているようですね。」
セレネッラからもこれがテッセラクトであることを知らされる。ただ見かけ倒しの可能性もあるので鑑定もしてみよう。
冒険者ギルドの保管箱・ギルドカード発行機
説明
失われた古代の魔法技術を用いて作られたギルドの保管箱兼ギルドカード発行機。四次元超立方体であるため、ギルドカードの発行数に限界はなく、保管できる容量にも限界がない。
「現代でこういう魔法を使っている人はいないの?無限の収納できる箱とか。」
「そういうアーティファクトはあるらしいですが、今の時代にそれを魔法で再現するのは不可能とされています。太古の時代には複雑な式を使った、高度な魔法が使われていたようなのです。膨大な魔力を用いたそう言った式は、複雑なだけでなく、現代の術者の力量ではたどり着けない領域にあるとされています。ご興味がありましたら、魔法使い連盟を訪ねてみたらいかがでしょうか。この機械の話になりますが、未だにどのような仕組みで作動しているのか、完全な解明にすら至っておりません。これもその時代に作られたものの一つで、実はこの世界にたった一つだけなのに、世界中に同時に存在していると解釈している人もいます。ここに入れたものはどの冒険者ギルドにある同様の機械でも取り出すことが出来ますので。」
セレネッラは私の質問に答えながらアヴェリーをテッセラクトの前に立たせ、アヴェリーの手をその上に載せた。するとピッて音がして、セレネッラの前に半透明なタッチパネルが現れ、それを手際よく操作したらテッセラクトからカードが吐き出された。ペッて音がしたら面白かったのだが。
「これがアヴェリー様のギルドカードになります。使用する時は親指でこの青い丸を軽く押すか、魔力を込めてください。」
セレネッラはアヴェリーにギルドカードを渡してくれた。するとアヴェリーはそれを感慨深げに目の前にかざし、親指でホログラムを投影すると当然討伐数はすべて0。しばらく見てからポケットにそれを入れるアヴェリー。彼女の服にはポケットが割と多い。しかも深い。
「でも、私、名前言ってたっけ。」
アヴェリーは首をかしげて私にそう問う。
「言ってたよ、私が。」
「そうだった。」
そのやり取りを黙って聞いていたセレネッラが私に視線を移した。
「使い魔の登録もここで続けて出来ます。どうなさいますか?」
「実はさ、私、これが最終形態じゃないんだ。その場合はどうなる?」
「それは一体どう意味なんでしょうか。」
「今は喋るカイコだけど、次は違う何かになると思う。すると魔力波長が変わったりしない?」
「それは、どうでしょう。前例があるかも知れませんが、私は聞いたことありません。」
「だからパスでいい。」
「よろしいんですか?使い魔の成果が登録されなくなりますが。」
「冒険者の総合評価が上がると何かいいことある?」
「より難易度の高い依頼をギルドから受注できるようになります。」
「素材の売却は冒険者のランク関係なく出来るんじゃないの?」
「出来ます。ただ受注していない場合は素材の値段だけが収入となりますが。」
「なら別にいいや。そんなにお金が必要なわけでもないから。ちなみにだけど、影狼の毛皮、値段はどれくらいするの?アヴェリーが巻いているものみたいなの。」
「それだと、銀貨十枚くらいでしょうか。」
「宿屋の宿泊費はどれくらい?」
「銅貨三枚から八枚ですね。この町にはありませんが、大きな町にある高級宿屋なら銀貨一枚でしょうか。」
「銅貨十枚で銀貨一枚?」
「はい、銀貨十枚で金貨一枚です。」
「わかりやすいね。鉱山が発見されたりしたら相場が崩れたりしない?」
「貨幣はドワーフの国から発行されるもので、固有の技術が使われるため生半可な技術では偽造も出来なければ、流通量も制限されているため、相場が崩れることはありません。少なくとも、今までそう言ったことが起きたのは一度もありませんでした。」
ドワーフか。そういう役割もしていたのは驚きだ。エルフは何をやっているんだろう。森で狩人?後で調べるか。そのうち鑑定をし続けていたら知ってしまうそうでもあるのだが。
「なら安心だ。使い魔登録はやはりしなくていい。私もいつか冒険者の登録をするかもしれないから。」
「あの、失礼ですが二クス様は一体どのような存在なのでしょうか。喋る使い魔は幾度も見たことがありますが、二クス様のように自分ですべてを決めて保護者のように振舞ったり、見識を深めようとしたり、挙句には姿かたちまで変わるかも知れないという使い魔は見たことありません。よろしければしていただけませんか?」
「ナクアって神様の名前、聞いたことは?」
「ありません。どういう神様なんでしょうか。」
「私も詳細はわからない。ただその聞いたことのない神様から力をもらって、私はこうなってしまっている。」
これ以上は聞いても無駄だと判断したのか、それとも単に知らない神様のことは考えない方がいいと思ったのか、セレネッラは話題を変えた。講習を受けることが出来るとか、訓練場を自由に使ってもいいとか、教官から基礎訓練を受けられるとか。
一通り説明を受ける間、私は別のことを考えていた。ちゃんと説明の内容も入ってきているけど、そんなに重要な話じゃないから聞き流しても問題ない。
とにかく、私は考えていたのだ。この世界のことを。
テッセラクトが実在するという事は、この世界が四次元以上であるという証明になる。興味深いことこの上ない。
二次元に近い紙の上に絵を描くことは出来ても、それを立体的に見せるだけならともかく、実際に三次元の深みを紙の上だけで再現するのは不可能だ。紙を折りたたんだりしても、それは三次元世界に紙が存在する場合に限る。
つまり四次元の物体を再現するためにはこの世界が四次元を超えないといけない。女神ジェフィーラ様が五次元の存在であるとして、彼女が別にこの世界に体を持つ必要はない。この世界より上位の世界があったら、それも妥当だろう。
超弦理論によればこの世界は十次元以上らしいのだが、その証明にもなりうるのだろうか。ただこの宇宙は私がいた前の宇宙とは違うかもしれない。単純に遠い銀河系にあるとか、同じ銀河系の違う惑星の可能性もあるが。魂がワームホールでも通ったんだろうか。ワームホールはただ同じ宇宙内を移動するだけではなく、別の宇宙とも繋がりうる。
魔力で重力を増やしたらブラックホールを作れたりしないんだろうか。そういう魔法が存在する可能性は高いだろう、四次元超立方体を作れるんだから。
上の次元に干渉出来る魔法が存在するなら、無限に収納できる空間を作ることも不可能ではない。限りなく薄い二次元で、物体は絵に描かれるような平面に固定される。しかし次元を足すとどうなるか。
上に重ねられるのだ。それも実質無限に。三次元からして四次元も同じ。ただ限りなく薄い二次元では重力の影響が殆どないと見ていい。だが三次元になると重力の影響を強く受けてしまう。四次元に上るとまた別の力の影響を受けてしまうだろう。それが魔力?
魔力の本質は四次元、もしくはそれ以上の次元で作用する力?確かなことは、古い時代にはそれを再現できる魔法が実在していて、それで作られた道具があったという事だ。単純に空間魔法とか、次元魔法なんて便利な魔法スキルがあって、それを進化して手に入れるなんてことが出来たりはしないのか。
ただ式が必要だと、セレネッラは言っていた。私はそういうことを考えずに魔法を使っていたのだが、それはなぜか。私には高次元思考というスキルがある。これは比ゆ的な意味で、普通の虫やエビみたいな生物では出来ない思考が出来るという意味ではなく、文字通り次元が一つ以上重なった状態で思考しているというものではないのか。
魔力や魔法が四次元以上の次元で作用する重力のような力だとして、高次元思考を持つ私はそれに簡単に干渉できるのでは?そもそもスキルってなんだ。なんでそんなことがただ表示されているだけで出来る。しかもそれを死体から吸収できてしまう。
これも高次元思考と関係があるのでは。
この世界の本質と自分が持つ異常さの真実に近づこうとしている調度その時、アヴェリーが私に話しかけてきた。
「二クス、何か、考えてるの?さっきからずっと何も喋ってなくて。」
「うん、色々。旅が便利になる手段とか、この世界のこととか。より深みへとたどり着くために何が必要なのか。そう言うのを考えていたんだ。旅をしているにも目標が必要だろう?」
「旅、なんだよね。この町にいつまでもいるって、難しいのかな。」
「それでアヴェリーが満足できるなら、そうするよ?」
「でも、この町にいるだけでは不老になれないって思う。もっと強いのと戦って、強くなって、色々出来るようになって。それから……、それからどうしたらいいのかな。」
「ゆっくり考えればいいよ。まだ時間はあるさ。」
「うん。まだ私、子供なんだよね。」
微笑みを浮かべながら私たちを見ていたセレネッラとカウンターの前に戻る。
アヴェリーはここに来た目的の一つを達成するため、しっかりと自分で話をし始める。
「素材の換金はどこですればいいんですか?」
「ここでいいんですよ。何を換金しますか?」
「この毛皮ですけど。」
アヴェリーは腰に巻いていた毛皮をカウンターの上に載せる。
「影狼の毛皮ですね。預かります。」
「値段はいくらになりますか?」
「傷のない綺麗な状態で、毛並みもいいので、そうですね。銀貨12枚でどうしょうか。」
ギルドに登録して間もないからと上乗せしているんだろうか。それともただの善意?気になったので聞いてみる。
「さっき十枚って言ってなかった?」
「毛皮に傷がある場合はそうなります。普通は傷があるものなんですが。」
なるほど。銀貨十二枚をもらって、受注出来そうなクエスト一覧を見せてもらって、ネズミ駆除とかだったのでクエストは受注しないことにして、宿屋の場所を聞いてギルドから出ようとしたところで、話しかけられた。そう、あのギルドに入ってから私たちを見ていたいかついおっさんから。
「俺はレンチーノー。孤児院を経営しているんだ。うまいものたくさん食ったことあるか?俺についてくればたくさん食わせてやるぞ。新鮮な肉か、それとも蜂蜜をたっぷり入れた菓子か。なんでも言ってくれ。」
中身は優しい女神の信者で、孤児院の経営者らしいのだが、鑑定さんは嘘をつかないので、問題ないとは思うが、単純に時間の無駄に思えてきてならない。
「えっと。」
アヴェリーも何を答えればいいのかわかっていないようである。
「間に合ってるよ。この子は君の助けを必要としない。いざという時は私が守るし、この子自身もそれなりに強いぞ。」
「そうもいかないだろう、見る限り、保護者もいない、冒険者登録をしたばかりの新人だ。お前さんはただの虫だろう。喋るが、それだけだ。なのにこの子をちゃんと守れるのか?」
「私はただの虫ではない。喋るカイコだ。この子の保護者でもある。この子でもどうにか出来ない問題が起きる場合は私が何とかする。君の出番はない。」
「ふむ、お前さんに何が出来るのか、俺にはわからない。地下に訓練場がある。喋るだけが取り柄じゃないことを、俺に見せてみろ。それが証明できたなら、俺も認めてやるよ。」
「断る。なんで君に私の力を見せないといけないのかがわからない。」
「いいのか?俺は自分で言うのもなんだが、たちの悪い詐欺師とは違う。孤児を使っていやらしいことをしようとも思っちゃいない。だが俺以外の人間はそうもいかないだろう。お前さんが守ると言ったその嬢ちゃんは、ものすごく見た目がいい。盗賊ギルドなんかに狙われるのも時間の問題だろう。自衛が出来るのを俺以外の連中にも見せないといけない。噂になると手を出しずらくなるはずだ。いい機会だと思わないか?」
反論の余地がない正論だった。
「わかった、ただ、アヴェリーとも模擬戦をしてみることが条件だ。」
「俺に子供を傷つけさせるつもりなのか。だったら容赦しないぞ、虫。」
「さて、それは実際にやってみないとわからないだろう?アヴェリーは君くらい傷一つ追わずに倒せるさ。」
レンチーノーはしばし考えてから頷いた。
「わかった、だが、嬢ちゃんはどうだ?俺と戦ってみたいか?」
アヴェリーはその質問にどうしてか余裕の笑みを浮かべた。
「いいよ、私、今まで人と戦ったことないから、どうなるか気になる。」
「ならいい。時間を無駄にするのはよそう。」
そう言ってレンチーノーとやらは階段に向かって歩いて行き、私たちは彼の後ろをついていく。ただ私たちのやり取りはそこそこ静かな建物の中でそれなりに響いたようだ。ぞろぞろと多くの冒険者たちが一緒についてきてる。
「勝てそう?」
「あいつ、あんまり強くないよ。アヴェリーってゴブリン戦士と戦ったことあるよね。」
「うん。そこそこ強かった。」
「そいつとステータスに大差ない。」
「ええ、そうなの?弱くない?」
「アヴェリーが強いだよ。」
「そうなんだ。」
冒険者たちを一通り鑑定してみたら、アヴェリーは真ん中くらいのステータスはあった。経験も大きく影響するとは思うが、アヴェリーだってただ私にパワーレベリングを受けただけではない。彼女も戦ったのだ。回数はそれほど多くないかも知れないが、彼女には戦いにおいてのセンスが確かにある。
動作に迷いがなく、瞬時に物事を判断出来る。それに、ステータスが平均値より少し高いのだ。いくら冒険者だと言っても、森の深くで次々とそれなりに強い魔物と出くわすわけではなく、弱い魔物から始まるのが普通だろう。だがアヴェリーは弱い魔物や強い魔物関係なく狩ってきた。十日ちょっとだけど、濃密な経験だったはず。
しかも最後はゴブリンの集落を、後衛の私と一緒ではあったけど、壊滅させている。これはまだギルド側に話してない。単純に信じてもらえない可能性が高いと踏んでのことだ。集落には特に価値のあるものが転がっているわけではなかったんだし、この世界に魔物が死んでアンデッドになることはないってことは鑑定で確認済み。
いつかまたゴブリンの集落を滅ぼすことがあったら、ギルドカードに討伐数が記録されるはずなので、それを元に後から話してみるのはありかも知れない。
そんなことを考えている間にたどり着いた訓練場。床は土だった。的が並んでいて、十数人ほどの冒険者たちが筋トレや模擬戦をしている。魔法は誰も使ってない。魔法使いは魔法使い連盟とやらに行かないと見れないんだろうか。
訓練場の隅には長さが様々な木の棒が入っている。剣の長さの物もあればランスのように長槍の長さの物もある。横には様々な大きさの木の盾が入っている箱もあった。
レンチーノーはその中でも片手剣程の長さの剣と大きな木の盾を手に取った。剣術と盾術を持っていることから、パーティ内での役割がわかる。こいつはいわゆるタンクだ。HPと耐久がそれなりに高いのもそのためだろう。
今更だけど、奴のステータスを見てみる。
名前 レンチーノー
性別 男性
種族 人
レベル 21
HP 386/386
MP 101/101
力 211
敏捷 161
耐久 234
魔力 101
スキル
剣術 盾術 家事 グリタリア南部公用語(中級)
称号
慈愛の孤児院長
加護
エギオンの恩恵
アエリアナの恩恵
説明は前と同じ。
対して今のアヴェリーはこんな感じ。
名前 アヴェリー
性別 女性
種族 人
レベル 23
HP 259/259
MP 126/126
力 183
敏捷 345
耐久 181
魔力 126
スキル
農作業 グリタリア南部公用語(中級) 槍術 俊敏 恐怖耐性
以下略
グリタリア南部公用語がいつの間にか中級になってるぞ。レンチーノーと同じじゃないか。
敏捷に倍以上差がある。運動エネルギーは速さの二乗に比例するので、アヴェリーの破壊力は相当なものではないだろうか。体重がかりにレンチーノーの4分の1だとしても、速度が倍になると、実質同等な力でぶつかるのと同じ。しかも早いので体が追い付かないはず。
「準備はいいか。」
レンチーノーの言葉を聞いているのは私である。まあ、順当に私から相手することになるだろう。
「問題ない。」
審判は暇そうにしている訓練場の教官に頼んでいる。教官のレベルやステータスは受付嬢のセレネッラより少し高い。30代半ばの筋骨隆々の男性だ。
「始め。」
教官の言葉と同時にレンチーノーが突進してくるけど、まあ遅い。私は水の壁を作り、奴を囲んだ。棒で殴ったり盾で殴ったりしているが、びくともしない。中を水で満たしたら、奴は手を挙げた。降参ってことだ。
一瞬だった。
周りを見るとだれ一人例外なく驚いている。まあ、虫が魔法を使ったんだから、そう思われるのも当たり前か。
「なんだ今の魔法は、あんな繊細な魔力制御なんて見たことないぞ。」
うん?
「魔法陣もなかった。」
うん??
「生半可な魔力では再現できないだろう。本当に虫なのか?」
これはあれだ。
私なんか、やっちゃった?
この後、アヴェリーが大人でそれなりに経験豊富な冒険者であるレンチーノーをボコボコにしたが、私の魔法のインパクトが大きすぎたのか、大した反応はなかったとさ。
ただまあ、善意で近づいてきたレンチーノーに悪いことをした気がしたので、次何か冒険でいい素材が手に入ったら孤児院に何か差し入れをすることにアヴェリーと一緒に決めたのであった。
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