佐藤はふたり、甘い蜜ひとり
半チャーハン
第1話 二人の佐藤
美しい雪の日に生まれたからって、安易に願いをかけて付けられた名前。
私は自分の名前が嫌いだ。
授業の終わりを告げるチャイムがけたたましく響く。起立。礼。機械的に挨拶をすると、途端に騒がしくなる教室。私は、ただ淡々と教科書とノートをしまうだけ。
自分の名前が嫌いな理由は、私には似合わないから。地味な容姿に、手入れをしても簡単には大人しくはなってくれないくせ毛。ニキビの目立つ肌。
不適切なのだ。美しい雪は、私のための言葉じゃない。それと、ありきたりな苗字も嫌いだ。
「佐藤〜」
真後ろで声がした。でも、私は振り向かない。その声が私に向けられることは滅多にない。案の定、そいつは私の横を素通りして斜め前の席へ吸い込まれていった。
私のクラスには、もう一人『佐藤』という名字の子がいる。
色白で透き通った肌。焦げ茶色の髪に、愛嬌のあるくりくりした目。明るくて、誰にでも分け隔てなく優しいから、いつもクラスの中心にいる。学級委員と生徒会長もやっているから、彼女はもはや学校という狭い監獄の中の中心人物といえる。
そんな彼女と同じ苗字を持ってしまった自分は、すごく惨めな気がした。
「佐藤ー」
また、後ろで声がした。佐藤桃花が目当ての男子だろう。桃花を、次々と人を吸い込んでいくブラックホールのようだと思う。きっと一度入ったら抜け出せなくなってしまうんだと思う。
「佐藤ー?」
もう一度、同じ人の声がした。可哀想に。第三中学校の聖女とまで崇められた佐藤桃花に無視されているのだろうか。
「おーい? 聞いてる? 」
ぽん、と肩に何かが触れた。驚いて振り返ると、クラスメイトの男子が私の肩に手を置いていた。
「わわわ私でございますでしょうか!?」
「え、うん。そうだけど」
あ、ヤバい。今めっちゃ言葉遣い変だった。引かれちゃったかな。何、ございますでしょうかって。気持ち悪すぎでしょ、私。
ショックすぎて、首だけ後ろを向いた格好で固まっていたら、心配してくれたのか、困り眉でその人は首の後ろを掻いた。
「あ、ごめん驚かせちゃった? ごめんな。そりゃ驚くよな。知らんやつからいきなり話しかけられたら」
笑っているのに、少し悲しそうに見えた。
「え、あ、あの、分かりますよ、名前。えと、
「わ、覚えててくれたの? うれしー」
「まあ、一応クラスメイトですし……」
特に彼は教室でもいつも賑やかでよく佐藤桃花とも話してたから。
「いやいや、だからって佐藤さんが俺の名前覚えててくれたって事実は変わらんし」
「あ、はい」
少しばかり沈黙が続いた。コミュ力皆無でごめんなさい。心の中で彼に謝る反面、彼はなぜ話しかけてきたのだという不可解な疑問がむくむくと膨らんだ。
数秒の沈黙が五時間目の気怠い授業時間と同じくらいの長さに思えたとき、彼の口が思い出したように起動した。
「そうだ。佐藤さん、保健委員でしょ。先生からプリント渡してって頼まれたんだった」
「あ、ああありがとうございます」
会釈するように頭を下げて、お礼を言った。そういうことでしか話しかけてもらえない自分が少しばかり悲しかったが、彼が話しかけてきた理由が分かって逆に清々しい気分になった。
用が済んだら、彼はさっさと立ち去って桃花の佐藤の元へ行き、私なんかには二度と話しかけないのだろう。そう思っていたが、なぜか彼はその場から動こうとしなかった。
「えっと……?」
私に何が求められているのか分からなくて、困惑する。
「いや、佐藤さんと少し話したいなって思って。いつも一人でいるから、どんな人なのかなーってさ」
私はしばし唖然としてしまった。言葉を選ばず言えば、こいつは正気かと疑っていた。たまにいるクラス全員と友達になりたい人なのだろうか。
「い、いいんですか? 私なんかと話したって何も楽しくないですよ」
「いいのいいの。じゃあさ、佐藤さんていつも本読んでるよね。どんなやつ?あらすじとか教えてよ」
「え、ええっと、主に恋愛モノです。あの、不登校の女の子がある日窓から……」
言いながらも、顔が熱くなってくのが分かった。
「す、すいません。こんな陰キャなんかが恋愛物語なんて……。なに夢見ちゃってんだって感じですよね。キモい……ですよね」
「えー、別にいいんじゃない? 誰が何読んだってさ、自由じゃん」
そのとき、キーンコーンとチャイムが鳴った。みんなが、友達との話に区切りをつけて席に戻っていく。
「あ、もう休み時間終わりか〜。じゃあね、佐藤さん。また」
「は、はい。また……」
『誰が何読んだってさ、自由じゃん』
そんなこと言ってくれた人、初めてだ。振り向いて、席に向かう高橋くんの後ろ姿をつい目で追ってしまった。
佐藤はふたり、甘い蜜ひとり 半チャーハン @hanchahan
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