終点の街
古野ジョン
終点の街
化ける列車、というのがあるらしい。もちろん、車両がオバケになるわけではない。終着駅に着いた列車が折り返さずに別の行先に向かったり、ダイヤ乱れなんかのときに列車が種別や行先を途中で変更したりする。そのことを俗に「化ける」と言うそうだ。
ある日、仕事を終えた俺は電車に乗りこんで席に座った。珍しく残業で遅くなり、いつもと違う時間の電車に乗る羽目になった。ちょうど最寄り駅が行先の電車だし、寝過ごす心配は無いな。そう思った俺は、疲れもあってつい寝てしまった。
しばらく経ってから、目を覚ました。あれ、着いているはずの時間なのに電車が走ってる。そう思って窓の外に目をやると、見慣れぬ景色が流れていた。スマホで時刻表を調べてみると、どうやら俺が寝ている間にこの列車は「化けて」いたらしい。
よりによって、急行電車に化けてやがる。参ったなあ、どこまで連れて行かれるんだ。あーあ、どんどん家が遠くなっていく。
寝てしまったことを後悔していたが、あることを思いついた。そうだ、いっそこのまま終点まで乗ってしまおう。明日は休みだし、家に帰れなくても問題はない。宿くらい、どうとでもなるだろう。
そう思った俺は、そのまま電車に乗り続けた。郊外に向かう電車なので、段々と乗客は少なくなっていく。中年のサラリーマンも、塾帰りの高校生たちも、どんどん降りて行く。気づけば、車両の中にいるのは俺を含めて数人だけになった。
間もなく、電車は終点に着いた。降りようとすると、若い女性が席に座って寝ていることに気づいた。どうしよう、起こした方がいいかな。俺はとんとんと肩を叩き、女性を起こした。
女性は目を開け、こちらに気づいた。
「あの、終点ですよ」
「す、すいません。ありがとうございますっ」
そう言うや否や、さっと立ち上がってあっという間に降りていった。なんだったんだろう。
精算を済ませて改札口を出ると、そこは港町だった。海岸はこの近くか、行ってみよう。夜だから、潮風で寒いかもしれないな。
歩くこと数分、砂浜に着いた。何かあるわけでもなく、ただ波の音が聞こえるだけ。夏場は海水浴場になっているらしいが、そんな季節じゃないしな。まあ、こういうのも乙というものだろう。
ふと海岸の奥の方を見ると、ぽつんと座り込む人影があった。何だろう、こんな夜に。そちらの方に歩いて行ってみると、そこにいたのはさっきの女性だった。
女性もこちらに気づいたようで、ぺこりと礼をしてきた。それに合わせて、俺も礼を返した。一人の時間を邪魔しちゃ悪いかな。そう思って引き返そうとしたが、なんだか悪い予感がしたのでやめた。女性が夜の海岸に一人で座っている……という状況は、なんだかまずい気がする。
俺は女性に話しかけることにした。
「あの、こんな時間に何をされてるんですか?」
「えっ? なんというか、海を眺めたいなって」
本当にそうなのだろうか。さっきから様子が普通でないし、やはり危ない気がする。
女性の近くに座り、さらに話を続けた。
「あの、どうしてここに?」
「いえ、寝過ごしちゃって。さっきは起こしていただいてありがとうございました」
「そりゃ、どうも」
「ところで、あなたはどうしてここに?」
「あなたと同じですよ。寝過ごしてしまいまして」
そう言って、頭をぽりぽりと掻いた。
その後は、お互いに黙り込んでただ海を眺めていた。何か方策があるわけでもないが、このまま入水でもされたらと思うと帰るわけにもいかない。いっそ、単刀直入に聞いてみるか。
俺は女性の方を向き、問いかけた。
「失礼ですが、何かよからぬ事を考えていませんか?」
女性はきょとんとしたが、そのままくすくすと笑いだした。
「やだなあ。本当に、海が眺めたかっただけですよ」
「ならいいんですが」
「もう、そんな必要ないですから」
そう言うと女性は立ち上がり、駅の方に歩き出した。
俺は女性の姿が見えなくなるまで、そちらの方角を見ていた。どうやら、本当に寝過ごしただけだったようだな。おっと、もうこんな時間だ。このあたりに宿は無さそうだし、やっぱり家に帰ろうかな。そう思った俺は、急ぎ足で駅に向かった。
その道中、違和感を覚えた。そういや、さっきの女性はどこに行ったんだろう。途中で追いつくと思ったのに、どこにも姿が見えないな。
そのまま駅に着いたが、女性の姿はなかった。俺は不思議に思いながら、電車に乗りこんだ。うーん、電車にも乗っていないみたいだな。
そして電車が発車するのを待っていたのだが、所定の時間になっても動き出す気配がない。おかしいな、何かあったのかな。そう思っていると、車掌のアナウンスが入った。
「えー人身事故のため、この電車は行先を変更して運行いたします」
今日の俺は、三回も化かされた。
終点の街 古野ジョン @johnfuruno
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