義理の母


 むかしむかし ある王国の立派なお屋敷に美しい女性が嫁いできました。

 彼女は二人の子持ちで長い間苦労を重ねてきたのですが、この度バツイチながら資産家の男性と結婚することができました。

 彼は優しく羽振りがよく、彼女や娘たちに何でも買ってくれました。

 男性には連れ子がいました。二人の実娘より年下なので義理の末娘となりましたが、彼女は我が子同様に可愛がりました。


 しかし、幸せは長く続きませんでした。男性が亡くなっていしまったのです。

 彼女は悲嘆にくれました。

 しかし、そんな悲嘆など吹き飛ばす新事実が判明してしまいました。


 男性の葬儀が終わったとたん、生前に貸したお金を返せ、と色々な人が押しかけてきたからです。

 目を白黒させて亡くなった男性の部屋を調べると、出てくる出てくる、なんと借金の証文が何枚も出てきました。

 彼が手掛けていたと聞いていた事業は亡くなるずっと前から既にほかの人に渡っており、住んでいた立派なお屋敷も抵当に入っていました。

 彼はずっと無職。家計は火の車で、率直に申し上げて、借金まみれでした。

 この屋敷も借金が返せなければ、来年には追い出されてしまいます。


 優しかったのは優柔不断で、お願いを断れなかったから。

 羽振りがよかったのは、金貸しから借りたお金。


 彼女は別の意味で悲嘆にくれました。


 けれど、彼女には守らなければならない三人の娘がいました。


 まず、彼女は屋敷の使用人たちに暇を出すことにしました。

 長い間苦労してきた彼女や彼女の実娘たちは掃除洗濯や料理まで一通りすることができました。なので、身の回りの世話をする人どころか竈焚き下女がいなくても問題ありません。

 しかしながら、箱入り娘だった義娘は家事のかの字も知らなかったのです。

 彼女は末娘に家事を教え込むようにしました。

 心を鬼にして、姉たちにも「独り立ちできるようにビシビシ指導しなさい」と伝えました。


「ほら、起きたなら竈に火を入れて朝食を作るのよ」

「それが終わったら洗濯よ」


 姉たちが末娘を鍛えている間に、不当な借金を背負わされていないか彼女は夜を徹して調べます。

 末娘は彼女の苦労が分かったのか、明るく家事を覚えていきました。


 そんな債権者のひとりがやってきました。


「金髪が美しいという噂の末娘を嫁にくれれば、取り立てを待ってやろう」


 その人は金髪好きのロリコンという噂のロクデナシでした。

 とんでもないことです。

 さらに、借金を帳消しではなく、待つだけという、ケチぶり。

 万一、末娘が望んで結婚したとしても、幸せになることはないでしょう。


「ど~れ、娘はどこにいるかな?」


 断っても、男は無視して屋敷中を探し回ります。か弱い女性では男を止めることができません。

 慌てた下姉は機転をきかせ、末娘の頭に灰をかぶせ、金髪を隠してしまいました。


「ここにいるのは灰かぶりの小汚い娘です」


 しかし、男は食い下がります。

「綺麗に磨けば、上玉になるんじゃないか? ほうら、このオジさんとくれば、下女のまねごとなんてすることないぞ」

「この娘は修道院へ入ることが決まっているんです。これは家事をおぼえるためにやっているんだから構わないで」


 下姉の言葉に続けて「教会を敵に回す気ですか?」と続けると黙ります。

 この国の教会は王様さえもしのぐような権威を持っています。

 さすがのロクデナシも教会に逆らう気はないようで、うんとかすんとかもごもご言いながら退散していきました。


 とっさに出た言い訳ですが、末娘を修道院に入れるというのは良い考えかもしれません。

 世間知らずの末娘では世間に出したとたん、悪い人に騙されてしまうかもしれません。

 良い人と結婚したとしても、嫁ぎ先の嫁姑関係が心配です。


 しかし、やはりそううまくはいかないようです。調べてみると修道院に入るにはタダでなく、寄付が必要と分かりました。

 寄付の金額はピンキリですが、その寄付の金額により修道院での待遇が違ってくるようです。


「お母さまがそこまで苦心する必要なくない? 義理の娘なんだし、どん底の待遇で修道院に押し付けちゃっても文句言われないと思うよ」


 末娘の指導に苦労している実娘からそんな言葉が出ますが、秒で却下します。

 母親を義娘か実娘を差別する愚か者にするつもりですか。自分の娘を最低の待遇にするつもりはありません。。

 もっとも、自分が想定するそれなりの暮らしをさせようとするなら、借金まみれの現状では捻出不可です。


 金、かね、カネ ――――必要なのは、まずもってお金です。世知辛い世の中です。


 彼女自身も金策に走り、上の娘たちには自分たちを援助してくれる結婚相手を探すようにお願いしました。

 末娘にはかないませんが、姉たちも十分美人といって良い顔立ちです。

 少ないドレスや装飾品を姉妹で使いまわし、パーティーへ潜り込みます。

 姉たちは多くの男性たちと慣れないダンスを踊り、自分はこっそりはしたなく見えない程度に気を付けて軽食でおなかを満たして、食事代を浮かせます。


 そんな努力にもかかわらず、結婚相手は見つかりません。

 良さそうな男性がいても、没落しているのが知れ渡ってしまっているのか、娘が家名を名乗ると、色よい返事がもらえません。


 貧乏ながらも、末娘にはおなか一杯食べさせるために安い豆を大量に買い込み、なんとか日々しのぎます。

 涙ぐましい努力をしますが、借金返済の成果は芳しくありません。

 彼女自身の身体を餌に、何とか返済を延ばすことが精一杯です。未亡人を介添えに好む変態ジジイがいたことが良かったのか悪かったのか、悩みどころです。


 そんなある日、末娘がネズミに話しかけているのを目撃しましてしまいました。幼子が人形遊びをするようなものかと問いかけると、動物と話せるというのです。

 彼女は愕然としました。一難去っていないというのに、また一難です。

 これは間違いなく魔女裁判事案です。動物と話せるなんて教会に知られたら拷問の上、火あぶり処刑です。

 修道院に入れるどろこではありません。末娘はもうどこにも出すことができません。


 途方に暮れた彼女は街はずれの薬師のお婆さんへ婉曲的に相談しました。

 そのお婆さんは一時期魔女の疑いがかけられましたのですが、何故か今も無事に住んでいます。


 判明したのは、神官への袖の下。――やはり金。


 彼女にできるのは末娘を人目に出さないように隠すことだけでした。


 彼女が頭を悩ませても、世間はそれを無視してイベントを起こします。

 この国の王子が留学から帰国して、結婚相手を見つけるために国中の年頃の娘たちを招いてお城で舞踏会を開くというのです。

 帰国してまずやることが女漁りという、この国の将来が心配になる知らせです。

 大臣たちは反対しなかったのでしょうか。

 どう考えても、このハーレム願望王子と結婚しても幸せになることはできないでしょう。


 しかし、度重なる婚活活動でパーティーへの参加を断られることも多くなった彼女たちには不参加という選択肢はありません。

 末娘を除く家族全員で臨む所存です。ワンチャンで自分もチャレンジです。

 狙うのは地雷の・・・ではなく、競争率が高そうな王子ではなく、お城で働く男性です。公務員バンザイ。安定収入バンザイ。爵位持ちならなお良し。この際ジジイもホモセクシュアルな男性との白い偽装結婚も可。

 度重なる心労で破れかぶれになっており、おかしくなっている自覚がありますが、これで失敗したら、一家心中が秒読みです。


 さて、舞踏会当日、王子は金髪の誰かとばかり踊ってひんしゅくを買っていますが無視です。

 提供された食事も豪華でつい、食欲を優先させたくなりますが腹八分目に収め、エロジジイとの噂がある大臣に近づきます。結婚は無理でも愛人ならイケるはずです(※奥様方井戸端会議調べ)

 上姉は貴族のボンボンっぱい男性に、下姉は衛兵の初心そうな少年にターゲットを決め、アタックしています。


 エロジジイは話してみると、噂とは違いまともなエロジジイでセクハラまがいの発言はしますが、決して身体に触れるようなことはしてきませんでした。

 それどころか、うわの空で心配事があるようです。


 まあ、あの王子が将来のトップになると思うと、心配事しかないでしょうけれど・・・


 肝心の舞踏会は王子と踊っていた女性が逃げ出してしまって、お開きです。

 ご愁傷さま。

 お城の人たちはてんわやんわのようですが、一般市民の彼女たちは無事帰宅。

 娘たちも好感触ながらも、中途半端な舞踏会終わりになってしまったため、話が跳弾してしまい結婚の約束まではできなかった模様。


 さて、王子の騒動はまだ続きがありました。


 くだんの王子はなんと、ガラスの靴に足がぴったり合う娘と結婚すると宣言して、部下を街へ派遣しているらしいです。

 昨日王子と踊った女性が忘れていった靴だそうだけれど、足のサイズくらい、何人でも該当しそうなのにそれで良いのか?

 名前は聞かなかったのか? 顔は覚えていなかったのか? 探すならまず似顔絵じゃないの?


 ――色々突っ込みたい。やっぱりこの国の将来が心配です。


 普通に考えれば玉の輿のチャンスですが、結婚相手があの王子となると二の足どころか三の足、四の足を踏みます。

 街はその噂でもちきりです。噂の内容が良いか悪いかは不敬となってしまうため、憚られますけれど。


 うちにも靴をもって面通しならぬ足通しへ来るそうなので、上の娘たちに心構えしておくように話すと、下姉がしわくちゃになったドレスを手に告げました。


 王子様と踊っていたのはうちの末娘かもしれない。


 確かに、今はわざと髪を汚していますが元々美しい金髪です。そして下姉が持ってきたドレスは昨日王子と踊っていた金髪の女性が着ていたものによく似ています。洗濯物を集めようとして見つけたようです。


 自分たちに関係ないからと、王子のダンス相手をよく見ていなかったのは失態です。婚活にかまけていないで、もう少し周りに注意を向けるべきでした。

 どうやって屋敷から出たのか分かりませんが、ずっと王子を独り占めしていたため周りからのひんしゅくを買いまくりな行動は、世間知らずな末娘ならやりそうな不始末です。


 三人は無言でうなづくと、家事をしていた末娘を彼女の部屋へ閉じ込めます。


「この際、王子と結婚させちゃえば? 王子なら借金くらい返してくれるでしょ。あの子は将来の生活を心配する必要もなくなるし、Win-Winじゃない?」

 下姉は無責任な発言をします。

 Win-Winなのは自分たちだけであって、末娘があんな王子との結婚に承諾してくれるはずありません。

「そんな、生贄に差し出すような非道な行い認められるわけないでしょう」

 上姉の言葉に自分も同意します。

「え~、ずっとダンスを踊ってたんだからあの子もまんざらじゃないんじゃないの?」

「王子に脅されて踊っていたにすぎないはずです。こんな騒動を起こす男性を好きになる頭のおかしい娘がいるはずないでしょう」

 ありえない妄想は末娘に失礼です。


 相談の結果、末娘はいないものとしてお城から来た人たちには対応することとしました。

 あと、靴が履けるようだったらちょっと無理をしてでも履いてみてお城に連行されてるようにすれば、騒動もいったん落ち着くでしょう。

 さすがの王子も髪も顔が違うので、人違いだと判断するはずです。・・・そこまでボンクラではないはず・・・です。

 できることなら、偶然を装って靴の履き替え時に破壊したいところですが、実行に移すとどんな罪に問われるかわかりません。


 そうこうしてると、ガラスの靴を手にお城の人がやってきました。

 材質はガラスですが、見た目は普通の靴です。特殊な形をしてる訳でもないようなのに我が家に来るまで誰もサイズの合う女性がいなかったのが不思議です。


 上姉は全く無理でした。

 下姉はギリイケそうな手ごたえ(足ごたえ?)を感じたため、顔を真っ赤にして足を突っ込みます。無理に履こうとして血が出てしまいまいましたが、自分ではスマートに履きこなしている心意気です。


 もう無理する必要はありません、と声をかけようとしていると屋敷の裏手から末娘が大声をあげながら現れました。

 一体どうやって、部屋を抜け出したのでしょうか。


 そんなことは後です。末娘に試させるわけにはいきません。最終手段の発動です。


 いきなり現れた少女に驚いている男性に偶然を装って転ばせます。運良く、ガラスの靴が零れ落ち割れてしまいました。

 顔が真っ青になってしまった方には悪いですが、これで終了です。


 すると、想定外なことに末娘が得意満面で懐から新たな靴を出してきました。


「そんなにがっかりしないで。だってもう片方のガラスの靴をわたしが持っています」


 意気揚々とガラスの靴を取り出すと、履いて見せました。

 末娘の足にぴったりですが、割れたガラスの靴とそのガラスの靴が同じサイズかどうか判別できません。

 こんな屁理屈は通るはずないでしょう。


 しかし、驚くべきことにお城の人は納得して、末娘をお城に連行しようとします。


 えっ? ガラスの靴なら何でもよい訳ではないでしょう。

 理不尽なお仕事にやけくそになっていませんか?

 それとも、もしかして王子だけでなく、お城全体でヤバイのでしょうか。


 必死の抗議も通らず、末娘はお城へ連れていかれてしまいました。



 後日、残された自分たち連行され、お城構内の離宮軟禁されることとなりました。

 借金は帳消しになり、衣食住だけは心配する必要がなくなり、ある意味幸せに暮らしました。


「ほら~、私の言ったとおりでしょ。最初からあの子を家から出しちゃえばよかったんだよ」

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シンデレラの継母 堀江ヒロ @horiehro

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