第12話 カゲが薄い

 ”カゲ(影)が薄い”、という表現がある。おそらくこれは日本語独特の表現だと思うのだが、この言葉が指す意味とは、

 ”地面などに映る人の影といった具体的な現象のことを言うのではなく、また、大人しい、物静かだ、といった受ける印象の希薄さ”

 という点とも違う。そのことに言及した民俗学者、今野圓輔氏の「日本怪談集 幽霊編」での一文を引用すれば、

「カゲが薄いというのは、実体のないもうひとりの自分、即ち魂の影が薄いという状態で、魂の入っているカゲが弱った状態であるという。離魂病という表現もあり、本人の肉体はまだ死んでいないのに、カゲの方が抜けてしまっていると感じられる」

 ということらしい。

 奄美の喜界島では、あの人はウシロカゲが薄くなったからもう長くあるまい、などと感じるとか、また東北の遠野地方では、死ぬ人は二、三年前から何となく影が薄いとか、正月の晩に影法師のない人は、その年中に死ぬと信じられていたそうである、とも表記されている。日本ではそんな現象をカゲノワズライと言い、江戸時代の人々は恐れていたそうだ。


 私の母は茨城県南部の出身で、東京に嫁いだ後、ある時、私の父の妹(私の叔母)と親類の女性二人を連れて帰省した。その際、母のいちばん上の兄が、二人のことを、

「なんだかあの二人は影が薄いな」

 と母に言ったという。その後親類の女性は十代で病魔に侵されて亡くなり、私の叔母は三十代で心臓病で早逝した。

 私の記憶しているかぎり、二人とも細身で印象が濃いとは言えないことは確かだったと思うが、その時、母の兄にはそれとは別の、カゲが薄い、という特殊な印象を感じとっていたのかもしれない。

 こうしたことは、日頃から幽霊が見えるなどという特殊な能力があることとは無縁の、ごく普通の人にも備わっている、第六感のようなものだろうか。

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実録怪談エッセイ ちょっとコワくて不思議な話 白河静夜 @yumeyume88

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