29 姉妹、侯爵邸に連行される

 冒険者ギルドにおいて、役職者は基本的によほどがないかぎり所属地を離れることはない。


 その「よほどのこと」とは。


 例えば巡検使の騎士が不埒な問題を起こし、ブチ切れた成人して間もない女子に角材で板金鎧を鉄屑にされる勢いでぶん殴られる、などである。


 そういったわけで、フィオレンツォと仲良く変態談議に満開の花を咲かせている『辺境都市』の冒険者ギルドが誇る(?)変態が、この場にいるはずがない。

 ナディは自分にそう言い聞かせ、気付かれる前に早々に立ち去ろうと踵を返す。


 だがそれは遅すぎた。


 変態な龍人であるユリアーネは、種族特有の超感覚でナディに気付くと、花のような笑顔で飛び付いてきた。涎が盛大に垂れているが、気にならないようだ。


「ああ、ナディ! 逢いたかった!!」

「うわ!? ル●ンダイブで飛び付かないでよ気持ち悪い! 【ブーステッド・フィジカル】【オーラ・パームスマッシュ】!」


 飛び付いてくるユリアーネを身を沈めて避け、そして【身体能力強化】を掛けつつ【気力オーラ】を発動し、真下から跳ね上がり掌底を腹に叩き込む。

 まともに腹に食らったユリアーネは、先ほど飲んだであろう何かをキラキラと口から逆流させながら吹っ飛んだ。


「【微風ブリズ】【浄化ピュリフィケイション】。ふっ、変た……悪は滅んだわ」


 飛び散るキラキラを風を起こして防いでから浄化させ、残身を崩さず呟く。なお、キラキラへの対処は【浄化ピュリフィケイション】ではなく【洗浄クリンネス】でも十分だったのだが、気分的な問題でより強力な方を選択したのだ。


(ふふん、いいわねいいわね。格好良いスタイリッシュ!)


 満足げに頷きながらそんなことを考えて、髪を「ファサァ」と掻き揚げてからスッと謎ポーズをとるナディ。つられてレオノールも謎ポーズをとった。お互い、ちょっと楽しそうである。そばにいるフロランスの視線が冷たいが気にしない。

 止める者がいないせいか、どんどん何かの病がひどくなるナディであった。レオノールへの悪影響も顕著に出始めている。そしてフロランスとの距離が、現実的にも心象的にも離れ始めていた。


 もっとも冒険者界隈では、実力者になるほどそういった病が重症化するという通説がある。ドヤ顔で二つ名を名乗ったりするし。


 見事な体術と謎ポーズを華麗にキメたナディ。そしてつられるレオノール。それを目の当たりにした冒険者たちが、一斉に沸いた。

 そこかしこで「乾杯」が始まっている。きっと理由をつけて呑みたいだけなのだろう。

 意味もなく「ふっ」と呟いたり、思い思いの謎ポーズをとっている者も一部いたが。


 ナディの一撃を食らって吹っ飛んだユリアーネだが、何事もなかったかのように空中で一回転して着地する。

 超感覚を有し身体も頑健な龍人である彼女には、その程度では大したダメージにはならないようだ。種族固有能力の無駄遣いである。


「うふふふふ、龍人であるわたしをここまで吹っ飛ばすなんて。やっぱりナディはすごいわ。【女魔法使いソーサレス】なだけじゃなく【気力覚醒者オーラ・マスター】でもあるなんて! それでこそ、わたしの伴侶にふさわしい! 待っててね! 命懸けで『メタモルフォーゼ』して男になるから!」

「要らないわよそんな命懸け! そもそもなんだって私に執着するのよ気持ち悪い!」

「ふふふ、それは我ら龍人族が本能的に強者を求めるからです! そう! これは本能! なので! ナディはわたしのものになるべきなのです! お望みとあらば正義の元にこの世とわたしの全てを捧げましょう! 代わりに愛の証を貰います!」

「要らないっていつも何度でも何回だって言ってるでしょ! 愛の証なんてフワッとした物なんか知らないわ! あげられるのは燃える最期さいごくらいよ! しかもあんたのそれは本能じゃなくてただの煩悩で変態行為! いくら龍人族が『メタモルフォーゼ』できるとしても、常識的にその発想は異性限定でしょうが!」


 ナディの真っ当な言い分に、見物していた冒険者たちやギルドスタッフが頷いている。

 前々世で付き纏った変質者の血族と【爬虫巌穴レプタイルケイヴ】で遭遇してしまった影響か、変態に対してより過敏になったようだ。


「年齢的に見て、ちょっと童顔なナディちゃんに惹かれるのは理解できるけどねぇ」


 ナディに熱っぽい視線を向けながら、性別を問わないロリショタ好きという傍迷惑な特殊性癖持ちのフィオレンツォも頷いていた。そういう面ではわりと常識人らしい。

 ちなみに彼女にとって、あまりに整い過ぎて美人なのに可愛いレオノールは対象外らしい。近付くのが恐れ多く、信仰の対象にしかならないようだ。


 考えてみればユリアーネの一連の行動や発想は、明らかにおかしい。龍人族が伴侶に強者を本能的に求めるといっても、通常はあくまでも異性限定だ。なのに、ユリアーネはなぜか同性であるナディを求めている。

 単純に変態だと言えばそれまでだが、それよりもどこか根深い理由があるようにも思えるほどの執着ぶりだ。

 あくまでも推論だが、もしかしたら異性に対して心に傷を負うなにかが、過去にあったのかもしれない。


「え? でもほら、ラーヴァだってマスター・シルヴィを本気で愛してるって言ってるし、同性もアリなんでしょ?」


 訂正。


 根深い理由などなかった。


 そしてワリと浅かった。


「確かに、ラーヴァはシルヴィをそう思っているみたいね。だけど、ストレートな妻帯者で子持ちなシルヴィ相手に、関係を強要したりはしていないでしょ」

「え?」


 どうやら辺境都市の冒険者ギルドにいる受付嬢であるヤロスラーヴァ(男)を見ているうちに、本気で同性もアリなのだと思ったらしい。


 確かにヤロスラーヴァはシュルヴェステルを本気で愛している。しかし同性であり妻帯者なのを加味して、それは叶わないと理解していた。よって口では愛を語るものの、行動に出ることはない。

 それと関係ないが、単純な戦闘能力だけならヤロスラーヴァは辺境都市の冒険者ギルドで最強だったりする。

 なんといっても、素手で刃物を折ったり割ったり砕いたりではなく、握り潰せるらしい。瞬間的ではなく万力のような力がなければ、絶対にできない芸当だ。

 ちなみに職名は『精霊拳闘士ベアナックル・スピリトゥス』で、武装をせず精霊を宿らせて戦う超武闘派職である。唯一装備可能な武装は、木製の棍だけだ。それでミスリルの甲冑を貫けるらしいが。

 ついでに妹が二人いて、上は冒険者をしている。下の妹である素材受付のグラフィーラは、完全に非戦闘員だ。


「『え?』って……気付いてなかったの?」

「え?」

「……なんというか、何て言ったらいいかすら分からないわ……」


 気分的に、特大の匙を遥か彼方へと投擲したくなるナディであった。

 そして言われたユリアーネは、首を傾げてしばらく思案し、何かに思い当たったかのように決意に満ちた表情で顔を上げた。


「わたしはバカ……ケホン……賢くないので、難しいことは分かりません。だけど、これだけは言えます」


 真剣な表情でそう言い、ゆっくりとナディの方へと歩を進める。ナディはというと、悪い予感しかしないため引きつった顔で半歩下がって半身になった。


「ナディ。大好きです! さあ! わたしとつがいになりましょう!」

「全然理解してなかったーー! 分かってたけどーーーー!」


 頭を抱えて「なんてこったオーマイガー!」と絶叫するナディであった。


 その後、しばらくユリアーネの求愛行動が続き、あまりに度が過ぎたためにギルドマスターのアルノルトまで顔を出す騒ぎに発展した。

 最終的にはナディが放った一言が決定打となり、ユリアーネはおとなしく身を引いた。


 その決定打となった一言とは――


「私、役職者なのに仕事を満足にこなさないヤツって、嫌いなのよね」


 嫌われたくない一心で即座に行動する、いっそ清々しいほど潔い姿勢である。決して褒めてはいない。


 こうして、ユリアーネは辺境都市へと帰っていったのだった。


「……ねぇ、あの変た……あの人、何しに来たの?」


 先ほどまでユリアーネと会話に花を咲かせていたフィオレンツォに、ため息混じりに聞く。

 彼……もとい、彼女はナディの後ろ姿を惚れ惚れと見つめてハァハァしていた。

 その気持ち悪さに一睨みするナディ。だが一切効果はなく、さらに身を捩ってちょっと色っぽい吐息を吐いただけであった。どうやらMっ気があるらしい。


 ともかく。


 フィオレンツォによると、先ほどギルドを訪れてまっすぐ受付に来たらしい。そして前振りもなくナディはどこにいるのかを聞いてきたそうだ。

 ちなみのこの世界には個人情報を保護する常識や法律はない。だがギルドの規約として、全くの他人に冒険者個人の情報を流すのは危険であるとされている。

 冒険者は時として恨みを買ったり、若くして実力を付けたものを妬み嫉みで危害を加える者も少なくないからだ。

 それにナディは見目麗しく、笑顔は人懐っこくて少女の面影を未だ残している。羽織っている外套や着衣のせいで目立たたないが、よく見ると身体つきも締まっていてスタイルが良い。

 よって良からぬことを画策する輩も多数いるため、聞かれた当初は答える気は一切なかった。

 だが、ユリアーネが『辺境都市』の冒険者ギルドのサブマスターであると判明し、そこから先ほどの話に花が咲いたのである。


 ちなみに目的を聞くには至っていないため、結局はなにをしに来たのかは不明であった。


 もっともどんな理由であれ、ナディとレオノールに危害を加えることは絶対に許さない。それが冒険者ギルドの総意である。


 素材をたくさん持ち込んでくれた上お得意様だし。


 それにフロランスの供をしているということは、武闘派でその名を馳せるファルギエール侯爵家の庇護下にある証拠。いらんことをしたりされたりしたら、後々どうなるか想像すらしたくない。


 その二人がフロランスにいらんことをしているが。


 それにより赤面する彼女を目の当たりにするのは、非常にレアだし眼福だ。

 金髪碧眼の美人でスタイルで抜群な上に、動きを阻害しない体型がよく分かる服装なのだ。世のまともな野郎どもなら確実に二度見三度見はもちろん、思わず目で追ってしまうだろう。

 そうされたところで、貴族どもの不躾な視線に幼少期から晒され続けていたフロランスは気にしない。むしろ控えめで遠慮がちなそれらの行動に好感を持つほどだ。


 ギルドの総意ばかりではなく、冒険者たちもそう考えていた。

 ファルギエール侯爵家の庇護下にあるという理由ばかりではなく、美人美少女な姉妹である二人を目の当たりにして庇護欲に駆り立てられたのだ。

 もちろん下卑た視線を向ける者もいる。だがそれ以上に、二人を守りたいと、守らねばと決意を新たにする者のほうが圧倒的に多かった。


 そう。冒険者は基本的に苦労人が多く、それを知るからこそ他人に優しくできる。


 一部のバカのせいで台無しになる場合があるが。


 そんなまともな冒険者の一部が、先ほどのやりとりだけで心をわし掴みにされた。

 ナディの口調の端々や行動から、多くの冒険者が心の奥底に沈めて封印し忘れ去ろうとした、不治の病ともいうべき深淵なる黒き歴史を感じさせたからだ。

 ユリアーネをぶっ飛ばした後の一言と、残身後の謎ポーズが何よりの証拠。

 それを目の当たりにした罹患している冒険者の全ては、瞬時に察知したのである。「同士!」――と。


 素行はまともだが、別の意味でまともではなかった。


 そしてそばで同じく謎ポーズをとっているレオノールが超可愛い。帯同しているフロランスは被弾を避けて離れていたが。


『好きなこととかやりたいことに、性別や年齢や時期なんて関係ある?』


 女子であるため華奢な背中でそう語っているように見える雄姿に、なぜか感涙して思い思いの謎ポーズをとっている一部の輩。

 それに該当しない多数は、「なんだこいつら?」とでも言いたげに胡乱な視線を向けていたが気にしない!


 そんな混沌とした混乱が冷めやらぬ中、ナディたちを肴に乾杯し始める冒険者たち。


 これを境にパーティから脱退したり解散したり、一部では髪を「ファサァ」と掻き上げて「フッ」と呟くおかしな格好のパーティが再結成されたりしたらしい。


 異なる理由で盛り上がっている冒険者たちを尻目に、フロランスは二人を連れてさっさと冒険者ギルドから出る。

 そしてギルドの馬車停に待機している豪奢な馬車に押し込んで、やっとその場をあとにした。

 御者は騎士のガエル氏ではなく、ファルギエール侯爵家専属のカンタンという無表情で寡黙な巨漢の男だ。ちなみにゴライアスグルーパーの魚人である。

 魚人といっても魚感はほぼなく、皮膚の一部に薄く鱗があったりちょっとしっとりしている程度だ。

 主に水棲種族であるが陸上で生活する者も多く、陸上で生まれ育った魚人は泳げない者もいる。カナヅチでもエラ呼吸が可能であるため、溺れない。ただし、周囲の視線が痛いが。


「……はぁ……やっと一段落しましたわ」


 クッションが効いたフカフカの車内席に腰掛け、背筋を伸ばしながらフロランスが呟いた。それに賛同したナディとレオノールも頷いている。

 フロランスは二人に振り回されたせいで大変な思いをしたのだと暗に言ったのだが、変態に絡まれて大変な思いをしたナディは気付かない。

 そして【爬虫巌穴レプタイルケイヴ】内にいるときからそういった苦労をしている姿を間近で見ていたレオノールも、ナディの苦労を偲んで頷いている。フロランスの苦労は偲んでいない。

 それに鋭く感付いたのか、フロランスが憮然となる。自分たちのせいでそうなっているとは思いもしないナディとレオノールは、やっぱり彼女も苦労しているのだろうと互いに頷き合い、それを偲んで慰めるように左右から肩を叩いた。


「……慰めてくれているのはなんとなく分かりますが、はっきり言いますとあなたたちのせいですからね!」


 きっぱりと原因を言い切るフロランス。だが二人はそれを理解できないのか、全く同じ表情でキョトンとしたあとでムスッと不満顔になる。


「どうして私たちのせいなのよ。心外だわ」

「お姉ちゃんもレオも品行方正。そう言われるのはすごく心外」

「素行が悪いと言っているのではありませんわ。二人とも常識と自重が著しく欠落している自覚がないのが問題ですの」

「常識? ちゃんとあるわよ。それに則って行動しているけど?」

「常識人はレアな素材を山ほど持ち込んだりしませんわ。しかも通常の買取ではなくオークションに出展すべき素材ですよ。いくら王都であっても、本来なら月に一品あるかないかなのに」


 そろって膨れっ面なナディとレオノールに、フロランスはため息混じりに言い聞かせる。言われてやっと気付いたのか、なるほどとばかりに頷く二人。そして謎に照れ始めた。どうやらオークションに出店するべき品を大量に卸したことで、褒められたと思ったらしい。


「言っておきますが、褒めていませんわ」


 そんな二人に釘を刺す。またしてもムスッと不満顔になる二人であった。例によって同じ表情である。


(本当に仲が良いですわ)


 呆れながらも、フロランスはしみじみとそう思う。


「はぁ……今回のオークションは大荒れしそうですわ」

「ふーん、そうなんだー。ちなみにどんなのが出展されるの?」

「あら、興味ありますの? 聞いた話だと、出品されている中には【王種キング】のオークからのレアドロップ【狂戦士ベルセルク】セット一揃えもあると聞き……まし……た……」


 そう言い、はたと何かに気付くフロランス。


「そういえば、直近ではそれらがドロップする【オークディザード】が氾濫していましたわね」

「ギク」

「ドキ」


 フロランスの推理に、分かりやすくおたおたするナディとレオノール。何度か見た光景だ。


「オークションは概ね月に一回開催されればいい方なのです。レアなものはそうそう出回りませんから」

「ヒューピヒューピ(口笛)」

「スピーピヒュー(口笛)」

「それを鑑みるに、主に【オークディザード】でドロップするであろうその一揃えを出展できる人は限られていますわよね?」

「ふ……最近めっきり暑くなったわね。汗ばんじゃうわ。でもこれは人が健康に生活するには必要だと思うのよね」

「健康の基本は規則正しく生活すること。そうすれば暑さにも寒さにも負けない丈夫な身体を持てる。健康最高」

「出展したの、あなたちですわね?」

「ちょっと何言ってるか分からないわ」

「レオもまだ子供だから分からない。意味不明」

「相変わらず恍けるのが下手ですわ! そんなことをして、他の貴族やら王族に目を付けられたらどうするつもりですの!? いくらファルギエール家でも、擁護するのに限界がありますわ!」


 オークションへの出展は、原則として匿名で行われるのが常だ。だがそれはあくまで「原則として」であり、有力貴族が調べれば簡単にその情報は手に入る。よって、二人がしたことは非常に危険なことなのだ。

 これは先ほどのようにフロランスが介入していれば、ファルギエール家の者からの出展であると言い訳もできる。しかし、自分が介入する前に二人だけで出展してしまってはどうすることもできないのだ。


「ナディ、レオノール。これからは常に狙われていると思って行動して下さいまし。あれほどの品を出展できる冒険者を囲いたい貴族はたくさんいます。そしてそういった輩は冒険者を消耗品としか思っていません。より慎重に行動するするように。貴族の情報網は侮れませんのよ」


 フロランスの真剣な注意喚起に、ちょっと首を傾げるナディ。ついでにレオノールも首を傾げている。


「ん~、何が言いたいのかいまいち分からないけど……もしかしてオークションに出展したのが私たちだとバレないようにすればいいんだよね」

「そうしてほしかったのですが……出展した後では難しいですわ。出展者の情報は品物と一緒に封印されていますもの」

「そうなんだ。じゃあ、大丈夫だよ」


 気楽にそう言うナディに、フロランスは特大のため息を吐く。やはり貴族の怖さや執着をまだ分かっていないようだ。


「いいえ、大丈夫じゃありませんわ。いいですかナディ――」

「出展者の名前、フロウにしといたから」

「――は?」

「アルノーも『いいんじゃないか』って言ってくれたよ。あ、アルノーってのはここのギルマスの愛称ね。『アルノルトArnold』だから『アルノーArno』いやぁ、ガチムチで強面なのに物腰が柔らかくて親切だよねー」


 気楽にそう言うナディの言葉を、フロランスはゆっくりと反芻する。

 そして天を仰ぎ見てから短く息を吐き、口元ににっこりと笑みを浮かべた。ナディとレオノールも釣られてにっこり笑う。

 だが次の瞬間、フロランスの口元が引き攣り柳眉が吊り上がった。


「なんてことをしてくれましたの!? いえ、対処法として間違えてませんが! それでも、どうして一言もなしにやらかしますの!? そして口調が地味に似ているのがなんかイラッといしますわ!!」

「大人しくしてろって言ったの、フロウじゃない。だから私たちが話題にならないようにしたんだけど。それになんで口調を似せるとイラッてするのよ。すごく心外だわ」

「言いました! 確かに言いましたわ『大人しくしていろ』って! ですが、隠れ蓑に家名を出して転嫁しろという意味ではありませんわ!! 先ほども言いましたが、どうして連絡をくれませんでしたの!? ギルド経由で連絡をして欲しかったですわ!」

「えー……連絡っていっても、そもそも連絡方法を教わってないんだけど」


 言われて、はたと気付くフロランス。ギルドを経由して特定の貴族へ連絡をするという方法は、自分にとっては常識だ。

 しかし、それに該当しないばかりか貧民出身であるナディに理解しろというのは、いささか酷というもの。


「そうでしたわ。済みませんナディ。どうやらわたくしも自分の常識に囚われていたようです」

「ううん。こっちこそごめんねフロウ。パートとはいえ私もギルド職員なんだか、そういう方法もあるって知っておくべきだったわ。まぁ、ギルドのパート職員といっても、毎日シルヴィの書類処理しかしていなかったけどね」

「ええぇ……パート職員なのに書類処理ですか……」


 いったい、何をさせていたのだろう。辺境都市のガチムチギルマスを思い起こし、こめかみに指を当てて首を振るフロランス。


 ファルギエール侯爵邸へと向かう馬車内で、謎の疲労感を覚えるフロランスであった。

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五回目の人生、転生したら死にそうな孤児でした 佐々木 鴻 @spr

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