ちゅーがくせいのインフルエンサーと真実 ⑤

 地面が大きく揺れる。きっと、中に入っていったあのバカがそれなりに本気出した結果なのは明らかだ。こんなのは退魔師でなくとも分かる。


「うわっ……っとと」


「おお、これが噂の結界効果というやつか……」


 本来であれば普通の人間である警察官は武装していても入ることはできないが、秋吉探偵事務所所長である藤宮美月が怪異庁に働きかけてくれたことにより、京極は部下数名を武装させ国会議事堂前に待機していた。


「あ、あの、京極さん……これは突入した方がよろしいんですかね……」


 武装した警察官の一人が恐る恐るといった様子で訪ねてくる。


「ん? ああ……必要ねえだろ」


 ふーっ、と煙草の煙を吐き、ポケットから携帯灰皿を取り出し、火を消す。


 外とはいえ現場指揮官が煙草を吸うのはどうかと思うが、この老刑事の能力を知っている人間としては従わざるを得ない。むしろ、普通よりも視えているらしいからこそ本来であれば介入することができない事件に関わることができるのだ。


(怪異事件なんて俺らには無縁だし、経験値を積むということで)


 しかし、視えない側である彼は地面が大きく揺れたが、地面が陥没することもなければ自分たちも転んだりしない今の状況こそ怪異のように思えた。


 だが、後ろに控えている老刑事はそれに動じるどころか内部で何が起きているかまで把握しているらしい。


(まあ、それよりも総理が無事かどうかが気になるな)


 などと彼が思っていると——


「……え? そ、総理をあんな軽々と……じゃなくて、動くな!」


 サングラスをかけた女性が俵を担ぐような感覚で片腕で雉名総理を抱えて出てきた。この事件を起こしたのは金城大悟だが、もしかしたら何らかの関係があるのかもしれないと思った彼は銃を向ける。


 が、しかし。


「おやおや。キミは中々に仕事熱心だね」


「……っ!」


 銃口を向けられても動じることなく、ゆるりとした動きで彼の目の前まで歩いてくる彼女に逆に動じてしまう有様だ。


「はい。雉名総理は無事だよ。あ、もしかして、キミたちの後ろにいるのが京極くんかな?」


「え? あ、はい……」


「そっかそっか。あ、キミたちは雉名総理をまず病院に連れていって、事情聴取は彼の様態が安定してからするといいよ」


「は、はあ……」


「で、その辺にいるんだろう。退魔師」


「あ、わかりました~? どもども~、一樹っちからおねーさんのことはそれとなく聞いてたんだけど、美人っすね~」


 怪異庁の制服を着た青年がどこからともなく姿を現す。髪型も口調からも軽薄さを隠すことなく近づいてくる青年に美月は指示を出す。


「気配隠しができるぐらいだし、結界から出る順路も覚えてるんだろう」


「そりゃもう。複雑ですけど、同伴する女の子迎えに行く時とかアフターで送る時にドライビングテクニックは散々磨いてきたんでマジ余裕~」


「なるほど。じゃあ、警察官たちを近くの病院まで案内してほしいんだけど、いいかな?」


「オッケー! じゃあ、警察官のみなさーん、俺の車の後を追ってきてくださいね~」


 今の状況に頭が追い付かない。


 しかし、総理の身の安全を確保するのは重要だと思った警察官たちは彼女の言葉に従い、退魔師と名乗る軽薄な男が運転する車の後を追う形でこの場から離脱するのであった。




「あ、そうだ。京極くん」


「何ですか?」


 元部下である秋吉から話は聞いていたが、姿を見るのも言葉を交わすのも初めてだという彼女から『くん』付けで呼ばれているにも関わらず、何故かそれを自然に受け入れている自分がいる。


「一樹たちは恐らく苦戦するよ」


「は……? え? さっきの揺れは……」


「一樹は自らの内にある雷神の力を解き放ったが、全てではない」


「というと?」


「全てを解き放つという事は死ぬことと同義だ。彼の肉体はああなってから長い間封じられていた。そして、一年前にようやく封印が解け―—本来であれば封じられている間に朽ちるはずだった肉体をフル稼働してるんだ。それどころか雷神が暴走する危険性だってある」


「じゃあ、あいつは……」


 こんな戦いで命を喪ってしまうというのか。


「だから、京極くん。キミには残酷すぎるかもしれないんだが——もしもの時は」


 パチンと指を鳴らす。彼女が響かせた音と共に現れるは、生ける伝説。


「彼と一緒に突入してもらいたいんだ」


 刀を携えた鋭い瞳の老人。


 名乗らなくても分かる。


 この老人こそが怪異庁を創った伝説の退魔師。


(まだご存命だったとは——)


「若造。そう硬くなるんじゃねえ。俺はもう引退した身だ」


「……じゃあ、何故……」


「こいつに言われたから来ただけだ」


 藤宮美月。彼女は一体何者なのか。


「んじゃ、道長。あとは任せた」


「おう。やりすぎんなよ」


 ハイタッチを交わし、軽快な足取りでその場を去っていく美月なのであった。

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佐倉一樹は笑わない。 まおんじゅ @maonzyu

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