柿の葉寿司

文重

柿の葉寿司

 親父の奈良土産はいつも決まって柿の葉寿司だった。子供の俺は甘い物を期待しているのだが、出張で親父が菓子を買って帰ってくることはなかった。

 帰宅した晩は必ず柿の葉寿司をあてに飲んでほろ酔い加減になる。新幹線で飲んでくればよさそうなものだが、なぜかいつも家に帰り着くまで一滴も入れることはなかった。

 お袋は晩ご飯の用意をしなくて助かると言っていたが、結局おかずは用意するのだから、柿の葉寿司のおかげで家事が楽になるとも思えなかった。そして俺は味見程度に1個だけ渋々食べるのが常だった。


 俺が晩酌の相手になる前に、父はあっけなく鬼籍に入ってしまった。


 社会人になって初めての出張先は、偶然にも奈良だった。奈良駅で土産を買う段になって初めて、そこここに「柿の葉寿司」ののぼりが立っているのに気づいた。


「この味だったんだな」

 柿の葉寿司を片手に親父と酌み交わす姿が見えていたのだろう。お袋の目に光るものがちらりと見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

柿の葉寿司 文重 @fumie0107

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ