竜の失敗!神の子の遊び終了!
「カノール様。お見事でした。」
魔物を狩り終えたミハエルが駆け寄ってきた。
「えぇありがとう。でもおかしいわ。この程度の魔物にムサシが抜かれるとは思えない。」
「それについては私も疑問を感じていました。」
二人の疑問に答える者がいた。
「そいつは我が殺した。」
仮面の人間が歩いてくる。それが近づくたびに体感温度が上昇する。いや、事実暑くなっている。
「止まれ!貴様何者だ!」
ミハエルが槍を向ける。
「我が名はアグニ。その先に用がある。どけ。」
「どくわけがないだろう!」
声を張り上げるミハエルをカノールがたしなめる。
「ミハエル落ち着いて。この先に何の用があると?」
カノールの問いに対してアグニは考えるそぶりをみせる。いや、実際考えていた。シオンから与えられた勝利条件は王城の敷地に入ること。勝利条件を敵に知られてはいけないというルールはない。
「ふむ。貴様名前は?」
ミハエルがムッとした表情を浮かべるがカノールは冷静に答える。
「私は王国騎士団団長カノール・テラマーチスよ。」
「では、カノールよ。先ほどの問いに答えよう。私の目的は王城の敷地に入ることだ。」
カノールが想像した答えではなかった。
「王城の人間を殺すことではないの?」
「なぜ我が殺すのだ?」
どうも話が合わない。目的は王族ではないのか。
「理解できていないようだな…。今回の襲撃は言わば娯楽なのだ。」
「なっ!」
「まあ落ち着け。」
「ミハエル。話を聞きなさい。」
顔に不服と書いてあるが、カノールの命には逆らわない。
「我が主人はまだ幼いのだが、楽しいことが好きでな。この都市を使って遊びを考えたわけだ。その遊びの勝利条件が王城の敷地に入ること。だから、この先に用がある。」
とんでもない話だが、それが本当なら王城の敷地に入れるだけでこの戦いは終わる。
「ではあなたが王城の敷地を踏みさえすれば何もせずに帰るの?」
「そういうことになる。」
カノールは考える。この仮面の相手は自分の全力をもってしても敵うかわからない。つまり、戦うという選択肢は取りたくない。それならば…。
「わかったわ。あなたを王城に連れて行くわ。そして、あなたの目的は達成。それでいいわね?」
「あぁかまわん。」
だがミハエルがさすがに待ったをかけた。
「本気ですか?!」
「えぇ本気よ。何もせずに帰ってくれるのならそれに越したことはないわ。」
そこまでの相手かと考えを改める。
「カノール様がそういうのであれば我々は従うのみです。」
騎士団はカノールと同様に武器をおさめた。
「話はまとまったか?では案内してくれ。」
「案内と言ってもこのまま真っ直ぐだけどね。」
アグニは騎士団と共に王城に向かい歩いた。だがアグニは忘れていた。これはあくまでシオンの娯楽だと。シオンが楽しめるようにことを運んでいかないといけないのだ。
騎士団に連れられて王城に行き、勝利条件を満たすのと騎士団を倒してから王城へ行くの。どちらが見ていて楽しいかは言うまでもない。さらにはこの襲撃においての全権はミカとエルにあるのだ。つまり、アグニはこの場合判断を二人に仰ぐべきだった。
「この門を入れば王城の敷地。あなたの目的は達成ね。門をあけて!」
カノールの言葉に答えるように門が開いていく。完全に開ききろうとしたときだった。物凄い重圧が体に襲い掛かった。膝に手を置かないと耐えられない。耐えきれずに地面に倒れるものまでいた。重圧とほぼ同時に仮面をつけた女が声を張り上げ現れた。
「アグニ!貴様これはどういうことだ。なぜそいつらと戦わなかった?」
騎士団のほとんどは重圧となる覇気に耐えきれず気を失っていた。立っていられたのはアグニ、カノール、ミハエルだ。
「…このゲームの勝利条件は王城の敷地に入ることなので、戦闘をする必要はないかと愚考しました。」
そう言った瞬間仮面の女から強大な魔力があふれ出す。
「お前は前提を勘違いしている。第一の目的は勝つことではなくご主人様を楽しませることだ。そこの騎士団とお前が対峙したとき、ご主人様はとても楽しそうにしておられた。」
アグニもようやく自分の行動が趣旨とずれていたことに気づく。今までの竜生でも流したことのない汗が滝のように流れた。
「申し訳ありません!」
女はそんな謝罪をかけらも聞いていなかった。
「だが、お前が戦わなかったときのご主人様の表情…。アグニ。私はお前を殺したい。しかし、ご主人様はそうは望んでいない。だから、お前を少し教育しなおすことにした。」
「ミカ様!お許しください!」
「私への謝罪に塵ほどの意味もない。(スキル・粉砕)。反省しろ。」
ミカの右拳が白銀に輝く。頭を下げるアグニの所まで歩いた。そして、頭を上から殴った。
ドゴーンと衝撃が空気を伝って周囲に広がり煙が舞う。煙が晴れた時そこには何もなかった。
「ミカ。そのくらいにしてあげて。」
いつからいたのだろうか。門も内側から声がした。そこにはアグニと呼ばれた者を含めた三人がいた。
「ご主人様…。かしこまりました。」
先ほどの怒りが嘘のように散布しきえてなくなった。カノール達騎士団は思い出したように呼吸をした。
「…あなた達は一体何者ですか?」
「何者と言われてもなぁ。ただの観光客かな。」
ご主人様と呼ばれた少年が代表して答えた。
「それよりも!お姉さん名前は?」
シオンの興味はカノールへと向かっていた。
「私の名はカノール・テラマーチスよ。」
カノールは素直に答えた。ここで敵対的な反応は得策でないと考えたからだ。
「暴風魔法を見せてほしいな!」
唐突だった。なぜ自分の希少魔法を知っているのか。少年は何者なのか。多くの疑問が渦巻く中、エルとミカがシオンを抱え飛んできた魔法から守った。
「びっくりしたぁ。まさか攻撃が来るなんて!」
「殺しますか?」
「殺す?」
シオンが簡潔に答えた。
「誰の差し金か聞いてからね?」
「もちろんです。」
「当り前よ。」
その瞬間二人は消え、10秒もかからないうちに返ってきた。その近くには数個の肉塊が転がっていた。
まずい。状況は最悪だ。おそらくどこかの公爵家の暗殺者だろう。カノールは考える。アグニでさえ、自分が戦って勝てるかどうかわからないのだ。ましてやミカと呼ばれる者に関しては問題外。自分では到底かなわない。だからこそ敵対はしたくない。
その時、カノールは先ほどとは違う殺気を感じた。それは、仮面の者達に向かっている。すぐに剣を抜く。シオン達を守るように殺気を向けた人物と対峙した。
「ラーナ!剣を引きなさい!」
「カノール!どうしてそいつらを守るのさ!」
剣をぶつけあいながら、ラーナを説き伏せる。
「この者たちへ手出しをしてはいけません。これは団長命令よ!」
そこに(花鳥風月)のメンバーが集まってきた。
「これはどういう状況だ。カノール。」
五芒星のニーチャが問いただす。
「この者たちと敵対してもいいことなんて1つもないわ。」
シオンは観察する。王都に来てそれなりに冒険者を見てきたがここにいる者達が最も強い。ニーチャ、ラーナとやらはおそらく騎士団。それ以外にカリーナの姿も見える。もう一人は誰だろう。こうした疑問を持つとエルとミカが解決してくれる。
「そこのあなた。冒険者?」
質問に答えようとしない。エルは気長なタイプだ。しかし、ミカはどちらかと言えば短気。
段々とミカから魔力があふれてくる。それをカノールが素早く察する。
「答えた方が賢明よ。」
カノールへの信頼は大きいのだろう。
「私は元冒険者だ。」
「ふーん。名前は?それと今は何をしているの?」
まるで面接の様に次々と質問がとぶ。
「カレン・アガーだ。副ギルド長をしている。」
「副ギルド長かぁ。強いの?」
仮面の子供。シオンからの質問だ。
「弱くはない。」
「ならカノールとどっちが強い?」
質問ばかりのこの状況に我慢できなかったのはラーナだった。
「カノールもカレンもどうしたのさ。そいつらやっつけて終わりにしちゃおうよ!」
そんな声も聞かずに、子供は再び問う。
「カノールはどう思う?カレンとどっちが強い?」
「私は…」
もはや敵対するつもりもないカノールは答えようとした。その時しびれをきらしたラーナがシオンに敵意を向けた。
「小娘。あなたは今ご主人様に敵意を向けたわね?」
動いたのはミカではなくエルだった。基本気長なエルだがシオンのことになると沸点が低くなる。いつの間にかラーナの首を片手で掴み細い腕で持ち上げていた。魔力の嵐。体内から邪悪な魔力があふれ出す。
「な、何が。ご、ごめんなさい。助けて…。」
魔力の圧力に耐えきれないラーナは自分の間違いを理解した。そしてカノールが敵対しない理由も。先ほどのミカの重圧を、身をもって感じていない者達は同じような状態になる。しかし、さすがSランク。気を失うものはいなかった。
「お願いします。ラーナを許してください。」
ノールの判断は早い。シオンが主人であることは会話から理解していたため、エルではなくシオンに対して許しを請う。
「んー。いいよ。エル!離してあげて。でも次はないよ。俺が許しても二人が一瞬で殺しちゃうから。」
エルは指示通りにする。ドサッと地面にラーナは倒れこみ咳をしながらも息を吸う。
花鳥風月のメンバーは目を疑った。いつラーナの所まで来たかも見えなかった。実力に開きがありすぎる。あのカノールが敵を前にして戦う意思がない理由が分かった。
敵が本気を出せば王都くらい簡単に破壊できる。敵意をうけ国が崩壊する最悪の未来をカレン、カリーナ、ニーチャは想像する。そこに最悪の一言。
「でも…なんか今つまんない。俺が王城に入ったことで勝ったけど。今回のゲームは失敗かな。相手が弱すぎるんだ。せめてアグニと戦えるくらいの奴がいないと面白くないよ。」
つまらないというシオンの発言に一番に反応したのはミカとエルだった。
「申し訳ありませんでした!」
「ごめんなさい…。」
二人はかなり落ち込んでいた。
「いいんだよ。二人はよくやったよ。そもそもこの駒でっていうのに無理があったんだ。」
二人はよくやった。そこにアグニは入っていない。
「アグニはもっと頑張らないとね。」
「はいっ。申し訳ありませんでした!!」
ここにいる者達は声を発することができない。あまりに衝撃的なことが多いためだ。
シオン自身も気づいていない。神と人間は決定的にずれている。
それいけ神の子異世界へ~好き勝手やりすぎて周りは皆大迷惑~ 富士ゆう @marble17
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