ポッキーを屋上で

芽福

ポッキーを屋上で

※この物語はフィクションであり、登場する団体名、会社名、商品名は実在するものと一切関係なかったりあったりします。ご了承下さい。


「ポッキーのつぶつぶ苺に勝る至宝はこの世に無い。そう思って生きてきた」

夕日を望む高校の屋上。所々ひび割れた古いコンクリートの床の上に刺さった落下防止の金属の柵、それとアンテナなんかの諸々以外には特に何もないそこで私は柵に手をかけ、校庭を走る運動部を眺めながら、新発売のポッキーを食べている。

「だがこの、甘さ控えめなカカオ60%も悪くない。年齢と共に『大人の味』を求めるようになった私の今にぴったりだ」

毎日校庭を走る運動部とは違って、美術部の幽霊部員である私の放課後は気楽なものだ。繋がりの強い友達も居ないのをいいことに、こうして学校の屋上に居座っては毎日お菓子を食べている。話し相手もいないのでひたすら独り言を吐くが、この適当レビューも誰かに聞かれていると言うわけでもあるまい。何の意味もない、まるで建設的でない。他人と交わることが苦手な私が見いだした、消極的な逃げ道に過ぎない時間なのだから。

「ふーん。僕は極細こそが至高だと思うがね」

おい聞かれてるじゃねーか!

「お、お前何者だ。どこから聞いてた、この不審者ロン毛野郎!」

そこにはポッキー極細を斜め下45度に構える、前髪で右目が隠れた茶髪の男が、屋上入り口の開け放されたドアに寄りかかっていた。足はモデルっぽくクロスされており、正直全く様になっていない。男はポッキーを持つ右手とは反対の手で前髪をファサリと払い、無駄にカッコつけたクソダサポーズをキープしたまま記憶を語る。

「そうだね、『昨日はパイの実を食べた。だが今日はポッキー...ベースは同じ小麦粉とチョコレートでありながら、その表情はまるで違う。どれ、一口いただきますか』ってところから」

「最初からじゃん!ってか恥ずかしすぎるんですけど。名を名乗れ、名を!この不審者ロン毛男ォ!」

「名乗るほどの者でもないが、よかろう。我が名は...砂糖彰人」

さとう、あきひと。...

「普通かぁ!!」

私が距離があいているのを良いことに唾をガン飛ばしでそう叫ぶと、彼は若干引いてポーズを崩し、苦笑いしながら、

「悪いのか?」

と、そう言った。

「お前は、フォカヌポーン三世みたいな見た目してるわりに名前は普通か!」

「なんだ、フォカヌポーン三世って。それに僕は所謂、名字ランキング一位の方の佐藤ではない。シュガーの砂糖だ。ちなみに下の名前のほうは表彰の彰に、ヒューマンの人ね。少しの間よろしく、猫野彩夏さん」

砂糖、か。確かに珍しい名前だが、今本題にしたいことはそっちではない。

「何故私のことをつけていた?あと何で私の名前を知ってる」

「ああ、それはね、彩夏」

うわ、呼び捨てキショ。

「僕がお菓子の妖精だからさ★」

スケーターのようにその場で回転した砂糖はふらりとよろけ、その後、右手を前髪に当て、左手をまっすぐ後ろに伸ばし、ムーンウォーク的な謎ポーズを決める。驚くほどにそのポーズは、ダサい。

「そんな小説の導入みたいな話信じると思うか?現役のJK嘗めんなよ」

ため息混じりにそんな返答をした。奴は唯一の入り口に居座っており、中々動いてくれない。どうにか、こいつを退かして帰宅せねば。

「本当のことなんだから仕方ないだろう。いいかい?君は四日前、割引のワゴンに入っていたお菓子を買ってくれたね」

「いや、そう...だ。期間限定品の残りの奴だね。って何で知ってるんだ!通報だな」

私がスマホの電源を入れるためにボタンを長押ししたのを見て、砂糖は露骨に慌て始める。

「ままっ、待ってくれ!今通報したら、君は実在しない人間を通報した変人になってしまう!なぜなら僕は妖精だから!通報は君にとって損になる。せめて、話を最後まで聞いてからにしてくれないか」

「証拠を見せろ。私は十分過ぎるほど待った、お前は今日逮捕され明日から退学だ」

「退学はしない。何故なら妖精だから」

そう笑った彼のからだは、なんと、半透明になっていた。私は思わずスマホを落としそうになり、彼に駆け寄ってみる。

「触ってみて、いい?」

「もちろん。どうぞ」

すぅっ、と透ける。まるで、魔法みたいに。私はごしごし目を擦り、自分のほっぺたを叩いて自らが正気であることを確かめた。

「ほんとに妖精なんだ...」

「だから、何度も言っただろう?僕はね、君に感謝を伝えに来たんだよ。ポッキーの季節限定品である、ホワイトチョコたくあん味を買ってくれた君にね」

「ああ。あの、『あまじょっぱい、恋をしよう』って書いてあったヤツね。まさか、ポッキーからそういうちょっとチャレンジングな商品が出るとは思ってなかったけど」

「そう。それなんだ。僕は産まれてから短い間にワゴンに入り、自信を失っていた。周りのどの商品よりフレッシュだった筈の僕は自信を失った今のまま、孤独にワゴンで生涯を終えるかと」

「で、そこにあらわれたのが私だったと。でも私、結構ボロクソ言ったよね」

「ええ。あまじょっぱいならわざわざたくあんにする必要ある?とか。味が不自然でヤバい、とか。結構言われました」

砂糖の体からあふれでる粒子。それは、フィクションで言うところの死を予感させる、ホタルみたいな輝き。

「...そうか。自信が無かったから、登場した時に極細を構えていたんだね」

「そう。うちひしがれた。最後に残った期待も全て打ち砕かれた。けどね」

ふわり。存在しないはずの肉体に、手を握られた感触がする。

「僕の中で何かが吹っ切れた気がした。はっきりと言って欲しいことを言ってもらえて、もうこの世に未練はない。ありがとう」

「ちょっと。しんみりした顔しないでよ。まるで...私が悪いみたい」

「そんな事はない。僕は今度こそ美味しいお菓子になって、来世は君の前にあらわれるさ」

「来世ってどのくらい?」

「わからない。君たち人間と同じように、僕にも前世の記憶なんて無いからね。さよなら、僕はこれで」

「待って。私はまだまだ聞きたいことが!」

しゅあっ。開封したての炭酸みたいに、その体が泡になって弾けて消える。さっきまでのうるささが嘘みたいに、また運動部が練習する音が空間を包み込んだ。

「何だったのかな、今の」

感動で涙、とか、そんな暇が無いくらいには意味不明な時間だったけど、私はどこか、心に暖かい火のようなものが灯ったのを感じていた。

「お菓子にありがとうって言われて喜ぶなんて、バカみたい」

ポキ。さっき食べていたカカオ60%のやつを、再び食べ始める。

「うん。美味しい」

その味は、いつも食べているものよりも一段とおいしく感じたのだった。沈みかけの夕日に向かってカラスが飛んでいき、チャイムが鳴る。

「さ、誰かに見つかる前にかーえろっと」

私は、開け放されたままの屋上の扉に向かって走り出す。え?開け放されたまま?

「うぎゃー!いつもは入念に閉めてるのに何で開いてるの!」

まさかこれ、妖精の仕業?

「あはは。まさか。まさか...ね」

私は扉を閉め、屋上につながる階段を降りる。踊場の手前でもう一度振り替えって扉を確認すると...そこで、変なポーズをしたお菓子の妖精が笑っている。ような気がした。

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