第48話 これからも僕は最強です
卒業式の後は生徒達はそれぞれの決まったメンバーで集まり、話をしたり最後の食事会に出かけたり、思い思いの時間を過ごしていく。
職員は後片付けやら、また新しく入る新一年生の準備やらで何かと忙しいらしく、ジャンとは会えないまま、レオはルラ魔法学校を出て(どうしたものか)と考える。
(クラヴァスくんを、探す……のも変だし。かと言って勤務じゃない自分が校内をウロウロしているのも変だし、腰も痛いし……)
落ち着かない。なんだ、このソワソワ……年甲斐もなく、特定の人を待つ、この気分は。
とてつもなく、息が詰まる……。
(ヤバい……逃げたい……かも……)
「――レオさっ――!」
「ひゃあっ!」
待っていた声。それが聞こえた途端、自分は左手をグッと握りしめていた。
するととんでもないことが起きた。
自分がその場から……。
「えっ?」
気づいたら、立っていたのは学校の前ではない。知らない場所……ではない、ここは街中にある見慣れた公園だ。多く人々が行き交う中にポツンと立っている。
ここは以前、クラヴァスと夜のデートをする時に待ち合わせをした場所だ。
「な、なんで?」
何が、どうした。慌てるしかない。
だがこうなったのは“あの人”の声がして、たまらなく緊張して逃げたくなって左手を握りしめた時だ。
(なんか……変になったのか、僕は?)
動悸がしてきた。もう一度やってみるか、と手を見つめていると。
「ちょっと、レオさん!」
再び彼の声。とっさに左手を握ると再び場所は変わり、今度はいつかクラヴァスがヤキモチで燃やした森の中……元に戻したからすっかり緑に包まれているけれど。
(これ、転送の、魔法?)
多分、そんな感じだと思うが……転送の魔法は本来は行きたい場所に行けるはずだ、こんなランダムで――。
「レオさんってば! いい加減に――」
「わぁっ!」
なんだかわけのわからない展開だが、声の主を待っていたのに自分は逃げてしまう。だって彼に決めた答えを告げたら、自分はもう後に引けないのだ。そう思うと怖気づく、それくらいに自分には縁のなかった答えだから。
もう一度手を握ると今度は浮遊感があった。
パッと視界に映ったのは街を見下ろせる場所、風が流れる空の上。いつかクラヴァスと共に飛び上がった場所よりも低い位置だが、見晴らしは良い。
どうやらこの意味不明な左手は自分が彼と訪れた場所に連れて行ってくれているようだ。ランダムに、気まぐれに……けど問題発生。
(ちょっと待って! ……僕、飛ぶことはできなっ――)
魔法が使えるわけではないから。空は飛べないから。足場もない高い位置にいれば落ちるしかない。自分は空にパッと現れ、ストンと落ちようとしていた。
あっ……と絶句してる間に、自分の近くに何かが現れる。何かはスッと手を伸ばし、自分の身体を抱きかかえてくれた――また横抱きだけど。
一瞬(バエルくん……?)と思ってしまった。だがバエルはもういないから、それはない。
今、自分をこうして助けてくれる人物、そしてさっきから何度も声をかけてきたのは。
「……レオさん、なんで逃げんのっ⁉」
そこにいるのはちょっと不機嫌そうな青い髪の少年――いや今は青年という年代か。
至近距離で、しかもこの態勢で。おじさんとしては情けないがドキドキしてしまう、もう開いた口が塞がらない状態だ。
(あわわ、クラヴァスくんっ……)
さっきまで遠目に見ていた彼はすぐそこに。彼に答えを言うのだと決めてきたのに、いざとなると混乱する。答えを言うことによって、結末はわかっている、クラヴァスだってずっとそれを待ってくれていたんだから。
でもそんな結末を本当に自分が味わっていいのか……未だに迷いはある。だから逃げてしまった。
「……レオさん、また俺にヤキモチ焼かせたいわけ? 今なら俺、世界中燃やせる自信あるし、レオさんがそうしたいなら躊躇なくやるけど?」
……ヤバい、自分の返事によっては世界が終わる。それはダメだ。
「ご、ごめん、クラヴァスくん……」
しかしなぜ自分は転送魔法のように瞬間移動を繰り返したのだろう。その答えはすぐ導き出された。
「……レオさん、左手からさ、バエルの魔力の気配がすんだけど。あいつの仕業だな、最後にイタズラしかけやがったんだ」
「えぇ? そう、なの?」
左手はなんの変哲もないが、魔法使いには魔力の気配というものがわかるらしい。前にもそんなことがあった。
ではこの手にはあの時からずっとバエルの魔力が残っていたのか。
「……ふふ、全く」
笑ってしまう。最後まで子供のような悪魔だった。でもこの魔力も、使ってしまったから、もうまもなく消えるだろう。
(……左手……そういえば)
とあることを思い出し、レオはちょうど見えているクラヴァスの左手首に手を伸ばす。そこには白い鎖の紋様が描かれている。
「……バエルくんに聞いたよ、この白い鎖の意味……君ってとんでもないこと、するよね」
自分の答えによってはクラヴァスから魔力を奪うまじないだ。半分脅しのような……。
「でも、これで俺がどれだけレオさんのことが好きか、わかるだろ? 俺、ずっと待ってた。自分を鍛えて、ちゃんと大人になった……アンタからしたらまだまだ子供だろうけどさ、いいだろ、これぐらいでさ……」
これ以上はもう待ちたくない、と伝わってくる言い方だ。実際、これ以上待たせると白い鎖によって彼の魔力は消える。
その代わり、彼の希望が叶えば。彼は幸せを手に入れられる……らしい。
(僕といて、幸せなんて……恐れ多すぎるんだよね……)
こんな超すごいイケメン魔法使いが。
こんなおじさんを。
……答えを言わなければ。
「クラヴァスくん……あの、君にお願いがあるんだ」
風が吹いているのに身体がすごく汗ばむくらいに熱い、緊張している。
クラヴァスが青い瞳を期待に細めて「何?」と優しげな声を出す。
期待なんて……君の望む答えに、なるかな……?
「君の魔法なら、僕のこの魔力を消す体質を、封じ込めることができるんじゃないかと思って……できるかな?」
「なんで? だってそれはレオさんしかない、すごい能力なんだよ」
なんでも綺麗にできる力。清掃員の自分らしい力。でもそれは邪魔なのだ。
「……こ、これがあると君に気軽に触れることができないから……魔力を失うのは、多分……いやきっと疲れちゃうから……なら、君と一緒にいられるように、手を握られるように、したいかな」
そんな言い回しで伝わるだろうか。
はっきり、言わないと、かな……。
顔が熱い、目の前の視線が痛い。
「僕も、好きだから……本当に、こんなおじさんでいいのかなって、思――」
言いかけた言葉は遮られる。
クラヴァスから何度されたかわからないキスによって。
そして彼の左手首に宿っていた鎖がパァンとはじけ飛ぶ。光の破片がキラキラ輝きながら舞い、新たに自分の手首に白い鎖が宿ったのが見えた。
それは清掃員としては落ち度かもしれない、綺麗にする能力を封じ込めるもの……でもこれは力を封じ込めるだけだから問題はないだろう。
自分はこれからも清掃員としてモップを片手に綺麗にし続ける。壁や床、時には人の心も綺麗にできたらな……なんて。
「……レオさん、大好きっ!」
素直で真っ白な心を持つ魔法使いの彼と共に。
(完結済)モップは魔法よりも悪魔よりも強し! 神美 @move0622127
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