魔力を消すのを消して、君と

第47話 腰が痛いのです

「いだだだっ! ジャン! ジャン! もっとゆっくり歩いてほしいっ! こ、腰、がっ!」


 黒いスーツで正装したジャンが、同じくスーツで正装した自分の肩を支え、急ぎ足でルラ魔法学校へ向かう。こんな時、普段はなんでもない学校への坂道を恨みたくなる。誰か魔法でこの痛みか坂道を消し去ってほしいっ。


「こんな時に、なんでギックリ腰なんかやってんだよ! 出勤してもお前いねぇし、急いでお前んち行ってみたらギックリ腰で動けなくなってるし! 今日、卒業式だぞっ!」


 そう、今日はジャンが新一年生の頃から担当していた子供達の卒業式だ。卒業生は地方で魔法使いとして働いたり、城の魔法幹部に就職したり。または魔法とは全然縁遠い農業や工場の仕事を選んだり。それぞれのやりたいことを目指して旅立つ日なのだ。

 こういう日、清掃員の仕事は休みだ。卒業式後の清掃は別日で行うことになっている。普通の清掃員なら普通に休みなのだが……自分は行かなければならない。


「いだだだ、痛い痛いっ。ジャン、なんで回復魔法使えないのっ」


「文句言うな! 回復系って一部のヤツしか使えねぇんだよっ、わかってんだろ」


「て、転送も使えれば良かったのにっ」


「うっさい! 俺は攻撃系専門だっ」


 にぎやかに男二人が坂を登っていく。ギックリ腰をやった原因だが……重い箱を持ち上げ方が悪かった。だって今年でもう三十五歳だしね……なさけない。


「あいつ、お前が卒業を見届けてくれるのをめちゃめちゃ期待してんだよ。だから“あの時”から今日の“この日”まで、あいつは超優等生だったんだぞ、あの性悪がだぞ? マジ信じらんねぇよ。んなわけで担任としてはお前を連れて行かないわけにはいかん。たとえ骨折していても連れて行くからな」


 それは知っている。あのバエルを祓った日からクラヴァスは変わった。誰からも頼りにされる優等生に変わり、卒業して己が大人として立派になるために、全てを頑張ってきたのだ。


「……んで、お前の答えも、もう決まってんだよな? 今更『無理っ!』とか言わねぇだろうな?」


「そ、そりゃ、ね……」


「んじゃ問題なし! 急ぐぞっ! 卒業式、特別寮のホールだし! 遠いしっ! くそっ、転送覚えときゃよかった!」


 悪態やら悲鳴やらをわめく友人の隣で、自分は答えを示す時のことを思い、緊張していた。

 あれ以来、彼とはたまに出かけたり手を握ったりはしたものの、それ以上の触れ合いはなかった。

 触れると彼の魔力を消してしまうのも気がかりだったが、多分彼も我慢していたのだ。その時が来るまで、を。

 そしてその時は今日、訪れたのだ。


 ジャンに抱えられたまま、這々の体で特別寮にたどり着くと、式はまだ開始していなかった。

 ジャンは「また後でな!」と忙しく去って行く。彼は卒業生の担任だ、自分にかまけている場合ではないのに……申し訳ない。


(ありがとう、ジャン)


 教員ではないので自分は来賓席に案内された。特別寮の中はライトに照らされ、壇上がまぶしく卒業生が来るのを待っている。教員と来賓は左右の壁際に、在校生は真ん中の通路は空けて左右に分かれ、厳かな雰囲気の中で待っている。

 程なくして室内に『卒業生が入場します』というアナウンスが響く。そして再度静まり返る室内。明かりが少しだけ照度を落とした中、ゆっくりなクラシック調の曲がかかる、


(クラヴァスくん……)


 いよいよだ。しっかりアイロンもかけた制服に身を包んだ生徒が一人ずつ、入り口に立ち、深々と礼をして真ん中の通路を歩き、壇上へ続く数歩の階段を上がる。一人、また一人。生徒が壇上に設置されたイスの前に整列していく。


(あ……)


 生徒を贔屓目しているわけではないが、やはり一番目を引いてしまう。

 クラヴァス……新一年生の時から三年の時が流れた彼はすっかり大人になった。背もさらに伸び、身体つきもたくましくなり、さらに素敵になった。

 頭を下げ、真剣な面持ちで真っ直ぐ進んで行く。長い足で壇上に上がり、イスの前に立ってまた真っ直ぐ前を見ている。


(……かっこいいな、クラヴァスくん)


 こちらを見たりはしない。青い瞳は天井のライトを見て淡く輝く、宝石のようだ。


(君はもう、迷ってはいないんだよね……あの時から君は白い鎖を宿して決意している。だから今度は僕の番なんだ、よね……)


 ずっと悩んでいた、でも『悩むことでもないだろ』とジャンに言われた。

『バエルも応援してんだろ』とも。


 生徒が揃い、卒業式が執り行われる。

 新しい学長の挨拶、生徒達への言葉。

 在校生からの言葉、卒業生達への卒業を証明する証書の授与。


 全てが問題なく進んでいく中、ずっと自分はクラヴァスを見ていた。それだけで、もう答えは決まっているのだ。

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