第46話 答えを決めましょう
そこまで本気なのか、こんな自分に。これからもっと素敵な出会いがあるはずなのに。
彼はそれを捨ててまで。
「全く、うらやましいぜ……。オレが生身だったらアンタといたかったんだけどな〜って、つくづく思うわ」
「バエルくん……そんな、僕なんて――」
バエルの伸ばされた指がその先の言葉を言うなと、レオの唇をふさぐ。
「んなことない、もっと自信持てよ。お前はすごいヤツ、良いヤツ……素敵なヤツだよ。そして決めてやれ。お前がクラヴァスを想うなら」
クラヴァスのこと……ここまで来たら。
クラヴァスがそこまで本気なら。
……自分も。
「……バエルくん、ありがとう。色々本当に」
「おう……なぁ、レオ……最後にさ、ハグして」
子供のようなお願いの仕方だ。そういえば、出会った頃も『やだやだ』と駄々をこねていた気がする、悪魔なのに。
レオは両手を伸ばし、バエルを抱きしめる。悪魔だけどあたたかく、子供のような細身の身体だけど筋肉がしっかりしている。
バエルも両手を伸ばし、レオの身体に巻き付けている。
「クラヴァスに、よろしくな」
「……うん」
悪魔の身体は魔力の塊。
自分の特殊能力は魔力を消すこと。
バエルの身体が淡く光を放ち出す。
「ねぇ、バエルくん……悪魔は祓われたら、どこへ行くんだい? 天国とかあるの?」
「さぁ、祓われたことねぇし。それにオレ、たくさんの人間の命を奪ってきたからな。天国はねぇんじゃね、なにせ悪魔だし」
「でも悪魔バエルだけど、君の本当の名前はセンティなんでしょ。センティの頃は真面目な子だったんでしょ」
抱きしめているはずのバエルの身体に、だんだんと感触がなくなっていく。まるで溶ける泡を抱きしめているようだ、消えていく。
「そうなぁ……でもクラヴァスのようなヤツだったからなぁ……」
「ふふ、じゃあダメか……でも今の君はとても良い子だよ。大丈夫、おじさんが保証する」
バエルが抱きつく手に少し力を入れた。それでも消えかけている身体だから、力はほぼ入っていないに等しい。それでもまだいる、バエルはいる。あともう少しだけ。
「好きなヤツに子供扱いされんのは、ちょっとだけ複雑だ……まぁいいけど。アンタなら……アンタがいい、良かった、レオがいて――」
「……バエルく――」
「ありがと――」
感触が、消えていく。目を閉じて最後のぬくもりまで身体に染み込ませる。
バエルがここにいたこと、絶対に忘れない。
この手で悪魔を一人、祓えたこと……嬉しいことだけど、とても悲しい。
気づけば誰もいなくなっていた。ホールは静かで物音しない。今までいたイタズラっ子の悪魔は……どこかに隠れたりしていないかな。また逆さまになった状態で現れたり、クラヴァスとケルベロスで遊んでいたり……しないかな。
「これで、良かったんだよね……これで良いんだよね、バエルくん……」
君の願いだったから。
特別寮から外へ出ると一匹の犬が走り寄ってきた。正確には……頭が三つある悪魔の犬なんだけど。
「バエルは、祓ったんだな」
犬の飼い主のような存在が平然としているが、どこかさびしそうにため息をつく。
ケルベロスも友達がいなくなったかのように「くぅん」と三つの頭が同時に小さな鳴き声を上げている。それがちょっとかわいい。
「いいヤツだった」
「うん、そうだね」
「ヤツと一緒にいたかった?」
そんな質問に苦笑いしてしまう。確かめようとするクラヴァスも愛らしく感じる。
「大切には思ってるよ。でも彼が望んだことだ。さびしいけど、良いんだ、これで」
そして自分はもう一つのことを決める必要がある。けれど、まだ時間があるから今すぐどうこうするものではない。彼も“大きくなること”を望んでいるのだから。
「……ねぇ、クラヴァスくん。僕の魔力を消す力って、魔法使いからしたら厄介だよね。触れるだけで魔力消せるんだもんね」
今までも握手とかした生徒の魔力を、少しとはいえ消してしまって申し訳ない。クラヴァスにもたくさん触れてしまっている。
「あぁ、別に。俺は魔力多いし、大したことないよ。まさか消されてるとも思わなかったし。触れただけで魔力がなくなる魔法使いの方が問題じゃない? どんだけ弱いの」
「こらこら」
急に以前の毒舌クラヴァスが現れた。全くもう、と呆れと懐かしさ。でもそれは自分に対する気づかいだとわかる。
「……なんか気にしてるの、レオさん?」
「あ、ううん……」
気にする必要は、あるのか?
そんなことを考えていると、クラヴァスが左手を伸ばし、自分の手を握ってきた。
熱い手……手首にはあの白い鎖の紋様。
(これは僕の力では消せないんだね……いや、消せると言えば消せるのか)
答えを出せば消える。
答えを、出せば……。
「レオさん、行こうよ」
自分にだけ向けられる笑顔、それはとても素敵だ。イケメンスマイル、そして子供っぽさもあってかわいいけど“かわいい”はきっと、彼は望まないかな。
(答え……)
こうして触れているだけで、きっとクラヴァスの魔力は消えてしまっているのだ。
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