とても良い悪魔……ありがとう

第45話 願いと対価を全力で

 今日もルラ魔法学校の生徒達が授業を終え、明るい表情で下校していく。


「あ、レオさん! さようなら」


「レオさん、いつもありがとう! またね〜」


 敬語で話す子、親しんだおじさんを相手にするように軽いノリの子。生徒達も色々でいつも楽しい。新一年生の制服も入学して半年が経ち、まだまだ新品同様だが生徒によってはシワがある。

 それが良い味を出している、それが良いんだ。


 全教室の掃除を終え、一息をついてからレオは校舎から離れた場所にある、あの特別寮を訪れた。普段は入れない場所なのだが明日からまた特別講師が訪れるので綺麗にすることになっている。またジードが来るかどうかは、わからないけど。ジードでもその他の講師が来ても、彼らのためにピカピカにしておかなくては。


 鍵を開け、中に入ると。またこもった匂いがした。匂いはすぐに流れ、少し埃が舞う。


「よいしょっと」


 モップ絞り器を置いてから「さて、どこからやるか〜」と気合いを入れる。中は広いからやりがいはある。


「お〜い、レオ!」


「うわっ」


 誰もいなかったはずなのに。不意な声にモップを手離し、倒してしまった。


「あはは、最強の清掃員だけど不意打ちには弱いよな〜」


 黒鉄色の肌をした悪魔が黄色い目を細め、人をからかって愉快だと言わんばかりに笑う。


「全く……僕は最強でもなんでもないの、ただの清掃員」


「へへ、でもこの最強最悪の悪魔を祓えるのも、その清掃員さまだけなんだぞ? 光栄だろ?」


 バエルは、とても楽しそうで嬉しそうだ。

 そう……今日は約束の日。バエルと出会ってから半年後、なのだ。正確には今日の夜を迎えれば半年という計算になる。

 夜まで何もしなければ自分は悪魔との契約で命を落とす。本当かどうかはわからないけど、実験するわけにはいかないし、悪魔の言うことだからウソでもないだろう。


「……やらなきゃ、ダメなんだね」


 倒れたモップを拾い、モップの柄を握りしめる。なんだかんだで彼と一緒に過ごした日々はとても楽しくて、クラヴァスもバエルと話しているのは友人と一緒にいるようだった。


「……嫌だな、君がいなくなってしまうの」


 正直な気持ち。胸がつぶれそうだ。

 バエルはそんな言葉も嬉しそうに笑う。


「なんだ、オレと一緒になってくれるのか? レオがそう言ってくれるならずっと一緒にいてやるけど。でもそうするとクラヴァスがなぁ、またヤキモチ焼いて今度は世界を焼き尽くすぞ」


「……それも困るんだけどなぁ」


 クラヴァスなら本気でやりかねない。

 それにそれは、バエルが望む結果ではない。


「……いいよ、レオ。もうすぐ日も暮れちまう。オレを祓うのを忘れていつの間にか時間が過ぎてたぁ! ……ってなっても後の祭りだからな。今、二人だけの、ここでやってくれ。あ、せっかくだからそっちのホールへ行こうぜ。イベントみたいにさ」


 バエルに手を引かれ、広いホールへ。ここはいつしか、ジードに襲われてエライ目に遭った場所。クラヴァスとバエルが助けてくれたんだよなぁ、と思い出すと顔がほころぶ。


「……昔、オレがガキんちょで学生だった頃、やっぱりこういう場所で魔法陣の練習してさぁ、オレ、生き物の召喚もできたから、大量の虫発生させて、めたくそ怒られたなぁ」


「はは、バエルくんも、なかなかイタズラ好きだよね」


「でもなぁ、オレはそういうことしてもバカみたいに笑ってくれるヤツはいなかったからな。この前クラヴァスが同じようなイタズラ仕掛けてたんだけど、アイツはジャンに怒られ、でもクラスのヤツらは笑ってたな……なんかうらやましかった。アイツも変わったよな」


 それは確かにだ。この半年間の出来事はクラヴァスにとっても良い結果になった。学生を楽しんでいる。これから先もその調子で頑張ってほしい、と。自分は“他人事”のように思っている。

 他人事の裏では……クラヴァスといたいな、と思っているけれど。


「……あ、でもレオに一つ、伝えておこうか」


 バエルは手を繋いだまま、ニッと笑う。


「アイツの命も、アンタが握ってる。正しい答えを出してやらないとアイツも死んじまうぞ」


 ここにきて、驚愕の事実。でもバエルは笑っている。その事態は避けられるから大丈夫だと言いたげな笑みだ。


「レオ、アイツの手首に白い鎖みたいな模様、見たろ。あれはアイツ自身が自らかけた“まじない”なんだ。魔法使いは己の願いのために自らかけることがある」


 話を聞きながら、あの時のことを思い出す。

 確か、あの白い鎖のようなものはクラヴァスと夜のデートした時、彼が『誓いみたいなもんだ』と言って手首に浮かび上がったのだ。


「あれをかける時はな、それだけ強い願いがあるってことだ。叶えば未来永劫、ずっと幸せを手に入れられる。だが叶わなければ自分の賭けた対価を失うことになる」


「対価……? え、何それ、命、とか?」


 バエルは目を閉じ、首を横に振る。


「そこまではしねぇけど。魔法使いにとって差し出せるものは自分の魔力。多分クラヴァスは最大限の魔力をかけてると思う。失う対価はアイツの魔力全て。つまり魔力なしになる」


 言葉が出なくなる。魔力なし、そのつらさ。あの空を飛んだりする素晴らしい魔力がなくなる、そのむなしさ。魔力なしの未来に選択肢は多くない、幸せになれる確率は魔力のある者に比べたら限りなく低い。


「なんでそこまで……」


「わかってんだろ、アンタが好きだからだ」

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