第44話 綺麗に消す魔法
また大きく地が揺れた。このままではこの大陸が裂け、大変なことになるだろう。
「レオ……レオッ、オレ、信じてるからな」
歯を噛みしめたバエルは両翼を広げるとその場を離れ、宙に避難した。
「……バエルくん……?」
なぜバエルは悲しそうだったのか。
なぜクラヴァスが嬉しそうなのか。
自分は今、何をしているのか。
(僕は……そう、僕が望むのはクラヴァスくんと一緒にいること……そのために妨害してくる人がいなければいいのに、と望んだのも僕。でもそんなことはダメだと思っているのも僕だ)
このまま自分のしでかすことによって、これは誰かを傷つける。しかも多くの命をだ。これは正しいのか? これでいいのか?
(僕は結局は……望んだものは手に入れられない。本当は手に入れたい、僕を好きになってくれたクラヴァスくんと一緒にいたいよ……)
手をグッと握りしめる。そんなわがまま言っちゃいけない。だって自分は“大人”だ。
そして奥底にいる“自分自身”が、そんなことは望んでいない。
(僕が、それをすることによって誰かが傷つく。それが一番、嫌だ。僕は誰も傷つけたくない。自分が苦しいからって、誰かを苦しめたくはない……だから“これで”良いんだ)
深呼吸した、体内から何かが抜けていくような感じだ。すっきりしていく一方で力が抜けていくようだ。
(僕は力なんて、ない方がいいんだ)
地鳴りが止まっていく。揺れが静まり、風もやんでいく。
「レオさん……?」
「ごめんね、クラヴァスくん。僕はやっぱり、そんなことできないよ」
「……額の紋様が……」
クラヴァスのつぶやき、同時に力がはじけ飛んだように消える感覚。
それでわかるのは自分の額から、あの紋様が消え、身体に巻き付いていたムカデも消え、魔力が消えたということ。
全てが元に、戻った。
「な、なぜですか、レオさんっ!」
宙から疑問の声。うろたえたパナ学長のものだ。
「なぜ魔法の力を、消したんですか! というより、なぜ自力で紋様が消せるのですかっ?」
「レオだからだな」
飛んでいたバエルがレオの隣に降りてきて、状況に満足するように笑っている。
「レオは魔力を打ち消す体質なんだな。それは自分でも他人でも関係なく発せられる。だからその紋様の力も消せたわけだ……呪いを寄せ付けないようなもんだから、ある意味最強じゃねぇか、この清掃おじさん」
しばらくぶりに聞く呼び方に苦笑いだ。清掃おじさん……そう、自分はなんでも綺麗にすることができる。魔力も憎しみも自分には関係ない。
「でも、あと少しだけなら魔法できるよ!」
レオは手をかざし、光る紐状の物を空に向かって放った。紐は狙いを外すことなく、空にいた人物に巻き付くと、それが重石となったかのように、その人物ごと落ちてくる。
「わっ、わっ! レ、レオさんっ、何するんですか〜っ」
先程までの余裕に満ち溢れた表情もどこかにいってしまい、落ちてきたパナ学長は慌てた様子だった。
「パナ学長、素敵な夢を見させていただいてありがとうございます。あとあなたも、魔力がなかったことでつらい思いをたくさんしてきたんだと思います。でも生徒達や先生達を実験にしたのは良くないです。そのことについては然るべき処分を受けるべきだと思います」
レオが毅然と述べると。降りてきたジードが魔法の鎖を出し、彼を縛り上げた。
「そうだな、あとは俺の仕事だ。学長にはまず事情聴取を受けてもらう。人間を実験台にするのは重罪だ。二度と魔法使いとして表立つことはできないぞ」
ジードの頼もしい言葉を聞き、安心した。性格に難があったジードだけど、仕事をする時はしっかりした人物のようだ。
「レオ、お前にそんな力があったなんて全然知らなかった……魔力を消す体質なんて多分、そう簡単にはいない。研究対象として魔法幹部はお前のことを調べたがるかもしれない」
ジードが物騒なことを言うと、険しい顔をしてクラヴァスが前に出てきた。
「なんだよ、お前、そんなことしようってのか?」
明らかな敵意。うなずいたら、絶対にクラヴァスは大暴れをする。そうなる前に彼に触れて魔力を消しておくべきか。
だがそんな心配はいらなかった。
「……するわけないだろ。お前の大事な人なんだろ。レオ、わがままな弟だけど、世話してやってくれよ。俺はもう何も言わないし、今日のことは何も見てない。ただ罪人を連れていくだけだ――行くぞ」
ジードはニヤリと笑うと、パナ学長を縛る鎖を掴み、転送の魔法陣を用いて姿を消した。
辺りは焼け焦げてはいるが静かな山となった。
「……あんたら、ずいぶん、派手にやっちまったなぁ」
惨状を見てバエルが黒髪をかいている。
そう、山をこんなにしてしまったのはクラヴァスと自分のせいだ。
どうしようと思い、レオは両手に力を込めてみた。まだ手の平にあたたかさを感じる。
今度は“この状況を綺麗に”できるような気がする。
「レオさん、俺も手伝うよ」
クラヴァスがスッと手を伸ばし、自分の手を握ってきた。恥ずかしいが優しい笑みのクラヴァスを見ると断れない。
「クラヴァスくん、僕の魔法はきっとこれで最後だよ」
「あぁ、最初はアンタに吹っ飛ばされて度肝抜いたし、最後はアンタらしくて良いと思う。だからなんだな、俺がいつもスッキリしていたのって」
……スッキリしていた、それは?
「アンタは魔力を消す……でもそれだけじゃない、魔力は憎しみに変わることもある。アンタの力は俺やバエル、ジードにフレゴ……みんなの憎しみを消して綺麗にしてくれたんだ。だからアンタに触れると、スッキリしてたんだ」
なるほど、そういうことか。思わずはにかんでしまう。意識したことのない力だけど、知らず知らず自分は誰かの役に立っていたのだ。
得意の清掃で。
「なぁ、レオさん」
「なに?」
「さっき、俺のことを――いや、なんでもない。先に綺麗にしちゃおう」
「……うん、わかった」
二人で握った手に力を込める。
すると手が白い光を発し、大きな光がやわらかく弧を描き、周囲を照らしていく。緑のさわやかな匂いがする、気持ちの良い風が流れる。
割れた大地、燃えた木や葉、全てが元の姿へと逆再生されているように戻っていく。
「……すげーなぁ」
その光景を見て悪魔が幸せそうに笑っている。
そう、彼を“祓う方法”も、すぐここに答えはあったのだ。
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