第43話 全て消せばいいわけで

 そう言われると、身体が軽くなってきたような気がする。試しに手を動かしてみると“自分の意思で”指が動いた。


「レオさん、あなたはこれで魔法が使えます。そこら辺の魔法使い以上の力がありますから、もう誰にも魔力なしなんてバカにされません。それであなたのやりたいことができます、どうぞ今までできなかった分、好きなことをしてくださいな〜」


(……好きなこと……)


 頭の中がスッキリする。今までと同じ“ゆったりした自分”の感覚になってきている。

 けれど今までと違うような気もする、身体の中が、力があふれているように熱い。


(嫌だな、僕には似合わないよ、こんなの……でも)


 でも、これなら。好きなことができるようになるのかな。

 僕じゃダメなんだって、後ろめたくなる必要はなくなるのかな。


「……うぅ……」


 腕が動いた。足も頭も。頭を動かすとみんなが自分を見ているのがわかった。


「クラヴァスくん……ごめんね、吹き飛ばしちゃったみたいで」


「レオさん、意識、あるのかっ?」


 ある、みたいだ……自由に動くし話せる。

 大好きな青い瞳が自分を見ている、それがたまらなく嬉しい。


「うん、大丈夫……なんだか自分が不思議。魔力があるってこんな感じなんだね、なんでもできそうな気分だ」


 試しにもう一度風が起きるかなと思って手を動かすと、周囲の人達の髪や服をなびかせるほどの風が吹いた。もっと強く動かせばまたクラヴァスを飛ばせるくらいのができる気がする。


「レオさん……確かにアンタからめちゃめちゃ強い魔力を感じる。多分俺より強いな」


「本当?」


「あぁ、なんか、くやしいけど」


 クラヴァスは複雑そうに苦笑いだ。多分今までは彼が守る感じになっていたのが、そうではなくなったからかも。

 でも自分としてはそれでもいい。今度は自分が彼を守りたいのだ。


「……パナ学長、ありがとうございます。こんなことになるなんて夢みたいです」


「良かったです〜レオさんのお役に立てましたかね〜」


「はい、とても……あの、僕、やりたいことがあるんです……今まではどう頑張ってもできなかったこと……でも、できたら、そうしたいなって思っていたんです」


 パナ学長が首を傾げて「それはなんですか〜?」と聞いてきた。その笑みにならどんなことでも打ち明けて大丈夫と思える。


「僕……人から蔑まれるのが、すごく怖いんです。昔からそうだったから慣れてはいる、と思うでしょうけど。大人になってからそれはなくなりました。とても居心地の良い場所に今はいるから……でも僕が今欲しいものを選ぶと、また僕は人から蔑まれ、罵られることになるでしょう。それは当然のことだとは思います。でも僕は望みたいっ、人としてみんなが望む当然なことを、僕だって望みたい……」


 こんなに自分の気持ちを吐露するなんて初めてだ。ずっと自分に望む権利なんてなかったから。

 でも今ならそれをする、力がある。


「僕は好きな人と一緒にいたい。それを“選んだ結果として現れる者”――それら全てを消したいです」


 クラヴァスの目が見開き、バエルとジードがことの重大さに眉間にしわを寄せた。

 パナ学長は「それはいいですねぇ〜」と楽しげな声を上げる。


「つまり、レオさんは自分を罵る存在、蔑む存在……つまり人間を全て消したいということですね〜。わぁ、壮大過ぎて素敵です〜! 愛のためにそれをするというわけですね〜!」


「な、何言ってやがるっ!」


 声を上げたのはバエルだった。


「レオ! ア、アンタはそんなヤツじゃねぇだろ! 自分を犠牲にしても他人を助けようとするヤツじゃねぇか!」


「それは、そうでもしないと僕はただ蔑まれるだけだったからだよ。無能な魔力なし……だったからね。でも今は違う、僕はもう、自分の望むようにしたいんだ!」


 叫ぶと地面が揺れた。地震かと思ったが地割れだった。どうやら自分が起こしたものらしい。


「そのためにっ! 人間を犠牲にするってのか⁉ アンタ、それでいいのかよ! それホントにそう思ってんのかよ!」


「そうだよっ! みんな、僕を嫌うからっ!」


 もう一度、地が揺れ、バエルがバランスを崩す。ジードとパナ学長は宙を飛び、クラヴァスはまだその場に留まっている。


「嫌ってるわけねぇだろ! レオ、目ぇ覚ませよ! アンタはそんなヤツじゃねぇ! クラヴァスが好きだからって他のヤツを犠牲にすんな!」


 その言葉にクラヴァスが青い瞳を見張った。


「……好き? レオさん、俺のこと、好きなのか?」


 地が割れ、揺れているのも気にせず、クラヴァスは続ける。


「それ、本当? 本当なのか、レオさん?」


「うん、好きだよ。君のこと。だけどこのままじゃ、僕は君を選べない……怖いから。なさけないことでごめん、でも僕はもう、誰かに傷つけられるのは嫌なんだ、つらいんだよ」


「レオさん……」


「クラヴァス、止めろよ! このままじゃ、そいつがこの世界で一番の災厄になるぞ!」


 バエルが叫ぶ中、クラヴァスが嬉しそうに目を細め……こんな時だが、クラヴァスはガッツポーズして笑顔を見せた。それは願いが叶った子供が見せる歓喜の仕草だ。


「……いいじゃん! いいじゃん、それ! レオさん、最高じゃんっ! やったぁ!」


 周囲はクラヴァスの力によって炎が燃えさかった後だ。

 そしてその後はレオの力で地割れが起き、間もなく天変地異によって消滅するんじゃないかと思われる現状。

 さらには魔力なしが魔力を与えられたことにより、誰も倒すことができない存在となってしまったのに、唯一対抗できるだろう愛する人がそれを望むというカオスな状況。


 それを見ながら悪魔バエルは「ヤベェな……」とつぶやくしかなかった。

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