監獄 編

第23話 獄中の希望 前編

・前書き――――――――――――――――――――――――――――――――――

【血性】について覚えてないよって人は12話の序盤で復習する事を推奨。

https://kakuyomu.jp/works/16817330666673190003/episodes/16818093081922585976

【聖血】について覚えてないよって人は13話後編のサリヴァーンの台詞で復習する事を推奨。

https://kakuyomu.jp/works/16817330666673190003/episodes/16818093081922648699

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 その後、防壁街には毒ガスが散布され、理論上生存者は居なくなった。

東雲の頃には、炭灰と化した廃墟を冷たい雨が静かに濡らした。


――ルドウィーグ視点へ―――――――――――――――――――――――――――


 裏悲しげな顔で連行されるシルビアを見送った後、俺とローレンスも白騎士団の馬車に乗せられて、恐らく1日か2日間運ばれた。

というのも、手錠を掛けられたうえで車内に閉じ込められ、窓も黒い布で覆われたので、外の様子が分からなかったのだ。

騎士たちが休息の為に度々止まる事はあったが、その末にようやく下ろされた場所は巌々がんがんそびえる灰色の要塞の中だった。これほど大規模な要塞はドリフト諸島に数える程しか無いのではなかろうか。

また、道中で波の音が聞こえた事から、防壁街から湾を挟んだ先と思われる。


 以上の特徴に当てはまる場所として、俺は真っ先に【バーグ砦】の名を思い浮かべた。バーグ砦は先住王国との戦争で鹵獲した城であり、今では教会連盟の軍事・司法部門の本拠地となっているのは有名だ。

 ただし、答え合わせも無いまま俺は陰鬱な地下牢に放り込まれた。

そこの空気は乾いている一方、隅の方は湿気ている。不潔な何かが表皮に膜を張るかのような不快感が常にあった。


 また、日付感覚は完全に麻痺してしまったものの、時々看守が運んでくる食事を目安に考えれば、まだ1週間は経っていない。

俺はその間ずっと不潔な牢の天井を見詰めていた。

とは言え、退屈などできる筈も無い。現状、どうすることもできない不安や考え事が山ほど溜まっているからだ。


シルビアの心配。

ローレンスに対する疑問。

アシュレイへの罪悪感。

防壁街が焼失した衝撃。

母さんも知人も皆死に絶え、

この先自分はどうすればいいのか。


それらについて頭を悩ます度にゴツゴツとした苦しみが掘り出され、淀んだ負の感情ばかりが濃縮されて行く。

怒りや苦しみがたかぶって堪え切れなくなると、俺は囚人用のベッドに爪を立てて、力の限りガリガリと引っ掻いた。劣悪な状態のベッドは、黴のカスを吐くのだった。



 今日もそんな乱心でいると、丁度廊下の奥で鉄扉の開く音がした――看守が来たのだ。

こんな無様を見られるのは流石に気が引けるので、俺は熱くなった目を擦りながらも平然を装う。

すると、今頃になってローレンスが連れて来られて、「1」と書かれた番号札の独房に入った。俺の宛行あてがわれた「4」番の独房とすぐ隣だ。用が済んだ看守が去って行くのを見届けてから、俺は話し掛ける。


「これまでどこに?」

「拷問部屋で世話になっていた」

「大丈夫? って言おうとしたけど……」


彼の肌に血の跡はあっても、外傷は殆ど無い。これまでずっと拷問に掛けられていたというのだから、常人ではあり得ない事だ。

超人的な自然治癒力。それを説明できる答えはただ一つ。


「ローレンスって――」

「あぁ、【聖血】持ちだ。拷問ではそれに関してしつこく訊かれた……無論、沈黙を貫いてやったが」


予想は的中した。俺のような庶民でも、それくらいは察せる。


「驚かないんだな」

「いや、驚いてはいるよ。こんな身近に二人も聖血保有者が居たんだから」

「シルビアの方を知ったのはいつだ? その様子だと、白騎士団がほのめかす前からというように見えるが」

「うん、大分前だ。シルビアが紙で指を切ったとき、黒薔薇ばら色の血を流した。そこで『もしかしたら――』って……

でも、勘付いたところで俺はシルビアが他の何者にも見えなかったから、何も訊かなかった」

「……」


ローレンスは沈黙している。何か不満でも――


「――あ、勿論そのとき手当てはした!」


急いでそう付け加えると、ローレンスはほんのり笑ったかのような吐息を洩らして口を開いた。


「……俺とシルビアあの子のことを教えよう。ルドウィーグ、お前には知る資格がある」



 俺たちは祟りの病原体を持っている可能性があるから、地下牢に隔離されているのであって、わざわざ近寄ろうとする者は居ないだろう。監視役も有って無いようなもの。

だからこそ、ローレンスは盗み聴きなどを恐れず、包み隠さず話してくれた。


「まず、ルドウィーグ。【開拓戦争】は分かるな?」

「うん、俺たち入植者側と先住王国が島の利権を巡って争った出来事。えぇっと……23年前だったっけ、休戦したのは」

「あぁ。俺にはそれ以前の記憶が無い」

「え⁉ じゃあ、自分の聖血のルーツとかも分からないってこと?」

「……並々ならぬ立場に居た事だけは確かだ」


ここで俺はもう一つの疑問にぶち当たる。

教会連盟はなぜ、ローレンスではなくシルビアを狙ったのだろう。

彼は長年、弔いとして――即ち連盟の下で働き続けていた。先に嗅ぎつけられるのは彼の方ではなかろうか。

そんな風に首を傾げていると、ローレンスは更なる情報を打ち明けた。


「とは言っても俺の血は利用価値が無い。採っても瞬くに失活するんだ」

「……偽物ってこと?」

「簡単に言えばな」


正直飲み込み切れないところはあるが、そういうものとして容れてしまえる豪胆さが育ち始めていた俺は、ひとまず頷いてしまった。


「その点、シルビアあの子は本物だ。どういう訳か、2年前に憑き物から生まれたのだがな」

「⁉」


俺は流石に度肝を抜かれた。

あの絶世の美少女が一体どうやって憑き物から生まれて来るのか想像できない。


「そういう反応になるのも無理は無いな。ともかく、シルビアが狙われたのはそういう理由だ」


その身から取り出してもうしなわれない理想の聖血。

では、どこでその情報が洩れてしまったのかが気になるのが筋なのだが……俺はここらでぐったりと壁に倒れ掛かった。

……良い加減、空腹の限界なのだ。

粗末ではあるが、1日に二度は食事が与えられる。しかし、俺はそれらをもれなく食べ残している。

今もこうして俺の傍に置かれてある盆上のパンと水は半日前から放置されており、塵みたいな蟲と埃でまみれていた。


「……これまでもずっと食っていないのか?」


厳しい拷問が終わった直後だというのに、ローレンスは俺のことを気に掛けてくれている(自覚が無いだけで、俺がそれくらいげっそりしていたのかもしれない)。

その厚意に対して最初に返事をしたのは俺の腹の虫で、少し恥ずかしくなった。


「食べなきゃって分かってても、全然喉を通らなくて……」

「それは良かった」

「?」


今のがどういう意味の発言なのかは、俺が顔を上げると同時に明かしてくれた。


「まだ生きる事を諦めてはいないんだな」

「そりゃあ……」


ローレンスは見えもしない空を見上げて呟いた。


「脱獄する気は無いか?」


その言葉を聞いて俺は目を見開いた。


俺は・・・もうすぐ死ぬ」

「……病気?」

「さしずめそんな所だ。お前も見ていたシルビアあの子との約束は、どう足掻いても果たせそうにない」

「そんな、シルビアはあれが最後だなんて思ってもいない! あなたのこと――」


俺は声を大きくしたが、ローレンスは視線だけで「最後まで聞け」と訴えていた。

少し間を置いて、彼は再び話し出す。


「だが、俺は死ぬ瞬間まであの子を守り抜くと誓った。死んだ後も無事で居られるように手を尽くす。

だからルドウィーグ、手伝ってくれ」


俺は頼られている……一人の男から、対等な人間として。

全てを失った今、こんな幸甚はそう無い。

俺は目元を引き締めて、首をはっきりと縦に振った。






・後書き――――――――――――――――――――――――――――――――――


 時系列で歴史を整理

https://kakuyomu.jp/users/yuki0512/news/16818093084937189630

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