火の聖誕祭 編
第12話 悶々
――ローレンス視点から開始―――――――――――――――――――――――――
弟子を止められないなら、その道で生きる術を教えるのが師の役目だ。
シルビアがどうせ弔いになってしまうならば、犬死になどしない一流に育てたかったので、彼女には極めて厳しい修行を課した。
過去多くの部下を教育し、四人の弟子を育てて来た経験の中でも、これほどまでに容赦無い仕打ちをした覚えは無い。
そんな絶望的な難易度に喰らい付いて来れるのには、シルビア自身も知らない理由がある。
(今時は
ドリフト諸島には大きく分けて二つの人種が居る。
一つは比較的最近近国から移住して来た者、もう一つは昔からこの地に国を築いていた先住民だ。
後者の人々は島の北部へと追いやられ、今や幻の存在だが、彼らは銀髪と赤黒い血を有していたという。
それは高い【血性】の証であり、並々ならぬ生命力・身体能力を持つ。
血性とは、祟りの研究の中で確立されたドリフト諸島独自の医療概念。
血液の循環効率、血球の密度、免疫力、血量などを総合して数値で示したものだ。
また、
要するに、シルビアは特異体質の種族で、絵に描いたような「か弱い少女」の見掛けには釣り合わない程の素質があったというわけだ。
あの子が試練を一つ、また一つと越える度に俺は拒否感を覚えた。
自覚こそしていなかったが、「犬死になどしない一流になって欲しい」という思いなど建前で、
本当は途中で音を上げて欲しかった――今からでも弔いを諦めて欲しかったのだ。
しかし、急成長を遂げて優秀な戦士の頭角を現しつつあるシルビアを前に、俺の邪な願いは無力以外何物でもなかった。
「これまでの技は申し分無い。あとは連続でのステップを完全にすることだ」
「はい!」
今日の修行終了の挨拶を終えた直後、シルビアは驚いた様子で自分の頬を触った。
「どうかしたか?」
「何か、冷たいものが……」
空を仰ぐと、
「雪? でしょうか」
掌を上に向けると、一つまた一つと氷の粒が舞い降りて来る。
「お前を迎えに行った日も雪だったな」
「あれから2年が経ちますね」
「そうだな、もう2年か……」
せっかくならこのままゆったりと過去を偲びたいところだが、今の空を仰いだところで目に入って来るのは深刻且つ無情な現実だった。
現在、時計は15時を指し示している――日没には明らかにまだ早いのは分かるだろう。
1週間ほど前からドリフト諸島には太陽が姿を現していない。
この様子を端的に表す言葉は【極夜】しか無いのでそう呼ばれているが、厳密には違う。
第一、より高緯度な地域でなければ科学的に起こり得ない。
つまり、これはドリフト諸島特有の超常現象である。
観測されるのは2度目にして23年振りだそうだ。
前回は【開拓戦争】が大詰めを迎える直前のごく短期間。
当時は祟りも噂程度のものでしかなく、人々は多少不安を抱えるだけに過ぎなかった。
しかし、極夜が明けると同時に膨大な戦死者が出て、追い打ちと言わんばかりに感染爆発が起きた。
この地の、悪夢の始まりである。
極夜は厄災の前兆、或いは運び手なのかも知れない。
24時間全てが夜になると何が起きるのか……昼間に昇る関係で本来は見えない月もはっきりと姿を現す。
すなわち新月以外、毎日憑き物が出現するのだ。
新たな発症者も含めて日に日に数は増し、被害は甚大。
処理が追い付かなくなった死体が街中に残って、衛生環境の悪化が伝染病の蔓延も招き、悪循環に陥っている。
俺がこれを気に掛けているのが分かったのか、シルビアは切実に呟いた。
「せめて、聖誕祭には晴れると良いですね」
その直後、俺の肺から激しい咳が込み上げた。
「大丈夫ですか、師匠⁉」
「……ゲホッ……ッ……あぁ、大事無い」
彼女には心配を掛けまいとそう答えたものの、口元を押さえた手には赤黒い液体が少量零れてあった。
俺はそれを悟られまいとそっと隠し、逃げるように自室へ戻った。
バタンとドアを閉めて、倒れ込むように椅子に掛ける。
俺は溜め息を吐くと、疲れ切った目を何気無く窓辺へ向けた。
(? 何の気配だ?)
黒い体色が背景と同化していたため分かり難かったが、木の枝に鴉が止まっていた事に遅れて気付いた。
また、野良とは違う独特の雰囲気を纏っており、覚えがある。
「お前はトリスタンの?」
呟きながら窓を開けてやると、鴉は「カァー」と鳴いて、すぐに入ってきた。
それから俺の肩に止まり、自分の細い脚に付いた紙筒を
……手紙だ。
俺はそれを丁寧に外し、目を通す。
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ローレンスへ
君自身が言っていた推測が正しければ、君の寿命はもうそろそろの筈だ。
極夜が長引けば、君が倒れたと聞いても私が看取りに行く事は叶わないかも知れない。
今のうちに最後の話をしておくべきだと思うんだ。こればかりは直接言葉を交えたい。
君を信じて待っているよ。
君の友、サリヴァーンより
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挨拶や御託を省いた短文。
俺に余計な事を悟らせない為か、或いは少ない情報で俺を悩ます為か……いずれにせよ、
便りこそ少なからず送り合っていたが、あいつとはもう何年も顔も合わせていない。
確かに良い機会だ。
正直気が重いけれど、俺は腹を
「アシュレイ、シルビア。出張に行くぞ」
「急ですね! どこまで?」
「【教皇都】だ。お前たちも準備しろ」
即急に馬車を用意し、俺たちはその日の内に街を出た。
【教皇都】はその名の通り、教会連盟の長・教皇の直轄地。防壁街から南下して片道3日といったところ。
往復する間、アシュレイとシルビアを留守番させておくのは危険過ぎる。
マリアの下に預ける事も考えたものの、彼女も自分の家を守る事に手一杯の筈。
あまり迷惑は掛けられない。
だから、結局連れて行く事にしたのだ。
これも貴重な遠出の機会と思ったのだが……悪い事をしたかも知れない。
「ウゲェェェェェェェ……グハッ」
「……」
「オロオロオロオロオロオロ……ブハッ!」
「アシュレイ、平気なのか?」
「べーぎでぃびえばず?」
普段の明朗な様子とは打って変わって、青い顔をしたアシュレイ。
馬車の縁に掴まったまま吐瀉物の垂れている唇を何とか動かした。
「何と言った?」
「恐らく、『平気に見えます?』と」
「……きちんと袋で受けているか? 人里が近い道路は汚すなよ」
「まさか、アシュレイさんがここまで乗り物酔いに弱かっただなんて」
「そうだな。月の出まではスピードを落とそう」
「ばい、あぬげいしゅばしゅ」
「『はい、お願いします』だそうです」
『シルビア翻訳機』の助けを借りてコミュニケーションが成立したところで、俺は手綱を控えた。
アシュレイが吐いていられるのも、健康に生きているから。
シルビアがそれを気遣ってやっているのは、心優しく育っている証。
俺はこの子たちを見ているときが一番幸せだ。
しかし、それが失われる事を恐ろしいとも思う。
眼前で亡くした欠け替えの無い人、無意識のうちに忘れてしまった想い、切り捨てた幾つもの輝き。
俺の弱さというのは、そういった喪失感が産み出した心配や後悔の深淵だ。
それでも、残り少ない己が命を何に――誰に費やすかは明白なのだから、せめて最後くらいは守り抜きたい。
その為にも、俺はサリヴァーンと会わねばならない。
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