第13話 旧友への頼み 前編
「二人とも、見えたぞ」
「本当ですか?」
俺が声を掛けると、シルビアたちは車窓から頭を出して正面を見る。
暗い景色の中に発色の良い灰色に仕上げられた聖堂と、それを取り巻く整った町並みが浮かんでいた。
防壁街は地形の都合上、このように外から眺められない。仮にできたとしても廃屋街が風流の足を引っ張るだろう。
一方で、教皇都は教会連盟の本拠地。組織としての威厳、宗教としての威厳というものがあり、それを保つ為にあらゆる建物が規格統一されてあるのだ。
街に入る際の検問は想定通り厳しかった。規定の手続きを済ませても、衛兵たちは引きつった表情のまま問い詰めを止めない。
極夜のせいで治安が乱れているのか、彼らは張り詰めた様子だった。
仕方無く、俺は特別許可証を提示した。すると、衛兵たちはたちまち笑顔で媚びを売り始め、あっという間に通してくれた。
特別許可証は、サリヴァーンがあの手紙と共に寄越してくれたものだ。こんなものを用意できるという事実は、高い権力の裏付けであり、実際、経路の記された地図の終点は上級連盟員しか立ち入れない区画に位置していた。
そこまで馬車を進めて黄金の門を通過すると、アシュレイが尋ねて来た。
「ここは?」
「簡単に言えば、聖職者たちの寮だ」
立ち並ぶは、一つ一つが小礼拝堂並みに立派な屋敷――相応の要人たちの住まいである。
教会連盟とは聖職者が民を導いた事から発足した臨時政府なので、この地における聖職者とは実質的に政治家でもある。
この構図は、教会が絶対的権力を握っていた数世紀前に近いと言われる。
ただ、俺が馬車を止めたのは他と比べてしみったれた館の前だった。
大して広くない庭を通って、俺たちは館の扉を叩く。
「「はい」」
返って来たのは比較的幼い二人の子供の声だった。
間も無く、扉が開いて出迎えが姿を現した。
「ようこそお越しくださいました、ローレンス様」
「それから、そちらはアシュレイ様とシルビア様ですね」
聖歌隊のような白いローブを纏う瓜二つの少年少女はサリヴァーンの小姓だ。以前会ったときよりも身長は大きく伸び、どちらも俺の腹辺りまでといったところ。
彼らは短い髪に瞳を被せたまま、表情ひとつ変えず淡々とした口調で続ける。
「どうぞ中へ」
「サリヴァーン先生がお待ちです」
荷物を預けた後、談話室に案内された。
俺と同様にかなりの長躯だが、体付きは対照的にみすぼらしい。全身に浮き出た骨を見ていると、細い足と錫杖一本で体を支え切れるのか心配になる程だ。
「よく来てくれたね、ローレンス。こうして顔を合わせるのは随分と久し振りだ」
いつ聞いても不自然なくらい落ち着いていて、むしろこちらが浮足立つ……そんな声をしていた。
また、「顔を合わせる」と言われたものの、サリヴァーンは顔の殆ど包帯で覆っていて、まともな視界が確保できているとは思えない。
「……目の状態が悪化しているようだが、それは見えているのか?」
「あぁ、大事無いとも。病は今に始まった話じゃない。慣れてしまえば平気だ……そう言うローレンスこそ、随分老けて腰が曲がったようだね。こんなに背が――」
サリヴァーンは少し屈み、俺の隣に立っていたシルビアの頭頂部に掌を当てて背丈を計っている……
彼女もこれには困惑し、助けを求める目をしていた。
「サリヴァーン、それはシルビアだ」
俺の指摘を受けてサリヴァーンはピタリと止まり、ぎこちない様子で立ち直す。
「……冗談だよ」
嘘臭くて頼りない振る舞いに、アシュレイとシルビアは早くも汗を垂らしていた。
氷のような表情の小姓二人でさえ、若干動揺を見せた気がする。
それでも、俺は旧友の本性はこんなものではないと知っている。
テーブルを挟んで対面となるよう、俺たちはソファーに掛けた。
「せっかくなら教皇都らしいもてなしをしたかったんだが、生憎極夜の最中だから、
ただ来て、ただ話して終わるだけかも知れない。済まないね……せめて茶だけでも良い物を飲んで行くといい」
サリヴァーンは小姓が注いだ紅茶を勧めて来た。
「では、いただきます」
とアシュレイ。シルビアも丁寧にカップを手に取った。
一口飲んで、カップから唇を離した二人の目は随分輝いている。
「本当……凄く美味しいです」
「これはどこの茶葉なんですか、司教?」
「ドリフト諸島の北で
サリヴァーンは口角にしわを作るように、優しい笑みを浮かべて答えた。
「師匠は飲まないんですか? 冷めちゃいますよ?」
「あ、あぁ」
俺も慌ててカップを手に取ると、サリヴァーンは笑みを崩さないまま言った。
「ローレンス、躊躇わなくて大丈夫だ」
「……?」
「毒など入れていない」
その言葉を聞いて、アシュレイとシルビアは僅かに震え上がった。
俺とて、熱い紅茶が手元にある筈なのに寒気すらする。
信頼する分だけ警戒もしている事。それはお見通しらしい。
「そういう冗談は面白くないな……やめてくれ」
「おや、これは済まなかった」
あいつは謝ってはいるが、先の発言は明らかに「腹を割れ」という遠回しな脅しだ。
早めに二人きりで話した方が良いと思った俺は、
「積もる話がしたい……悪いが、お前たちは一度席を外してくれるか?」
と、アシュレイとシルビアに言った。
シルビアは怪訝そうな顔をして頷き、アシュレイは大体察した様子で彼女と一緒に立つ。
また、
「では、二人は別の部屋に案内しよう……ルギア、リゲル。接待を頼むよ」
「……接待」「ですか……」
「できるかい?」
「「はい、承知しました」」
という流れで小姓の二人も姿を消した。
暖炉の炎に伴う影は、ただ二人分になった。
「これで良いのかね?」
「あぁ」
俺は膝に肘を付き、口元でその手を組んだ。そうやって前屈みのまま、テーブルに乗った紅茶の水面へ視線を逃がしているのだ。
「顔を上げてくれたまえ。これではまるで、鞭打ちでも言い渡されに来たみたいじゃないか。……まだ
「当然だ。俺はお前の大切な者たちを――」
「その話は今結構だ。あの頃は……私が高望みをしていただけさ」
「……」
「もっと別に話すべき事があるだろう。君は何の為にここへ来たのかね?」
俺は止む無くサリヴァーンの方を見て口を開いた。
「……俺が死んだ後、
・後書き――――――――――――――――――――――――――――――――――
キャラクタービジュアルも密かに作り直しまくっているので、「前に見たからいいや」と思っている人にもよりハイクオリティの絵をお見せできるかと存じます。
サリヴァーン、キャラクタービジュアル
https://kakuyomu.jp/users/yuki0512/news/16818093074150216062
ベテルギウスとリゲル、キャラクタービジュアル
https://kakuyomu.jp/users/yuki0512/news/16818093074150217895
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます