第13話 旧友への頼み 後編
二十数年前、この地は移民と先住王国の開拓戦争が勃発していた。
俺には丁度、それより前の記憶が無い。
しかし、肉体の特徴からして自分が普通の人間でない事などすぐに分かった。
俺は恐らく王国に生み出された
また、本能的に刻まれた感覚で余命も分かった。健康状態など否応無しに、予め与えられている命が尽きれば終わり。
そういう仕組みなのだ。
これまで本当に色々な事があったが、
だから――
「俺が死んだ後、
サリヴァーンにはそう伝えた。
あいつはすぐに首を縦に振らず、やや上を仰いで口を開いた。
「まだこんなにも屈強な君が、ヨボヨボな私にそんなことを頼むのだから、よもやおかしな話だ……まだ信じられないよ、君のその命があと数ヶ月しか持たないなど」
「お前に打ち明けたのはいつだったろうか」
「……出会ってまだほんの数年、丁度20年前くらいじゃないか?」
俺は当時のサリヴァーンを思い出してみた。
育った環境のせいで当時から痩せこけていたが、人を傷つける事を知らぬ無垢な少年だった。
「あの頃のお前はまだ可愛いかったな」
「その言い方では今が憎らしいみたいじゃないか、ハハッ」
「悪い」
つられるように自然と笑みが零れた。
先程まで俺の態度は凝り固まっていたものの、サリヴァーンになら昔のように心を許せる気がする。
「それはそうとローレンス。今居る弟子はあの二人だけという認識で構わないのかね?」
「あぁ」
「アシュレイのことはそれなりに知っているつもりだ。シルビアの方を詳しく教えておくれ」
「分かった、説明する。2年前、新種の憑き物を発見した際、その個体が妊娠していた」
普通の人間ならばこの時点で二度か三度は驚くのだが、サリヴァーンは額に手を当てて呆れていた。
「はぁ……新種の憑き物を報告もせず、正体不明の胎児を摘出してあろうことか名前まで付けて育てた……そんなところだろう?」
「さ、察しが速くて助かる」
「しかも、君たちとは違う
政治の職に就く関係で、様々な難題や悪人の思惑に触れる事も多いサリヴァーンですら、ここまで
深い溜め息を挟んで言葉は続く。
「君なら知っていたと思うが、口酸っぱく言わせてもらおう。
祟りの予防法は輸血によって後天的に血性を高める事だけだ。人類が祟りを克服する為に、教会連盟が――いや、誰しもが
しかし、
それに比べてシルビアは、恐らく
君はそんな子をどう守るつもりだったんだい?」
「……どう、と言われても――」
舌鋒鋭く追及されて、俺は動揺を隠せなくなっていた。
楽観視は無かったと言えば嘘になる。
人の目に付かないように密かな生活をさせるばかりで、根本的な解決は何もしてやれていない。
これを続けた先に何も無い事は明白だ。
「トリスタンやレオンはもう一人でやっている。アシュレイも強い子だ。
だが、シルビアは違うのだろう……彼女の心は『ローレンス』という巨大な支え一本だけで成り立っている。それが無くなるなど夢にも思っていない」
サリヴァーンの声色には次第に苛立ちが表れ始めていた。
紛う事無く、俺への苛立ちである。
「君は、シルビアを君無しでは生きられない人間に育ててしまったんだ。あろうことか、自分の余命を分かっていながら手に負えもしない子を拾って!」
「……あのとき、どうしても見捨てられなかったんだ」
「感情任せの実に愚かな行いだな。今すぐにでもやめてしまったらどうだね!」
防ぎのようの無い正論の一言一言が俺を殴り、心の深くにある後悔や迷いをまとめてほじくり返す。
「無責任な
「……分かっている」
俺は何度も迷った。
あの子を見つけたとき、孤児院に置き去ったとき、もう一度助けたとき、名前を贈ったとき、弔いになりたいと言われたとき、稽古を付けているとき。
その度に自分の信念が如何程に軟弱たるかを分からされた。
「分かっているだけでは意味が無い。このままだと君はただの咎人だ」
(『
俺は思わずテーブルを両拳で叩いた。
零れる紅茶にも気付かぬまま叫び散らかした。
「そんな事、分かっている! 分かっているんだ! あぁ、俺はとうの昔に咎人だ! 救いようの無い勝手者だ!
俺は誰か一人でも守って、自分が救われたいだけだ!
正しい考えも、親になる資格も、何一つ持ち合わせていない!
それでも………全て失って諦めた末に生涯を終えるなんて絶対に、絶対に嫌だっ!」
想いを吐き切ると同時に息切れを迎え、そのまま立ち尽くしていた俺をサリヴァーンはしめやかに座して見詰めていた。
「……ようやく、腹の底から物を言ったか。君の気分を害してしまった事は謝罪したい。この件にどこまで本気なのか確かめたかったのだよ」
肩の力も自然と抜けて、またソファーに腰掛けた。
「ハァ……ハァ……そうか……こちらこそ、取り乱して済まない。
俺とて、単なる
俺は顔を覆うベールを取って、素顔の状態で頭を下げた。
サリヴァーンに見えているかは別として、これが誰かにものを頼むのに真っ当な態度だと思ったからだ。
「だから、改めて頼む。この先、弟子たちを――シルビアを見てやってくれ」
教会連盟の中枢たる人物の一人にシルビアを預ける以上、あの子が聖血として祟りの根絶計画に関与する事は避けられないだろう。
それでも、サリヴァーンなら誠意ある扱いを忘れないと信じているし、誰かを利用するとしても私利私欲の為ではない。
頭がイカれた医療者・学者どもの手に渡るよりはよっぽどマシだ。
奴らにとって「祟りの解明」とは目的ではなく、この島の神秘を探求する手段に過ぎない。
怪奇に心酔し、歪んだ理想を掲げ、非人道的思想に染まり始めている。
俺の知り得る限り、サリヴァーン以上に頼れる人物は居ないのだ。
しばらく頭を下げたままでいるとスルリという衣擦れ音がし、辛うじて視野に入るサリヴァーンの膝に解けた長い包帯が落ちた。
……向こうもこちらに素顔を晒す事は、約束の成立を意味していた。
「君の愛娘のこと、確かに承った」
白く濁った目だった。
しかし、辛うじて残る瞳孔の黒さがサリヴァーンのはっきりとした意思を宿しているように思えた。
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