第14話 届かぬ憧憬

――シルビア視点から開始――――――――――――――――――――――――――


 私たちは一度席を外し、別室へ案内された。

館の外観に反して内装は十分綺麗だったので、くつろぐのに不自由は無い。

けれど、アシュレイさんは満足行っていないらしく、


「あぁ、観光したかったよぉ~」


と呟いていた。

防壁街では見られないものも多く、本来なら名所が沢山あるそうだ。

そもそも、祟りの蔓延るこのご時世に旅行など行けたものではない。

だからこそ、何かしらの用事で訪れる機会があれば幸運だと、世間的には言われている。

彼は大きなソファーの上に身を投げ出し、

暇潰しと言わんばかりに、テーブル上に用意されていたクッキーを口に放り込んだ。

そして、その手は止まらない。

二枚目をサクサク、三枚目をパリパリ……と凄い速さで平らげて行くので、私は止めようとしたけれど、


「アシュレイさん、外で自棄やけ食いは――んっ!」


口にクッキーを突っ込まれて小言を封じられた。

止む無くクッキーを齧ると、舌に覚えのある味だった。


「……この美味しさ、知ってます」

「僕も。でも、何だっけ……喉の辺りまで来てるんだけど思い出せない」

「マリアさんのお菓子です、きっと! 時々私が貰って帰って来るアレ・・です」

アレ・・か!」


二人でそんなことを話していると、可愛らしいノックが聞こえて来た。


「「失礼致します」」


扉の方を振り返ったときには既にサリヴァーン司教の傍に居た小姓の二人が入って来て、深々とお辞儀をしていた。

それが済むと、テーブルの方へサービングカートを押して来た。


「それらの茶菓子、お気に召していただけたようで何よりです」

「遅れてしまったのですが、紅茶をお持ちしました」


艶やかなポッドからカップへ、私たち二人分の紅茶が注がれた。

談話室で出されたものは片付けられてしまったのだろうか。

だとすると、少し勿体無い気もする。

……そういう内心が表情に表れていたのか、髪が青黒い方の子が私に言った。


「先程お出ししたものは気になさらなくて結構ですよ。それから、飽きないよう今度は少し異なるものを淹れました」

「ご、ご丁寧にありがとうございます」


どう見ても年下なのに、この二人は業務的礼儀や仕事の段取りというのが完璧で、私は恐れ入った。

また、今度は髪が赤い方の子が口を開く。


「僭越ながらわたくし共、サリヴァーン先生とローレンス様の談話が済むまでお二人の接待をさせていただきます。ベテルギウスと――」

「リゲルです」


二人は容姿のみならず声も似通っており、息ぴったりなこともあって私たちは一瞬混乱した。


「えぇっと……どっちがどっちだっけ?」

「青黒い髪の女がリゲルです」

「赤髪の男がベテルギウスです。私は呼び難いので、ルギアという愛称を頂いています」

「オッケー。リゲルちゃんとルギア君だね? 覚えたぞ」


流石はアシュレイさん、馴染むのが早い……私も彼らと積極的に話さなくては。


「お二人はやはり双子なんですか?」

「はい。私たちは孤児としてサリヴァーン先生に育ててもらいました」

「その御恩に報いるべく、今ではこうして小姓を務めています」


少し沈黙が走った。


「そ、そっか! 二人は何歳なの?」

「15です」

「15でこんなに仕事ができるなんて、凄い事だよ」

「恐縮です」


またも沈黙が走った――いや、最早堂々と歩いている。

何かを訊く、返答が来る、反応をする。以上、続きは無し。

私が言うのはおこがましいけれど、酷く退屈なコミュニケーションのテンプレートが出来上がっていた。

それは二人にも自覚があったようで、当惑した様子で打ち明けてくれた。


「申し訳ございません」

「正直に申し上げると、私共は接待など殆ど初めてでして」


その言葉を聞いて私とアシュレイさんは顔を見合わせ、安心する。


「そうでしたか! それなら早く仰ってくれたら良かったのに」

「でも安心してくれていいよ。ほらほら、こっちおいで」


二人でルギア君とリゲルちゃんを挟むように座らせた。

慣れていないなら畏まらず、もっと打ち解けてしまえという腹積もりである。




――サリヴァーン視点へ―――――――――――――――――――――――――――


 昨夜は六人で食卓を囲み、楽しい一時を過ごしたが、

その後太陽が朝を告げはしないまま、また月と時計だけを頼りにする新しい一日がやって来た。

 ローレンス一行は早くも防壁街へ戻る支度を済ませていた。

アシュレイとシルビアはルギアとリゲルに話をしている……短い間で私が思うよりずっと仲良くなったらしい。

子供というのは、互いの心の間にある隔たりが小さいのだろう。

その様子を尻目に、私はローレンスの傍に立った。


「土産も無く1日で帰る非礼、許してくれ」

「構わんよ。昨日の話には十分意味があった」


ローレンスは馬車の準備の手を止め、振り返ってこちらを見た。


「どうかしたのかい?」

「いや……ただ、お前はどうしてそんなに嬉しそうなんだ?」

「え」


全く想定外の事を言われ、私は愕然としてしまった。

しかし、少し沈黙の時間を過ごすうちに色々と思い起こした。

私は「考えていることが表情から読めない」と、人からよく気味悪がられた。

そんな中、ローレンスだけは違った。

昔から良いことも悪いことも、秘め事も企みも……全て見透かしているかのようだった。

それが久しく、突如として繰り出されたのである。


「なぜ、だろうね……」


ついさっきまで私とローレンスは対等だったのに、自分がみるみる弱気になっていくのが分かった。

かつて、奴隷上がりの少年が聖剣の英雄と立ち並んだときと同じ感覚だった。

ローレンスの一段と優しい口調が、私をもっと変にさせる。


「お前は、になりたいのかも知れないな」


頭の中がむず痒くなる。

そうじゃないのに、そうだとも思う。

そしてそれが許されるのは小児までであり、今の私では大変愚かしい。


「……君の遺子を預かれば、君の代わりになれるだなんて思わない。

けれど、君の魂を継げたなら、私はもっと大きな強さと優しさを知ると思う。英雄たる資格が欲しいんだ。

は未だ、ローレンスに憧れているよ」


彼は静かに私を抱擁した。


「済まない、サリヴァーン……これでさようならだな」


やはり、私の我儘は我儘のまま。

望まれてもいなかったのだ。



 馬車にアシュレイとシルビアが乗ると、ローレンスは馭者席にて手綱を取り、最後に再びこちらを見下ろした。


「……不幸な君の、幸運を願う」


私の別れ台詞に彼は小さく頷いて、手綱をはたいた。



 ローレンスたちの馬車に吊るされたランタンの灯りが小さくなって行き、やがて暗い道の奥へと消える。

それをただ眺める私に向かって、リゲルはポロリと言った。


「サリヴァーン先生にとって、ローレンス様は本当に大切な人なのですね」


もう口で語るのも億劫で無粋だと思い、私は無言のままリゲルの頭をさする。

同時に、何か小さくて硬い物が当たる感触がした。


「おや、これは?」

「あ、アシュレイ様とシルビア様に頂いた物です。接待と言ってもどうしていいか、私共が当惑していたところ、親切にしてくださったのです」


付け加えるようにルギアも言うのだから、二人ともそれぞれ貰ったのだろう。


「お二人とも手先が器用だったもので、髪飾りを作ってくださいました」

「そうかい……大切にしておきなさい」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る