第11話 シルビアの日記
・5月30日
今月も師匠のお仕事が一段落し、いよいよ今日から私の弔い修行が始ました。
「まずは基礎体力作り」ということで、走り込み・腕立て伏せ・上体起こしなどを行います。
これ自体は護身術の稽古の一環で以前から取り組んでいたのですが、求められる回数や時間は全くの別物で、プロになるというのは本当に甘くないのだと身を以って実感しました。
自分としても強い覚悟で臨んだつもりなのですが、初日からどっと疲れてしまい、これを記す間も疲労と眠気に襲われています。
これ以上は書けそうにありません……もう寝ます。
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・6月26日
私が初めて憑き物を殺す事件が起きてからもうじき1ヵ月が経ちます。
あの悲痛は絶対に忘れられないけれど、悪いことばかりではないと思えるようになりました。
月夜に独りで留守番をするのは危険だとして、師匠たちが狩りに行く間、私はルドウィーグのお家に泊めてもらうようになったのです。
勿論、狩りの夜には二人の無事を祈っていますが、正直お泊りは楽しいです。
彼のお家は個人経営の図書館になっていて、勉強や話題探しには困りません。
夕食もご一緒させていただくので、料理を手伝ったり、
マリアさんにたしなめられつつも、夜遅くまでルドウィーグとお喋りをしたり……
まるで二つ目の家族を持った気分です。
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・7月27日
明日から防壁街を出て、5日ほど師匠と二人で山籠りをします。
これまでの約二ヶ月で付けた体力を試すと同時に、普段と違う場所に身を置く事で知恵と工夫を学ぶ機会なのです。
師匠は「キャンプではないから気を引き締めろ」と仰るのですが、こういった経験の無い私は、雄大な自然の中で過ごすと思うだけで興奮してしまいます。
山であったことは、帰って来たら纏めて書くことにします。
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・8月2日
山から帰って来ました。……凄かったです。
土の香り、落ち葉を踏み締める感触、緑の若葉が揺れる音、優しい木漏れ日。
渓流の勢い、水の冷たさ、苔
満天の星空、虫たちの声、涼しい風……
あれらは言葉では言い表せないものばかりです。
けれど、ここに書き留められなくていいとも思っています。
そもそも忘れ難い貴重な思い出ですし、忘れてしまったならもう一度自分の体で甘受しに行くべきかと。
日記を眺めて回顧した程度では、あの感動は甦って来ないでしょうから。
勿論、感動以外も沢山ありました。
まず、持って行ったのがナイフ・ロープ・水筒・少ない衣服・方位磁針……大体これだけだったので、不安でした。
食事や寝床、医療キットなどは一応備えが有ったのですが、
あくまで緊急用であり、師匠が鞄の底に仕舞っているので、それに頼る事などできません。
また、師匠が居るからといって「どうせ何があっても守ってくれる」とは思えませんでした。山に潜む脅威に比べればあの師匠さえちっぽけな存在で、「自分の身は自分で守らねばならない」という意識が自然と身に付いたのでしょう。
あとは、疲労も無視できないものでした。
山という環境や、初めての事で思い通りに運ばないことが多いのです。
かなり進んだつもりでも、実際はあまり順調でなく、それでもやり遂げなくてはなりません。
道無き道を進むのも、食料を手に入れるのも、火を起こすのも、何をするにも一苦労……
ただ、裏を返せば大きな達成感が待っているということであり、私は最後まで頑張れました。
それから、最終日に素敵なものに出会いました……カブトムシです!
図鑑でしか見たことがなかったものですから、興奮しました。
師匠が許してくださったので、連れて帰って来ており、今もすぐ近くの虫籠の中でリンゴを舐めています。
今度ルドウィーグにも見せようと思います。
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・8月9日
師匠から頂いたマフラーは私の宝物で、髪飾りと同じく肌見放さず持っているのですが、「夏は暑いから
そこで、代わりに日傘を買っていただきました。
黒くて実用的かつ、細かい編み込み装飾も付いている素敵なものです。
また一つ、宝物が増えました。
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・12月10日
来週はルドウィーグのお誕生日だそうです。
9月にアシュレイさんの誕生日があったので、プレゼントの贈り方などは分かるのですが、彼は近頃何が欲しいのか悩み所です。
本人に訊いてしまったのではさり気無い感じが損なわれてしまうし、かと言ってマリアさんに相談しても「あの子はなかなか無欲なのよねぇ……」と答えは見つかりません。
自分で考えるしかないのかも知れません。
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・12月25日
遅れに遅れてクリスマスプレゼントも兼ねる形になってしまいましたが、結局ルドウィーグにはネクタイを差し上げました。
彼が愛用している深緑のシャツに映えるよう考えた結果、グレーのチェック……つまり、私のマフラーとお揃いに。
幸い、彼は喜んで「次のコンサートに着けて行く」と言っていました。
また、ルドウィーグも私に誕生日 兼 クリスマスプレゼントを用意してくれていて、それはお洒落な手鏡でした。
……受け取ったとき、凄くドキドキしました。
早速見てみた自分の顔はどこか赤くなっていたし、私は変なのでしょうか。
師匠から貰う贈り物は何よりも特別です。
あの人は私の命の恩人であり、実の父親も同然なのですから。
アシュレイさんやマリアさんからの贈り物も、それに次いで嬉しいと思います。
けれど、ルドウィーグのだけは少し違って、貰った品に触れて彼のことを思い浮かべると何だか落ち着かないのです。
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・翌年、3月21日
基礎体力はかなり身に付いて、技を教わる段階に来ました。
そこで、一振り自分の武器をえらぶ必要があると師匠から言われ、初めて地下室に案内されました。
話に聞いていた以上に広く、武具という武具がずらりと並んで保管されている光景はに圧巻の一言。
私が何の武器でもいいのか尋ねると、師匠はすぐ傍の槍を手に取って説明されました。
「槍が使えぬ剣士は居ても、直剣が使えぬ槍使いは居ない……
槍以外でも多くの場合、これが言える。
直剣は武芸を基礎から学ぶのに最も向いているものの一つだ」
私はその助言に従って武器庫を漁り回って、
「師匠、これはどうですか?」「先が錆びているな」
「でしたらあれは?」「お前には重過ぎるだろう」
「ところで、これは何ですか?」「それはウォーピックと言ってだな……」
などと会話を重ねた末に、何やら立派な木箱が目に留まりました。
師匠と一緒に取り出して、埃を払い、蓋を開けると長い直剣――もしくは細い大剣が収まっていたのです。
白い鞘と銀の装飾。
シンプルながら立派な姿には見覚えがあり、以前まで居間の壁に飾られていた剣――憑き物となって私を襲ったメルヴィンさんを貫いた剣に間違いありませんでした。
【哀愁】というこの剣を、私は握る事に決めました。
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・4月2日
明日からまた月夜になるので、師匠は仕事に行かねばならず、稽古は今日で一段落しました。
技の習得課程……本当に過酷です。
技は一つ一つ丁寧に教わります。
最初に説明込みのお手本を見せてもらい、動きや要点、使ううえでの狙いや強みなどを学びます。
しかし、これを理解するのが非常に難しかったです。
説明を受けるだけでは一割も理解できません。
師匠に何度もお手本を見せてもらって、スローで細部を確認して、自分なりに再現し、修正を繰り返す……そうして「できる」というスタートラインに立ちます。
次からは
最適解として機能するにはどうすれば良いのか。
逆に、悪手となるのはどういう状況なのか……そういったこと全てを頭に叩き込んで、咄嗟の判断が連続する戦闘中でも即座に実行できるよう体に擦り込むのです。
「使える」ようになって初めて技を習得したことになります。
しかも、従来のトレーニングも欠かさず続けなくてはなりません。体は簡単に
覚えた技も同じです。
師匠に付いてもらえない期間でも、私の修行が途切れるわけではありません。
いつか報われる事を信じて、私は努力を惜しまないと誓います。
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・6月1日
今日は素晴らしい知らせを聞きました。
これまで見習いだったルドウィーグが、正式に楽団員になるとのことです!
団内の最年少ではありながら、担当はピアノ。彼と初めて会ってから約1年、実に目覚ましい成長だと思います。
ルドウィーグもまた、自分自身の道に精進しているのでしょう。
早く彼の出るコンサートに行きたいな……
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