第22話 指切り

 轟音が突如として耳に突き刺さり、二人は震え上がった。


「な、何⁉」

「うぅ、鼓膜が……」


音の発生源はどうやら後ろらしい。


「もしかして師匠が⁉」


一度は決意して駆け出したシルビアだったが、

心が蒼い不安に塗り替えられてしまい、血相を変えて引き返し始めた。


「駄目だ、シルビア! ローレンスの言った通りに――」


二人は何があっても真っ直ぐ逃げるよう釘を刺されていたため、ルドウィーグが止めるのだが、彼女は聞く耳を持たない。

ルドウィーグが追い付いた頃には結局、元の場所まで戻って来てしまっていた。


 シルビアは急いで、ルドウィーグは渋々、茂みの中から辺りの様子を確認する。

結果、ローレンスは無事に立っていたものの、あれだけ大量に居た憑き物は自分たちの血で出来た池に力無く転がっていた。


「窮鼠猫を嚙むとは正に……全く、肝を冷やしましたよ」


見る限り、白騎士団は無傷。

一体どういう事か、その答えは騎士たちの手に握られており、グウェインも言及しているところだ。


「だが、最新の散弾銃を輸入した甲斐はあった……それに、この弾薬費に見合う成果も上げられそうだ」


グウェインはローレンスに向けていた銃口を横へ逸らし、明後日の方向に発砲した。再装填が済んでいた他の騎士たちも続けて、同じように撃つ。

その射線上には居るのはシルビアだった。

茂みに潜んでいる事など容易に見抜かれていたのだ。


(もう避けられない! ルドウィーグだけでも逃g――)







 数秒経っても彼女に弾丸が当たる事はなく、瞑っていた目を開けてみると、眼前にはローレンスが立っていた。


「師匠! そんな、私のせいで……」


膝から崩れ落ちる師を何とか支えつつも、心の中では


(どうしよう。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう

 どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう

 どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう

 ごめんなさい。

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんな

 さいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい………)


と、慌てふためくシルビア。

グウェインはその様を嘲笑った。


「絶対に庇うと思いましたよ、親馬鹿も良いところだ。

……元々お前・・に用は無い。そのくせ、ネズミの分際で仕事の手間を増やすとは良い度胸というもの。ここで消えろ」


上辺だけの敬語もところどころ鍍金めっきが剥げ始め、ついにグウェインはとどめの一発を装填し終えた。


「待ってください!」


今にも倒れそうだというのにまだ立ち上がろうとする師を見ていられず、シルビアは悲痛な声で訴える。


「師匠ももう止めてください、これ以上は本当に死んでしまいます!」


それでもローレンスは血反吐と共に言葉を絞り出し、剣を杖替わりにして再び立ち上がろうとする。


「俺はお前を守り抜くと誓った…………死んでもだ!」

「駄目です、師匠は私の全てです! 貴方が死んでしまったら……」


シルビアは彼のコートを引っ掴んで縋り付き、額を押し付けて泣きじゃくった。

彼女は泣くつもりなど無かったけれど――泣いている場合ではないけれど、

義兄のみならず養父まで失うと思うと、涙腺が暴走してしまうのだった。


 ローレンスは敵が指一本でもシルビアに触れる事を許さないつもりでいた……その死闘の結果が、シルビアの哀しみに明け暮れるものになっても。

この執念は非常に固いものではあったが、懸命な彼には良くも悪くも現実が見えていた。

満身創痍の自分がどれだけ暴れても、状況が覆る事はない、と。

ここで無駄死にするのは返ってシルビアの為にならないので、ローレンスは双剣を置く他無かった。

心にへばり付いたやるせない無力感を吐露するように、彼は呟く。


「不甲斐無い父で、済まない」

「……」


シルビアは涙を拭って立ち上がり、まだ赤く腫らした目でグウェインの方を見詰めた。


「そちらの目的は私の身柄、で間違いないでしょうか?」

「ようやく態度を改める気になったようですね」


グウェインは溜め息を吐くと、シルビアを捕えようと手を伸ばして近付く。

しかし、彼女は剣を抜いて叫んだ。


「ただでは応じません、こちらにも考えがあります!」


彼女は自身の首に刃を向けたのだ。


「【聖血】を無事手に入れたいのなら、要求を呑んでください!」

「チッ、小娘まで余計な真似を……」


愚痴を零すグウェインに、部下が寄って来て耳打ちをする。


「どうしましょう、団長。流石の聖血も、急所に傷を負えばどうなるか分かりません」

「要求を聞いてみる他無いでしょう」


彼はシルビアに向き直る。


「言ってみなさい」

「ローレンス師匠と、あの少年の安否を保障してください」

「ふん……まぁ、良いでしょう」


何とか交渉を終えたシルビアは、肩を落とて俯く。

無理も無い。故郷は焼き払われ、兄は死に、育ての親は瀕死の重傷。

親友ともこの先会えるかすら分からないのだ……彼女この一夜で失い過ぎた。

しかし、目元に再び溜まり始めていた涙を何かが優しく拭った。


「シルビア、泣き顔で別れるのは止せ」


涙を拭ったのは、血塗れのグローブを外したローレンスの左手。

また、彼はそこから小指を突き出した。


「お前は強い子だ。どんな形になっても、どれだけ時間がかかっても、必ず迎えに行く。その日まで……変わらないお前で待ってくれるか?」


ローレンスの声はいつになく落ち着いて優しいものに聞こえる。

シルビアはそれに応えるように拙い笑顔を作り、自分の小指を差し出す。

二人は互いの指を絡めた。


「勿論です。 ……必ず・・ですよ」


それから程無くして

大きく温かい手と、細くて冷たい指はそっと離れた。


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