第19話 指切り


 教会連盟を象徴する聖四騎士の内、第一の位。それが白騎士。初対面とは言え、教会の式典に出席している姿を新聞などで見たことがある。端正に切り揃えられた茶髪や鋭い目つきは兜を被っていても良く分かる。金の装飾で彩られたピカピカの鎧と、純白のマントも彼が本物であることを証明していた。

けれど、その「格式高い紳士」のイメージとは全く異なり、人を見下した高圧的な態度が滲み出ている。きっと、誰に対してもそうなのだろう。


「貴方たち、銃を構えておきなさい。あのネズミ共が動かないように」


騎馬隊の部下にそう告げ、彼らが十分な数の銃口を私たちに向けると、グウェインは白馬を下りた。そのまま悠々と私たちの直ぐ傍まで歩いて来て、自分の引いた引き金によって死体になった部隊長に向かって説教を始める。


「全く……第二隊長に任命してやったというのに不甲斐ありませんね、貴方は」


絶望の表情を浮かべたまま死んだ顔に向かって執拗に蹴りを入れ、まだ止めようとしない。


「与えられた任務すら満足に遂行できないどころか、敵に情報を漏らして命乞いとは一体どういうことですか……」


今度は倒れた部隊長の頭を靴の裏でゴリゴリとにじる。こちらから見ても心地の良いものではなかった。


「まぁ、良いでしょう。ローレンスあの男を弱らせたことくらいは評価してやっても」


直ぐ傍に居るのに、師匠ですらこの騎士に矛を振ろうとしない。けれど、それは私も同じだ……この男に剣を振っても、当たらないと分かるのだ。少なくとも、不意打ちが効くような生半可な実力者ではない。

そのように緊張した目付きを送っていると、彼はようやくこちらを見た。


「さて、私が名乗る必要はもう無いでしょうから本題に入ります。我々の目的はこのお馬鹿さんが漏らしてしまった通り、そこの小娘です。本物で間違いないようですし」

「……」

「どうするべきなのかは貴方たち自身で決めてください。それまで少し待ちましょう」


それだけ言うと、彼は腰に手を当てて元々乗っていた白馬の方へ戻っていった。すると、師匠が


「少し寄れ」


と言った。私もルドウィーグもそれに従い、三人で小さな環を作って話し合う。


「抜け道って信じたけど、やっぱり罠だったのか?」


ルドウィーグが呟くと、師匠は食い気味にそれを否定した。


「それはない、連中が一枚上手うわてだっただけだ……まず、シルビアを渡すことは絶対にしない」


私はそう言ってもらえて嬉しかったけれど、同時にとても心配になった。


「そうすると、師匠やルドウィーグに危険が……」

「ただで済まないのは分かっている。だが、ここは俺が喰い止めるしかない。その間にルドウィーグと上手く逃げろ」

「そんな……あの人たちは師匠を殺す気です!」

「シルビアの言う通りだ。俺だって反対する」


師匠が死んでしまったら元も子もない。あの黒羽の人の前で誓った通り、私は師匠と生き延びて、ちゃんとお別れまで一緒に居るつもりなのだから。

すると、師匠は意外な言葉を発した。


「俺は殺されたくらいで死ぬような男か?」


私はしばらく開いた口が塞がらなくて困った……これは夢だろうか。


「……師匠のご冗談は初めて聞きました」


少し遅れて、あれは私の気を和ませるための気遣いだったことに気付いた。だが、師匠はそれをしらばくれるように次の話を持って来る。


「それに、策は有る」


師匠は自分の足元に流れ落ちた赤黒い血に触れていた――いや、何かの薬品を混ぜ込んでいるのだ。私は彼の考えに勘付く。


「誘うんですか?」

「ああ、まだ何とか奴らの活動時間だ。この林にもそれなりに居るだろう」



 それから長くは経たない内に、グウェインから問い掛けがあった。


「そろそろ考えは纏まりましたか? ……くれぐれも私を失望させないようお願いしますよ?」


私たちは剣を鞘に収め、騎士団の方へ一歩近づく。


「おや。貴方まだ歩けたんですね」

「お前たちが休憩時間を与えてくれたからな」

「では、その時間を使って考えた答えを聞かせてもらいましょう」


師匠が少しの沈黙を挟んでタイミングを計っている間、私とルドウィーグはアイコンタクトを取る。そしてその時は来た。


「答えはこいつらに聞くんだな」

「――⁉ 馬鹿な……」


師匠の言葉を受けて騎士団が反応を示すよりも速く、憑き物の群れが茂みから押し寄せて来た。勿論、騎士団の方だけでなく私たちも狙って来るが、弔いは対憑き物のプロなのだからこちらに分がある。騎士たちの狼狽えを余所に、お馴染みの熊狼や街中ではあまり見かけない爪猿なども往なして、ルドウィーグと共に振り切った。


「シルビア、これはどういう?」


ルドウィーグにはかなり無茶な作戦に巻き込んでしまって申し訳無いが、説明は走りながら。


「師匠が血の匂いで憑き物を呼び寄せたんです」

「騎士団が獣除けの香を焚いてたのに?」

「中和剤も使えばこうなります」


それから私は、


(師匠……ご武運を!)


と念じ、あとは前だけ見て駆け出したのだが……

次の瞬間、聞いたことも無いほどの轟音が、私たちの足を止めた。


「うぅ、鼓膜が……!! 師匠は⁉」


音は後ろからしたのだ。……一度覚悟を決めて走り出したばかりだというのに、私は不安を抑え切れず引き返す。


「シルビア! 駄目だ、ローレンスの言った通りに――」


ルドウィーグがそれを止めようと試みたけれど、私は聞く耳を持っていなかった。

 結局元の場所まで戻って来て、茂みの中から様子を確認した結果。師匠は無事に立っていたものの、あれだけ居た憑き物は自分たちの血で出来た池に力無く転がっている。


「窮鼠猫を嚙むとはこのことですか……全く、肝を冷やしましたよ」


見る限り、白騎士団は無傷。

一体どういうことかと思ったが、その答えは騎士たちの手に握られており、グウェインも話している。


「だが、最新の散弾銃を輸入した甲斐はあった……ローレンス、この弾薬費は高く付きます。きっちり徴収しますよ!」


グウェインは師匠に向けていた銃口を突如として逸らし、明後日の方向に発砲した。再装填が済んでいた他の騎士たちも続けて、同じように撃つ。


「あっ――」


その射線上に居るのは私だった。

見つかっていた。もう避けられない。ルドウィーグだけでも――






 数秒経っても私たちに弾丸が当たる事はなく、思わず瞑った目を開けてみると、目の前に何かが立っていた。


「…………ッ‼ 師匠!」


どうしよう。どうしよう、どうしよう、どうしよう……

あぁ、ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい!

私のせいで、師匠はこんなにも赤黒い血を零している。


「やっぱり、貴方ならそうすると思いましたよ……親馬鹿も良いところだ!」


私のせいで師匠は膝から崩れ落ちて、あの男に愚弄されている。

私が余計なことをしたせいで師匠が……師匠が死んでしまう!


「……元々貴方に用は無い。そのくせ、ネズミの分際で仕事の手間を増やすとは良い度胸だ。……ここで消えろ」


グウェインが師匠の後頭部に銃を向けたとほぼ同時に、私は叫んでいた。


「待って下さい!」


今にも倒れそうだというのにまだ立ち上がろうとする師匠を見ていられず、私は彼の下に行って抱き着くように支えた。


「師匠、もう止めて下さい、これ以上は本当に死んでしまいます!」


それでも師匠は私を制し、ドボドボと血を流しながら戦おうとする。


「俺はお前を守り抜くと誓った…………俺が死んででもだ!」


彼は血反吐を吐き出すのと一緒に言葉を絞り出し、剣を杖替わりにして膝を立てた。


「駄目です、師匠は私の全てです! 貴方が死んでしまったら……」


その言葉を話している間にも自分の声はどんどん小さくなって行って、最後には師匠のコートを引っ掴み、額を押し付けて泣きじゃくってしまっていた。

きっと師匠はまた無力感に苛んでいる。でも、これは師匠のせいじゃない。全て私が不甲斐無いせいだ。むしろ、ここで師匠が死んで私だけ生き残ったなら、私は自殺をした後のあの世ですら自分を許せないだろう。

だから私は目元を擦って立ち上がり、グウェインに向かって言った。


「そちらの目的は私の身柄、で間違いないでしょうか?」

「えぇ。貴方の自身のことですから、改めて答えを聞きましょう」

「……現時点を以って、この通り引き渡します。引き換えに、ローレンス師匠と……あの少年の安否を保障して下さい」

「良いでしょう……最初からそうしていれば懸命だったものを」


交渉を終えて、私は肩を落とし、俯いた。

故郷は焼き払われ、兄は死に、親友にはもう二度と会えないかもしれない。育て親も手酷く傷つけられてしまった。……この一夜で、私は一体幾つ失うのだろうか。

けれど、目元に溜まった涙を何かが優しく拭ってくれた。顔を上げれば、瀕死とは思えない程に優しく落ち着いた師匠の振る舞いだった。


「シルビア、泣き顔で別れるのは止せ」


師匠は小指を出して言う。


「お前は強い子だ。どんな形になっても、どれだけ時間がかかっても、必ず迎えを寄越す。その日まで……変わらないお前で待ってくれるか?」


私は拙い笑顔を作って、迷わずその指に掴まった。


「勿論です。 ……必ず・・ですよ」


それから程無くして、師匠の大きく温かい掌と、私の細く冷えた指はそっと離れた。






・後書き――――――――――――――――――――――――――――――――――


 黒鋼の矛

古い弔い、ローレンスの用いる巨大な矛

ドリフト諸島特有の金属「黒鋼」製のそれは

対となる大剣には無い重さを有し、強大な敵をも屠り得る

ただ、その破壊力を支えている斧の部分は後付けで

終わり無き狩りを自身への罰とする印なのだという


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