第21話 追撃 後編

 教会連盟を象徴する【四大聖騎士団】。

選りすぐりの精鋭で構成された、軍隊とは似て非なる存在だ。各騎士団はそれぞれ特別な役割を担い、人民の士気を保つ事にも貢献している。

この筆頭が教皇直属の戦力【白騎士団】だ。


 そして、今ローレンスたちの前に立ちはだかるのは、白騎士団長にして「白騎士」の称号を持つ【グウェイン・アスタークラウン】本人。

実際に姿を目にした事はなくとも、新聞に載った写真で彼の事を認知する者は多い。ドリフト諸島に知らない者は居ない男の一人と言っていいだろう。

 整った茶髪や鋭い目を見せつけるかのように兜は外しており、

首から下は金の装飾で彩られた輝かしい鎧と純白のマントに包んでいる。

しかし、彼の態度は格式高い紳士と程遠く、高圧的な剣幕で人を見下しているのだった。


「貴方たち、銃を構えなさい。あのネズミ共が動かないように」


後ろに控える部下たちはグウェインの指示通り、一糸乱れぬ構えで銃口をローレンスたちに向ける。

グウェインは白馬から下り、ローレンスの直ぐ傍まで悠々と歩いて来た。

そして、自分の引いた引き金によって死体になった部隊長に向かって説教を始める。


「全く……第二隊長に任命してやったというのに不甲斐ありませんね」


絶望の表情を浮かべたまま硬直した顔に向かって執拗に蹴りを入れ、まだ止めようとしない。


「与えられた任務すら遂行できないどころか、情報漏洩に命乞いまで……全く、途方もない頭の悪さだ」


部隊長の横面を靴底でゴリゴリとにじってようやく気は済んだらしいが、

これを見ていた者はむしろ心地悪くなった筈だ。


「まぁ、いいでしょう、この男・・・を弱らせた事くらいは評価してやっても」


グウェインはそう言ってローレンスを睨んだ。

不意打ちも通じない周到な実力者である事は誰の目にも明らかである以上、

ローレンスやシルビアは大人しくしていた。


「さて、私が名乗る必要はもう無いでしょうから本題に入ります。我々の目的はこのお馬鹿さんが漏らしてしまった通り、そこの小娘です。本物で間違いないようですし」

「……」

「どうするべきか、貴方たち自身で決めてください。それまで少し待ちましょう」


それだけ言うと、彼は部下と白馬の方へ戻って行った。




 三人で小さな環を作って話し合う。


「抜け道って信じたけど、やっぱり罠だったのか?」


ルドウィーグの疑念はローレンスが即否定する。


「それはない、連中が一枚上手うわてなだけだ……いずれにせよ、シルビアを渡すつもりは毛頭無い」


シルビアはそう言ってもらえて嬉しかったものの、同じくらい心配でもあった。


「そうすると、師匠やルドウィーグに危険が……」

「ただで済まないのは分かっている。だが、ここは俺が喰い止めるしかない。その間にルドウィーグと上手く逃げろ」

「そんな……あの人たちは師匠を殺す気です!」

「シルビアの言う通りだ、ローレンスさん。俺だって反対だ」


先程の小隊にも苦戦を強いられて今があるというのに、

更に人数や装備でも勝る白騎士団本隊を相手取るのは無謀そのものだ。

しかし、ローレンスは


「俺は殺されたくらいで死ぬような男か?」


と若干茶化した台詞を吐いた。

シルビアは開いた口が塞がらなくて困ったが、しばらくしてクスリと笑った。


「師匠のご冗談は初めて聞きました」


深刻極まりない状況だからこその、気持ちを和ませようとする気遣いだったと分かったのだ。

尤も、ローレンス本人はそれを白ばくれるように次の話を持って来る。


「策は有る」


彼は自分の足元に流れ落ちた赤黒い血に触れていた――いや、ある薬品・・・・を混ぜ込んでいるのだ。


「誘うんですか?」

「ああ、銃声を聞き付けてすぐ近くまで来ている筈だ」




 それから長くは経たない内に、グウェインから問い掛けがあった。


「そろそろ考えは纏まりましたか? ……くれぐれも私を失望させないようお願いしますよ?」


三人は抵抗の意志は無いかのように、騎士団の方へゆっくり一歩近づく。


「おや、まだ歩けたんですね」

「休憩時間を貰ったからな」

「では、その時間を使って考えた答えを聞かせてもらいましょう」

「………………」

「どうしたのです」


彼らは黙ってタイミングを計っているのだ。

その間、シルビアとルドウィーグはいつでも動き出せるようにアイコンタクトを取る……間も無く、待っていた瞬間が訪れた。


「答えはこいつらに聞くんだな」

「――⁉」


白騎士団が反応を示すよりも速く、憑き物の群れが茂みから押し寄せた。

お馴染みの熊狼の他にも小型で素早い【牙猿】なんかが混じっており、白騎士団は狼狽える。

一方、シルビアとルドウィーグは目も暮れず回れ右。向かって来る個体を何体か往なして、ぐんぐん遠ざかった。


「シルビア、これはどういう?」


覚悟こそ持っていたが、前振りも無く無茶な作戦に巻き込まれたルドウィーグは走りながら説明を求める。


「師匠が血と【獣寄せの香料】を使って憑き物を呼び寄せたんです」

「な、なるほど? 獣除け・・の香料と反対の代物があるのか……」


それから二人はローレンスの武運を祈り、あとは前だけ見て駆けていた。


 しかし、次の瞬間。

とてつもない轟音が響き渡り、彼女らは思わず足を止めた。


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