第21話 追撃 中編

 部隊長はローレンスが双剣を構えたのを認めて「戦闘の意思あり」と判断し、即座に命令を発する。


「フンッ、愚か者め。潰されなければ分からんか……総員戦闘態勢!」


大盾兵が前に出て、包囲の陣を狭める。槍の柄頭で地面を叩き、威嚇しながらジリジリと迫って来た。


しかし、ローレンスは動じる事無く、深く深く息を吸って……パッと前に駆けて出た。


このままを攻撃を加えても、大盾に弾かれて一巻の終わり……誰もがそう思うだろう。

だが、その認識は直ちに改めさせられる。

彼は助走で付けた勢いのまま大きく体を捻り、目にも止まらぬ速さで矛を全周囲に渡って振り回した……俗に言う【大回転斬り】である。

兵士たちが過信していた大盾はひしゃげ、軽く跳ね飛ばされる。

そうして防御が崩れている隙に、ローレンスは連続でもう一回転繰り出す。

この2撃目こそが本命であり、受けてしまった者は大袈裟に吹き飛ばされて、再び接地する頃には上下半身が泣き別れを済ませていた。


「甲冑ごと両断⁉ 何というバケモノだ……」


場の空気がきしむような剣撃はまとめて十人近く葬ったのだ、兵士たちが酷く戦慄するのも無理はない。

寒い外気に白くて長い息を吐くローレンスは、放熱する何かの機械殺戮マシーンさながら。



 彼の剣は、猛攻は止まる事を知らなかった。

大勢居た兵士たちが無心で切り刻まれる様子は、まるで脆弱なプリンが次々と引っ叩かれて行くかのようにあっけない。

兵士たちからすれば、前に居た仲間から順に首や腕を失くして胴も飛ばされ、怖気付く頃には自分も殺される。

まさに悪夢、そして目に映るは鬼悪魔……ローレンス本人はそういうものに堕ちてでもシルビアたちを守ると誓っているのだから、あながち間違いでないとも言える。


 残る兵士が半分を切り、限界を悟った部隊長が叫んだ。


「じゅ、銃を解禁しろ! 何としても奴を殺すのだ!」


それを聞くや否や、兵士たちは「待っていました」と言わんばかりに銃を取り出す。

ドリフト諸島では火薬の材料が揃わないので、火器は滅多に使えない超高級品と言える。

白騎士団はそれだけのコストを支払ってでもローレンスを排除しに来ているのだ。

早速激しい炸裂音と共に弾が飛び交うのだが、引き金を引いた兵士たちは皆困惑した。


「……外したか?」

「いや、今のは当たっている筈だ」


言ってしまえば、兵士たちはこの近代兵器の希少価値を強さと混同していた。

今のローレンスからすれば、こけおどしの花火・・・・・・・・同然とも知らず。

彼は怯まず戦場を駆け抜け、何発か喰らったとしても怯まず一人一人墜として行くのに変わり無い。

しかも、ローレンスは巨躯で暴れるだけが能ではない。

倒したものの掌から銃をぎ取り、背後から鉛玉を打ち込んで来る小賢しい者にも返事をしてやった。



 そうして部隊長とその護衛を残すのみというところまで来た。

護衛は慌てて大盾を連ねて部隊長を守ろうとしたが、これは二の舞。

屍が増えるのみに終わる。

独りになってしまった部隊長は最初の威勢など見る影も無くビビり散らかし、小便を洩らしながらボロを出した。


「あ、ああぁぁぁ、あ……ロ、ローレンス! あの娘聖血はお前の物でいい。それからほら、えっと……白騎士団に入れてやろう! 教皇様に直接お仕えする名誉――」


腰を抜かした部隊長は口を滑らせて目的がシルビアだった事を明かしつつ、この期に及んで命乞いをした。


「は?」

「――分かった! 分かったぞぉ! 連盟の高官だな? 高官に任命してやれば文句なかろう。衣食住、何不自由無いのだからな」


こういったこすい野郎は、ローレンスが最も憎む人間のが一つだ。

彼が武器を握り直して近付けば「ヒィヒィ」と無様な声を立てるばかりで、動こうともしない。

ローレンスは見下すような眼差しで睨みつけ、溜め息を吐くのを最後に矛を振り下ろそうとした。


「待ってください、師匠」


敵は全てを斬り伏せんとしていたローレンスを正気に戻すように、シルビアが駆け寄って抱き着いた。

また、ルドウィーグも彼女に同調する。


「こいつはまだ生かして情報を引き出すべきだ」

「……そうだな。少し感情に任せ過ぎた」


彼は矛を下ろし、シルビアを抱き返そうとした。

が、その前に片膝を着いてしまった……戦闘中は興奮して痛覚が鈍くなっていただけで、銃などはそれになりに効いていたのだ。


「大丈夫ですか⁉」

「大事無い……だが、少しだけ休ませてくれ」

「はい、どうかゆっくり」

「いや、ゆっくりはしていられない。こいつらは本隊ではないんだ」

「どういうこと?」


ルドウィーグの疑問に対して、

まだ腰を抜かしている部隊長の胸倉を掴み寄せ、ローレンスは説明する。


「この徽章きしょうは分かるか?」

「……教会連盟の、白騎士団⁉」

「そうだ。そして、【白騎士】グウェインがここには居ない……今頃本隊を動かしている筈だ」


ローレンスがそう言い終えて唇閉じた瞬間、一発の銃声が響いた。

先程の兵士たちが使っていた物よりも鋭い音……弾速も速い。

幸い、三人には当たらなかったが、すぐそこでブチュッと不快な音がし、部隊長が倒れたのだった。

そちらを一瞥すると、眉間に丁度穴が空いているではないか。


「誰か呼びましたか、私を?」


振り返れば、そこには部下共々騎馬に跨る【白騎士】グウェイン・アスタークラウンが煙を吐く銃口を向けていた。


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