第21話 追撃 前編
アシュレイの為に一時引き返した間に火の手は広がり、川に沿って街から脱出するプランは難しくなってしまった。
全力で走り続ければ何とか火を振り切れるかも知れないが、それができるのはローレンスくらいのもの。
シルビアとルドウィーグが
ローレンスはどんな手を打てば三人とも――最悪自分が犠牲になって二人が助かるか、考えあぐねていたところ、意外にもシルビアが解決策を提示するのだった。
「師匠」
「大丈夫だ、何とかする」
「そうではなくて! これは使えますでしょうか?」
シルビアは宥めを求めていたわけではなく、自分のポーチから羊皮紙の巻きを差し出した。
ローレンスはすぐさまこれに目を通し、尋ねる。
「情報源は?」
「【レイヴン】と名乗る、黒羽の格好をした方でした」
ローレンスは「よし」という様子で頷く。
「ならば信憑性は俺が保証する。ルドウィーグ、お前も来るか?」
「ここまで来て別行動はないって。ついて行くよ」
巻きに記されていた通りの場所には枯れた井戸のような縦穴があり、ロープを使って中に下りると、長いトンネルが広がっていた。
「これは、古い下水道か」
「それなりに深いようだし、地上の煙が充満する心配も無さそう」
「……他の心配はあるようです」
暗闇に目が慣れると、奥で何かが動いているのが分かったのだ。
「何あれ? 中型犬くらいはデカいけど、もしかしてネズミ?」
「はい。【大鼠】かと」
「あんな憑き物も居るのか……」
「いや、厳密には違う。異常成長や突然変異した野生動物だ」
「そうなの?」
「十分人を殺し得るので、危険に変わりありません。師匠――」
「ああ、走り抜けるぞ」
陣形は縦一列。
ローレンスが先頭で、間にルドウィーグを挟むように、後ろはシルビア。
匂いを嗅ぎつけて跳び掛かって来る大鼠を斬り捨てながら、三人は進んだ。
奥に進むにつれて出て来る大鼠の量も増えて、更には分かれ道に出くわした。
「シルビア、持ち堪えてくれ」
「はい!」
後方をシルビアに任せ、ローレンスは石を二つ拾って左右それぞれの道へ放り投げる。
左からは乾いた音が響くだけだった一方で、右からはポチャンと水の音がした。
「
ローレンスが急いで振り向くと、意外な事にルドウィーグも徒手空拳で大鼠を蹴散らしていた。
流石に倒す事はできなくとも、一度に掛かって来る敵の数が分散するので、シルビアのサポートには十分なっている。
そんな恐れ知らずの少年の活躍もあって三人は無事出口に辿り着き、防壁街の「壁」の外側に出る事に成功した。
街を焼く業火は今や遠くに光っており、地下を進んでいる間に地上の火災とは上手く行き違う事ができたのだ。
ただ、安心も束の間。堪えていた喪失感がどっと押し寄せる。
「これから、どうしたら良いのでしょうか……」
俯くシルビアに水筒を渡して飲むように促しつつ、ローレンスは掛ける言葉を考えていた。
が、その直後
「包囲した、動くな!」
という警告が突如耳に刺さった。続けて、周りの物陰から武器を携えた兵士がぞろぞろと出て来る。
合わせて40名ほど、いずれも白を基調とする高貴な飾りの施された装備をしていた。
「初代狩長、ローレンスで間違いないな?」
最初に警告を発した男――恐らく部隊長が、厳しい態度で問う。
「……いかにも」
ローレンスは、この兵士たちがガスマスクの殺戮者とは一線を画す【白騎士団】だと分かった。
教皇直属の戦力である彼らが絡んでいるという事は、強硬派や軍部の暴走とは考え難い……
(祟りの感染爆発が起きてしまった防壁街を見捨て、感染の疑いのある住人ごと全て焼却する……連盟にありそうなやり口だ)
教会の判断は確かに正しく、しかし不健全で身勝手だ。
ローレンスは腸を煮えくり返しながら口を開く。
「教皇直属の
「貴様の質問には応じない。大人しく投降せよ!」
ローレンスは早々に対話を打ち切り、ルドウィーグの方を振り向いて言った。
「ルドウィーグ、下がって
合理的に考えれば、シルビアの方がルドウィーグより強い。
それでもローレンスが彼に任せるのは、男としての信頼があるからだ。
ルドウィーグもそれを察して、引き締まった表情で頷いてみせた。
「けど、ローレンス。この数を一人で?」
「そうですよ、師匠。無謀です」
ローレンスは心配する二人を無言で抱き締める。
(あどけない少女だったシルビアは、つい数年で眼差しに確かな意志を宿し、気品ある大人の美貌になった。
ルドウィーグは今シルビアを任せられる唯一の相手。アシュレイが命を賭して守った希望でもある。
俺はここで、二人を守らなければならない。いや、絶対に守り抜く)
ローレンスの意志はいつになく明確で強かった。
握るだけでも手首がだるくなる双剣も、今は全くと言っていいほど重くなかった。
・後書き――――――――――――――――――――――――――――――――――
黒鋼の矛
ローレンスの用いる双剣のうち、右手に握る巨大な矛
ドリフト諸島特有の金属【黒鋼】製のそれは極めて重く
振るう事が叶えば強大な敵をも屠り得るだろう
ただ、肝心の破壊力を備える斧の部品は後付けで
終わり無き狩りを自身への罰とする印なのだという
黒鋼の矛、ビジュアル +α
https://kakuyomu.jp/users/yuki0512/news/16818093083966534277
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