第17話 追撃


 川を辿りながら防壁街を脱出する計画が最善策と考えいたのは俺だけではなく、ルドウィーグは俺たちと合流するまでそうしていたらしい。他に良い手も無いので、それが最も安全で早いかと思っていたのだ。

だが、アシュレイのために一時引き換えしたこともあって遅くなり、火の手はすぐそこまで来てしまっている。全力で走り続ければ何とか振り切れるかも知れないが、俺は平気でも、シルビアとルドウィーグがたないだろう。そう考えると今から行ってもきっと間に合わない。

 俺がこの状況に追い詰められ、苦悩していたところ、解決策を提示したのは意外にもシルビアだった。


「師匠」

「大丈夫だ、何とかする」


切羽詰まっていたなりに俺は彼女の不安を宥めようとしたが、少し違ったのだ。


「そうではなくて! 先ほど、黒羽の装いをした人に会ったんです」

「黒羽?」


……まさかあいつ・・・だろうか。情報は少ないが、真っ先に思い当たる者が居る。


「その者、鴉を連れてはいなかったか?」

「そこまでは……」

「そうか。すまん、続けてくれ」

「それで、あの方が教えてくださった抜け道があるんです。それを頼ってみるのはいかがでしょう」

「……信憑性は俺が保証する。ルドウィーグ、お前も来るか?」


俺はルドウィーグの方にも問うてみると、意外にはっきりとした返事が返って来た。


「ここまで来て別行動ってことはないだろう」


彼の多くは知らないが、やはり勇敢な若者だと思う。3年程前だったか、シルビアを助けたときも何一つ躊躇しなかったと言うではないか。

弔いでも何でもない少年に、俺は感心してしまった。



 シルビアの案内に従って行き着いた場所には枯れた井戸のような縦穴があり、中に下りると長いトンネルが広がっていた。


「これは……古い下水道か」

「それなりに深いようだし、煙が充満する心配も無さそうだ」

「他の心配はあるようです」


ルドウィーグは暗闇に目が慣れるまで時間が掛かっているようだが、奥で何かが動いているのは分かるらしい。


「何あれ? 中型犬くらいはデカいけど、ネズミ?」

「はい。恐らく大鼠・・です」

「あんな憑き物も居るのか……」

「いや、厳密には違う。異常成長や突然変異した野生動物だ」

「そうなの?」

「十分人を殺し得るので、危険に変わりありません。師匠――」

「ああ、走り抜けるぞ」


俺とシルビアは剣を抜いて縦一列に並び、間にルドウィーグを挟んで守ることにした。

こちらの匂いを嗅ぎつけて早速跳び掛かって来た一匹目を斬り捨てると同時に、後ろへ合図し、俺たちは走り出す。

しばらくは順調に進んでいたが、出て来るネズミの量も増えて来た辺りで分かれ道に出くわした。


「シルビア、持ち堪えてくれ」

「はい!」


石を二つ、素早く拾って左右それぞれの道へ放り投げる。

左からは乾いた石が転がる音が響くだけだった一方で、右からはポチャンと水の音がした。


こっちだ」


俺がそう言って振り向くと、何と! ルドウィーグも丸腰でネズミを蹴散らしているではないか。流石に倒すことはできなくとも、一度に掛かって来る敵の数を分散させることで、シルビアのサポートには十分なっている。



 そんな恐れ知らずの少年の活躍もあってか、俺たちは想像以上に速く出口に辿り着き、防壁街からの脱出に成功した。「壁」の外側からは街の様子が見えないが、炎の明りが遠いことから考えて、街の殆どは既に焼き尽くされ、残るあと僅かの場所もまさに今業火に襲われているのだろう。地下を進んでいた俺たちは、地上の火災と上手く行き違うことができたということだ。

ほんの一息吐いた時、シルビアは喪失感に見舞われたのだろう。彼女は不安を零すように呟いた。


「……これから、どうしたら良いのでしょうか?」


俯く彼女に水筒を渡して飲むように促しつつ、俺は何と言ってやれば良いか考えた。

が、その結果を声で発する前に


「包囲した、動くな!」


という警告が突如耳に刺さった。続けて、周りの物陰から武器を携えた兵士がぞろぞろと出て来る。合わせて40名ほど、いずれも高貴な装飾の施された装備をしていた。


「初代狩長、ローレンスで間違いないな?」


最初に警告を発した男――おそらく部隊長が、厳しい態度で俺に問うて来る。


「……いかにも」


すぐ横で、シルビアは俺の顔を見上げている。「狩長かりおさ」とは最高位の弔い、俺がその初代だった事はまだ話していないのだった。彼女が驚くのは無理も無い。

それはさて置き、俺はこの防壁街襲撃事件の黒幕が教会連盟だと確信した。祟りの感染爆発が起きてしまったこの街を見捨て、感染の疑いのある住人ごと全てを焼却する……そういうやり口ではないかと思っていたが、今目の前に居る兵士たちの装備が確固たる証拠になった。しかも、あれは教会連盟の最高権力者である教皇直属の戦力「白騎士団」だ。


「教皇直属のやからがわざわざ三人の生存者を排除しに来たという訳ではあるまい……何が目的だ?」


白騎士団が絡んでいる時点で、強硬派や軍部の暴走とは考え難い……もっと大きな陰謀が働いているのだ。


「貴様の質問には応じない! 大人しく投降せよ」


……向こうも俺も譲ることはできないらしい。俺はルドウィーグの方を振り向いて言った。


「ルドウィーグ、下がってこの子を守れ」


どう考えてもシルビアの方がルドウィーグより強い。それでも俺がルドウィーグに任せるのは、男としての信頼だ。彼もそれを察してくれたのだろう、引き締まった表情で頷いてみせた。


「けど、ローレンス。この数を一人で?」

「そうですよ、師匠。無謀です」


シルビアも心配しているが、俺は無言で二人を抱き締める。

ついこの間まであどけない少女だったシルビアは、眼差しに確かな意志を宿し、美しい容貌を甘いものでなく、気品ある大人のそれになった。

また、今なら分かる。ルドウィーグとの巡り合わせが俺やシルビアにとってどれだけ大きな意味を持つのか。アシュレイが命を賭して守ったこいつはきっと、希望なんだと。


(俺はここで、二人を守らなければならない。いや、絶対に守り抜く)


ここまではっきりとした、ここまで強い意志を持って剣を握るのはいつ振りだろうか……手首がだるくなるようなこの双剣も、今は全くと言っていいほど重くはなかった。


「フンッ、愚か者め。潰されなければ分からんか……総員戦闘態勢!」


部隊長の掛け声で大盾兵が前に出て、包囲の陣を狭めた。槍の柄頭で地面を叩き、威嚇しながらジリジリと迫って来る。

……俺は深く息を吸って、地面を蹴った。

このまま剣を振っても、大盾に弾かれてから槍に突かれて終わる。誰もがそう思うだろう。だが違う。今のは助走、そのまま矛を大きく振り回し、届く距離全ての盾を跳ね飛ばした。兵士たちが怯んでいる隙にもう一発。今度は渾身の回転斬りを繰り出した。

周りの空気がきしむような剣撃は、一度に十人近くを薙ぎ払い、彼らを吹き飛ばすように甲冑ごと両断してしまった。

バラバラの死体が地面にぶつかる音の中、俺が息を吐くと、何かの機械が放熱するかのような煙 が出た。



 俺の剣は、猛攻は止まらなかった。大勢居た兵士たちをまるでプリンのように、無心で斬り飛ばしていった。

彼らからすれば、前に居た仲間から順に首やら胴やら腕やら飛んで失くなり、怖気付く頃には自分も殺される。その状況はまさに悪夢、そして目に映る俺は鬼悪魔の類。だが、それで良い。俺はそういうものに堕ちてでも守り抜くのだ!

団員が半分を切り、危機感を覚えた部隊長が叫んだ。


「じゅ、銃を使え! 何としても奴を殺すのだ!」


それを聞くや否や、兵士たちはすぐに銃を取り出し、こちらに向ける。この島では火薬の材料が揃わないので、ああいったものは滅多に使えないのだろう。しかし、俺から言わせれば、銃の貴重性を強さと勘違いしている。


(近代兵器があれば勝てると思ったか。甘い……)


ただ、この時は自分もどうかしていた。


(いや。こんなもの、避けるのも面倒臭い)


早速激しい炸裂音と共に銃弾が飛び始めるのだが、引き金を引いた兵士は皆「当たらなかったのか?」と困惑していた。俺は被弾を一切気にせず敵を斬り続ける。何度撃たれても体は何ともない。怯まない。動じない。俺は勢いに任せて目の前のものを全て殺した。

 そうして戦闘員を全滅させて部隊長の前まで来てやると、あんなに威勢の良かったヤツはビビり散らかし、小便を洩らしながらボロを出した。


「ほ、本当に皆殺しやがった……あ、ああローレンス、あの娘はお前の物でいい。だからほら、えっと……連盟の高官! 高官に着かせてやる! 衣食住、何不自由無いぞ!」


腰を抜かした部隊長は口を滑らせて目的がシルビアだった事を明かしつつ、この期に及んで命乞いをしている。……3年前、孤児院からシルビアを逃したことが火種になったのだろうか。

とにかく、俺はこういうこすい奴が一番嫌いだ。剣を握り直して近付くと、ヒィヒィと無様な声を立てるばかりで、手足を完全に竦ませて動こうとしない。俺は見下すような眼差しで睨みつけ、溜め息を吐くのを最後に、矛を振り下ろそうとした。


「待ってください師匠」


シルビアが駆け寄って来て、抱き着くように俺の手を止めた。また、ルドウィーグもこのように言う。


「コイツはまだ生かして情報を引き出すべきだ」

「……そうだな。少し感情に任せ過ぎた……」


俺は矛を下ろし、シルビアを抱き返そうとした。

が、その前に片膝を着いてしまった……やはり、先程の銃撃が効いていたようだ。あの時は身体が何も感じなかっただけで、俺の体力は限界を迎えたらしい。


「大丈夫ですか⁉」

「……大事無い……だが、少し休ませてくれ。ただ……こいつらは本隊ではない」

「どういうこと?」


ルドウィーグの疑問に対して、俺はまだ腰を抜かしている部隊長の胸倉を掴み寄せて説明した。


「この徽章は分かるか?」

「……教会連盟の、白騎士団⁉」

「そうだ……だから、ここに白騎士のグウェインが居ない時点で支隊だと解る」


そう言い終えて唇閉じた瞬間、一発の銃声が響いた。支隊の兵士たちが使っていたものよりも鋭い音……弾速も速い。

幸い、俺たち三人には当たらなかったが、すぐそこでブチュッと不快な音がし、部隊長が倒れたのだった。そっちを一瞥すると、眉間にピンポイントで穴が空いているではないか。


「誰か私を呼びましたか?」


振り返れば、そこには騎馬隊を率いる騎士、グウェイン・アスタークラウンが煙を吐く銃口を向けていた。


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