第20話 喪失
火災を掻い潜りつつ、はぐれてしまったローレンスとアシュレイを探して彷徨っていたシルビアは、ガスマスクを付けた人物の遺体に行き当たった。
つい先程、現行犯で見たので彼女も知っている……殺戮者たちの装備だ。
なぜ殺す側だった者が殺されているのだろうかと、近寄って見てみれば、眉間には完璧なまでに矢が深く刺さっていた。
矢はアシュレイの使っている自家製品で間違いない。
それも、幾つか種類がある中で「貫通矢」だ。狩り道具の手入れを手伝った際に教わったこの矢は、高威力な分高価で、彼は滅多に使わない。
人殺しを強く忌んでいたアシュレイが最上級の敵意を露わに行動したと思うと、シルビアは胸が痛くなった。
しかし、これはアシュレイが近くに来た痕跡でもある。
シルビアがそう考えて直して立ち上がったとき、背後に気配を感じ取った。
咄嗟に振り返ると、断頭斧を振り被った殺戮者が。
シルビアは哀愁を抜いて応戦するものの、人を傷付ける覚悟のできていない以上、劣勢を強いられる。
弔いとしての初仕事すらまだこれからだというのに、最初に斬る相手を人間になどしたくないのだ。
彼女は相手の大斧を何とか封じ込んで、その隙に問い掛けた。
「あなた方は何者です⁉ どんな理由があるにせよ、こんな事は止めてください!」
「……」
殺戮者は返事もしなければ戦闘も止めない。
対話の余地など、最初から無いらしい。
隙を突いて剣を振り払われてしまい、今度こそ大斧で斬られる――
――上からギラリと輝く何かが二つ飛来したかと思えば、黒いクナイがガスマスクのレンズを貫いた。
殺戮者は先程までギンギンに血走らせていた両目を抑えて悶え苦しむ。
続けて音も無く誰かが舞い降りて来て、先程のクナイを多数束ねて出来た扇で首を一閃……ガスマスクごと頭がボトリと、地面に転げ落ちた。
「やっと見つけたよ、お前さん。手遅れになったらどうするんだい」
美しさと格好良さを併せ持つ声で小言を垂れるその人物は、黒い装束に全身を包んでおり、老若男女の区別が付かない。
深く被って素顔を隠すフード、優雅に揺れる羽毛の外套、引き締まった体型を際立てるレザースーツ。
そのどれも決め手にはならないのだ。
シルビアの主観から強いて言うと、高いヒールや話し方の端々に年上の女性っぽさを感じた。
「あなたは?」
「……儂は【レイヴン】」
只者ならぬ雰囲気に警戒して後退りするシルビアを見て、【レイヴン】は付け加える。
「
仮にも窮地を救ってくれた者だ。
シルビアはその言葉を信じ、ひとまず剣を鞘に収めた。
「この襲撃の計画なら仲間が掴んでいたんだが……阻止にはあと一歩遅かった」
早くも歩き始めるレイヴンを追いながら彼女は尋ねる。
「待ってください! この火災とあの殺戮者たち、一体誰が――」
「教会連盟、その上層部さね」
「そんな……」
悪魔の所業を企てたのは、この島の政府にしてシルビアたち・弔いの雇い主だと言うのだ。
信じたくないなくとも、
これは野良の賊何かが起こせる規模の襲撃ではないうえ、連盟の考えそうな目的には心当たりもある。
受け入れる他無いのだろう。
「今はお前さんをローレンスたちと合流させる。まだ走れるかい?」
「はい」
どういう事情で師の事を知っているのか、そういった御託はこの際抜きにしてシルビアははっきりと返事をした。
レイヴンは恐ろしく速かった。
どんな場所も風に乗った鳥のように駆け抜けて行く。
シルビアは何度も置いて行かれるものだから、レイヴンは仕方無く歩調を合わせた。その際、彼(彼女)はシルビアに質問をした。
「ひとつ訊いても?」
「どうぞ」
「お前さんは自分の血のこと、知ってるのかい?」
「血……?」
顔に酷い血汚れでも付いているのかと思い、シルビアは頬に手をやる……相手の飽きれた反応を見てから、勘違いに気が付いた。
「あ、私自身に流れる血ですか?」
レイヴンは頷く。
「……」
「その様子だと知らないみたいだね」
彼(彼女)は徐々に減速しつつ、
何かを憂う寂しそうな声色で話を続けた。
「いいかい。お前さんはこの先、自分の血に振り回される。決断を誤れば沢山のものを失うだろう。でも、それはお前さんのせいじゃない。
自分と大切なものの為に、悔いの残らないよう生きるんだよ」
「は、い……?」
このときのシルビアは、レイヴンの忠告の意図を理解し切れていなかった。
「さて、もうお別れさね」
シルビアが路地の先に視線を向けると、ローレンスの姿が目に映った。
彼女がそちらへ駆けて行こうとすると、レイヴンは最後に羊皮紙の巻きを渡した。
「これは脱出に使いな。儂にはまだ別の仕事が残ってる」
「……ありがとうございました」
――—――—――—――—――—――――――――――――――――—――—――—
ルドウィーグもまた燃える街を駆けていたが、それは脱出への道のりではない。
むしろ元来た道を遡り、更には廃屋街に踏み入ってある人を探していたのだ。
そして、彼はようやく目当ての大男を――ローレンスを見つける。
「ローレンス!!」
酸素の薄い火の中をずっと走っていたせいで、ルドウィーグは立ち止まるや否やフラリと倒れかけた。
「ルドウィーグ⁉ 無事だったか」
先程まで戦っていたローレンスも急いで剣を仕舞い、彼を受け止める。
「ハァ、ハァ、ハァ……俺のことはいい。アシュレイ! アシュレイが――とにかく早く来てくれ!」
「分かった」
ローレンスは声色を変えずに返答したが、この時点から既に最悪の想定を始めていた。
ルドウィーグに案内され、後に続いて走っていたローレンスだが、途中の路地裏の傍で突然立ち止まった。
「どうしたの?」
「少し待て、奥から誰か来ている」
ローレンスはルドウィーグを自分の後ろに下がらせながら言う。
(寄り道なんかしてたら手遅れになる!)
と、ルドウィーグは焦っていたが、暗い路地から出て、駆け寄って来たのは何とシルビアだった。
「師匠!」
「シルビア!」
ローレンスは彼女に傷が無いか確かめた……僅かな掠り傷以外は特に問題無いようだ。
程無くして、シルビアはルドウィーグとも目が合った。
「ルドウィーグも生きていたんですね! 良かった……」
彼女はルドウィーグの手を取って喜ぶものの、すぐに心苦しそうな表情を呈した。
それからゆっくりと手を離すと、ルドウィーグの手は重力に従って垂れ下がる。
「隠していてごめん……なさい。私も弔いなんです」
「……」
ルドウィーグはそうと知っても彼女を否定するような態度を取らなかったが、決して小さくないショックを受けているのは明らか。
このまま動かし難い重い雰囲気が形成されるのは良くないと思ったローレンスは、
「ルドウィーグ。案内の続きを頼む」
と口を挟んだ。
アシュレイは静かに倒れていた。
トレードマークである小洒落た黄土色の外套は引き裂かれ、滲み込んだ血によって完全に変色してしまっていた。
砲弾にやられた両足は目も当てられない状態。
全身には必要以上の刺創……アシュレイは長い時間痛めつけられた末に、誰にも看取られず死んだのだ。
シルビアは彼の傍にへたり込み、冷たくなった手を握って大粒の涙を零した。
「ごめんなさい……アシュレイさん、ごめんなさい……ごめんなさい……」
嗚咽しながらずっとそう呟いている。
ローレンスは辛そうに顔を押さえるだけで涙を見せたりはしなかった。
が、反対の手はミシミシと鳴るくらい拳を握り締め、ワナワナと震えている。
それからルドウィーグはというと、二人の後ろで立ち尽くす他無かった。
彼は半ば部外者のようなものだけれど、アシュレイは彼を助けるために死んだようなもの……それは彼自身が一番よく知っている。
だからこそ、二人の哀しみと怒りによって重みを増す罪悪感に押し潰されてしまわぬように必死なのだ。
「今は供養も回収もできない。アシュレイは……置いて行く」
ローレンスは断腸の思いで決断を下すと、アシュレイを壁に座らせて白い布を被せた。
「直にここも焼ける……」
シルビアはその後も、ローレンスに諭されるまで最後まで傍に居ようとしていた。
・後書き――――――――――――――――――――――――――――――――――
レイヴン、キャラクタービジュアル
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